私の思い
私が中学1年生のとき、東京オリンピックがありました。
東京オリンピックの開会式は、1964年の10月10日の午後2時からでした。
土曜日でした。
まっすぐ家に帰って、必ずテレビで東京オリンピックの開会式を見るようにと学校から言われました。
家にテレビがない人は、学校に残ってテレビを見るようにと。
しかし、当時の私は野球少年で、野球以外のスポーツには興味がありませんでした。
東京オリンピックにも関心を持っていませんでした。
ところがです。
午後2時、オリンピック発祥の地ギリシャを先頭に、各国の選手団の入場行進が始まると同時に、私は、画面を食い入るように見入っていました。
入場行進に感動しました。
知らない国々から日本に集まった選手の行進に、完全に心を奪われました。
それとともに、アナウンサーが紹介するその国の場所、山や川の名前、特産品、首都名、などに引きつけられました。
私は、外国の人々と友達になりたいと強く思いました。
また、外国のことにとても関心を持ちました。
開会式が終わるとすぐ、中学1年の世界地理で使っていた教科書を読みました。
もっと外国のことを知りたいと思いました。
気がつけば高校の世界地理の参考書を勉強していました。中学1年生で。
私の外国の人々と友達になりたいという願望は、ますます強くなって行きました。
1年間英語を勉強して中学2年生の夏休みから、海外文通を始めました。
最初はアメリカの中学生でした。
高校生になっても、大学生になっても、社会人になっても海外文通を続けました。
フランスの高校生、チェコ、中国の大学生、ポーランド人の大学教授、etc。
1986年の夏、34歳のとき、文通をしていた中国の大学生に会うために中国・吉林省へ行きました。初めての海外旅行でした。
家族の方々や近所の人たちに、とても親切にしていただきました。
一緒によく笑いました。
それ以来、毎年中国へ行くようになりました。
観光地へ行くのが目的ではありません。
私を待っていてくれる友達がいるから行くのです。
国が違い、言葉が違っても、楽しければ笑い、悲しければ涙を流す。同じだということを体験しました。
その反面、習慣の違い、考え方の違いがあることも知りました。
たとえば、ごはんを食べるとき、日本人は茶碗を持って食べますが、吉林省では、茶碗はテーブルに置いて食べるのがマナーです。私が茶碗を持って食べていると、その食べ方は下品だと注意されました。
日本だけにいては、分らないことです。
私は、みなさんにもぜひ国境を越えて友人を持っていただきたいと思っています。
外国にぜひ親友を作っていただきたいと思います。
中国でもいいです。アメリカでもいいです。ヨーロッパでも、その他の国でもいいです。
国籍の違いなど、忘れるような友達をたくさん作っていただきたいと思います。
私は日中文通クラブの活動を始めて24年になりました。
お陰さまで、中国にたくさんの友達ができました。
その経験を生かして、中国での友達づくりのお手伝いをしたいと思っています。
文通、メール、そして中国へ行っての日中交流のお手伝いをしたいと思っています。
とくに学生さんには、できるだけ安い費用で中国へ行っていただく機会を提供したいと思っています。
一緒に、中国へ行きましょう。外国へ行きましょう。
そして友達を作りましょう。
日中文通クラブ
会長 藤井基義
私が国際交流に目覚めた
映画「東京オリンピック」 開会式入場行進