後藤文彦掌編集


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al Retpaĝo de GOTOU Humihiko

目次
レナちゃんの家(00/9/6)
空へ(00/9/6)
わたしのわたし(00/9/6)
階段(00/9/6)
自動ドアの本屋で(00/9/8)
幻想の中へ(00/12/22)
第一話「イブの日の幻想」
第二話「バルス ロマンティーク」
第三話「冬の日の幻想」

続く……










レナちゃんの家
(初稿:九〇年以前。ボレアス第12号(九〇)に「理世デノン」の筆名で発表。 第二稿:〇〇)


 そう言えば、「壊れだ冷蔵庫さ入ったらわがんねど」ってお母さんが言ってだっけ――んでも、こごはわたしだげのアイソレーションボックスだよ。

 中年ぐらいの人が道を歩いている。一軒の荒屋がその人の目に止まる。これはレナちゃんの家だ。レナちゃんというのはその人が小学生のとき同じクラスだった子だ。その人はレナちゃんが好きだった。しかしレナちゃんはカテーノジジョーで遠くへ引っ越してしまったのだ。レナちゃんが引っ越したことになってから一週間たったある日、その人はクラス名簿で住所を調べ、レナちゃんの住んでいた家へ行ってみた。その人の予想に反しレナちゃんの家はひどい荒屋だった。錠が開いていたのでその人は家の中に入ってみた。一面、埃で覆われている。躊躇の末、靴を脱ぎ奥の方へ上がっていくと、襖の向こうから子供の泣き声が聞こえてくる。襖を開けると、病に臥した母親らしき人の傍でレナちゃんが泣いている。レナちゃん! その人は叫んだ。レナちゃんはただ、 「おかあさんが、おかあさんが、」と言いながら泣いている。その人は蒲団の中の母親をよく見た。これは死体だ。
「レナちゃん、あんだのおかあさん 死んでるよ」
レナちゃんは泣き続けている。その人はレナちゃんを優しく抱いた。
「ねえ、おらいさございん。こごさ居だってしゃねよ」
レナちゃんは首を振る。
「んでも、おかあさんど一緒に居だいの。おかあさんど……」
「んでも、あんだのおかあさん 死んでんだよ」
「んでも、んでも……」

 急いで家に帰るとその人は叫んだ、
「大変だ、レナちゃんが、レナちゃんが死んだおかあさんの横に座って泣いでんだ」
「なに言ってんの? レナちゃんはこないだ引っ越したべっちゃ」
「いいがら早く来て」
やっとのことで母親を説得してレナちゃんの家まで連れてきてはみたものの、さっきまで居た筈のレナちゃんもレナちゃんのおかあさんも居なくなっているのだ。

 あれから何年になるだろうか。あの荒屋が未だ取り壊されず眼前に建っているとは……。錠が開いていたのでその人は家の中に入ってみた。一面、埃で覆われている。躊躇の末、靴を脱ぎ奥の方へ上がっていくと、襖の向こうから子供の泣き声が聞こえてくる。襖を開けると、病に臥した母親らしき人の傍でレナちゃんが泣いている。レナちゃん! その人は叫んだ。レナちゃんはただ 「おかあさんが、おかあさんが、」と言いながら泣いている。その人は蒲団の中の母親をよく見た。これは死体だ。
「レナちゃん、あんだのおかあさん 死んでるよ」
レナちゃんは泣き続けている。その人はレナちゃんを優しく抱いた。
「ねえ、おらいさございん。こごさ居だってしゃねよ」
レナちゃんは首を振る。
「んでも、おかあさんど一緒に居だいの。おかあさんど……」
「んでも、あんだのおかあさん 死んでんだよ」
「んでも、んでも……」
レナちゃんはその人を強く抱き締めてきた。それはその人にとって強すぎる刺激だった。興奮したその人はレナちゃんに口づけした。そこでその人は考えた――これは夢に違いない。そう信じたその人はレナちゃんのパンツを脱がし、そこに露出した子供の恥部を用いて一連の快楽を得た。それはその人にとっては至上の快楽ではあったが、餓死寸前の子供にとっては死が代償となった。子供の死骸を見たその人は考えた。早ぐ隠さねげ。んでも、どごさ。んだ、押入れの中だ。その人はレナちゃんとレナちゃんのおかあさんをうまく折り畳んで、蒲団の間に挟み込んだ。その人は慌てて家に帰った。その間、ずっとその人はある強迫観念に駆られ続けた――レナちゃんはまだ生きてんでねえがや、レナちゃんのおかあさんだって実は死んでねがったんでねえがや。今なら間に合うかも知ゃね。今なら! ――その強迫観念がその人にこう叫ばせた、
「大変だ、レナちゃんが、レナちゃんが死んだおかあさんの横に座って泣いでんだ」
「なに言ってんの? レナちゃんはこないだ引っ越したべっちゃ」
「いいがら早く来て」
やっとのことで母親を説得してレナちゃんの家まで連れてきてはみたものの、さっきまで居た筈のレナちゃんもレナちゃんのおかあさんも居なくなっているのだ……

 んだ、思い出した。この部屋にいる訳はねがったんだ。あの押入れの中だ――その人は押入れに近付いた――開げだらわがんね。開げだらわがんね――その人の脳裡で何かが叫んでいる。その声に構わずその人は押入れを開けようとする――が、開かない。その人は全力を注ぐ――が、開かない――そんな、開げでけろ。頼むがら。開げでけろ。誰が、こごがら出してけろ!





空へ
(初稿:九〇年以前。ボレアス第12号(九〇)に「理世デノン」の筆名で発表。 第二稿:〇〇)



 人間というものは時として宗教的思考に支配されることがあるもので、あの時のわたしがそうだった。わたしは空が飛びたくて飛びたくてどうしようもなかったんだ。挙げ句の果てに「飛べる」と信じてビルの屋上から飛び降りさえすればきっと飛べると信じていたんだ。ビルの屋上から飛び降りた瞬間、わたしは「飛べだ」と思った。でも、次に気が付いた時は病院のような所だったから恐らく飛べなかったんだ。母さんが「何て馬鹿なごどしてけだんだ」といいながら泣いていたような気がする。意識が薄れていって再び気が付いた時は空を飛んでいた。嬉しくて思わず感動するのも忘れそうになった。初め、何処を飛んでいるのか分からなかったが、例のビルが見えたのでそれを目印にして家に帰った。家の中には大きな箱があって、母さんがその箱に覆い被さるようにして泣いていた。一体なにが入っているんだろうと思って箱の中を覗いてみたら、わたしの死体が入っていた。そこでわたしはわたしが死んだんだということに気が付いた。急に母さんが可哀想になって、「母さん!」と叫んで母さんの肩を叩いた。母さんは振り返ってわたしを見た。「あんだ、帰ってきてけだんだね」といいながらわたしを抱き締めようとしたけれども、母さんの腕はわたしの体を突き抜けてしまうのだ。わたしは見ていられなくなって母さんの腕を掴んだ。「母さん、わたしど一緒に行ぐべ」と言ってわたしはそのまま飛び上がった。すると、わたしに掴まれた腕の所から母さんの魂が抜け出してわたしと一緒に飛び上がった。母さんも空を飛べることが嬉しいらしく、さっきまであんなに泣いていたのに今は晴れやかな顔をしている。わたしは母さんと手を繋いでどこまでも空の彼方へ飛んでいった。わたしは母さんに言った、
「最初っからこうすればいがったんだよ」
母さんはわたしを思い切り抱き締めた――空の上で。





わたしのわたし
(初稿:九二年以前。ボレアス第16号(九二)に『ぼくのぼく』の題名、 「理世デノン」の筆名で発表。 第二稿:〇〇)



 いつも通りの夜、いつも通りに帰ってきて、いつも通りの部屋に入ると、そこには何とわたしがいる。わたしたちは一瞬互いに見詰め合い、
「ひょっとして例のやづが?」
と同時に発しながら笑わずにはおれなかった。だってこれは、わたしが日頃強迫的に何度も想像実験を繰り返していた状況そのものなのだから。つまり、わたしがいつも通りに部屋に帰るとそこにはわたしがいて、わたしがいつも通りに部屋にいるとわたしが帰ってくる。しかしそれぞれのわたしにとっては自分自身がわたしであり、相手は他人でなければならない。互いの記憶を辿っていくと、生まれてから今朝起きて顔を洗い紅茶を飲んだ辺りまでは完全に一致しているが、その後どこで分離したのかがまるで分からない。分離した瞬間の明確な不連続点というものはなく、いつの間にか定性的に分化しているのだ。 でもそんなことは全然重要なことではない。これは照れ隠しの誤魔化し笑いなのだ。既にわたしの鼓動は極値に達し、自分の考えていることに紅潮してしまうのをどうにもできず、同じく紅潮しているわたしと見詰め合っていた。 完全なる共感者が出現したのだ。その人の前では自意識の電源を「切」にして、内面を晒し切って、甘えたり、泣き崩れたり、抱き着いたりしていい人が、やっと現れたのだ。生まれて初めて孤独から解放されるのだ。愛情を貪れるのだ。んだよ。いいんだよ。これは相思相愛なんだから。対象が誰かということは、大して重要なことではない。同じことを考え見詰め合って泣いていたわたしたちは、ほぼ同時に走りだし思い切り抱き締め合った。わたしの苦しみをわたしは知っていて、わたしの苦しみをわたしは知っている。わたしはわたしを慰めてあげたいと思い、わたしはわたしを慰めてあげたいと思う。嬉しいよ。からからに渇き切っていた筈の胸の中が、急激に潤っていぐよ。何かが満ちていぐんだよ。んだよ。こいづだったんだよ。わたしたちは愛し合っているんだ。助かった。やっと楽になれだね。本当に助かったよ。何年も持続してきたついさっきまでの苦しみが、ようやぐ停止したよ。なんだが白げるね。こんなにも楽になれるなんて。実はこれが普通の状態なんだべね――愛し合ってる人だぢにとっては。へー、そうが。そうだったのが。こんなにも有意な「格差」があったんだ。知ゃねがったね。白げるよまったぐ。世界が変わった。わたしも遂にこっちの世界の住人になれだんだ。こんな幸福感は久しぶりだね。少なくとも幸福という言葉バ覚えて以来、ようやぐその意味が分がりそうだよ。 ははははは。ほんとうに助かったよ。
 こうしてわたしたちの充実した共同生活が始まった。それはもう、実に楽しい毎日であった。そりゃ子供時代のかくれんぼの楽しさには匹敵しないかも知れないけれど、今のわたしたちに享受できる最大限の楽しみの中を、わたしたちは浮遊していた。
 こんなわたしたちのしあわせに、ある朝 危機が訪れた。誰かが玄関の戸を叩くのでわたしの方が出てみたら、そこに突っ立っているのは何と、わたしたちの母さんだ。
「あら、母さん。今ちょっと友達が来てで、そいづが何ともわたしにそっくりなんだよ。びっくりするよ。ほら、……**さんの友達の◇◇でがす。お邪魔してした。いやー、わたしも初めて**さんバ見だ時は驚ぎしたよ……」
「あんだ、いってえ何 言ってんのや?」
わたしたちの会話はまるで噛み合わなかった。これはどうやらわたしたちを見た母さんがおかしくなってしまったようだ。悪いことをした。
「んだごって一緒に病院さ行ぐべ」
と母さんが言い出したのをいいことに、わたしたちは母さんを精神病院へ連れていった。ところが、どういう訳か患者にされたのはわたしの方だった。どうもわたし以外の人にはわたしの方だけが見えてわたしの方は見えないらしいのだ。わたしたちにも最初は信じられなかったけど、わたしとわたしと が会話しているところを撮ったビデオを見せてもらったら、確かにわたしだけが一人で喋っているようにしか見えないのだ。これはもはやわたしの精神がいかれたことを認めない訳にはいかないだろう。それならそれでもいいさ。わたしたちはある実験を思い付いた。考えてもみれば、わたしたちは今までいつも一緒にいて離れてみたことはなかった。だから、見えるわたしの方は病室に残り、見えないわたしの方が病室を出て散策しても本当に誰も気付かないのかどうかを確かめるのだ。実験は成功した。更にわたしたちは、医者が母さんに話している衝撃的な治療法のことを知ってしまったのだ。
「……お宅の子供さんの脳内には一部ニューロン細胞体が不自然に密集してる部位があってっしゃ、この部位がもう一つの自我感バ発生させでっか、あるいはそう錯覚させでる可能性が濃くなってきした。つまり、その部位バ切除してしまえば回復する見込みがあるっつうごどっしゃ。尤も、も少し慎重に調べでみる必要性はあっぺげっとも……」
そういうことならこっちにも考えはある。わたしの目的はわたしがしあわせになることだ。病気の治療が妥当性を有すのは、その病気がわたしのしあわせを阻害する方向に機能している場合のみにしかない。発病前より発病後の方が百倍も千倍もしあわせだとなれば、病気の治療を阻止するまでだ。は、は、は、治ったふりなんて簡単っしゃ!
 翌朝わたしは目を覚ますと同時に叫びだした、
「大変だ、わたしが見えねぐなってしまった!」
わたしはベッドの下や冷蔵庫の中を本気でわたしを捜し回り、医者連中にわたしがいなくなったと思わせることに成功した。その後の検査でも、前もって見えないわたしの方が医者側の動向を偵察していたので、どう対応すれば治ったと解釈されるかの見当は付いた。わたしたちは見事に治ったふりを演じて退院することができた。助かった。
 こうしてわたしは今もわたしとしあわせを暮らしている。

いつも通りの夜
いつも通りに帰ってきて
いつも通りの扉を開けると
そこには何と
わたしがいる
そういうごどが
とわたしたちは同時に言い
いいんでね?
とわたしが言うと
んだね
とわたしが言う
ははははははは
ははははははは
とわたしたちは笑いながら
ぴったりとくっついて
長椅子に掛ける
ゴルトベルクが流れていて
趣味いいごだ
とわたしが言うと
んだがら
とわたしが言う
そうしてわたしたちはそれ以来
ずうっとそうしている






階段
(初稿:八五年以前。ボレアス第10号(八八)に「理世デノン」の筆名で発表。 第二稿:〇〇)



 病床の老人が思惟に耽っている
わたしの人生は失敗だった――単調で何の変哲もない平凡な人生。 もう一度やり直そう――いつから? そう、物心ついた時から!



 気が付くとその人は階段を上っている。一体いつから上っているのか、 何の為に上っているのか――その人には分からない。何処まで上ろうと 階段が途切れることはない。その人は更に何時間も何日間も何年間も登り続ける。 やがてその人は不安に駆られ階段を下り始める――何時間も何日間も何年間も。 こうしてその人は階段の上り下りを繰り返す。ある時その人は考える―― 上にも下にも果てがなくて永久に階段が続いているというのは可笑しい―― ひょっとするとこの階段は空間を巧みに歪ませて作られている不思議の階段で、 実は輪のように繋がっているのかも知れない。そこでその人はそれを確かめるべく 階段の一つに傷を付け、その傷を後に上り始める……あれからどれくらい上り 続けたであろう――何時間も何日間も何年間もたったある時、案の定その人の前方に 曾て自分が付けた傷が現れる。そこでその人は悟る――この階段は何処まで上り 続けようと堂々巡りするだけであり、つまりここから脱する為には壁に穴を空け でもしなければ不可能なのだと。
 その人は掘り続ける――上へ下へ横へ――何時間も何日間も何年間も…… …………今や階段の形跡など微塵もなくただ大きな空洞があるのみ―― 曾て階段を存在せしめた空洞と等しい容積の空洞が。 その人は愕然とする――わたしはこの土の中でこの容積の空洞の位置を移動 させていたに過ぎないのだ。
 その人は空洞の中で虚脱している――何時間も何日間も何年間も。 やがてその人はあることに気が付く。自分の記憶には時間的に容量の限界があるのだ。 現にその人の最も古い記憶は、階段を上っているところから始まるのである。 つまり新しい事象を記憶する為に古い記憶から順に消去されているのだ。 つまりこのままいくとその人は自分が曾て永久に上り切れぬ不思議の階段を上って いたという事実さえも忘れてしまうだろう。その人は急に不安になる……それは いけない。永久に上り切れぬ階段なんてそう簡単に作れるものではない。それを わたしは悉く破壊してしまったのだ……その人はある衝動に駆られ始める―― 自分の脳裡から「不思議の階段」の記憶が薄れぬうちにこの土と空洞の配置を 変えてあの「不思議の階段」を復活させようという衝動に。
 その人の試行錯誤は続く――何時間も何日間も何年間も……
 ある時、その人は遂に「不思議の階段」を完成する。

 その人は階段を上っている――何の為にか――曾て自分が「不思議の階段」を 上っていたことを、「不思議の階段」を破壊したことを、それを自らの手で復元 したことを、それら一切の記憶を忘れる為に……





自動ドアの本屋で
(初稿:八五年以前。第二稿:〇〇)



 本屋で立読みしていたわたしは、そろそろ帰ろうと思ってドアに近付き一瞬 躊躇した。というのは、そのドアは自動ドアであり、道路に面した側には人に 踏まれたことを感知するマットがきちんと敷かれているのだが、屋内側には それがないのだ。尤も、マットなしで作動する自動ドアもあったかも知れない。 しかしわたしにはこのドアがそういう種類のものだと断定するほど自信はない。 軽率にもドアの前に歩み出て開かなかったりした時の狼狽――わたしはこれを 恐れているのだ。もしかしたらわたし以外の人には知れているごく常識的な 開け方があるかも知れないではないか。とはいえ、まさか店員に訊くなどという 恥ずかしい真似は出来ない。結局、誰かが出るのを待って、その開け方を見物する ことになりそうだ。だが、不思議なことにさっきから客が入ってくるばかりで 誰ひとり出る気配はない。わたしはふと考えを変えた。ひょっとしてあれは 入口専用のドアで、何処か他に出口専用のドアがあるのではないか。―― わたしは店内を隈無く調べた。が、特に出口らしきものは見当たらず、怪しい ところといえば関係者以外立入禁止という立札の立った長い廊下ぐらいなものだ。
 取り敢えず立読みを再開していると、ドアの近くに頼もしい人が現れた。 その人は立読みに熱中している為か徐々にドアの方へ移動しているのだ。これは 期待できそうだ。実際その人の足は、もしそこにマットがあるならその端を 踏んでいるくらいの位置にあるのだ。――もっと真ん中だ! ――しかしその人は それきり戻ってしまった。あんな曖昧な踏み方をされたって一体あのドアが開くのか 開かないのか判断できないではないか。まあいいさ。わたしも本に熱中している 振りをしてドアの前に立てばいいんだ。大体、今の人だって果たして無意識に 動いていたのかどうか怪しいものだ。……いざ、わたしはドアの近くの書棚から 取った雑誌に見入りながら、じわり、じわり、ドアの前へ近付いた――その瞬間、 偶然にもドアが開き外から客が入って来たのだ――わたしはどれほど狼狽したことか ――今だ! 雑誌を放ってそのまま外へ出ろ、早く、……わたしの体の呪縛が解ける 前にドアは閉まった。仕方なく店内をうろついていると、私が入る前からいた客が まだ目に付き、段々腹立たしくなってきた。この状況は明らかに異常だ。わたしは 再び出口を捜し始めた。やはり怪しいのはこの長い廊下だ。大体において、暗いの と遠いのとで向こうの突当りが見えないのだ。関係者の振りをして入ってみようか ――とその時、店員が声をかけてきた
「あら、××××だったら八時がらでがすと」
××××は聞き慣れない言葉で、横文字のようでもあり難しい漢語のようでもあった。
「ああ、八時がらすか。どうもねや」
わたしは店員に同調してこう答えていた――まんまと罠に嵌まってしまったのだ。 店内の 客は、仲間を一人失った時の目でわたしを見ていた。

 やがて店内は超満員と化した――誰一人として外へ出ないのだから当然の結果 である。
 八時。店内放送が鳴る
「大変お待だせしした。も少しで××××が始まっから。特別室さ入ってけらいん」
 客は皆、例の廊下へと移動し始めた。恐らく、あの先頭の奴等がサクラなのだ。 いや、わたしとて今さっき店員にサクラを演じさせられたではないか。つまり ここにいる客は皆、自ら進んでサクラを演じているに過ぎないのだ。そしてわたしは、 ××××とやらをさも知っているかのように振舞ったことで他の客に対して恐るべき 優越感を抱いているのだ――これじゃ、思う壺だ。果たしてわたしはこのままで いいのだろうか。わたしは帰りたい――この一言が言えないのか――言えない。 奴等に作られた羞恥心と優越感がわたしを周囲に同調させるのだ。どうにかしなくて は。例えばさっきドアの前を踏もうとしていた人――あの人ならサクラではないだろう。 あの人に打ち明けてはどうだろうか。向こうだってそれを期待している筈だ。 他の誰かがわたしにそうしてくれることを期待したところで、店員に同調して しまったわたしに相談を持ち掛ける者はいないだろう。つまりここで堂々とこの お芝居を中断できるのは、最も優越感を抱いているこのわたししかいないのだ。 なのに、わたしはそれをしない。誰もしない。ただ歩き続ける。さあ、冷静に 考えるんだ。これは単純な葛藤だ――「帰りたいんだげっと、どっから出れば いんだが分がんねんでがす」と告白する羞恥心という不快感と、早く帰りたくとも 帰れずその上これからどんな恐ろしい目に会わされるかも知れぬ恐怖という 不快感との。わたしのすべきことは、これらの不快感のうちどちらがより不快かを 判断し、不快でない方の行動を選択することだ。実に簡単なことだ。わたしは 一行と共に暗い廊下の奥へ歩いていくことにした。





幻想の中へ
(初稿:九〇年以前。ボレアス第13号(九〇)に「理世デノン」の筆名で発表。 第二稿:〇〇)


   第一話「イブの日の幻想」


 今日はクリスマスイブだ。この陰鬱な家庭の中では誰一人クリスマス という言葉を口にするものはいない。でも、わたしは今夜わたしの部屋で わたしだけのイブを祝おうと思っている。祝うとは言っても、 ただT.トーマス指揮のチャイコフスキーの交響曲第一番 「冬の日の幻想」を聴こうというだけのことなのだ。 わたしの受験が近づくに連れ、曾ては楽しかった団欒もただ険悪な 雰囲気に堪える場と化し、よってわたしは部屋に閉じ籠もって勉強することを 余儀なくされた。こんな状態だから今のわたしには曾てのように家族の前で 堂々と音楽を聴くなどという真似はできないのだ。

 夜。家族が寝静まってからわたしは部屋の電灯を消しヘッドホーンを耳に当てる。 カセットテープを再生する。冬の日の幻想が流れてくる。わたしは暗闘の中、 鏡の前に立ち、指揮者になる。気が遠くなり指揮者は倒れる。

 気が付くとわたしは病院のベットに寝ている。部屋にはクリスマスツリーだの プレゼントらしきものがあちこちに置かれてある。 ふとわたしは枕許に一冊の本が置いてあるのを発見する。 著者の名前はわたしの名前だ。そんな馬鹿な! わたしは頁を捲る。 これはわたしが趣味で書いていた小説だ。でも何故? そこに看護士がやってくる。 わたしを見ると看護士は慌てて部屋を飛び出す。 まもなく医者が来て、それからしばらくして母さんがすっ飛んでくる。 母さんは泣いている。わたしを抱き締める。今日はわたしが気を失ってから 丁度一年たったクリスマスイブなのだそうだ。ある日、悲嘆にくれた母さんは わたしの部屋を片付けていて小説らしきものを発見し、それを自費出版したらしい。 悲しい話だ。

 クリスマスの夜。大勢の友達が来る。みんなで はしゃぐ。こんな楽しい夜はない。 そろそろ疲れてきたのでわたしは自分の部屋に戻り横になる。 ドアが開き一人の友人が入ってくる。友人は泣いている。わたしも泣いている。 曲はもう直ぐ終わりなのだ。そう、これはわたしが卒倒することを期待しつつ 冬の日の幻想を見ている間のみ許される虚しい妄想なのだ。





   第二話「バルス ロマンティーク」
 客観的な反証が不可能な以上、わたしだけが真実を見ているとも限らない ではないか

 十八の時、初めて『星の王子さま』を読んだわたしは愕然とした。 わたしは子供の時にこの本を読んでおくべきだったんだ。なのに、 十八になるまで読まないでいたのは姉のせいなんだ。というのはわたしがまだ 小さい頃、姉に訊いたんだ――星の王子さまってどいな話だっけ――と。 すると姉は何を勘違いしたのかこう答えたんだ――たしか、幸せの星 求めで あちこち行ってみだげっと、ながなが見つかんねくて、やっと見っけだ幸せの 星が実は地球だったっつうんでねがったっけが――と。 だから、だからわたしはてっきりメーテルリンクの『青い鳥』と同類の物語なんだと 思って特に読む気も起こさないでいたんだ。それなのに、わたしが気紛れで 初めてこの本を読んでみると全然 違う話ではないか。これはそんな希望を追い求める ような話じゃない。わたしがこの話から感じたものは果てしない虚無感。 大人のしていることは全て虚無。かと言って星の王子さまだって例外じゃない。 たとえ一日に四十三回も日の入りを見れたってあんな小さくて何にもない星に 暮らしてたんじゃ虚無だ。あんな性格の悪い薔薇の花を愛しているなんてあまりにも 虚無だ。羊が薔薇の花を食べたか否かで世界が笑いで満たされるか涙で満たされるか が決定せらるほどの果てしない虚無――畜生! わたしは無邪気に感動できる 子供の時にこの本を読んでおくべきだったのに。だのに恐らくわたしは生涯で 最もまずい時期にこの本を読んでしまったに違いない。というのは、こうなったら 白状するが、迂闊にもわたしはなんと星の王子さまに恋をしてしまったんだ。 最低だよ――偶像に恋するなんて。決して叶えられぬことの分かりきった恋なんて。 わたしは少年たちが自分たちのアイドルを崇拝するように――それ以上に 星の王子さまに恋い焦がれていたんだ。そして遂にわたしの 適応機制はわたしに星の王子さまが実在すると信じ込ませたんだ。つまりわたしは 宗教が多くの人に神の存在を信じ込ませるのと同じ原理を自分に適用したんだ。 わたしの脳内で星の王子さまの実在を懐疑しようとするあらゆる衝動は封じ込め られていき――兎に角わたしは本当に信じていたんだ――いっぺ、いるにきまってっぺ ! 

 これが、今わたしがアフリカの砂漠の真ん中をたった一人歩いていることの いきさつだ。それはそうと兎に角、向こうから歩いてくる少年はどう見たって 星の王子さまだ! 

「今まで寂しがったげっと、おいさ会いにきてけだのは あんだが初めでだよ。 そりゃあ、無邪気な子供だぢは おいさ会いてがってんだげっと、親だぢが 許してけねんだでば。んでも、その子供だぢも大人になっと おいのごどなんか 忘ぇでしまうんだ」
わたしはしゃがんで星の王子さまを抱き締めた。 星の王子さまは頬を紅潮させた。

「ねえ、おいの星さ あばいん」
「うん、行ぐ」

星の王子さまはわたしの腕をぎゅっと抱き締めた。二匹の黄色いヘビが わたしたちの足を噛んだ。わたしたちは倒れた。でも星の王子さまが わたしにしっかり抱き付いているからわたしは幸せだ。 それから、星へ行く方法が「ヘビ」で本当によかった。そうじゃなかったら わたしの死因は差し詰め「脱水死」ということにでもなったろう。

 わたしは知っている――「星の王子さま」がヘビに噛まれたのは、 星に帰る為の手段なんかじゃなく、この果てしない虚無の中で自殺したんだ ってことを。





   第三話「冬の日の幻想」


 吹雪の中を少年が歩いている――雪にめり込む足を必死に引き抜きながら―― でもとうとう少年は動けなくなり蹲ってしまう――やがて少年の体は砂のように 崩れ少しずつ雪の粉となって吹雪にさらわれていく。
 吹雪になった少年は一軒の家の窓から漏れる明かりを見ている。窓の中では 家族たちがクリスマスイブを祝っている――そう、これは少年の家なのだ。 吹雪は少年を窓の隙間から吹き込んだ。
 蝋燭の灯り。クリスマスツリーの飾り。ケーキのクリーム。シャンペンの泡。 クラッカーの音……――。家族は はしゃぎ、笑い、歌い、踊り……楽しいイブの 夜。やがて少年と姉は自分たちの部屋に各々大きな靴下を吊し眠った 振り*をする ――サンタクロースがいつ来るかと頑張っているがいつの間にか眠っている。

 翌朝 目を覚ました少年は膨らんだ靴下に突進する。少年は新しいおもちゃを 手に姉と一緒にはしゃぎまわる……
 朝食の後、一家 揃って街へ出かける。何処かで管弦楽が「聖夜」を奏でている。 少年はその旋律に誘われるまま歩いていく。家族が少年を呼び戻そうとした時は 既に遅かった――少年の体は旋律になって風に飛ばされている……

 こんこんと降る雪の中、少年は歩いている。前方に見える一軒家へと向かって いるのだ。少年はその家の扉を開けた。
 今日は大晦日――少年は家の大掃除を手伝っている。日も暮れた頃、少年の 家族は年越しそばを喰いながら一年の思い出を語り合う。 少年は除夜の鐘を聴く前に眠ってしまう。
 少年が目を覚ますと年が明けている。家族たちは新年の挨拶を交わす ――少年にはこれが イズくてたまらない。御汁粉と雑煮を喰った後、 少年の家族は親戚の家へ挨拶に出掛ける。そこで少年は御年玉を貰って 喜んで帰ってくる。家には年賀状が届いている。少年は友達からの年賀状を 何度も見返す。
 二日。少年の家族はかるたを楽しむ。月が輝く頃、少年は宝船を折り始める ――祖母から教わった、中に三つ山の出来る折り方を思い出しながら。 少年の書いた願い事はこうだ―― 「愛する人と一緒にいつまでも幸せに暮らせますように」。 少年は完成した宝船を枕の下に敷いて眠りに入る。

 夢の中で少年は雪の中を歩いている。少年は全裸であるが寒さは感じない。 樹氷の陰から全裸の少年が現れる (その少年の性別は不明だが、そんなことはどうでもいいのだ。要は、 その子が主人公「少年」の恋の対象になれさえすればいいのだから)。 少年は自分が少年に恋していることを思い出す。少年たちは雪を投げ合ったり、 追いかけ合ったりして戯れる。遊び疲れると少年たちは抱き合って愛の囁きを 交わす。少年は考えている――少年と戯れるのは楽しい。この雪景色は美しい。 風が樹氷を擦る音は美しい。白い雪の中で少年と自分の裸の姿は美しい。 愛し合うことは心地いい。たぶん今の自分はきっと幸せに違いない―― だから、これが自分の最後の変容となっていつまでも永久にこの状態が 続くことになっても構わないと。



















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