
![]()
| (1)孝義録 | |
![]() |
江戸幕府は、寛政元年(1789)三月に全国の幕領・私領に命じ、領内の善行者の表彰事例を提出させ た。そして、これらを整理し、享和元年(1801)に全50冊からなる『官刻孝義録』を刊行した。表彰事例の 内容は領主により雑多であるが、幕府は、これを次の11種の善行者に分けた。 孝行者、忠義者、忠孝者、貞節者、兄弟睦者、家内睦者、一族睦者、風俗宣者、潔白者、 奇特者、農業出精者 そして、その内で善行の顕著と思われる者については、その内容を具体的に伝文として記載された。 当時、打上村は大名の小田原城主大久保領(約310石)と、旗本長井領(約48石)の相給村であったが、 その大久保領で明和七年(1770)に孝行者嘉七が表彰され、それが孝義録に伝文とともに記載された。 |
| 河内国の善行者一覧表 | 嘉七の伝文 | 伝 文 の 読 解 | |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
|
(2)嘉七の事暦 (◎は村方の古文書) |
|
| @1761 宝暦11年8月 盲目の父死亡、 明和7年の文書では8年前(宝暦12年)、天明8年の文書では宝暦 14年と書かれている ◎A1770 明和 7年3月 領主(大久保加賀守)への推薦 B1776 安永 5年8月 嘉七の母死亡 ◎C1788 天明 8年3月 領主からの褒賞米の受取り状 ◎D1788 天明 8年6月 孝子嘉七の事績を巡見使に提出書 E1800 寛政12年8月 孝義録50巻官刻 F1801 享和 元年8月 『官刻孝義録』弘所:須原屋茂兵衛、長谷川庄左衛門 ◎G1801 享和 元年12月 領主からの褒賞米の受取り状 ◎H1802 享和 2年3月 7日嘉七死亡 8日付届書 |
| (3)村方の古文書 | |
| A領主(大久保加賀守)への推薦書 | 打上村からは、八右衛門と嘉七の二名推薦したが、表彰されたのは嘉七一名である |
![]() (推薦書の冒頭部) |
![]() ![]() |
| C領主褒賞米の受取り状 | |
![]() |
|
| D巡見使への提出書 | |
![]() (提出書の冒頭部) |
![]() |
| G領主褒賞米の受取り状 | |
![]() |
|
| 当時、大坂堂島に小田原藩の蔵屋敷があった |
| H嘉七の死亡届 | |
![]() |
|