2004年1月24日 抜糸そしてThe End
手術後2週間を過ぎたので抜糸をしてもらう目的で通院した。15針無事に退院することができた。17針をラジオペンチみたいな工具で順次抜いていく。抜く度に”チクッ”っという痛みが走る。翌日包帯を取って確認し傷口が開いていなければ包帯も取ってよいしお風呂に漬けても良いといわれた。何より”はーい、これで完結ですよぉー”と言われたことが最も嬉しかった。しかし、骨折してから丸一年、長かったなぁ。春先までは走れないとの事なのであと少しの間、注意して生活しよう。(完)
<番外>骨折編にて好評につき第二弾
抜糸前の傷口を見てみたいという勇気あるあなたの為のコーナー 入口
2004年1月10日 早速通院
傷口消毒の為、退院翌日ではあるが通院した。
無事に処置をして頂き”次は13日に来てください”言われたが、仕事の都合で2日に一度の通院は難しいので自分で消毒しては駄目ですか?と尋ねてみた。処置を見ていると消毒液と滅菌ガーゼさえあれば簡単に出来そうだったからだ。そんなことでいちいち通院してはいられない。そして答えは”YES”。帰宅途中、消毒グッツを買って帰った。
痛みのほうはだいぶ落ち着いてきたようで痛み止めの薬も飲むのを止めている。ボルトを抜いて何より良かったと感じたのは今まで歩く毎に骨の奥の方から感じる重い痛みが常にあり、特に折れた足に体重全部をかけてその力を抜くときには歯を食いしばるほどであったのが全く無くなった。ボルトが何かの作用をしていたのであろうか?
2004年1月8日 手術明け
身体に管を通された状態での2日ぶりの食事だ。あることが心配で半分ぐらいでやめておいた。そのある事とは汚い話ではあるが大便の事である。通常、朝食を取ることによって内臓が刺激され便意を催す習慣がある。看護婦さんに確認したら身体に管が通されているので大便はベットの上で行っていただきますとの事。さすがに自分は良いが周りの人に迷惑がかかると思い朝食は控えた。
後から聞いた話だが隣のベットの人も同じ事を考えていたらしい。少々便意を催したが何とか夕方の管を排除する時間まで堪えた。
抜けたとたんトイレに駆け込んだのは言うまでも無い。
肝心の脚の方はと言うと痛いが我慢の出来るレベル。特に立上がったからといって、その痛さが増すことは無かった。
2004年1月9日 退院
無事に退院することができた。
しかし、2週間後の抜糸までは2日に1回の消毒の為、通院しなければならない。それはちょっと無理なので会社の近くの整形外科で消毒だけはやってもらう事にしよう。
2004年1月7日 手術
朝から一日何も食べられない。小生の手術は隣のベットの人の後で早くても17時からと説明された。
考えても仕方が無いので昼寝をして待つことにした。
いよいよ隣の人が手術室へ向かう時間が来た。
”行ってきます””頑張ってください”と声を掛け合い小生はベットの上で待つこと1時間半、来るべき時が来た。
麻酔が良く効くようにと筋肉注射を打ち(超痛い)車椅子で手術室へ向かった。道中、廊下で隣のベットの人とすれ違う。”お疲れ様でした””頑張ってください”とまた励ましあう。(下半身麻酔なので意識はある)
そして手術室へ入るといつもの主治医が待っていた。
”こんにちはー”と愛想良く挨拶されたが小生、それど頃ではなく、声が出なかった。
そして麻酔をするのでベットの上に横になって腰を丸めてくれと要求されたので、そのとおりにした。
腰骨の辺りにチクッという感触とともに液体が体内に注入されるのがわかった。っと感じるやいなや下半身が痺れてきた。
小生より患部が見えないように胸の辺りにブラインドをされ”お願いします”との掛け声と同時に”メス””コッフェル”等テレビドラマで聞いたことのある言葉が主治医より発せられた。30分経過したぐらいで、”後は閉じるだけですから頑張ってくださいねぇ”と言われちょっと拍子抜けした。意外と簡単に終わるんだなぁ。
ドクター達も手術とは全然関係の無い雑談をしながらやっていたのでボルトの摘出ぐらい彼らにとっては大した手術ではないのだろう。
無事、閉じる作業も終了したようで病室に運ばれた。
腰から下が麻痺していて寝ているが自分の脚がどの様な体制になっているか全くわからない。
そんな状態で消灯の時間となり就寝した。
麻酔が切れてきたのだろうか患部が痛くて目が覚めた。脚を擦ってみると感覚が蘇っている。あまりの痛さにナースコールをしようかするまいかと考えているうちに朝になった。

ボルトオン状態




材質はNiかな?
ホームセンターで売っているブラケットの様
製造メーカはこちら

骨にフィットするようにRがついている
重さはボルトを含めて約100g
2004年1月6日 入院
骨折してから実にちょうど一年。
折れた部分も強度が出てきたということでボルト摘出を決意し3泊4日の予定で入院することとなった。
午後からの入院でこの日は何をするわけでもなく病院の食事を食べて21時就寝。

続・骨折から完治までの記録 <ボルト摘出>




















































































































 


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