竹生島紹介

竹生島、竹生島弁才天
竹生島の全景(フリー百科事典『ウィキペディア』より)

竹生島
 竹生島(ちくぶしま)は、琵琶湖の北部に浮かぶ島です。国指定名勝および国指定史跡で葛籠尾崎の南約2キロメートルに位置し、滋賀県長浜市(旧・東浅井郡びわ町)に属しています。全島が針葉樹で覆われており、琵琶湖八景(深緑)のひとつにも数えられています。

 島の名前は「神の斎く(いつく)住居(すまい)」を意味し、その中の「つくすまい」が「つくぶすま」と変じ「竹生島」になりました。 また、「竹生島」という漢字は、竹が生えているからという説や、島の形が雅楽などで使われる楽器の笙に似ていることから付けられたという説などがあります。

 神の住む島といわれ信仰の対象として、また美しい島は琵琶湖八景のひとつとして、昔から多くの人に親しまれてきました。 かつては神仏一体の思想で発展してきましたが、明治時代の神仏分離令によって、弁才天を本尊とする「宝厳寺」と浅井姫命を祀る「都久夫須麻神社」に分かれています。 (出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 、長浜市観光協会ホームページより)

宝厳寺(本堂)

竹生島弁才天
  竹生島弁才天は、竹生島宝厳寺のことで相州(神奈川県)の江ノ島、芸州(広島県)の厳島とともに、日本三大弁天のひとつと数えられています。観世音菩薩は西国三十三ヶ所観音霊場の第三十番札所です。

 この竹生島宝厳寺は、神亀元年(724年)聖武天皇が、夢枕に立った天照皇大神より「江州の湖中に小島がある。その島は弁才天の聖地であるから、寺院を建立せよ。すれば、国家泰平、五穀豊穣、万民豊楽となるであろう」というお告げを受け、僧行基を勅使としてつかわし、堂塔を開基させたのが始まりと言われています。

 行基は、早速弁才天像(大弁才天と呼ぶ)を彫刻し、ご本尊として本堂に安置。翌年には、観音堂を建立し、千手観音像を安置しました。 それ以来、天皇の行幸が続き、また伝教大師、弘法大師なども来島、修業されたと伝えられています。  (出典: 本厳寺ホームページより)




竹生島流棒術