弘法大師信仰



 

弘法大師信仰は全国的にみられるが、特に弘法大師が開いた真言密教の聖地高野山に通ずる道筋では、庶民信仰が諸種の形で現れる。
ここでは、寝屋川市内に於ける弘法井戸、北河内の八十八番霊場、打上の弘法大師御膳講について考察する。


弘法井戸

郡元町 田井町 国松町 打 上

古来、湧き水は、農民にとって飲料水のほか、農地の灌漑用水として貴重な水資源である。その恩恵に対する感謝と、その取扱を大切にする意味から土地神や行基或いは弘法大師霊験伝説にあやかろうとする伝承がある。


 寝屋川市内には、弘法大師の作られた霊水とする弘法井戸が五箇所ある。その内、大谷の弘法井戸は湧水がなく現在閉鎖されている。

北河内の八十八番霊場 寝屋川市内の霊場

四国八十八ヵ所霊場は、真言宗の開祖空海(弘法大師)ゆかりの寺八十八ヵ寺を言う。この寺々をめぐる巡礼は、一般にこれをお遍路へんろと言い早くから信仰の対象となり、やがては観光化するまでになった。
今でこそ、交通網が整備されたが、かっては四国八十八ヵ所霊場のお遍路は困難を伴った。従って、江戸末期頃から新四国霊場巡拝のコースが各地に出現した。大阪北部の北河内郡内にも幾つかあったようである。是については、東大阪市の大西英利氏の『石に探る河内の庶民史』に詳しい。

八番 十三番 三五番 三六番 三七番
河北西町 堀溝二丁目 小 路 国守町 国守町
三八番 四十・四一番 四四番 四六番 五十番
国守町 打 上 打 上 太秦元町 星田西一丁目

ここでは大西氏の著書を参考として、寝屋川市内の弘法大師像を写真で紹介する。但し寝屋川市内の弘法大師像は、路傍の石像だけでなく、寺院や他の仏像を祀る小祠内にも多数ある。その内八十八箇所霊場を表すと考えられる番号を付した像のみを対象とした。
(注)五十番は、寝屋川市と交野市との境界の星田側に所在するが、寝屋川市大字寝屋大谷と交野市の星田大谷の双方の地元民共同で祀っている。

打上の弘法大師御膳講

東高野街道は打上集落の中央部を南北に縦断している。それで高野聖こうやひじりによる布教や、庶民の高野山参りが多く、弘法大師信仰が厚かったと考えられる。
そのようなところから、弘法井戸や弘法大師石像が現存する外、今日では数少なくなった大師講が今も続いている。それも弘法大師御膳講と言う珍しい形態である。

現行の
御膳講順番帳
二対の御膳 弘法井戸 高 塚


これは、打上村の約五十軒が加盟する講である。古くからある講で、毎月二十一日に講員が交代で、弘法井戸と高塚の二箇所の「お大師さん」にお膳を供えている。

(注)
(1)三十年程前までは、毎年四月二十一日に、六班にわかれた斑交代で、おにぎり等を作り沢庵を添え、道行く人々に振る舞う接待が行われた。しかし、時代の趨勢から、現在この接待は中止されている。
(2)高塚は、『河内志』に紹介する「八十八塚やそづか打上村に在り、高塚・堀塚・呉塚・唐塚・中塚等の名あり、鋤きて田となすもの半ばにとどまる」(原文、漢文)の高塚であり、弘法大師像(四十・四一番)を祀る祠は、古墳石を利用している。

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