旧ホームページからの抜粋
【パットウルフ来校時の写真集】 1993年8月の写真










【パットと過ごした一週間】 受講生の皆さんの感想文です。
私は高校で生徒と一緒に小さな小屋に挑戦していますが、その知識は独学で学んだ(書籍等)知識で、実際の作業のなかでは、細かい部分の技術が解らず壁にぷつかっていました。 そんな時に、倉松先生からパットウルフ氏来日の話を聞き、受講させてもらうことになりました。 スクールを受講してその悩みの一部が解消され、少しは胸のつかえがなくなりました。 また一週間という短い間に盛りだくさんのメニューで消化不良の点もありますが、倉松先生の力を借りながら目標に少しでも近づきたいと思います。 また、パットウルフ氏の熱心で、しかも旅行づかれの中、受講生の安全を気ずかった指導には感激致しました。 北海道から四国まで、全国から集まったログ好きの仲間と知り合い、作業終了後焚き火を囲み、酒を酌み交わしながら、将来のこと、地域のこと、ガールフレンドのこと、ログのことなど、色々語り合えたことは有意義で、自分の気持ちが高揚するのを覚えました。 この講習会で知り得た知識枝能を大切にし、自分の将来の夢を達成すペく努力したいと思います。最後に何から何までお世話になった倉松先生に感謝し、一緒に頑張った仲間の皆さんの発展を祈念致します。 ふらんこにあログ 万歳!(神林村-中村)
私、主役でした??? 私の実家は長野です。現在は、下北沢で家賃38000円です。モトクロスバイクに凝っています。カナダに、ぜひいってみたいです。 (東京-高橋)
英語があまりできない自分には、英語を日本語に訳すのが大変でしたが、単語とジェスチャーでどうにか一週間授業を受けることができ、非常によかったです。 たった一週間でしたけど、ログハウスの作り方を何も知らない自分にとっては、中身の濃い授業だったと思います。もっと長期に渡って受けれたら、もっと良かったと思いました。 村上に住みついて、ログを建てたい気持ちです。 また、このようなイベントがあったらいいと思います。 また遊びにいきたいと思いますので情報をお知らせ下さい。 (岐阜-橋本)
二日間の受講でしたが、大変楽しく受ける事ができました。一時お酒がダメ、と言われ前途真っ暗になりましたが、倉松さんの強引な願いで?飲めることになり、有意義な二日間でした。
(英語がわからない・・・・日本語も苦手) (新潟-山口)
コースは二日間だけしか参加できませんでしたが、貴重なまた楽しい体験でした。ただ英語ができないので説明がわらないことが沢山あったと思います。 まだわからない事ばかりですのでこれからも教えて下さい。
(六日町-小島)
足が悪かったのに、何でも自分でやりチェーンソーワークや色々なことも、大変、参考になったが、それよりパッ卜の人間性にひかれました。 トラスをもう一度、やってみたかったし時間があったらとも思いました。
どうもありがとうございました。(千葉-渡辺)
四国の山奥から、はるばるやって来たかいがありました。 帰りたくはありませんが、また山師の生活に戻ります。 土佐の杉を、愛情込めて育てていますから、LOGHOUSEを私の育てた杉で建てたい方は、連格下さい。 また会いましょう。 ありがとう。 (高知-仁井田)
丸太小屋をつくるということを通じて何か色々なことを感じ学んだ一週間でありました。 山での暮らし・自然との付き合いそして何よりも、怪しくたくましく、限り無くやさしい人々との出会いがありました。 一週間のテント暮らしで、ヤセて帰るはずだったのに、体重が増えてしまったのはどういうことか? メシはうまい、酒はうまいじゃしょうがねえか、土佐の料理人に感謝。 と言うことでとにかく、楽しい一週間でした。 トラスの作り方の頃になると、もう頭の中がグチャグチャでしたね。 英語わからないし、倉さんの物静かな「今のわかったよね」に妙に変な納得をし、落ちこぼれていってしまいました。 パットコースがなくても、また行きたいです。 ありがとうございました。(群馬-阿久津)







ふらんこにあログの歩み(旧HPから年代を追って、ふらんこにあログの活動や、生徒さんの活動を抜粋・編集して掲載しています。時間表現はほぼ、旧HPのままですが、リニューアル時追記分は赤文字にしています。記憶違い等による誤りに御気付きの方はご一報下さい。)

--1987年完成 帰国後一番最初に受注製作したログキャビン--
18年に渡る海外生活に別れをつげ、帰国した校長は、知人の紹介で村上市内の建設会社に入り、ログビルダーとして仕事を始めた。その時代の記念すべき第一作。14年後の今、年月を感じさせる落ち着いた色あいとなっている。

--1988年完成 新潟町屋邸--
ハンドカットの部分と、ピース・エン・ピースの部分をつなげてある

--1990年 ふらんこにあログスクール開校準備--
それまで、村上市内の建設会社で、ログビルダーとして校長は、6棟のログハウスを手掛けてきた。念願だったログスクール開校の為の土地を、神林村指合(さしあわせ)の忠さんに紹介され、喜びいさんで会社を辞め開校準備に突入した。松林の伐採から始まるこの開拓時代には、管理人もずいぶん手伝ったものだ。いや手伝わされたものだ。

--1990年 第1回ふらんこにあログコンサート--
ログスクールの完成を祝って、忠さん主催の盛大なコンサートが開催された。だが作業の遅れの為あちこち未完成のままだった。司会の忠さん「それでは、これからふらんこにあログの未完成記念コンサートを開催します!」

--1990年6月 校舎?完成&ログスクール本格始動--
コンサートも終わり、ドアの作成及び取り付け、窓ガラスのはめ込み等全て完了。いよいよふらんこにあログスクールの開校となった。この年の受講生は9名。ほとんどは県内からの生徒だったが、遠路東京と長崎からの受講生もあった。右側の写真は後にキッチンなどを増築した物。更に電気、水道も引き込んで快適なログスクール活動がおこなわれるようになった。


--新潟県田上町の中村さんと自宅庭の隠れ家--
当校最初の卒業生である中村さんは、卒業後自力で1年半かけて、趣味の部屋を完成させた。
自転車ロードレースを趣味とする中村さんは、自転車で村上まで通ってきた事もある。
将来、本宅もログに造り替えたいと意気込んでいる。



--1992年 新発田の(株)会田製材建設と業務提携--
校長の著書「カナダ丸太小屋修行」を読み、そのハンドメイド・スピリットに共感してくれた新発田市の会田さんと意気投合。その共同制作の第一作目と二作目。写真左から、新発田市赤谷に熊出現!TV取材に第一発見者としてインタビューに答える会田さん。中央が第一作目、右がその近所に売店として建てられた、第二作目。
--1993年8月 カナダ、オンタリオ州の巨匠
パット・ウルフ氏来校--
校長の師匠のパット・ウルフ氏はオンタリオ・ログビルダー協会の創設者であり、カナディアン・ログビルダー協会の理事です。またログビルディングのガバメント部隊の一員でもあります。1983年にはブリティッシュ・コロンビア州のアラン・マッキー・スクールにゲスト指導員として招待され、カナダばかりでなく、アメリカでも活躍しています。
その、パット・ウルフ氏がふらんこにあログスクールで教える為だけに来日、約一週間の特別講習を行いました。本ページトップの写真集がそのときの物です。


--1995年 中条町にログのパン屋さん「麦ばたけ」建設--
全国的にも珍しい本格ハンドカットログのパン屋さん、ということで取材も多数。そもそも国道沿いにあった店舗を自宅のある現在地に移す際「ちょっと裏通りにあるので何とかインパクトを」と、ログハウスに。ついでに自宅のほうもログハウスにしてしまい、大迫力のツイン・ログハウスとなった。
これも、上記(株)会田製材建設さんとの共同制作となる。

--1996年頃 名誉会員忠さんと、かなり昔の卒業生笹原さん--
左下は校長の良き理解者、大恩人の忠さん。地元神林村の名士であり様々な活動をしている。
右下は週末に神奈川から何度も通って来た、笹原さん。
後ろの二人は当時新婚ホヤホヤだった、校長夫妻。
約15年前の写真です。皆さんお若い事。


--1998年 福島県 ぷれーんふぃーるど庵完成--
一時期、当ホームページのトップ写真に使わせて貰っていた事もあるぷれーんふぃーるど庵です。(内外装ともに最高の雰囲気ですね、)
”ぷれーんふぃーるど”とはオーナーの平野さんの名字からつけたものらしいです。


--1998年 新潟県巻町の小島さんと山小屋--
自宅から車で10分の山中に、基本的には独力で98年に完成。バーベキューにつられて10人の友人も丸太の皮むき、棟上げ、屋根葺きなどを手伝ってくれたという。
日本アルプスを制覇し登山を趣味とする小島さん、最近週末は仲間とログで賑やかに過ごす事も多いそうだ。

--2001年 秋田県大曲市の戸嶋さん御一家とログハウス--
2001年元旦のご挨拶によりますと、ログハウスは現在進行形で、屋根がかかった模様です。


-- 2001年/秋頃の卒業生や在校生の皆さん 勢揃いハスクバーナ254!!--



--2002年頃、生徒さんが自力で建設開始、或いは援助を求められて応援部隊派遣など非常に活発な時代でした。左から新潟山口さん、長崎前川さん、若ぶな高原の大ログハウス。それぞれ、進行中のようです。--



ーー2002年頃ホームページに紹介した生徒さん達です--
2(左)002/4/21 UP
当ホームページリニューアル後、めでたく?ホームページを介しての第一号の入校者となった田中さん(右-岐阜県)と 一日おくれで第二号となった赤荻さん(左-茨城県)
(中央)002/5/4 UP
富山からお出での近山さん御一家
本来ならば、この方が2002年度第1号の入校者となるはずだったのですが、勤めの関係上、連休の時しか来れなくて、上記のお二方に次ぐ、第三号となりました。
とりあえずは七日間コースですが、この先二年間くらいかけて、じっくり気長に気楽に修行を積み、ゆくゆくは自力でログハウスを建てたいとのこと。
(右)002/5/4 UP
若ぶな高原スキー場近辺に建築中の巨大別荘と山内さんご兄弟



(左)’02年7月14日UP
いつのまにか、また3人増えてました。左から大寺さん(岡山)、向井さん(青森)、ご存知敬老会赤荻さん、待井さん(名古屋)、以下ご存知敬老会、田中さん、近山さん、校長’
(中央)02/7/22UP
左端 長野からお出での杉山さん
右端 なんと、九州は鹿児島から、はるばる軽ワゴン車で駆けつけてくれた浜崎さん。いずれも永久会員です。


--------2--2002/5/4UP--
苦節10年 漸く完成の電柱ログハウスと、卒業生の江黒さん


--2003年頃・・・TV取材、ラジオ取材等さまざまありました。左の写真は、雑誌「私が造る家」の取材に集まってくれた卒業生とその関係者の方々です。右は、今では、ゴールデンウィークの年中行事となっている、バーベキュー大会の様子です。この頃から始まったようです。




--2004年5月2日 ふらんこにあ恒例GWバーベキュー大会にて--
この年のBBQ大会に参加してくれた、生徒さん達です。左、北海道から犬と共に入校の田村さん、大分からお越しの前平さん、群馬から、取り敢えず一日体験でお越しの三友さん、右端はこちらも北海道からお越しの、矢後さん。本当に全国各地からたくさんの方々が入校してくれました。
永久会員の田村さんは、金の続く限り居座ってログ技術を身につけたいと吠えていました。
前平さんの夢は、将来自分の家を自分で建てる事。 もちろんログハウスで。 九年前、大工になりたくて建築の世界に入りましたが、気が付けば現場管理者として八年、鉄骨やRC、土木の仕事が主で、進んでいる方向が違っていることにずっと疑問を感じておりました。 私は今年34歳、何かに挑戦しようという意欲がこの先起きるだろうかと思うと、今が人生の大きな転機ではないかと考え、監督業から足を洗う決心がつき、仕事のきりがついたところで退職させていただくことになりました。 携帯片手に図面を書くことよりも、鋸や金槌を振り回しているほうが好きです。との事。
5月3日に1日体験コースを受講する予定で早めに来校。運良く(悪く?)、この馬鹿騒ぎに遭遇した三友さんは、ブロック屋さんを辞めての参加。
矢後さんは、将来ログハウスを自力で建てるため、永久会員として入校。愛犬とともに入校したかったが、今回は見送り。

--2005年頃UP --
左、静岡からおこしの佐藤さん,浜松の近くからやって来て、2004年最後の最後まで頑張りました。雪道は運転したことがないということで、雪が降る前に帰りました。右、東京からお越しの佐藤さん,その年の冬をふらんこにあで生き抜きました。過去にも何人か越冬した人がいましたが、水道など設備が整ってきたとは言え、なかなか大変な事だったと思います。その甲斐あって腕のほうはめきめき上達。椅子や車内の飾り付けなど、端材利用の大物小物いずれもすばらしいできでした。
05/1/3UP


--2006年頃 新潟県岩室村の鷲沢さん御一家とログハウス--
和風庭園の隅にセルフビルド。こちらも大学で講師をしていた時の学生さん達が、ビールと食事で協力してくれた。
知り合いの多い鷲沢さんはみずから駆けずり回り、全ての材料を安く買う事ができたため、300万円ほどで建築する事が出来たそうだ。