静御前の墓
交通:JR宇都宮線、東武日光線栗橋駅東口より徒歩1分


◆詳細情報◆

 静御前は源義経の内妻で、文治5年9月15日(1189年)ここ栗橋町伊坂(旧村名:静村)にて悲恋の死を遂げたといわれています。
 その時、侍女琴柱は遺骸を当時この地にあった高柳寺(現・中田光了寺)に葬り、1本の杉の木を植えその印としました。弘化3年5月(1846年)利根川氾濫により枯れてしまい、この時、杉の変わりに銀杏を植えたそうです。
 「静女之墳」は、静御前の墓に印がないため、中川飛騨守忠英が、亨和3年5月(1803年)に建てたものと考えられています。