コバルトものがたり 黎明編
大島多美子
《ヤングアダルト本の世界漫遊記・第29回/Northern songs 1995年6月15日号》
1 富島健夫 2 佐伯千秋 3 吉田とし 4 三木澄子 5 鈴木健二
6 佐藤愛子 7 清川妙 8 新川和江 9 川上宗薫
さて、これは何のラインナップでしょう。このあと、アトランダムに拾っていくと、14三浦哲郎、37平岩弓枝、42野呂邦暢…などという名前も出てきます。
かえって判らなくなってしまったかな。52氷室冴子、68赤川次郎、88久美沙織…あたりで気がつくかしら。そう、これはコバルト文庫の著者番号(今は使っていない)です。ナンバーは出版順に与えられています。
コバルト文庫創刊は1976年5月。この11冊ではじまりました。
『制服の胸のここには』 富島健夫著
『初恋宣言』 富島健夫著
『若い樹たち』 佐伯千秋著
『青春流浪』 佐伯千秋著
『ヴィナスの城』 吉田とし著
『この花の影』 吉田とし著
『純愛』 三木澄子著
『美しき“おんな”への道』 鈴木健二著
『困ったなア』 佐藤愛子著
『こころはいつもあなたの隣り』 清川妙著
『愛の詩集』 新川和江編
エッセイ(『美しき…』)・詩集(『愛の詩集』)以外は愛や友情をめぐる物語で、そのほとんどが中学生・高校生の少年少女、もちろん舞台は日本…でした。
そして19年後、1995年6月の新刊状況は、というと。
コバルト・ピンキー(低年齢層向)は2冊。
『耳をすませば』田中雅美著 柊あおい原作
『声優シンデレラ 完結編』 水谷優子著
夏休み公開予定のアニメの原作マンガのノベライズ『耳を…』と、少女の恋と仕事の物語『声優…』は、作者自身も人気声優の一人です。ティーンエイジャーにとって、声優は憧れの職業のひとつなのです。
コバルト文庫は8冊。
『星を堕すもの 前編』 若木未生著
『マジカル・キャットは真夜中に鳴く』 山浦弘靖著
『キル・ゾーン』 須賀しのぶ著
『蝶々姫綺譚』 金蓮花著
『龍と魔法使い 5』 榎木洋子著
『太陽の石 月の石』 樹川さとみ著
『世界の果ての城』 ゆうきりん著
『龍は微睡む』 真堂樹著
学園(?)サイキック・アクション、ミステリ風ラブストーリー、未来SF、韓国歴史小説…もうなんでもありですね。残りの4冊は架空世界を舞台にした物語です。ファンタジー系の多いこと。そういえば、できつつある『入間・比企・朝霞ネットワーク収書目録1994年版』ですが、《叢書編》を見ると「竜」で始まる小説タイトルはスーパーファンタジー文庫よりコバルト文庫の方が多いんですよ、ホントにどっちが<ファンタジー>文庫なんだか。けれども、異世界のおてんば姫でも、竜使いでも、ヒーロー・ヒロインの精神構造はフツーのティーンエイジャーだったりするのは、コバルト文庫らしいところです。
コバルト文庫=ラブストーリー、というイメージがあります。最近のコバルト文庫も、ヒロインの恋愛、はないわけではありませんが、今のティーンズ文庫の目指すところは<ドキドキするおはなし>であって、その展開のためのモチーフの一つとして恋愛がある、とみえないこともありません。
コバルト文庫創刊時のテーマであった<思春期の愛と性>、これは唐突に生まれたものではなく、当時の社会の性意識の急激な変化を反映したものでしょう。戦後の若者文化の変化を分析している宮台真司によれば、大人の世界の性解放の流れは少女マンガの世界にも象徴的に見ることが出来るそうです。
「(少女マンガでは)1960年代は<みんなに好かれるヒロインがすてきな彼と結ばれる物語>であり、愛と性と結婚は一体のものだった。1971年以降の<女子高校生妊娠もの>や<性の自由を前に途方に暮れる私>が主人公の<乙女チック漫画>を経て、1977年の吉田まゆみらの作品へ。性はタブーではなくなり、<結婚>は主題からはずれた」(朝日新聞連載『豊かさの中で 少子家族』)そうです。
なるほど、<性=結婚>という重石が軽くなった現在、愛と性の葛藤を、ひとつのシーンとして描くことはあっても、それ自体をテーマとして描く小説は、時代の鏡でもあるティーンズ文庫には存在しにくいのかもしれません。
19年前にもどります。少女小説…懐かしい言い方では「ジュニア小説」…の変化は、少女マンガが社会の意識変化を反映して変容していったようには速やかではありませんでした。もっと鈍かったのです。それは、1975年に「創刊」したコバルト文庫が、1970年代前半に刊行されていた<コバルト・ブックス>シリーズのリメイクであった、という事実にも現れています。出版する側と読む側の間に5年分の意識のタイムラグがあった、ということかも。
正本 で、どうせかくんだったら、きっと少女小説ってそのころ、誰もかいて…。
久美 誰もかいてなかったんだよね。
正本 ホント冬の時代だった。シベリアの時代だったんですよ、もう。
久美 そうなんです。イルクーツクに氷室冴子さんがいてね。
正本 今のなんていうか、富島健夫さんとか、佐藤愛子さんとか。
久美 川上宗薫さんもいたよ。
正本 そういう人たちが、なんか妙にいやらしっぽいような少女小説を。
久美 赤松光夫さん。
正本 今なら「夕刊フジ」とかあの「日刊ゲンダイ」とかでかいているようなひとたちが
かいていた時代なのね。
久美 ホントなんだよ。これが…川上さん怒るだろうな、天国で。
この少女小説誕生期の思い出は、コバルト作家の正本ノンと久美沙織の対談から。二人のデビューは1979年です。
「妙にいやらしっぽいような少女小説」、ウマイ言い方です。別にイヤラシイ小説を書いていた、ということではないんですよ、彼らはまじめに少女小説を書いていたのだろうし…。ただ、大人の作家の見た「少女」と当事者の感じていた「少女」のズレはあったと思います。
そして、OLだった正本ノンは森村桂の作品を読んで「それがけっこう楽しいお話で、このぐらいならきっとかけるに違いない」と「小説ジュニア」青春小説新人賞に応募したのです
「小説ジュニア」青春小説新人賞…<青春小説>、気恥ずかしくなるネーミングですが、こういう時代だったのだ…は、第1回(1968年)から第13回(1980年)まで続きました。その後は、コバルト・ノベル大賞と名を変え、現在に至ります。
この<集英社が青春小説の発展を願って創設した賞>(『文学賞辞典』より)が、少女小説の流れを変えました。それは氷室冴子という作家をうみだしたことです。彼女は1977年、第100回新人賞に佳作入選しました。学生もしくは卒業してまもなくの時期だったのではないかと思います。
氷室冴子が画期的だったのは、まず「あとがき」ですね。今ではティーンズ文庫になくてはならないあとがき…これを書くために作家になりたかった、という小説家もいたけれど…、氷室冴子の第1作『白い少女たち』も含めて、初期のコバルト文庫にはあとがきはありません。本文が終わるとすぐ奥付です。コバルトのあとがきは氷室冴子を持って嚆矢とする、とまではいいませんが、巻末にあとがきがつくようになったのは、彼女の作品あたりからではないでしょうか。今の読者からみると、真面目なあとがきですが、書き手のメッセージを読者に発信する、という意味では、現在のあとがきと重なります。
『なんて素敵にジャパネスク』などで見られるストーリーテラーとしての資質と、「無自覚なコドモと自覚した女の中間的存在である少女」を題材に選びつづけるまなざしは、少女小説にふさわしい作家であります。彼女の出現によって<青春小説>は読者と同じ高さの視線で語られるジャンルにかわっていったのです。
■集英社文庫コバルトシリーズ1987解説目録 集英社
■コバルト文庫&スーパーファンタジー文庫1994解説目録 集英社
■久美沙織の新人賞の獲り方おしえます 久美沙織著 徳間書店 1993