夢のトロッコ伊豆で誰にも知られていない廃線跡や草に埋もれたレールを探そう。
伊東市でトンネル工事用軌道を発見 (速報010417 トンネルは完成し、軌道は撤去された)
海軍石炭庫積卸桟橋跡
川奈の採石トロッコ
湯ヶ島金山のトロッコ跡
白浜金山のトロッコ跡
縄地金山のトロッコ跡-縄地鉱山本部建物跡探訪記
河津の採石トロッコ
大松(おおまつ)金山
大仁金山
蓮台寺金山と南豆馬車鉄道、蓮台寺鉱山を訪ねる、南豆馬車鉄道株式会社と日本鉱業河津鉱山、河津鉱山のトロッコ線路図
旧天城トンネルとトロッコ
ミニSL
富戸海岸の謎の橋脚
高根山からの石運搬トロッコ
湯の町熱海の廃線跡
今井浜のケーブルカー
一枚の古い写真
JR伊東線網代−宇佐美トンネル工事トロッコ跡
番外編TDLのJolly Trolley
番外編土佐電鉄旧高知駅電留
番外編横浜港に廃線跡を捜す
稲取の港に放置されているレールと車輪。天草運搬用トロッコの残骸。このトロッコの役割は、面潜という潜水器船が海底から採取してきた天草を塩抜きして計量した後、干し場まで運ぶことでした。面潜船は1日500kg前後天草を取ってきたはずなので、トロッコがなければ話にならなかったでしょう。最盛期には稲取に30隻近く面潜船がありましたが、今では1隻だけです。トロッコを使って運ぶまでもない状況になってます。10隻程度今でも操業していればトロッコの利用価値はあったと思いますが、これも時代の流れで仕方ありません。

mgpc64さんのHP1980年代国鉄撮影日記に現役時代の勇姿が載っています。昭和60年には使われていたことが確認されました。この写真は2000年ごろの撮影だったと思いますが、今年(2005年)2月10日に訪れたら片付けられていました。つるし雛の会場になっているので仕方ないか。


土肥金山のトロッコ跡
4月のある日、菜の花舞台を見に行きながら、土肥金山のトロッコ跡を探しに出かけた。土肥金山は昭和40年に廃業、その後観光施設土肥金山となっている。昭和33年の地図では海への積み出し用の線路などが描かれているが、果たして何か残っているか。
奥の桜から手前の橋まで海に向かう軌道があったはず。その先は国道(黒い車のところ)を横切り、海へ。今、海に出るあたりにはホテルあり。
やっぱ何もないなと思っていたところ、草むらにはずしたレールを発見。

土肥小下田のトロッコ
海岸近くにたつ倉庫。その脇には?トロッコが立てかけてある。天草運搬用らしい。

これは何だ?!
記憶を頼りに河津の山すそをたどると、やっぱトロッコがあった!
線路上に放置されたトロッコは手で押すことができる!! しばらく遊んでしまった(童心に帰る)。

ここでは凝灰岩である沢田石を掘っていたそうである。

現在、コードが坑口の中に入っている。コードをたどるとそこの建物には「京都大学理学部河津観測室」の看板が。

京都大学理学部は地震の観測をしているらしい。
ちょっと思いついて、数年ぶりにここを探索(031221)。ひょっとしてすべて撤去されているのではないかの不安を胸に。
ご安心あれ。時間が止まったように昔のまま残っていた。
ところで切り出された沢田石はトロッコに乗せられ、どこに運ばれたのか?
小道をはさんだ反対側には軌道跡と思しき路側帯みたいなものがあり、廃レールが残されていた。
この軌道跡はほんの僅か続いている。その先は2、3軒の住宅がある。ここに工場があったかもしれない。


大松(おおまつ)金山
河津と下田の間に大松(おおまつ)金山があったはずだが、場所が分からなかった。親戚の人の話でここらではないかという。この鉱山の歴史は古い。慶長年間に開発され、大久保長安時代に隆盛を極めた。明治以後、民営となり、判明しているものでは明治13年小沢孝左衛門鉱業人、明治26年黒瀧眞三郎経営、大正3年久原鉱業経営以後2年盛んに産出したが減少し休山、昭和4年日本鉱業と改称新鉱脈発見、昭和17年金山整備のため休止、以後そのままとなる。(020909)新情報入手。お二人の方からやはり大松金山があったのはこの谷であったとの証言を得た。海岸縁には確かに積み出し施設が残っていたが、既に崩れ、海の藻屑となっているそうである。坑口からトロッコで桟橋まで運んでいたそうである。坑口はふさがれており、山に無数にある縦坑は危険なため、区で鉄条網などで立ち入り禁止にしてあるそうである。
この谷に大松鉱山があったそうである。谷は最近土盛りがされて河津桜が植えられている。海岸にあった積み出し施設の残骸は海に崩れ落ちているそうである。鉱山跡は分からないが、鉄条網で立ち入り禁止になっている深い穴を発見。これは縦坑のようである。

蓮台寺金山と南豆馬車鉄道
2001年2月11日、下田市蓮台寺在住のTさんから、蓮台寺金山と南豆馬車鉄道の話を伺う。氏は昭和30年に日本鉱業河津鉱業所(蓮台寺)に測量の仕事で入り、4年後に蓮台寺金山は閉山となったが、昔の金山の写真集を出すべく頑張っておられる方である。おそらく南豆馬車鉄道の写真を所蔵している唯一人の方でもある。実は十数年前から付き合いがあったが、Tさんが蓮台寺金山と南豆馬車鉄道に詳しいことも私がトロッコに興味を持っていることもお互いに知らなかった。思わぬところでトロッコつながりが発覚したというわけである。昔日の蓮台寺金山の写真を見せてもらったが、あの大仁金山と同じく山の斜面に浮遊選鉱場の建物があり、それを背景とした場所には一大貨物駅のように線路が引かれ、トロッコがたむろしていた。まだ盛んだった頃に一度見てみたかった。小松野鉱とか須崎鉱、大松鉱、猪戸鉱山の興味深い話も同時に伺ったが、それらは写真集が発刊されるまでお預けである。
蓮台寺鉱山を訪ねる
下田市蓮台寺在住のTさんからいただいた資料を基に、南豆馬車鉄道株式会社と日本鉱業河津鉱山についてまとめました。(010616)
河津鉱山のトロッコ線路図を作りました。(011030)

南豆馬車鉄道株式会社と日本鉱業河津鉱山


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このHPが縁でこのページができました。
鉱山探訪muraさんのHPです。伊豆の鉱山を丹念に探訪されています。私が行ったことのない鉱山トロッコもあります。


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磯崎
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