男鹿市、若美・五里合地区、神社(1)


撮影:2003.11.14
五里合神社 (いりあいじんじゃ)
五里合中石字上今沢(いりあいちゅういし)

祭神:
■大山咋命(おおやまくいのみこと)
■建御名方命(たけみなかたのみこと)
■大名持神(おおなもちのかみ)
  →大国主命
■豊受姫神(とようけひめのかみ)
■天照皇大御神(あまてらすすめおおみかみ)
  →天の岩屋戸
■応神天皇(おうじんてんのう)
■息長足姫命(おきながたらしひめのみこと)
■伊佐奈美命(いざなみのみこと)
 

撮影:2005. 6.22
中山神社 (なかやまじんじゃ)
五里合琴川字百刈田
(いりあいことがわあざひゃくがりだ)

祭神:
■大名持神(おおなもちのかみ)
■少名彦神(すくなひこのかみ) 
■天照皇大御神(あまてらすすめおおみかみ)
■大山咋神(おおやまくいのかみ)
■伊佐奈美命(いざなみのみこと)
■須佐男命(すさのおのみこと)
■誉田別命(ほんだわけのみこと)

境内社:
胸形神社
白峰神社
三吉神社
 

撮影:2003. 5.24
日吉神社 (ひよしじんじゃ)
野石字申川(のいしあざさるかわ)

 日吉神社のご神体は、網にかかった朽ちた木の根で、その形から槌八幡(つちはちまん)と呼ばれていたが、 この槌は盗難にあい、いまでは見ることができない。
 1975年(昭和50年)前後に、神社の近隣にあった人家は高台に移動して、いまでは周りに人家はない。

 御神体は瀬戸物の日吉丸像である。

参考:菅江真澄による新秋田紀行
   男鹿の春風を行く
   若美町史
 

撮影:2003.11.12
荒神社 (こうじんじゃ)
野石字八ツ面(のいしあざやつおもて)

祭神:
■火産霊神(ひむすびのかみ・ほむすびのかみ)
■奥津彦神(おきつひこのかみ)
■奥津姫神(おきつひめのかみ)

 松尾芭蕉が「奥の細道」に旅立った頃、二ツ森に祀(まつ)られ、明治維新前に現在地に移動したと伝えられているが、 移動したのは明治維新の神仏分離令によってではないだろうか。
 三祭神とも、火の神である。
 火産霊神を「神々の系図」に合わせて、ここでは別名のヒノカグツチノ神とよぶことにする。 ヒノカグツチノ神は、イザナギとイザナミの間に生まれた最後の子である。 この火の神を産んだために、イザナミは炎で陰処(ほと)をやけどし、やがて亡くなる。
 イザナギは嘆き悲しみ、そして怒り、イザナミの死の原因となったヒノカグツチノ神の首を 十拳剣(とつかのつるぎ)で斬ってしまう。
 オクツヒコノカミとオクツヒメノカミは、オオトシノカミ(大年神)の子である。

 火を簡単に扱えるようになったのは、ごく近年のことである。 それまでは、残り火や灰から火災が起きることが多く、竈(かまど)など火を使用する場所には、 荒神様の御札と、消防から配られた赤地に白文字で「火の用心」と印刷された紙が 貼られていた。家そのものが、焚き付けからできているようなもので、風の強い日など火事になれば、 かなり広範囲を焼いてからやっと鎮火することも多かった。
 火は便利ではあるが、荒れ狂えば恐ろしい。

 荒神を三祭神としたが、実際には、荒神にはさまざまな説がある。 神道・仏教などが習合し、また分かれて、いくつもの荒神像ができていったようである。
 例えば、仏教系の「三宝荒神(さんぼうこうじん)」のひとつは、 三宝(仏法僧)を敬う人、つまり仏教を敬う人々を助け悪人をこらしめる神の姿をした仏様である。
 

撮影:2003.11.12
八幡神社 (はちまんじんじゃ)
野石字野石(のいしあざのいし)

祭神:
■誉田別神(ほんだわけのかみ)
■天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)
  →天の岩屋戸
■伊邪那岐神(いざなぎのかみ)
■大名持神(おおなもちのかみ)
■大物主神(おおものぬしのかみ)
  →大国主命
■須佐男神(すさのおのかみ)

 明治40年に、近隣の新明社、伊豆神社、八坂神社の神を合せて祀っつた。
 

撮影:2003.11.12
石川神社 (いしかわじんじゃ)
野石字八ツ面(のいしあざやつおもて)

祭神:
■石川理紀之助 (いしかわりきのすけ)
  →「理紀之助歌碑」

 理紀之助が着用した脚絆(きゃはん)を祀っている。
 

撮影:2003.10.17
熊野神社 (くまのじんじゃ)
福米沢字福米(ふくめざわあざふくめ)

祭神:
■伊邪那美神(いざなみのかみ)
■須佐之男神(すさのおのかみ)
■事解之男神(ことさかのおのかみ)
■宇気母智神(うけもちのかみ)
 

撮影:2003.10.17
星辻神社 (ほしつじじんじゃ)
本内字虚空蔵下(ほんないあざこくぞうした)

祭神:
■天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)
 




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