軍備全廃(まさ夢)

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   ( 観照会 )
   


      伏見峠から
http://www.fuji.ac/index.php


『 世界の軍備 』  をこの地球上から 全てなくそう。

まさ夢
 それは、夢が本当になること。


◯  私は、昨夜うれしい夢を見ました。
 子供達も年寄り達も、そして皆が幸せに暮らしていました。
なぜか、そこには戦争を心配する必要がなかったからです。そこには、希望がありました。生きがいがありまた。 

私たちの生きがい、それは、毎日の生活において幸せが実感できることであります。そして、未来に希望が持てることであります。

 でも、現実の世界はどうでしょうか。戦争やテロのために、毎日をどのようにして生きたらよいのか、やるせない思い、悲しい思いで暮らしている人々が沢山います。

 皆さん !!  私たちには関係ないと思っていませんか ?

 『幸せな暮らし、生きがいのある人生』。それを、私たちが望むのであるならば、戦争は絶対に起こさないようにしなければなりません。そのためには、利害を超越し、世界の軍備を全てなくすことであります。

             戦争は嫌い       !! 
             人を殺してはいけない    !! 
             そのためには軍備全廃      !! 

          皆さん、声を上げましょう、叫びましょう。

その手段は
1.核保有国は、準備段階として、世界の軍備を全廃する旨の国際法を設置することを前提条件に、核兵器の   廃絶を宣言する。
2.『軍備全廃』実現への国際法の設置。
3.国際紛争調停裁判所の設置。
4.国際兵器査察および国際警察機構の設置。
5.人間の安全保障機構としての国際法の整備。

    インターネットで世界に発信しましょう。 私たちが、あなたが、誰もが幸せに生きるために。

 2009年4月、アメリカのオバマ大統領は、世界中の核兵器を全てなくすべきであると宣言しました。そして9月24日、国際連合安全理事会の首脳会合において『核兵器のない世界』の決議が全会一致でなされました。これは、世界の指導者の意思表示としては大変歓迎されるところであります。

 しかし、通常兵器は現状のままで、核兵器のみをなくすことは出来るでしょうか。それは不可能であります。なぜなら、核保有国は、万一の戦争に備えて、敵対国よりも優位性を保つために核兵器を隠すことは明らかです。これが、今日の我々人間としての精神性であり、そして精神的進歩の限界であります。
 
 真の世界平和を実現するには、この限界を超越する方法を考えなければなりません。それは、あらゆる国に対し、全てにおいて差別せず公平を保証することであります。つまりそれは、利害を超越し世界の「軍備の全廃」を同時に実行することであります。


* 是非お読みください。

 人類は、今日まで科学の進歩を営々と築き上げてきました。その科学の進歩は、私たちに多大なる恩恵をもたらしています。しかしまた、私たち人間は、人々を殺すための道具としても科学を利用し、多くの生命を奪ってきました。科学の進歩を、人々の幸せのために役立てるか? 人々を殺すための道具として使うか? それは、私たち人間の精神性のありようによります。つまり、全ては私たちの心が決めるのであります。

 戦争を引き起こす原因の全ては、利害の対立にあります。ところが、私たちが自然界に生かされている限り、自然環境の違い、地理的な違い、文化的な違いなどによる格差や利害が生じることは必然的なことであります。よって、人類が平和に共存していくためには、この事実は容認しなければなりません。そして自然界の理を素直に受け入れ、人類共通の問題として対応しなければなりません。それには、対立意識、敵対意識が生じることのない人間としての精神的進歩が必要であります。

 『戦争』ほど人間の愚かな行為はありません。私たち誰もが、幸せな人生を過ごすために多くの努力をしています。なのに、戦争よって人生が狂わされたり、無数の生命が奪われてきました。人々は何時の時代においても平和を熱望すれど、いまだに世界の恒久平和を確立することができないでいます。科学は飛躍的な進歩を遂げているにもかかわらずであります。なぜか。それは、人間の精神面においての進歩が遅れているからであります。そうさせているものは、私たちの心の奥に無意識に存在する精神的自己矛盾にあります。

 この精神的自己矛盾は、人類の叡智によりやがては解決されるであろうと思いたい。だがしかし、人類が原爆を手にした今日の世界情勢を考えるに、その時代の到来を待ち望む余裕などはありません。このまま見過ごしていれば、人類の滅亡、地球の破滅という取り返しのつかない過ちを犯すことになります。

 世界の恒久平和を確立するために早急に実行しなければならないことは、世界各国における軍備の格差、それらの利害の対立を完全になくすことであります。それには、従来の利害を調整する方法では不可能であります。全てにおいて公平さを確保できる方法でなければなりません。それは、『軍備全廃』を全世界が同時に実行することであます。これこそが利害を超越した、精神的自己矛盾を生じさせない解決方法であります。


              ” 戦争は嫌い !! ”     “ 軍備などいらない !! ”

                  皆さん、世界の隅々から声を上げましょう。

        インターネットで世界に発信しましょう。  私たちが、あなたが、誰もが幸せに生きるために。



 つきましては 『軍備全廃』に賛同して下さる方、少しでも関心をお寄せ下さる方にお願いします。『観照会』のアドレスを皆様のホームページやブログなどのリンク集にお加え下さい。よろしくお願いいたします。


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☆ 長めの文章ですが、最後までお読みいただければ幸いであります。

 私たちの生きがい。それは、毎日の生活において幸せが実感できることであります。そして、未来に希望が持てることであります。

『今日は、少しばかり嫌なことがあった。悲しいこともあった。しかし、考えてみれば幸せな一日でもあった』『明日もきっと良いことがあるだろう』『来年も、次の年も』。世界の全ての人々は、幸せを願い暮らしています。

 この思いは、私たちの心の内に自然に生ずるものであります。そして、それは生きるための糧であり権利であります。出来ることなら、いや絶対に誰からも自然界からも、幸せに人生を過ごす権利を邪魔されたくないのであります。

 『幸せになりたい』という人々の願いが、あらゆる宗教、あらゆる文明文化を育んできました。そして今日の私たちは、例外な国を除けば、今日よりは明日へと、より良い生活をおくることが出来るようになりました。場合によっては、これ以上の科学の進歩は人間の精神的進歩が追いつけず、人類を不幸にしかねない事例も多く見られるようになりました。思うに、現在の私たちが恩恵を受けている文明文化は、あることを除けば、人類が幸福な人生をおくるには十分過ぎるほどの進歩を遂げているとも言えます。

 『あることを除けば』とは、それは戦争であります。「軍備は、平和のための備えであり、戦争は、平和を確保するための正当な権利である」と為政者たちは言います。私たちはそのように納得させられ、またそう思わされてきました。しかし、勝敗を問わず、戦争は人々の人生を、人々の生きがいを根底から破壊してきました。私たちは、この事実をよく承知しています。知らない人は、幸せな人生を望むのであるならば、戦争の残虐さ悲惨さを我が身のこととして知る必要があります。

 今日の科学の進歩は、まことに目を見張るものがあります。しかし人間としての、その精神的進歩はどうかというと、英国の哲学者バートランド・ラッセルは次のように言い残しています。「人類は、科学的には全く驚嘆に値する進歩を遂げた。しかし、精神的には原始時代を去ること遠くない」と。私たちは、この言葉に多くの思いを汲み取る必要があります。人類が営々と築き上げてきた科学的進歩に、精神的進歩が追いつけず、皮肉にも人類滅亡の大量破壊兵器なるものを作り出してしまいました。

 20世紀は戦争の世紀でありました。1989年にベルリンの壁が崩壊し、40年あまり続いた冷戦時代が終わったときには、これで世界の平和は約束されたかのように思えたものです。21世紀は、少なくとも人類の精神的進歩を実証すべく戦争のない世紀になることを期待したものでした。ところが現実は、人々の世界平和への期待感をあざ笑うかのように打ち砕かれてしまいました。

 2001年9月11日には、アメリカの同時多発テロが起きました。2003年3月20日に勃発したイラク戦争、イスラエルとパレスチナにおける深刻な中東問題。そしてインド、パキスタン、北朝鮮、イランなどの核兵器開発問題など。対応を誤れば、世界はたちまち地球破滅への戦争になりかねない状況にあります。

 人類は、20世紀に二つの大きな戦争を経験しました。第一次世界大戦(約4年6ヶ月)の死者は約1000万人以上、第二次世界大戦(約6年)の死者は5000万人以上とも言われております。

 国際連合の資料によれば、第二次世界大戦の終わった1945年から1992年までの間に149件におよぶ大規模な武力紛争があり、死者は230万人を超えています。そして、この期間の年間犠牲者数は、19世紀の2倍、18世紀のなんと7倍にもなると言われています。死者のうち非戦闘員が占める割合は、なんと90パーセントを超えます。その非戦闘員の大部分が子供と女性です。冷戦が終わった後、20世紀最後の10年間で200万人以上の子供が殺され、600万人の子供が重傷か回復不能の障害を負ったと言われています。事態は悪くなるばかりです。決してよくなっていません。

 誰もが、このような悲惨な戦争は、絶対に再び起こしてはならないと考えたはずです。そして世界の指導者は、永続的な平和を築くために国際連合なるものを創設しました。

 国際連合憲章の前文には、次のように記されています。
 われら連合国の人民は、われらの一生のうちに二度まで言語に絶する悲哀を人類に与えた戦争の惨害から将来の世代を救い、基本的人権と人間の尊厳及び価値と男女及び大小各国の同権とに関する信念をあらためて確認し、正義と条約その他の国際法の源泉から生ずる義務の尊重とを維持することができる条件を確立し、一層大きな自由の中で社会的進歩と生活水準の向上とを促進すること、並びに、このために、寛容を実行し、且つ、善良な隣人として互に平和に生活し、国際の平和及び安全を維持するためにわれらの力を合わせ、共同の利益の場合を除く外は武力を用いないことを原則の受諾と方法の設定によって確保し、すべての人民の経済的及び社会的発達を促進するために国際機構を用いることを決意して、これらの目的を達成するために、われらの努力を結集することに決定した。

 19世紀まで、『戦争』は原則として合法でした。なぜなら、国家間の紛争解決の最後の手段として認められていたからであります。それが国際連盟のころから次第に違法化されるようになりました。それは兵器の近代化とともに戦争が限りなく残虐になり、合法な制度として放置できなくなったからであります。

 国際連合憲章の起草者たちは、『戦争』だけを禁止したのではありません。より広く『武力行使』そのものを禁止しました。『それでも違法な武力行使をする』、つまり、侵略その他国際社会の平和を脅かすような行為をする国に対しては、集団安全保障体制によるところの強制行動、あるいは強制措置を執ることにしています。それは経済制裁や軍事制裁のことであります。強制行動を起こすかどうかの決定は、安全保障理事会の権限とされています。国際連合総会でも事務総長でもありません。

 これまでに実施された強制行動と呼べるものは、基本的には、非軍事的強制行動であります。いわゆる経済制裁であります。1965年、極端な人種差別政権を樹立したローデシア (現在のジンバブエ )、1970年代にはアパルトヘイト(人種隔離政策)、最近では旧ユーゴでの武力紛争の際のセルビア=モンテネグロなどを『平和に対する脅威』と認定しました。そして安全保障理事会は、さまざまな制裁を行っています。ところが、軍事的強制行動は一度も実行されていません。それは何故か、その理由は、国際連合憲章(43条)にて予定していた『国際連合軍』なるものが作られていないからであります。国際連合発足後、3年間にわたってその編成が協議されながら、米ソ両国の冷戦的対立の中で立ち消えになってしまいました。

 国際連合は、いわゆる『平和のための機構』であります。にもかかわらず、侵略を鎮圧するための独自の軍隊を持っていません。

 これでは、安全保障としての本来の目的を果たすことは出来ません。それを補うものとして、国際連合憲章にはないが、安全保障方式としての平和維持活動が考え出されました。平和維持活動は、武力紛争の再燃を防ぐなどいくつもの成果をあげてはいます。しかし、紛争の間に割って入るだけでは根本的な解決にはならないといった限界があります。

 今日、世界平和の確保は、国際連合の存在なくしては不可能であります。ところが、その国際連合の存在意義を自ら打ち消してしまいかねない欠陥を内包しています。それは、安全保障理事会における拒否権を持つ常任理事国の存在であります。安全保障理事会の決議において、アメリカ・イギリス・ロシア・フランス・中国の常任理事国のうち、一国でも拒否権を行使すれば何も出来ないことになっています。いままでの多くの場合、それぞれの常任理事国の思惑や利害関係を理由とした拒否権の発動により、救えたはずの多くの人々の生命が失われてきました。

 国際連合主義の大原則は、『皆で決めて皆でやる』という多国間主義であります。公平な国際社会を堅持していくためには、なんとしても常任理事国の一部の国が持っている拒否権を見直す必要があります。

 私たち人間は、その人々の立場において、それぞれの幸せを願って生きています。世界には数多くの平和運動があります。そして人々は、人類に幸せをもたらすために各方面に貢献しています。このことは大変重要なことであります。しかし往々にして、宗教問題・経済問題・イデオロギー問題など、それらを背景とする不公平感や利害の対立があります。そのため、人々の意図する目的の達成には、満足し得ない現状があります。だがしかし、私たち人間が生物における人間の優位性を主張し、文明文化の発達を誇るのであるならば、今後、いかなる場合においても戦争に訴えることのない精神的進歩が必要であります。

 「人類は、科学的には全く驚嘆に値する進歩を遂げた。しかし、精神的には原始時代を去ること遠くない」、と英国の哲学者バートランド・ラッセルは嘆いています。けれども今日、人類は、人間としての良心により世界平和を切望し、そして国際連合憲章を手にするまでになりました。これは大いなる人類の進歩であります。だが、それ以来60数年経過したにもかかわらず、いまだに、私たちは恒久平和を確立することができないでいます。何故でしょうか。 それは現実に利害が対立すると、理性よりも潜在的我欲が強くなり精神的自己矛盾に陥ってしまうためであります。人類が今後、精神的進歩を遂げていくためには潜在的我欲によるところの弊害を自覚し、それを解決していくことが肝要であります。

 世界の指導者は、『我は、戦争を好む』、とは決して言いません。必ず例外なく、『我は、平和を愛する』、と言います。その思いは、その願いは、本心に違いありません。しかしその一方での指導者は、より多く人々を殺戮するための武器の研究開発に必死になっています。そして、自国民の幸せのためには第三者を殺すことも許され、それは正義であると思っています。無意識のうちに己を正当化しています。これは、指導者の心の深層を支配しているおごりであります。つまり、戦争を引き起こす指導者は、自我の解決ができていないのであります。

 この精神的自己矛盾は、人類の叡智の進歩によりやがては解決されるであろうと思いたい。だがしかし、人類が原爆を手にした今日の世界情勢を考えるに、その時代の到来を待ち望む余裕などはありません。このままでは、人類の滅亡、地球の破滅という取り返しのつかない過ちを犯すことになります。

 アメリカは、イラクが大量破壊兵器を隠し持っているとしてイラクに対し戦争をしかけました。それ以来、私達は毎日のように悲惨なニュースを見ることになってしまいました。アメリカをはじめ先進諸国が保有する核兵器は、約30,000発にも達するといわれています。これは地球を何度も破壊させても余りある量です。この現実をどのように思いますか。このまま見過ごしておいてよいのですか? いかなる理由にせよ一発でも使用されれば、それを止めることは不可能であります。

 アメリカに限らず核保有国は、「自分たちが所有するのはよいが、他国が核兵器を持つことは許さない」、と言っています。これは大きな矛盾であります。核兵器を欲しがる国に対し、それを認めないと主張するのであるならば、核保有国は、先ず自国が所有する核兵器を全てなくすことであます。少なくとも『核兵器の廃絶』を宣言した上で発言すべきであります。まさに、自己矛盾を自覚し得ない大国のおごりであります。残念ながら世界の現指導者の精神性からして、また一般的人々の精神性からして、従来の利害を調整する方法を踏襲していたのでは、世界平和の実現は半永久的に不可能であることに気づかなければなりません。

 今日に至っては、現状を打破するために、人類の未来を恒久平和へと展開させる方策を、なんとしても講じなければなりません。そのためには、軍備において、世界のいかなる国に対しても特権を与えることなく、公平なることを保障することであります。それは、全世界の軍備を全てなくすことであります。つまり『軍備全廃』であります。これこそが利害を超越した、全てに納得させることの出来る解決方法であります。


その手段は
1.核保有国は、準備段階として、世界の軍備を全廃する旨の国際法を設置することを前提条件に、核兵器の   廃絶を宣言する。
2.『軍備全廃』実現への国際法の設置。
3.国際紛争調停裁判所の設置。
4.国際兵器査察および国際警察機構の設置。
5.人間の安全保障機構としての国際法の整備。

 人間の安全保障について
 『世界の軍備を全廃し、戦争がなくなれば平和か?』、という問題意識が当然あります。例えば、飢えや貧困で苦しむ社会、人種や宗教・性による差別が根強い社会、などは戦争がなくとも平和とは言えません。人間の安全保障とは、つまり、日々の生活において人間の安全を脅かす諸問題を取り除くことであります。

 国際連合開発計画は、人間の安全障保の概念を1994年に打ち出しました。その時点で、財源をどこから捻出するかが問題になっていました。

 世界では約8億人の人々が飢え、12億人の人々が 衛生的な水を確保できず、毎年1200万人の子供達が五歳未満で死亡し、8億5千万人の成人が字も読めない状態にあります。全ての人が基礎教育を受け、識字率を高めるために必要な追加支出は1年で50億から60億ドル、五歳未満児の死亡率を大幅に下げるための追加支出は50億から70億ドルなどと試算されていました。そういう額がその当時も捻出できず、いまもまだ捻出できずにいます。しかし、この年の世界の軍事支出は約8,000億ドルでした(2004年は約9,500億ドル)。その数パーセントでも削って人間開発に回すことにすれば費用の捻出は難しいことではないはずだ、と国際連合開発計画は訴えています。

 『世界の軍備全廃』を実行することにより、各国の膨大な軍事費は必要なくなります。その不要になる軍事費を、人類全体のために振り向けることにより世界の平和は必ずや実現できるはずです。例えば、各国の軍事予算の50パーセントを当事国が所有する兵器の解体廃棄、軍事産業は平和産業への転換、および福祉政策(軍人の職業斡旋、生活の保障)などに活用する。目的が完了すれば、これらに関わる経費は必要なくなります。残り50パーセントは、国際紛争調停裁判所・国際兵器査察および国際警察機構・人間の安全保障機構などに基金として拠出する。

 以上は、個人的試案にすぎません。『心ある多くの人々』の思いがここに集約されることにより、必ず実現は可能であると考えています。重要なことは、いかなる場合においても、私たち人間はお互い殺しあうことはしない。戦争はしない。戦争をさせない。そのためには、いかなる困難な問題に直面しても戦争を回避すべく、世界の新秩序を創り出すことであります。その根幹をなすものが『世界の軍備全廃』であります。

 「軍備全廃? それは不可能。何と馬鹿げたことを。理想主義も程々に」。多種多様な批判があることはよく承知しています。それでも馬鹿げた理想主義といわれようが、心ある人々に呼びかけたいのであります。かならずや共感して下さる人々はいると信じています。夢ではなく、現実にしたいのであります。『まさ夢』にしたいのであります。人類の未来のために、心ある人々の叡智をここに集約したいのであります。

 それは国際連合の場においてすみやかに発議し、国際法として成立させることが理想的ではあります。しかし、今日の国際連合の安全保障理事会は、長い年月を経てやっと『核兵器のない世界』の決議をしたばかりです。
ましてや、『世界の軍備全廃』となると、利害や思惑が先行し実現は不可能と言っても過言ではありません。このまま国際連合を構成している、現在の精神的境地の各国の指導者、世界の指導者に望みを託していては、永久に世界の平和は夢のまた夢であります。

          皆さん !!  夢のままでよいのでしょうか?
                平和を願っているだけでよいのでしょうか?
   
 世界平和を実現させるためには、利害を超越し公平さを確保できることが絶対条件であります。それは何か? それは『全世界の軍備全廃』であります。

 よって、私は世界中の『心ある多くの人々』に呼びかけたいのであります。

        ”  戦争は嫌い !!   軍備などいらない !! ”  と

   インターネトにより、世界に向け『軍備全廃』の意思表示をし、国際的世論を巻き起こそうではありませんか。
   最終的には国際連合が決議をせざるを得ない世界環境を創り出したいと考えるのであります。

 ドイツの哲学者カントは、『永遠平和のために』の著書の中にて、「国際法は、自由な諸国家の連合制度に基礎をおくべきである」。そして、「常備軍は、時とともに全廃されなければならない」、と述べております。これは200年余りも前に書かれたものであります。今日、その常備軍を廃した国が例外的にあります。それは、中央アメリカに在るパナマ共和国の隣の国、コスタリカ共和国であります。(朝日新聞 天声人語より)

 私たちの国日本は、第二次世界大戦において、1945年に広島・長崎に原爆を投下され地獄の有様を経験しました。そして、連合軍に全面降伏しました。私たちは、戦争の反省を踏まえ、1947年に新憲法の施行により今日の繁栄を築いてきました。日本国憲法は、戦争の放棄を宣言した人類が理想とするところの平和憲法であります。

 その条文をここに紹介しておきます。

 前文の一部分
 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免がれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

 われらは、いずれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従うことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立とうとする各国の責務であると信ずる。

 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓う。

 第二章 第九条
1.日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇   又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2.前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

 日本国憲法は、かくのごとく世界に誇れる平和憲法であります。しかし、今日に至っては自衛のためとして自衛隊があり、それは軍隊と並ぶほどの戦力を保持しているのが現状であります。そして近年、国会の場においても憲法の改正論議がなされるようになりました。そのおもな趣旨は、第九条を改正することにあります。

 日本国憲法は、まさに人類が長い苦難の歴史を経て、人間はどうあるべきかを自覚するに至ったことにより手にしたものであります。これこそまさしく、人類の精神的進歩の証であります。世界の趨勢に流されるのではなく、人類の平和のために世界に普遍すべき価値あるものと言えます。これを後退させることは、歴史の歯車を逆回転させることであり、人類の精神的衰退であります。
                                                            以 上

                                    (参考資料・ NHK人間講座 いま平和とは)

 長い文章を、最後までお読みいただきありがとうございました。

 世界の恒久平和を確立するためには、公平かつ利害を超越する手段が必要であります。それは、『軍備全廃』を全世界が同時に実行することであります。

 心ある皆さん、インターネトを活用し、世界に向け『軍備全廃』の意思表示をを発信しようではありませんか。

 つきましては、『軍備全廃』に賛同して下さる方、少しでも関心をお寄せ下さる方にお願いします。『観照会』のアドレスを皆様のホームページやブログなどのリンク集にお加え下さい。よろしくお願いいたします。

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