第八章 小の虫は殺される

無罪第一号

 死刑囚が暗い毎日を送る四舎独居房にも、ときには明るいニュ−スが飛び込む。
 
 平沢に再審請求棄却の通知が来た同じ二月の二十八日、幸浦事件のやり直し裁判をしていた東京高裁は、同事件の被告全員に無罪の判決を言い渡した。
 
 即日、近藤と小島は出所した。
 
 予想されたこととはいえ、田中にとっては彼が送り出す無罪第一号である。検察側は上告するだろうが、やり直しを命じた最高裁が、これを棄却、無罪が確定することは、ほぼ間違いない。
 
 その日は、前日の雨が嘘のように晴れ上がり、晴天白日の身となって出て行く二人にとって、ふさわしい天気だった。しかし、判決の前夜、近藤は、田中に、他人には窺い知ることのできない、意外な心中を語っていたのである。。
 
 社会復帰の恐怖である。
 
 「弁護士先生は、絶対、無罪になると言ってくださっているが、僕には明日がコワイです。十年近く拘置所暮しをしているうちに、世の中はすっかり変わってしまっているでしょう。自分のような人間が、そんなところで生きていけるのか心配なんです。無罪になることは、小島さんには嬉しいことかも知れないけど、僕はシャバの風がコワイ。出来ることなら、一生、ここで暮した方が、良いような気もするんです。これが僕の本当の気持です」
 
 近藤は、自分の自白から、小島まで事件に巻き込んだことを、気にしているように田中には思えた。
 
 一体、一審、二審の裁判では、どんな審理が行なわれたのだろう。もし優秀な弁護士がつかなかったら、二人は確実に死刑になっていたはずである。田中は近藤の話を聞きながら、調書のウソをうのみにして、近藤を死刑の恐怖に陥れ、社会復帰が不可能になるほど長く拘置所に閉じ込めてしまった六人の裁判官に、あらためて、怒りを覚えた。
 
 同じように無実と思われる者に、死刑の確定している島田事件の赤堀と、一、二審で無期懲役を言い渡され、最高裁に上告している丸正事件の李とがいる。どちらも静岡県で発生した事件である。二人は、どんな気持で近藤らの出所を見守っているのだろう。
 
 再審請求棄却の通知でショックを受けた平沢も、寝込んでしまったのは一日だけで、翌日からは、激しい気迫で即時抗告の準備を始めた。弁護士の面会も続いた。そうでなくても健康状態が悪く顔色も良くない平沢だが、書類作りに打ち込んでいる時の形相は、ますます幽鬼のように青白くなり、近寄り難いほどであった。
 
 二人の出所は、そんな平沢にも、あらたな勇気を与えたようだった。四舎二階の死刑囚たちに別れを告げ、涙を流しながら出て行く二人に、平沢も祝福の声を掛けていた。その後、平沢は田中にしみじみと語った。

 「担当さん。私が無実の事件で犠牲になっても、運が悪かったということで始末されてしまうんでしょうね。しかし、私の他にも、まだ無実であると思われる人がいますがね、これは私やその人たちだけが不運であったといってすまされる問題じゃないんですよ。私の妻も子供も、その人たちの家族も、事件の家族として、言われれのない迫害を受け続けていかなければならなんんです。妻は、また転居しました。私は、自分の命のある限り、無実を勝ち取って、家族を救わねばならないと思ってますよ」
 
 社会復帰の不安を打ち明けた近藤、自分だけではなく、家族にまで迫害を受けていることに、珍しく憤りをあらわにした平沢。田中は、裁判官も一度は看守になって、不公平な裁きに泣く、死刑囚の生の声を聞いてほしいと思った。

牽強付会な判決文

 不公平な裁き−−−田中は、間もなく、その見本のような判決文を、目にした。
 
 「判例時報」が出たのである。それには 東京高裁が平沢の第三次再審請求を一蹴した判決の全文が「判例特報」として載っていた。

 量は四百字詰め原稿用紙にして、約二十枚ほどだった。法律関係専門の都心の書店まで買いに行った田中は、帰りの電車の中で、むさぼるようして読んだ。
 
  「開いた口がふさがらぬ」とは、まさにこのことを言うのだろう。
 
 大半は、千葉在住の医師を真犯人とする申し立てに対する棄却理由で、出射調書に関する部分は、わずか原稿用紙三枚ほどしかなかった。その内容も、判決文は他の部分で、弁護士らの主張を「牽強附会も甚しい」と極め付けているが、その言葉を、そのまま、お返ししたいほどのものであった。
 
 まず出射検事が調書記載の日時に拘置所に来ていないという弁護側の主張に、どう答えているかをみてみよう。
 
 判決は、さすがに、拘置所長が最初、その日に出射検事が来ていないと回答したことは認めている。だが、同所長が、その後、「調査不能」と、訂正の回答を出している以上、最初の回答だけで、「直ちに出射検事が東京拘置所に於て平沢を取調べた事実がないと断定できない」という。
 
 拘置所長が、所長名で正式に回答を訂正しているのだから、それを信用しろというわけだ。まさに、「お上のいうことは正しい」という上意下達意識丸出しの判決である。 しかし「事実がない」と断定できないことは「事実がある」ということも断定できないことである。拘置所長も「検事が来た」とは断定していない。従って、この判決は、疑問には、何の答えも出していないどころか、かえって出射調書は、依然として”幻の調書”であることを証明したようなものである。
 
 そんな”幻の調書”で死刑にされては、たまったものではない。さらに、判決は、「検察官は職務上在監者の取調に当る場合は、監獄法でいう”接見”に当たらない。従って拘置所の身分帳簿に記載しなくとも違法ではない」との新判断を示す。
 
 これもおかしい。本来なら、検事の取調べを記録していないのは拘置所のミスである。それに新聞に載っていた出射検事の話では、取調べのため、拘置所は特に部屋を用意している。田中の経験では、拘置所がそこまでしているのに記録をしていないはずはないのだ。
 
 それに、もし拘置所で、この判断どおりのことが、慣例となっていたのなら、拘置所長は、なぜ最初の回答で、「平沢は検事の取調べを受けた事実なし」と断言したのだろう。また二回目の回答で、なぜ「検事の取り調べは、記録しないこともある」と断わらなかったのだろう。このことは拘置所では、それまで、そんなことは許されていなかったことを示している。こういうことは、小学生でも分かることだ。
 
 本来なら、裁判所は、記録のない理由を徹底的に調べるのが筋である。それなのに裁判所は机上の上だけで新判断を出し、これと、すり替えてしまった。これでは拘置所長が言ってもいないことを、裁判官が、かわって、懸命に代弁しているとしか思えない。同じ”お上”側に立つ者の、身内意識が見え見えである。判決文の次の言葉にも、呆れた。
 
 「況んや、弁護側も、右聴取書の供述内容が偽造であることまで主張しているとは解せられないし、(川村鑑定人の鑑定書も同聴取書の偽造たることの資料にならない)その偽造であることを確定判決によって証明されたとしているのでもないから、再審請求は理由があるとはいえない」
 
 これは、弁護側は、この調書が拘置所で作成されたものではないと主張しているが、その供述内容まで偽造とはいっていない。だから平沢の有罪は変わらない。もし、再審してほしいなら、内容が偽造だということを、別に裁判を起こして、立証しなさい、ということである。
 
 裁判で採用されるのは、調書なら正式に作成されたものに限られる。正式のものでないと、どんな調書も、それは無に等しい。捜査令状なしに家に立ち入り、証拠を持ってきても、それが証拠にならないのと同じだ。調書の場合、正式とは、聴取した年月日と場所を、記載することである。それが怪しいから、調書の無効を訴えているのだ。
 
 判決自体も、これが”幻の調書”であることを逆に証明してしまっている。そんな無に等しい”幻の調書”の内容を、否定するも否定しないもないものだ。
 
 弁護士志望の田中にとって、刑事訴訟法は、得意の分野だが、確かに、それには「原判決の証拠となった証拠書類が確定判決により偽造であることが証明された場合において、再審の請求をすることができる」(四三五条一号)と書いてある。しかし、文書偽造の時効は五年で切れる。出i射検事の調書作製日は昭和二十三年なので、とっくに時効は過ぎている。
 
 それを知っていて、裁判官は、こんな判決を書いたのだろうか。田中は、そこに裁判官の悪意を感じた。
 
 もっと驚いたのは、平沢の署名と拇印に偽造の疑いがあるとした川村鑑定が、わずか二十九文字で片付けられていることだった。それもこの部分だけが、次のようにカッコで区切られており、まるで注釈扱いなのである。
 
 「(川村鑑定人の鑑定書も同聴取書の偽造たることの資料にならない)」
 
 判決文には、判断の理由を書かねばならないことになっている。それなのに、これには「資料にならない」ことの理由はひとこともない。「資料にならない」なら、他の鑑定人に鑑定を依頼し、比較検討し、その結果を明らかにすべきである。それもやっていない判決など、それこそ「判決にならない」。ここまでくると、裁判官の悪意どころか、田中には、なにがなんでも、”お上の権威”を守るんだという、執念みたいものを見る思いがして恐ろしくなった。
 
 この場合”お上の権威”とは、一審から最高裁まで、すべての裁判所が平沢を死刑とした”司法の権威”である。それを守るためには、平沢など虫けらのようにしか思っていないのだ。でないと、こんな不誠意な裁判ができるはずはない。
 
 こんなことで、日本を法治国家といえるのだろうか。法治国家とは、法によって正義を守る国のことをいうはずである。けれども、日本では、しばしば、法によって権威を守っている。
 
 そのために、どれだけ、小の虫が殺されてきたことだろう。

公金横領で裏取引

 田中は、その「小の虫が殺されていく」実例を現実に見たのである。
 
 彼の担当する舎房の三階には一般の被疑者が収容されている。その一人に出入国管理横須賀事務所の中本元総務課長がいた。非番の日、田中は検事取調べに中本被告を帯同したことがある。その時、傍らで聞いた事件の内容は驚くべきものだった。
 
 中本は公金千七百万円余りを横領した疑いで取調べを受けていた。外国人登録法や出入国管理法違反で収容さている外国人は、その家族、または保護者が三百万円以内の保証金を払えば、仮放免される。刑事被告人でいう保釈金である。ところが、これら密入国者の場合、仮放免となっても、強制退去など国外追放されるので、大抵はそのまま逃走、保証金のほとんどは没収されてしまう。この莫大な没収金に目を付けた法務省主計局が、密入国者を収容した事実を抹消、そのことで宙に浮いた保証金を会議費や遊興費に回し、その操作を中本にやらせていたのである。もちろん、中本自身も、その一部を着服していた。
 
 そのことを知った大蔵省主計局も、その弱みにつけ込んで、自分たちの飲食代のツケを中本に回すようになった。なかには、全く個人的な支払いまで中本に強要する大蔵省主計官までいて、ついに表面化したのだ。
 
 この事件を担当したのが、東京地検特捜部の安倍治夫検事だった。中本の自供が、なにか奥歯にものが挟まったようだったので、両省の主計局職員を次々と取調べた結果、横領した金額は底無しであることが分かった。そこで大蔵省主計局長の取調べを許可してほしいと特捜部長に申し出たが、拒否されてしまったのである。
 
 表向きは、現段階では、取調べるための根拠が薄いというのが拒否の理由だったが、本当は、相手が主計局長ともなれば、いかに極秘に取調べても、マスコミにキャッチされ、大事件になる可能性があるからだ。けれども正義感の強い安倍検事は、独断で大蔵省主計局長に呼出しをかけた。だが、主計局長を調べるはずの、その朝、彼を待っていたのは、次の辞令だった。
 
 「大島区検勤務を命ず」
 
 安倍検事は、その日のうちに辞表を提出、弁護士に転向した。結局、逮捕されたのは中本だけで、あとは大蔵省主計官一人と法務省主計官二人がクビになっただけで終わった。
 
 さらに恐ろしいことを、田中は中本から知らされた。中本は、すでに法務省主計局の上層部と裏取引をしていたのである。中本は上層部から、こう持ちかけられたのだ。
 
 「すでに新聞ダネにもなっていることであり、全面否定は不可能である。そこで、事件の、ある部分は一部の主計官が責任を取らざるをえないだろうが、残りの部分はお前の独断でやったことにして、事件を収拾してほしい。判決は十二年の刑になると思うが、六年で出所できるようにする。そのあとの生活も面倒を見るので、よろしく頼む」
 
 中本自身も、さらにこういった。
 
 「私も四十九才になります。裏取引があろうとなかろうと、すでに社会的には抹殺されています。それなら、むしろ取引に賭けた方が、将来の可能性があると思いました」
 
 田中は、いうべき言葉を知らなかった。取調べの段階で、刑期が決められ、半分の六年で釈放されることまで約束されている。そんなことがあり得るだろうか。田中は中本を説得した。
 
 「そんなバカなことがあるはずはない。お前はダマされているのだ。刑務所から出てきたお前を、誰が面倒見てくれるというのか。それより検事さんに、すべてを話してしまいなさい」
 
 中本は、こう答えるだけだった。
 
 「担当さん。貴方は若い。私は、この社会では、もはや、立ち直ることは不可能です。それくらいなら、この条件を飲んだ方が可能性があると思います。私も少なくとも五百万円以上は流用しているので、助かる道はないんです」
 
 権威を守るために、どのようにもねじ曲げられていく法と正義。田中は、あの牽強附会な判決文を書いた裁判官と、中本に裏取引を持ちかけた法務省幹部の顔とをダブらせていた。その後、中本は十二年の判決を受けた。そして、予定通り、六年で出所したことを、田中は、後になって知った。
 
 裏取引は本当だったのだ。

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