本 の 知 識


「本」の歴史は、「文字」、「紙」、「印刷」、「聖書」の歴史などとも深く関わる大変広く、深く、永いものですが、末尾の文献を参考または引用させて頂き、「本」の知識を整理致しました。
現在は、「美術カタログ」に関する知識と「本」の一般的な知識が混在しておりますが、研究を深めて、近い将来、二つに分離したいと思っています。



1. カタログレゾネ 2. 展覧会カタログ 3. 挿画本 4. デリエール・ミロワール
5. 本の構成 6. 前付、後付 7. 前扉、扉、中扉 8. 刊記・奥付・奥書
9. 写本 10. 写字生、写本室 11. 巻物 ( 巻子本 ) 、冊子本 12. 版本
13. グーテンベルク 14. インキュナブラ、刊本 15. 装訂、製本 16. パピルス
17. パーチメント 18. 紙 19. 書誌学


(1) 「カタログレゾネ」-- CATALOG RAISONNE

作家の全生涯の作品総目録で、作品イメージの図版 ( モノクロまたはカラー ) と詳細な作品データが記載されています。本の外観は画集とよく似ていますが、画集は、画家の作品を主題、年代、技法などの観点から選択し、その作品イメージを印刷によって再現し、紹介することを主な目的としているのに対し、「カタログレゾネ」は、全生涯( 又は一定期間 )の作品を分類し、一定の記述形式によって記録し、参照要求に応えることを主な目的としています。
「カタログレゾネ」は、経過的に一定期間の作品目録として、出版されることもありますし、技法( 油彩、版画 ) 別に出版されることもあります。また、言語( 例、フランス語版、英語版、日本語版など )バージョンがあることもありますし、編纂者別に同じような「カタログレゾネ」が複数存在することもあります。
版画の「カタログレゾネ」の場合は、タイトル、制作年代、技法、紙種、エディション数、ステート、エディター名、工房名などの作品データが記載されています。画家の画風の変遷、代表作、個々の作品の真贋などを知る上で重要な情報源です。
当時の一流の画商であったエドメ=フランソワ・ジェルサンが、レンブラントの解説目録を1751年にパリで出版しました。これが歴史上最初の「カタログレゾネ」です。1821年にウィーン図書館長であったアダム・バルチが「ル・パントゥル・グラヴール」( 画家にして版画家 ) 全21巻という大著の本格的な版画総目録を制作しました。1930年に画家・版画家で美術評論家でもあったアンリ・ロイス・デルテイユが「ル・パントゥル・グラヴール・イリュストレ」( 図版入り画家にして版画家 ) 全31巻 ( 付録1巻 ) を制作し、「カタログレゾネ」に歴史的な足跡を残しました。

(2) 「展覧会カタログ」-- EXIBITION CATALOG

展覧会の観覧者への展示作品の解説・紹介を目的とする小冊子。( 著作権法47条 )日本では、小冊子扱いで、ISBNのついた書籍として扱われておらず、著作権料を免除されるため、比較的安価に購入できます。
最近は、ヨーロッパの緻密なカタログ執筆法の影響を受け、作品データ ( タイトル、制作年、素材と寸法、署名、所蔵、来歴、文献、作品分析 ) や解説、資料、研究成果論文などが網羅的に収録された学術的カタログもよく出版されるようになりました。
「展覧会カタログ」のはしりは、1673年、フランスの王立絵画彫刻アカデミーの公式の展覧会出品目録です。洋の東西を問わず、「展覧会カタログ」は、展覧会の出品目録( リスト ) に始まり、次に作品図版に簡単な作品データや作家の経歴をつけるようになり、最近では、詳細な作品データをつけた学術的カタログへと発展してきました。

(注)ISBN
International Standard Book Number の略で、「国際標準図書番号」のことです。国、出版社、タイトルなどの出版物の属性を表し、検索の基盤となる番号です。日本では、1981年に国際ISBN機関に加盟し、出版物へのISBNの記載が日本図書コード管理センターによって進められてきました。なお、「日本図書コード」とは、ISBNの基本部分に読者対象、発行形態、内容を示す分類コードと本体価格を加えたコード体系のことです。そのバーコードは「書籍JANコード」と言い「日本図書コード」を国際標準に従ってバーコードで表現したもので、広く流通業務に使用されています。 ( 以上は、日本図書コード管理センターのホームページ ( http://www.isbn-center.jp/ ) を参考または引用させて頂きました。)

(3) 「挿画本」-- ILLUSTRATED BOOK or COLOR-PLATE BOOK

美術的な意味( 狭義 )での「挿画本」とは、芸術的な「オリジナル版画」入りの本をいいます。英語では、illustlated book といいますが、同じ挿画本でも「版画」特に「手彩色版画」入りのものは、color-plate book と呼んで特別に扱われるようです。「イラスト」とは、「挿絵」のことで、本文を図解するために挿し入れられた絵のことです。従って、狭義の「挿画本」とは、「挿絵」が芸術的な「オリジナル版画」で構成されている「本」ということになります。なお、中世写本における頭文字装飾や縁取り装飾などは、「イリュミネーション」といいます。
「挿画本」は、その重要な構成要素である「オリジナル版画」にエディションの制約があるため限定出版が普通です。ヨーロッパでは、コレクションの対象にもなっています。
挿画入り( 木版 )活字本は、1460年にドイツのバンベルクの印刷業者プフィスターの手で最初に出版されました。フランスでは1478年にドイツ出身のリヨンの印刷業者マルティン・フスが「人間救済の鑑」という挿画本を初めて出版しました。
挿画入り( 木版 )活字本の木版による挿画は、当初、本文とは別に印刷されていましたが、同じ凸版であるため、じきに組版のなかに組み込まれ、同時に印刷されるようになりました。銅版による挿画は、16世紀末以降銅版画の普及に伴い、刊行されるようになりました。
広義な意味では、本文テキストを図像で飾った本や挿画入りの本すべてをさします。広義、狭義にとらわれず、「挿画本」の歴史をたどりますと、古代エジプトのパピルスに描かれた絵解き( 死者の書ー第18王朝時代 [ 紀元前16〜14世紀 ] ー )→羊皮紙巻物装飾写本 ( ホメロス、ウェルギリウス ) →冊子装飾写本→挿画入り( 木版、銅板 )活字本 ( 最初期の木版挿画本ー貧者の聖書、ブライデンバッハの聖地旅行、神曲などー ) →現代の刊本( 印刷本 )や狭義の「挿画本」へと推移してきました。

(4) 「デリエール・ミロワール」 -- DERRIERE LE MIROIR

パリのマーグ画廊のエメ・マーグ発行の挿画美術雑誌兼展覧会カタログです。1947年に第1号 ( Bram Van Velde のオリジナルリトグラフ挿画 ) が出版され、1981年エメ・マーグは死去し、その翌年の1982年の第253号 ( Tapies 号 ) をもって、35年の歴史は幕を閉じました。
オリジナルリトグラフは、次の工房で摺刷されました。
・ 第4号 〜 第115号 --- ムルロー工房
・ 第116号 〜第148号 --- マーグの設立工房
・ 第149号 〜 第232号 --- アール・アドリアン・マーグ ( マーグの息子が設立 )
なお、第250号は、エメ・マーグの突然の死ののちに、彼と4年前に亡くなった夫人に捧げられた追悼号 ( Hommage a Aime et Marguerite ) として出版されたものです。



(5) 「本の構成」-- CONSTRUCTION OF BOOK

現代の本は、(1)表紙 ( upper cover )(2)見返し ( reverse of cover )(3)前付 ( front matter )(4)本文 ( text )(5)後付 ( back matter )(6)見返し ( reverse of cover )(7)裏表紙 ( lower cover ) という構成になっています。

(注)1. ダストジャケット ( dust-jacket )
表紙を守るための装飾の施された紙カバーをいいます。単に「ジャケット」と呼ばれます。

(注)2. 見返し ( reverse of cover )
洋装本の場合は、表、裏の表紙の裏に2ページ分の紙をそれぞれはさみ、半分を表紙の裏に貼り付け ( これを「効き紙」 -- paste-down -- といいます )、残り半分は遊び紙 ( fly-leaf ) とします。「見返し」は、白紙のイメージを持ちがちですが、特殊な装幀をしたり、図柄を入れたり、模様を入れたりする場合もあります。「効き紙」が紙でなく、装飾を施した革の場合は、特に「飾り見返し」( doublure ) といいます。
「遊び紙」は、体裁を整えるのが目的ですが、購入年月日、献辞 ( 贈呈年月日 ) などが書かれることもあったようです。なお、著作者本人が「本」を献呈する場合は、「扉 ( タイトルページ ) 」に献辞を書きます。著作者がただサインを入れるだけの場合は、「遊び紙」であったり、「前扉」であったりするようです。

(注)3. 背 ( spine or back )
書物の綴目の側の外面をいいます。書物が書棚に収まっているときに見える部分です。ここには、「背表題」などが印刷されます。(「背文字」)

(注)4. 小口 ( edges )
書物の綴目以外の三方をいいます。上端を「天」、下端を「地」、綴目の反対側を「小口 ( 前小口 ) 」といいます。

(注)5. 平 ( side )
書物の「背」及び「小口」に対し、平たい部分を「平 ( ひら )」といいます。「平 ( ひら )」に印刷される文字を「平文字」といいます。

(注)6. チリ ( square )
書物の中身保護のため、三方小口に書物の紙葉より突出している表紙の内側部分をいいます。

(6) 「前付」、「後付」-- FRONT MATTER, BACK MATTER

「前付」は、前扉、扉、口絵、献辞、賛辞、序文、凡例、目次などからなります。Preliminary leaves と英訳した本もあります。
「後付」は、参考文献、索引、あとがき、付録、刊記などからなります。
「前付」と「後付」を付き物と呼ぶこともあります。

(注)1. 凡例( introductory remarks )
本の執筆方針、略語などを整理して並べたものをいいます。

(注)2. 付き物 ( adition )
本文と同じ紙( 共紙 ) で印刷しない附属物の扉、見返し、表紙、カバー、外函、読者カード、帯紙、売上カードをさす場合もあります。

(7) 「前扉」、「扉」、「中扉」-- HALF-TITLE, TITLE PAGE, FLY-TITLE

現代の洋装本を注意深くみますと、タイトルが3ケ所もあることがあります。洋装本の「前扉」には、タイトルが小さく入っています。「前扉」は、17世紀半ば以降イギリスの刊本に「扉」を保護する目的で現われました。「前扉」はないこともあります。「前扉」に対応する英語は学術的に混乱があるようですが、ここでは、「前扉」を ( half-title ) としました。
「扉」( title page ) には、タイトル、著者名、出版社名が記載されていて、「刊記」を兼ねます。「刊記」は、当初巻末に記載されていましたが、生産の拡大に伴い、書名の識別を容易にするため、次第に巻頭部分に秩序だてて記載されるようになりました。こうして生まれたのが「扉」です。
さらに、多くの場合「前付」の終わりと本文の間にもタイトルページがあります。これを「中扉」 ( fly-title または divisional title ) といいます。

(注) 背表題または製本表題 < 日本では背文字> ( back title or binder's title )
上記のタイトルのほか、「背」にもタイトルがあります。「背」には、タイトルのほか編著者名、発行者名などが印刷されます。

(8) 「刊記・奥付・奥書」-- COLOPHON or IMPRINT

「刊記」とは、書物の最後につける、書名、著者名、編集者名、発行所名、印刷者名、製本所名、発行年月日、定価、ISBN番号、NDC分類番号などをまとめて記したページ、あるいはその箇所のことをいいます。著者の略歴が附載される場合もあります。
日本の「書誌学」では、「刊記」を裏表紙の見返しに印刷した場合は、「刊記」のことを「奥付」といい、写本の場合は、「刊記」のことを「奥書」といいます。
西洋の「書誌学」では、「刊記」のことを一般に Imprint ( 「奥書」 ) といい、「刊記」を書物の巻末に記す場合を、正式に「奥付」( Colophon ) といいます。ヨーロッパの「写本」は、当初タイトルはなく、「インキピト( ここから始まるの意のラテン語 )」で始まり、「エクスプリキト( 完 )」で終わっていましたが、13世紀頃、写字生( 原典または原本を筆写する人 )のなかに巻末部分に、書名、著者名、写本の受取人、写字生の名 ( 署名 )、書写の日付や場所など本に関する情報をまとめて記す人が現われ、これを後に歴史家が「コロフォン ( 奥付 ) 」 ( 完結の意のギリシャ語 ) と名づけました。写字生の中には、自分の肖像画を残した人もいたようです。
西洋の「奥書」は、出版者の「奥書」と印刷者の「奥書」に分けられたり、印刷者の「奥書」が省略されたりします。出版者の「奥書」は、「扉」に記載されますが、印刷者の「奥書」は、「前扉」、「扉」の裏や書物の巻末に記載されたり、省略されたりします。こうした記載の分割、場所、省略、言語などが起因して、洋書の「刊記 ( 奥書 ) 」は理解しずらくなっています。
日本の刊記は、内容や記載場所が明確で、非常にわかりやすくなっています。これは、江戸時代の天保の改革で、幕府が取締りのため、すべての書物に著作者と発行者の記名を命じたという歴史に由来するものと思われます。当時の出版手続きは、出版者から町年寄に願書を出し、町年寄はこれを町奉行に提出して指揮を仰ぐといった非常に厳格なものでした。
ヨーロッパでは、1457年8月14日、ドイツ人のフストとペーター・シェファーがはじめて印刷の日付と印刷者名を入れた「マインツ聖詩集」を出版しました。印刷の日付と印刷者名だけでは、十分な「刊記」とは言えませんが、「刊記」の起源といえます。また、印刷者名の記載が、プリンターズ・マーク( 印刷人マーク )を発祥させました。
最近のグローバル化を考えれば、「刊記」の記載基準( 内容、言語、記載場所 ) を明確に定め、出版国の母国語と英語の併記を義務付けるのが好ましいと思われます。単に図書目録や蔵書目録を作成する場合の便宜にとどまらず、「オリジナル版画」や「複製版画」の出版に際し、版画にどのような情報をどのように記載すべきかについて、大いに参考になります。

(注)NDC
Nippon Decimal Classification の略で、「日本十進分類法」のことです。日本の図書館の図書などの分類に用いられています。これは、0から9までの数字を使って主類表(10区分 )、主綱表(100区分 )、要目表(1000区分 )、細目表というように分類されています。

(9) 「写本」-- MANUSCRIPT

「写本」は、手書きによって、書き写した本をいい、刊本 ( 印刷した本 ) に対比する呼称です。「写本」は、@原本を作る、A教会や修道院の要請に応えて「写本」を作る、B翻訳本を作る、C「 パピルスの巻子本 ( 巻物 ) 」を「皮紙 ( パーチメント ) の 冊子」に作り変えるなどの目的で作られました。
「写本」は、学術的には次のように分類されます。
@原本などの自筆本
A影写本 ( 原本などの上に薄紙を重ねて丁寧に透写された「写本」)
B模写本 ( 見取り写しされた「写本」)
私達が普通「写本」といった場合は、Bの模写本をさすと思われます。
古代のバビロニアやアッシリアでは、やわらかい粘土の板に楔形文字をきざみ、これをかわかすか焼き固めて「瓦の本 ( 粘土板の本 ) 」-- clay tablets -- を作りました、世界最古の図書館であるニネヴェの王室文庫はじめ、メソポタミア地方の各都市が発掘されたとき、多数の粘土板の本が発見されました。中には今から6,7千年前のものもあり、旧約聖書の「天地創造」や「ノアの大洪水」に関する伝説や「ハンムラビ法典」に関するものも多数含まれていました。
12世紀以前のヨーロッパでは、修道院で聖書、なかでも福音書 ( 新約聖書の中でイエス=キリストの生涯・教訓を記録したもの ) や詩篇 ( 古代イスラエルの宗教詩を150作品集めたもの ) が、豪華な装飾をほどこして書き写されました。( 彩飾写本 )
12世紀以降になると、高位聖職者の養成を目的とする大学が誕生し、大学公認の書籍商が教科書を作成するようになり、さらに14世紀になると、大都会に書物工房ができ、平信徒向けの時祷書 ( 世俗信徒の私的な日常の祈祷のための本 ) やアーサー王物語などのロマンスの「写本」が注文生産されるようになりました。

(注)瓦版
古代のバビロニアやアッシリアの「瓦の本」とは関係ないと思いますが、日本にも江戸時代に瓦版がありました。これは、瓦に原稿を貼付して彫刻し、焼いて版を作ったものです。当時の印刷は、木版印刷が主で短時間で簡単に印刷することができなかったため、現在の新聞号外、軽読物などの印刷に利用されました。

(10) 「写字生」、「写本室」-- INTRODUCTORY REMARKS, SCRIPTORIUM

「写字生」は、上述のように、原典または原本を筆写する人のことです。「写書士」という言葉もあるようです。古代エジプトでは書記が、古代ローマでは奴隷の人が、そして中世では修道院の「写字生」(「写字僧」)が原本の書写を担当してきました。日本の奈良時代には、「写経生」が仏典の書写を担当しました。
古代ローマでは、書肆--しょし-- ( 書店兼出版人 ) が多少読み書きのできる奴隷の人を雇い、一人の読み手が部屋の中央で声高に原文を読み上げ、20名以上の「写字生」がいっせいに筆をとりました。このような大量生産が可能であったため、比較的安価に本が売られていたようです。
6〜15世紀の間、本の作り手の中心は修道院の「写字生」でした。中世の修道院の「写本室」で、「写字生」が椅子に腰掛け、傾斜した書写台に身をかがめ、インク壺や木製定規を置き、鷲ペンとペンナイフ ( ペン先を削ったり、誤字を訂正したりするためのナイフ ) をもって、いろいろな文献を「パーチメント」( 羊皮紙 ) に筆写している図をよく見かけます。
中世のベネディクト会など多くの修道院には、「写本室」がありましたが、シャルトル会やシトウ会の修道院には、「写本室」はありませんでした。修道院の「写本室」の様子は、映画「薔薇の名前」の中に描かれています。映画「薔薇の名前」は、ビデオレンタルできますので、ご興味がおありでしたら、観賞してみて下さい。
なお、中世においては、修道院の図書室だけが大量の本を所蔵する現代の図書館にあたりました。イタリアのボッビオ修道院は、600冊を越える蔵書があり、当時としては、最大級の蔵書量でした。
日本の奈良時代には、大規模な「写経所」が設けられ、「写経生」が仏典を書写しました。責任統括者である「案主」のもとで、書写を行う「写経生」、校正を行う「校生」、写経用紙を造り、装丁を行う「装ごう生」がそれぞれの職務を分担して、組織的に多くの経巻が作られました。平安末期には、「平家納経」、「久能寺経」などの「装飾経」が多く見られるようになりました。

(11) 「 巻子本 ( 巻物 ) 」、「冊子本」-- ROLLED BOOK, CODEX

初期の本は、「パピルス」に書かれれましたが、「パピルス」は折り畳みにくく、表裏両面に文字を書くことができなかったため、30cm四方の「パピルス」を20枚ぐらいつなぎ合わせて5mほどの長さとし、棒にまいて「巻物」としました。日本の掛け軸や絵巻物のような形でした。「巻子本( かんすぼん ) 」といいます。
「巻物」の形態の本は、「パピルス」に書かれたため、「パピルス巻物」と呼ばれることもあります。
「パピルス」の「巻物」には、次のような欠点がありました。
@読んだ後の巻き戻しによって本が傷みやすい。
A目当ての箇所を探すのに「巻物」を繰り広げなければならない。
B保管・整理がむつかしい。
古代のアレクサンドリア図書館では、「巻物」の内容を知るために、小さいカードをさげておきました。このカードは、後にラテン語で「ティトゥリ」と呼ばれるようになり、今日の英語の「タイトル」へと転化してゆきました。

「冊子本」は、紙葉を重ね合わせて綴じる形を言います。現代の本の形です。「冊子本」は、ローマ帝国の時代に、「パーチメント」の考案と相まって、本の新しい形態として「 巻子本 ( 巻物 ) 」に代わって発明され、取り扱いと保管が容易なため、キリスト教の普及とともに広く用いられるようになりました。「冊子」タイプの「写本」は、「パーチメント」に書かれたため、「皮紙 ( パーチメント ) 冊子」と呼ばれることもあります。最古の「皮紙 ( パーチメント ) 冊子」は、2世紀頃作られました。次のような「皮紙 ( パーチメント ) 冊子」タイプのギリシャ語の「写本聖書」が残存しています。
@ヴァティカン写本 ( 350年頃 ) ーーヴァティカン図書館蔵ーー 全旧約聖書のほとんど
Aシナイ写本 ( 4世紀中頃 ) ーー大英博物館蔵ーー 旧約聖書の1/3と新約聖書全部
Bアレクサンドリア写本 ( 5世紀前半 ) ーー大英博物館蔵ーー 聖書全文 ( 旧約聖書の10葉欠 )

(12) 「版本」-- BLOCK-BOOK

「版本」は、木版印刷によって作られた本のことです。「整版本」ともいいます。「版本」は、中国で隋 ( 581−618年 ) の時代に始まり、唐 ( 618−907年 ) の時代に普及したとされています。その後も、五大十国、宋、元、明、清と千年を超えて、木版印刷によって本が作られました。「紙」の伝播と同じく、中国の木版印刷術は、いち早く朝鮮と日本に伝わりました。中国、朝鮮、日本の最古の木版印刷物として次のようなものが現存しています。
@朝鮮 --- 「大般若波羅蜜経」751年以前 ソウル国立中央博物館蔵
A日本 --- 「無垢浄光陀羅尼経」( 一般呼称「百万塔陀羅尼」)770年 法隆寺蔵
B中国 --- 「金剛般若波羅蜜経」868年 大英図書館館蔵
特に、中国の宋時代の「版本」( 宋版本 ) は、次のような特徴があって精良で、国宝、重要文化財に指定されているものもあります。 ( 宋版本は、静嘉堂文庫と天理図書館に収蔵されています。)
@校訂が厳格で誤りがすくない。
A書は名人の筆が多い。
B良工が彫刻している。
C紙、墨が良質で印刷が鮮明である。
東洋 ( 漢字文化圏 ) では、木活字や銅活字などによって本が印刷されることもありましたが、文字の数が大変多く、重版に不便なことなどが起因して、鉛合金活字による活版印刷が普及するまでの永きにわたり、主に木版印刷によって本が印刷・作成されてきました。
西洋の木版印刷の始まりは、( 東洋の影響があったようですが ) 「紙」が伝わり、豊富に出回るようになった14世紀末から15世紀初頭にかけてであろうといわれています。15世紀には、活版印刷術が発明されたため、まもなく木版印刷は衰退していき、わずかに「挿絵」を印刷する役割を担うにとどまるようになりました。
1423年の刊記のある「聖クリストファの図」がヨーロッパの最古の木版画として、現存しています。こうした一枚刷の木版画と並行して、絵と文字とを一枚の版木に彫った印刷物を集めた「木版本 ( block-book )」 がオランダ、ベルギー、ドイツで作られました。
「アルス・モリエンジ ( 往生の道 )」、「ビブリア・パウペルウム ( 貧者の聖典 )」、「スペクウルウム・ヒュウマネ・サルヴァチオニス ( 衆生済度の鏡 )」、「アポカリプス ( 黙示録 )」、「ドゥナトゥス ( ラテン語文典 ) 」などが、「木版本」として、よく知られています。

(13) 「グーテンベルク」-- JOHANNES GUTENBERG

中国では、7世紀頃「木版印刷」が、そして14世紀には、「木活字印刷」が始められていましたし、朝鮮では、14世紀に「金属活字本」が出版されています。西洋の印刷術の発明が遅れたのは、「紙」の伝来に時間がかかったからと思われます。
「洋式活版印刷術」の発明につきましては、「グーテンベルク」の生涯がはっきりしないことや、当時は「刊記」を印刷する習慣が定着していないことが起因して、諸説があるようですが、「グーテンベルク」が「洋式活版印刷術」を発明したと考えられています。
1400年頃、ドイツのマインツに生まれた「グーテンベルク」は、「洋式活版印刷術」を発明し、人類文化史に計り知れない貢献をしました。「グーテンベルク」の洋式活版印刷術の特徴は、次の3点にあります。
@鉛を主原料とした合金活字により、活字の鋳造を容易にしたこと
A両面印刷のできる印刷機を開発したこと ( 葡萄しぼり用の圧搾機を利用したもの )
B金属活字に適する油性インキを考案したこと
「刊記」はありませんが、「グーテンベルク」が印刷したとされる次のような「本」がよく知られています。
@「グーテンベルク聖書」(「四十二行聖書」) 」、「三十六行聖書」
A3種の「ドゥナトゥス ( ラテン語文典 ) 」
B「カトリコン」
なお、「グーテンベルク」は、資金調達をめぐる訴訟に敗れたこともあって、波乱の生涯を送ったようです。印刷史家セオドル・デ・ヴィネの「印刷術の発明」 ( 1877年刊 ) に「グーテンベルクは、1468年2月2日頃、妻子らにみとられることもなく、さびしくこの世を去ったであろうことは容易に推察できる」と記述されています。

(14) 「インキュナブラ」、「刊本」-- INCUNABULA, PRINTED BOOK

「インキュナブラ」は、ヨーロッパで、15世紀以前に刊行された印刷本のことです。Incunabula とは、ラテン語で「揺りかごに載せられたもの」の意味です。「揺籃期本」あるいは「初期印刷本」と呼ばれています。「インキュナブラ」は、「刊本 ( 印刷本 ) 」ですが、まだ当時は、「写本」の方が評価が高かったためもあって、新たな形態の本を作り出すことではなく、「写本」を忠実に再現することをめざして出版されました。紙は「羊皮紙」であったり、サイズは「写本」と同じで、書体は「写本」をまね、欄外装飾、頭文字装飾、挿画、句読点入れなどは「写本」と同じように手作業で行われました。この意味で、「インキュナブラ」は、「写本」と現代的な「刊本」との中間に位置する本とも言えますし、「写本」に酷似した「刊本」とも言えます。「グーテンベルク聖書」(「四十二行聖書」) のヴェラム刷本を「刊本」といって売ると書写本業者から反感をかうため、「写本」だといって売ったという話があるくらいです。この「グーテンベルク聖書」は、1454年秋から冬にかけて、160〜180部印刷されたました。2段組、フォリオ ( 二つ折り ) 、ゴシック書体の「グーテンベルク聖書」は、「インキュナブラ」の傑作とされ、50部ほどが現存しています。
その内の一部が慶応義塾大学に所蔵されており、インターネットでみることができます。
URL : http://www.humi.keio.ac.jp/treasures/incunabula/B42/keio/vol_1/contents.html
「インキュナブラ」は、版画の場合に使われることもあり、その場合は、15世紀に制作された版画をさします。
「刊本」は、印刷した本をいいます。印刷本、活字本などの呼称もあります。狭義には、木活字本、銅活字本、版本 ( 整版本 ) を意味します。

(15) 「装訂」、「製本」-- BINDING, BOOKBINDING

「装訂」は、絵画の額装や軸装( 表装 ) に相当する用語で、書物の表紙、見返し、扉、カバー、外函のデザインからレイアウト、字体選択などの内容面までも含めて、書物の形式的体裁を整える技術をいいます。また、その意匠をさす場合もあります。
「製本」は、印刷シートを糸、針金、接着剤などで綴じて表紙をつけ、小冊子、書籍などに形づくることをいいます。本製本 ( 上製本 ) と仮製本 ( 並製本 ) があります。本製本は、表紙と中身を別々に作ります。 表紙貼りがしてあり、チリ ( 表紙のはみ出した部分の内側 ) と見返しが必ずあります。一方、仮製本は、中身を表紙にくるんで、一緒に断裁仕上げしますから、表紙と中身が同じ寸法になり、チリが付きません。見返しは付く場合と付かない場合があります。

(注)造本( bookmaking )
書物の印刷、製本、装訂及び用紙、材料などの製作技術面に関する設計及びその作業をいいます。

(16) 「パピルス」-- PAPYRUS

「ペーパー」の語源ともなっている「パピルス」は、紀元前2000年代にエジプトで文字を使い始めた頃作られ、文学、科学、信仰、習慣、伝統などが書き記されました。紀元前700年頃のパピルス文書が発見されています。
「パピルス」は、当時のエジプトの重要な輸出品でした。紀元前2000年頃は、地中海の主な産業は、フェニキア人 ( 旧約聖書の中では、カナン人 ) の手中にありました。フェニキア人は、エジプトから、「パピルス」を輸入し、ギリシャに輸出していました。この時、フェニキア人は、エジプト文字を移入し、エジプト文字を表音文字に変えました。この文字が現代のアルファベットのルーツです。その表音文字がギリシャに「パピルス」とともに伝わり、さらに改良が加えられてギリシャ文字が生まれました。
「パピルス」は、古くはナイル川上流のスーダン、ウガンダ、エチオピアあたりに自生するカヤツリ草科の多年生草本です。「パピルス」は、書写材料のほか、飲料や梱包材料・日用品の材料として用いられました。「旧約聖書」の「出エジプト記」に預言者( 神に呼ばれて、その託宣を語る者 ) モーゼが赤ん坊のとき、「パピルス」で編んだ籠に入れられてナイル川の葦の中に捨てられ、ファラオの娘に拾われたとの記述があります。
現代の紙に等級があるように、「パピルス」にも等級がありました。髄の中心部で作った最上級の「パピルス」は「聖なる紙」あるいは「アウグストウスの紙」と呼ばれ、宗教上の本にのみ用いられました。
「パピルス」に文字を書くには、煤 ( すす ) と水を合わせて作ったインキを用い、濃度を調節するためアラビアゴムを加えました。このインキは海綿で簡単にふくことができたため、「パピルス」は再度の使用に堪えることができました。ペンは、葦を鉛筆の長さくらいに切り、端をななめに切りおとし、その先端に割れ目をつけたもので、今日のペンのようなものでした。
「パピルス」は、@折り曲げに弱いことA片面にしか書き記すことができないという欠点がありました。このため、「冊子本」にすることができず、約30cm四方の「パピルス」を20枚ぐらいつなぎ合わせて5mほどの巻物としました。巻きを意味する Volume の語源は、この「パピルス」の巻物 ( ラテン語ではボリューメン ) からきています。
「パピルス」の製法は、古代ローマの学者プリニウスの「自然誌」に記されています。@「パピルス」の根に近い方の無傷の茎を約60cm切り取り、皮をはいで髄 ( 草の中心部分にある白いスポンジ状のもの ) をむき出しにします。A この髄をナイフで長手方向に薄く切り、細長い薄片とし、これを外気にさらして乾かして蓄えます。B この薄片を水につけてたたくようにして精選した後、巾 ( 約2.5cm ) と長さをそろえ、隣同士が1mmぐらい重なるようにして平行に並べ、次いで同様に直角方向に並べてプレス、脱水します。

(17) 「パーチメント」-- PARCHMENT

「パーチメント」( 羊皮紙 ) は、羊、仔羊、山羊、仔山羊、仔牛など動物の皮を原料に、その生皮を石灰で処理し、引き伸ばして摩擦し、平滑としたものです。厳密には、羊の皮で作ったものを「パーチメント」といい、仔牛の皮で作ったものを「ヴェラム」といいますが、両方とも「パーチメント」と呼ばれることもあります。「パーチメント」は、本文用、「ヴェラム」は、主として表紙用(「ヴェラム」装 ) として用いられました。中世の「写本」のほとんどが「パーチメント」に書かれましたし、有名な「刊本」(「インキュナブラ」)である「四十二行聖書」でさえ、25部程度が「ヴェラム」に印刷されました。(140〜180部程度が「紙」に印刷されました。)
パピルスと比べると強靭、運筆自由で、耐久力もありましたが、紙に比べると、とても高価で、インキの付着が悪く、硬質で取扱いが不便でした。聖書1冊に羊が210−220頭程度必要だったようです。非常に高価であったので、表面を削るなどして、再利用されました。バチカン教皇庁図書館所蔵の写本200冊について、染み込んだインクの痕跡を手がかりにして、削られて消された文書をデジタル再生する研究が凸版印刷株式会社 ( URL : http://www.toppan.co.jp/index_f.html ) によって始められました。( 朝日新聞2005/3/2朝刊 )
紀元前2世紀頃、小アジア ( トルコのアナトリア半島 ) のペルガモン ( アレクサンドリアとならんで図書館を有する文芸・学術の中心地として有名 ) とアレクサンドリアとの間に、ペルガモンの宮廷文庫の司書長をめぐって争いが起こりました。その結果、ペルガモンは、エジプトより「パピルス」を輸入できなくなり、パピルスより便利な紙として、従来から使用していた獣皮に改良を加え、「パーチメント」を考案しました。「パーチメント」という言葉は、ペルガモンの地名 ( 現在はトルコのペルガマ ) に由来しています。
13世紀ヨーロッパに紙が伝わるまで、「パーチメント」は、ヨーロッパの中世の本の主たる素材となりました。

(18) 「紙」-- PAPER

「糸」は、「帛」( はく )の意で、絹布のことで、「氏」は「なめらか」の意。従って、「紙」という文字は、表面のなめらかな絹布という意味を表します。紀元前2000年頃、中国で絹織物を作る時に派生する薄いシート状のものや、古真綿を煮るという工程を参考に「紙」が作られるようになったと推定されています。後漢の時代に蔡倫という人が「紙」の製法を改良し、西暦105年に書写材料としての「紙」を和帝に献上しました。
完成した「紙」の製法は、またたく間に中国全土に広がり、やがて東方への伝播を始めました。4世紀には朝鮮半島に伝わり、610年朝鮮僧・曇徴 ( どんちょう ) が日本に「紙」の製法を伝えました。( 古事記 )
西方への伝播は、東方に比べるとかなり遅れ、8世紀に中東へ、12世紀にスペインに伝わりました。そして、版画用紙の生産地として著名なファブリアーノ市に製紙工場が作られたのは、1276年のことでした。なんと1000年の時を越えて、紙の製法がヨーロッパの中心に伝播したことになります。この西方への「紙」の伝播を「紙1000年の旅」と呼びます。

(19) 「書誌学」-- BIBLIOGRAPHY

biblio は書物の意味で、graphy は記述の意味です。従って、Bibliography 即ち書誌学とは、書物について学問的に正しく記述したり、科学的に追求する学問のことで、20世紀の初頭にイギリスで誕生しました。具体的には、著者・時期・地域、用紙 ( パピルス、羊皮紙、紙 ) 、書体・字体、書物の各構成要素 ( 表紙、見返し、前付、本文のフォーマット、後付、旧蔵者の蔵書印、他の伝本との比較、状態などの特記事項 ) 、印刷、装本・製本 ( 巻物、冊子 )、書物自体の歴史など、主として書物の形態的な内容を研究対象とする学問です。

(注)1.「本」の語源
ラテン語では、本のことを liber といい、本来樹木の内皮を意味する言葉です。ギリシャ語では、本のことを biblion といいます。この語源は、パピルスを意味する biblos ( 古代フェニキアの港町 ) です。現在、欧米で用いられている「聖書--bible 」、「図書館--bibliotheca 」、「愛書家--bibliophile 」など多くの言葉がこれに由来しています。

(注)2.本の定義
@新世紀百科辞典の定義
人間の思想や感情を表す文章や絵画を紙葉に印刷または書き写し、とじ合わせて保護のための表紙をつけたもの。
Aユネスコ会議の定義 ( 1950年 )
表紙を入れずに49ページ以上の非定期刊行物。

(注)3.書誌 ( Bibliography )
ある題目に関する書物・文献の目録をいいます。


参 考 文 献


1. '広辞苑' 新村出編 岩波書店 1955
2. '日本史辞典' 高柳光寿・竹内理三編 角川書店 1966
3. '新世紀百科辞典' 新世紀辞典編集部( 代表 鈴木泰二 ) 学習研究社 第二版--1983
4. '岩波 キリスト教辞典' 大貫隆・名取四郎・宮本久雄・百瀬文晃編 岩波書店 2002
5. '美術カタログ論' 島本浣著 三元社 2005
6. '西洋の書物 エズデイルの書誌学概説' R.ストークス改訂 高野彰訳 雄松堂書店 1972
7. '西洋書誌学入門' ジョン・カーター著 横山千晶訳 図書出版社 1994
8. '西洋書物学事始め' 高宮利行著 青土社 1992
9. '書誌学の回廊' 林望著 日本経済新聞社 1995
10. '書誌學辭典' 植村長三郎著 教育圖書 1942
11. '図書館学概論' 武田虎之助著 理想社 1976
12. '印刷文化史' 庄司淺水著 印刷学会出版部 1957
13. '本の歴史' ブリュノ・ブラセル著 荒俣宏監修 木村恵一訳 創元社 1998
14. '本の5千年史' 庄司淺水著 東京書籍 1989
15. 'グーテンベルクの謎' 高宮利行著 岩波書店 1998
16. '美しい書物の話' アラン・G・トーマス著 小野悦子訳 晶文社 1997
17. 'イギリス挿絵史' 平田家就著 研究社出版 1995
18. '道は正倉院へ' 読売新聞社 1989
19. '本の愉しみ、書棚の悩み' アン・ファディマン著 相原真理子訳 草思社 2004
20. '版画事典' 室伏哲郎著 東京書籍 1985
21. '版画の歴史とコレクション' フェルディナンド・サラモン著 久保貞次郎監修 中川晃訳 三彩社 1976
22. '活字が消えた日 コンピュータと印刷' 中西秀彦著 晶文社 1994
23. '本づくりの常識・非常識' 野村保恵著 印刷学会出版部 2000
24. '印刷の最新常識' 尾崎公治・根岸和広著 日本実業出版社 2001
25. '紙のおはなし' 原啓志著 日本規格協会 1992
26. '21世紀版画 1991 9月号' 室伏くるみ編集 21世紀美術出版 1991




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