古天神のいわれ


今年も9月23日と24日の2日間、市内片原町にある華下天満宮(はなしたてんまんぐう)の大祭が催され
ました。
 この天満宮は古天神と言われ親しまれていて、鳥居の前に牛があることで有名です。
 地元民でありながら、じっくり見たのは初めてでした。私が小学生や中学生の頃はこのお祭りはまだ認知さ
れていなくて、大々的に始めたのは高校に通っているか卒業後あたりかと記憶しています。
 昨日(24日)、仕事の合間を見計らって商店街をじっくり見てきました。
 バザー会場で古天神についてのお膝元の城内中学校の生徒さん3名が自由研究として記した、チラシをいた
だきました。詳細を記しておきます。

 華下天満宮 

 この天満宮の祭神は菅原道真である。※学問の神様、国司(現在の都道府県知事にあたる)

 ○仁和(にんな)2年(886年)4月4日に国司として香川(讃岐)に着任し、この近くに上陸。
 ○近くの長命院(ちょうめいん)の住職、僧圭(ぞうけい)のもとを訪れて休憩し、国府庁に向かった。
 ○寛平(かんぴょう)2年(890年)に任期を終えて、京都に帰る時も僧圭のもとを訪れた。
 ○僧圭が菅原道真を慕って長命院内に祠を建てたのが古天神のはじまりと言われる。

 時は江戸時代へと。

 ○生駒藩の時代、初代親正(ちかまさ)公が高松城の守り神として入口を北に向けた。社殿を改築して、
   北向(きたむかい)天神とも言います。
 ○大規模な社殿の造営は、松平藩第三代藩主、頼豊(よりとよ)の時代。以来、学問の神様として親し
   まれています。

昭和20年7月4日の空襲で全焼しましたが、市民の力で復興を
成し遂げ、毎年9月25日に例大祭を催しています。

地元の郷土史家である山田竹系先生(既に鬼籍に入られた)が
                      著された山田竹系謹記より

2006.9.25作成