CIDPにおける自己抗体 CIDP患者によるCIDP勉強会 1-07 (Aug'07改訂)
全国CIDPサポートグループ Goromaru (塚口-藤澤 裕美)
【概要】
慢性炎症性脱髄性多発ニューロパチー(CIDP)
は末梢神経が標的となる自己免疫疾患と考えられているが、多くの患者において自己免疫応答*1の標的分子は不明である。CIDPの病態に自己抗体が関与する事は、多くの患者が血漿交換療法(PE)で治療効果のある事、神経生検において有髄神経線維に抗体(IgG,IgM
isotypes)や補体の沈着が見られる事などをもとに、20年以上も前から示唆されている(引用文献1-3:以下同様)。これまで多くの研究者によりCIDPの自己抗体の同定が試みられているが、「CIDPならこの自己抗体」*2という特異性や陽性率が著しく高いものは見出されていない。患者血清中で陽性率の比較的高い自己抗体としては、ミエリン膜*3,4タンパクに対する抗ミエリンP0抗体(〜29%)、ミエリン糖脂質に対する抗SGPG抗体(〜20%)、ガングリオシドに対する抗GM1抗体(〜15%)がある(3)。
このように、CIDPではたとえ陽性率が高い自己抗体でも、検出されるのは患者の一部・サブグループに限定される。CIDP患者内で特異的な自己抗体が観察される頻度が低い事は、「個々のCIDP患者において様々な自己抗体が関与し、また異なった発症メカニズム(機序)が関与している事を示唆しているのかもしれない」(1-3)。再発・寛解を繰り返す型*5では、IgGクラスの自己抗体が発症・進展に主な役割を担っていると考えられている(4)。また病態への細胞性免疫の関与を示唆する所見も多く得られている。末梢神経に(抗体を産生するB細胞の浸潤も自己抗体の沈着もなく)マクロファージやT細胞の浸潤がみられる、血中・脳脊髄液中にT細胞活性化を示す種々の因子(炎症性サイトカイン・インターロイキン等)の濃度が上昇している、等報告があるが、標的抗原を含め詳細はまだ不明な点が多い(1-6)。今回は自己抗体についてのみ紹介する。
サポートグループの会員内でも、治療への反応性、症状や進行などかなりバラバラで個人差が大きいのではないだろうか。患者さんごとに病態に関与している機序が異なるなら、治療法も違って当然だろう。もしある治療法で効果が得られなくてもけして悲観せず、医師の勧めに従って別の治療法を試して頂きたいと思う。
*1
自己免疫応答:本来は、外来侵入異物である病原性の細菌やウイルスを体内から排除するための免疫系が、CIDP患者では自己の末梢神経のミエリン(髄鞘)を攻撃するため、脱髄が起こる。この際、自己を攻撃する免疫応答の標的となる末梢神経のタンパクや糖脂質などの構成成分を「自己抗原」、自己抗原を認識する免疫系の液性因子を「自己抗体」という。抗体が細胞表面抗原に結合すると、補体やマクロファージが活性化され、標的細胞が障害・破壊されると考えられる。リンパ球のT細胞によるマクロファージ活性化、細胞障害性細胞等、細胞性免疫の関与によっても標的細胞が障害・破壊され得る(1-7)。
*2 例えば、自己免疫疾患の重症筋無力症では全身型の90%で抗アセチルコリン受容体自己抗体が(7)、ギランバレー症候群では約60%に抗ガングリオシド抗体が検出される(5)。
*3
ミエリン:シュワン細胞の細胞質が極限まで薄く伸展し、軸索に何重にも巻きついた規則正しい年輪構造で、軸索の絶縁性の被覆材の役割を果たす。有髄神経では無髄神経に比べ神経伝導速度が飛躍的に速くなる。実際のミエリンの層は、タイトにコンパクト化されている(8,
参照サイト1)。
*4
細胞膜:細胞を作る全ての膜は脂質分子が二重層を成して配列し、脂質の間にたんぱく質が組み込まれている。脂質やタンパク質には糖鎖が結合している場合があり(糖タンパク・糖脂質)、種々の機能を持つ(8,
参照サイト2)。
*5 この型ではPEを数回施行して筋力が一週間以内に改善し、終了後3週間以上経過した時点で再燃する例が多い(4)。
【候補自己抗体研究の詳細】
A.ミエリンタンパクに対する自己抗体
ミエリンタンパク0(P0)は末梢神経ミエリンタンパクの中で最も豊富(50%以上)に存在する膜タンパクである。接着性に富み、P0−P0相互作用によりミエリンのコンパクト化に関わっている。●これまで抗P0抗体の有無を調べたほとんどの研究で20%程度の患者血清中に検出されており(3)、29%(21人中6人)の患者に抗P0
IgG抗体が検出された報告もある(対照群では15人中1人)(9)。●
この研究では、抗P0抗体陽性のCIDP患者の血清をラット神経内に注射し、ラットの神経伝導ブロックや脱髄を誘導する事も確認している*。*CIDP患者21人中12人がPEに有効であり、その中で6人が抗P0抗体陽性であった。このうち、4人の患者血清がラットの脱髄を誘導し、この4人の抗P0抗体だけがヒト有髄神経線維に結合した(9)。「このように一部の患者の血清のみが脱髄を引き起こすのは、(脱髄活性の強弱に起因する可能性も否定できないが)CIDPという疾患がheterogenous(不均一)な、様々な病態の集合体である事を示唆するものであろう」(10)。
●また、抗P0様末梢神経タンパク抗体が25%(32人中8人)の患者血清で陽性であった報告(対照群では30人中0人)では、「免疫グロブリン大量静注法(IVIg)やPEに対するレスポンダー・女性では、抗P0様抗体が検出される傾向にあり興味深い」と述べている
(11)。(D-2参照)
B.非ミエリン抗原に対する自己抗体
シュワン細胞のミエリン以外の部分の構成成分に対する自己抗体の存在を示唆した報告もある(12)。CIDP患者26%の血清(46人中12人:対照群では34人中2人)が、培養シュワン細胞の非ミエリン抗原*(特定はされていない)に対して反応性を示した事から、ミエリン以外の部分が標的になる可能性も示唆されている。ある遺伝性の脱髄性ニューロパチーの研究でも、非ミエリンタンパクがミエリン合成や維持に重要である事が示されており興味深い。*培養シュワン細胞のdistal
tips (leading lamellae)と呼ばれる部分に局在した。おそらくシュワン細胞と軸索の相互作用に関わる構成成分だろうと推測されている。
C.軸索に対する自己抗体
軸索タンパクのβ-tublinに対する自己抗体を調べたもので、CIDP患者血清中23〜57%と高い陽性率(対照群2%)の報告もあるが、その後の研究で確認されず研究自体も少ない(3)。
ミエリンには、ガングリオシド、LM1(sialosyl
neolactotetraosyl ceramide)、 SGPG(sulfated
glucuronyl paragloboside),
ガラクトセレブロシド、スルファチド等の脂質が含まれている(13)。
D-1.抗SGPG抗体
SGPGは硫酸化グルクロン酸を有する酸性糖脂質であり主に細胞膜表面に存在する(シアル酸を有さない)(14,
参照サイト3)。●初期は低い陽性率(〜7%)の報告が多かったが
(3)、CIDPの診断基準を満たす患者20%(85人中17人)で抗SGPG
IgM抗体が陽性であったという報告が有る(対照群50人中5人)。症例のほとんどは高齢発症の男性であり、慢性・進行性の経過をたどる(15)。●CIDPの周辺疾患の一つである深部感覚障害優位、Mタンパク血症を伴う慢性のニューロパチー(anti-MAG/SGPG
IgM-monoclonal gammopathy: MAG/SGPGニューロパチー)では半数近くで抗SGPG
IgM抗体が陽性となる(14)。MAG/SGPGニューロパチーは治療抵抗性の場合が多いが、発症初期でのシクロフォスファミド静注とPEが有効とされている(15)。●CIDPと診断される患者でMタンパク陰性でも、抗SGPG
IgM抗体が検出される場合にはこれらの治療法が有益かもしれない(15)。
D-2.抗GM1抗体
ガングリオシドは神経組織に豊富に存在し主に細胞膜表面に存在する、シアル酸を有する酸性糖脂質である。ギランバレー症候群(GBS)では発症直後の約60%の患者血清中に抗ガングリオシド抗体の上昇がみられ、症状の改善とともに低下・消失する。分子中の糖鎖構造に基づき命名され(シアル酸数;
1=GM, 2=GD, 3=GT, 4=GQ)、それぞれの分子種が神経組織の特有の部位に局在する(5,14,16)。
*抗GM1抗体陽性のMMNの患者さんはこの抗体が陰性の場合よりもIVIgが効き易い傾向にあるようだ(11)。IVIgによる自己抗体の中和が最も考えやすい効果発現機序かもしれない。他にも抗体の代謝分解促進、B細胞による抗体産生抑制等の機序等様々な効果が考えられる。IVIgには炎症抑制作用、樹状細胞の分化・成熟抑制を介したT細胞活性化の抑制作用など、他にも多くの効果があり自己抗体が検出されなくてももちろん有効な場合がある
(19)。これはまた別の機会にまとめてみたい。
D-3.他の糖脂質に対する自己抗体
LM1、ガラクトセレブロシドに対する自己抗体についても報告はあるが陽性率も低く、また統一した結果は得られておらず、CIDPの病態に関与する可能性は低そうである
(3, 14)。
【動物を用いた実験】
<EAN>
実験的アレルギー神経炎(Experimenatl
Autoimmune Neuritis)は、ラット・ウサギ・ハツカネズミ等の動物に自己免疫による末梢神経障害を誘導した実験モデルである。ミエリン総タンパクや精製P0、P2、PMP22タンパク、P0やP2の合成ペプチド、脂質のガラクトセレブロシドやガングリオシドGM1等で動物を感作すると、主にGBSに似たニューロパチーを誘導できる
(2,3)。SGPGによる動物へのニューロパチー誘導は、可・不可両方の報告がある(20)。末梢神経抗原に反応するT細胞移入(passive
transfer)等、EAN誘導法は他にもある。EANは、自己免疫反応による脱髄機序の研究に広く用いられている(2,3)。
CIDPの実験モデルとなり得るEANを誘導するのは難しいようだが、ヒトCIDPに似た「慢性・再発型EAN」を、末梢神経ミエリン精製物を用いてウサギ
(21)、ラット(Dark Agouti系統;22)に誘導したという報告(他三例;3)
がある。EANではないが、B7-2遺伝子をノックアウト(破壊)したNODマウス*も、伝導速度の遅延、伝導ブロック、脱髄所見、細胞浸潤等、ヒトCIDPに良く似た自己免疫性の多発ニューロパチーを自然発症する事が報告されており(23)、細胞性免疫関与の発症機序を考える上で興味深い。これらのモデル動物は、CIDP発症機序や治療法に関する知見を集めるのに有益だろう(10)。
CIDPの自己抗体に関する報告について簡単にまとめてみました。血液神経関門の破綻を含め、細胞性免疫の病態への関与についても、いずれまとめる事ができればと、少しずつですが勉強を続けています。
基礎・臨床の両面から研究が進み、自己を攻撃する標的自己抗原が(自分の場合は)何か、どのようなきっかけでどのように自己を攻撃してしまうのか、一日も早くわかり、再発・再燃の恐怖から逃れる事ができれば・・・と思います。
病態も個々の患者により異なっている可能性が高い、患者数も少ない、研究に利用できる動物モデルの誘導も難しそう・・・。CIDPはなかなか手ごわい疾患のようです。でも医学も科学も時間とともに進歩していく事に期待して、あくまでも私自身がこの病気を理解する為に思い立った勉強会ですが、患者の立場で少しずつ病態・発症機序・治療法への理解を深めていけたらと考えています。患者歴も病気に関する勉強歴もまだ浅く、至らない箇所もあると思います。ご指摘・ご意見を是非お知らせ下さい(goroumaru_2007Xmail.goo.ne.jp)←Xを@に変更して下さい。
なお、ご指導・ご校閲下さった千葉陽一先生(神経内科学)、馬場満男先生(内科・免疫学)、文献入手にご協力下さった多くの皆様に心より感謝します。無断転載は固くお断りします(藤澤/Goromaru)。
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中枢神経のオリゴデンドロサイトが軸索に巻きつきミエリンを形成するアニメーション。末梢神経ではシュワン細胞に置き換えて眺めてみて下さい。
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