吉田松陰の下田での足跡を、現在も残る史跡等の写真を交えて
追いかけてみました



吉田松陰(1830〜1859年)
幕末の志士

文政12年8月4日長門国萩松下村(山口県萩市)に生まれる

米国に密航するため、ペリー艦隊を追いかけて下田にやってくる。

1、密航の好機をうかがいつつも皮膚病の湯治をするため蓮台寺へ。

2、柿崎弁天島より米艦ポーハタン号へこぎつけ密航を嘆願するが、ペリー提督に拒否され柿崎村名主へ自首する。

3、14日間牢に幽閉されたのち、江戸さらに萩におくられる。下田には24日間の滞在になる。



1、吉田松陰寓寄処(隠れ家)村山邸


松陰が下田で渡航を実行する際、この家の主、村山行馬郎(医師)の好意により寄居していた場所であり、当時の様子をそのままに伝えている。昭和16年10月27日静岡県指定史跡となる。




2、松陰踏海の地 柿崎弁天島


吉田松陰は、弟子金子重輔と共に柿崎弁天島のほこらに身を隠し、夜になってここ弁天島の浜辺より小舟を漕ぎ出し、米艦ポーハタン号に乗付けた。




3、吉田松陰拘禁の跡


米艦ポーハタン号へ密航を嘆願するがペリー提督に拒否され、松陰等は自首して捕らえられ14日間牢に幽閉された。




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