少女小説家は死なない!
 
大島多美子
《ヤングアダルト本の世界漫遊記・第30回/Northern songs 1995年7月15日号》
 
 
 前回の文章は、ほんの前置きのつもりなのにぎょうぎょうしくなってしまいました。コバルト文庫の過去・現在の比較をイントロにして、最初のターニングポイント・氷室冴子、のことを書くつもりだったのですけれど。
 
 私が<ヤングアダルト>だった頃は、コバルト前史とも言える「コバルト・ブックス」的な少女小説が誕生し始めた時代、だったのでしょうが、思い出してみると、その手の小説は敬遠していた気がします。『小説ジュニア』よりは、学年誌の付録についていた薄い文庫サイズのSF・ミステリの類が大好きな中学生だった気がする…イトコのお兄さんから山ほど貸して貰ったときはホントに嬉しかった。
 
 当時の少女小説で憶えているシーンがふたつあります。ひとつは、句会に誘われて「…腹を下して卯の花くだし」などと不謹慎な句で顰蹙を勝ってしまう少年の図。これは佐藤愛子の小説(だったと思う)で、このドジで気のいい三枚目少年が主人公の<ヤング・ユーモア小説>でした。普通の学園生活の中で、主人公のオッチョコチョイな行動がお決まりの失敗をよぶ…こういった小説のどこがおもしろいのか、読んでて気持ちいいのか、よく判りませんでしたね。佐藤愛子が佐伯千秋張りの悩めるヒーロー・ヒロインの出てくる少女小説を(無理して)書いていたら、その方がずーっと面白かったのではなかろうか。
 
 もうひとつは少女です。これは学年誌の連載小説だったと思います。教室の黒板に「鮎子」という自分の名前を書くショートカットの転校生。彼女はその名のように若々しくはつらつとしたイメージの少女であった(…と地の文にあったか、主人公が思ったかした)というシーン。
 こちらの作者は吉田としだったような気がします。もしかしたら『鮎子』というタイトルだったかも。『鮎子』(仮題)については、このあとどういう展開だったのかも憶えておらず、ただ、その場面のみが印象的でした。
 
 氷室冴子は、このような従来の作家とは違っていました。まず、「小説ジュニア」青春小説新人賞(佳作入選)出身の学生作家であったこと。これまでのコバルト文庫の多くは、大人の作家が<今の青春>を描く、という形になりがちだったのですが、ここで同世代の作者が誕生したわけです。
 コバルト作家として数々の少女小説を送り出してきた彼女は、デビュー10年めのエッセイ『冴子の東京物語』あたりから作風が変わります。いわゆる「適齢期」のOLをヒロインにした『ターン』、小学4年生の少女の目を通して、昭和40年代の北海道の田舎町を描いた『いもうと物語』といった、少女小説ではない作品を発表しはじめます。
 普通程度にはおもしろく読めますが、でも、それだけ。氷室冴子でなければ、という小説ではないんですよね。評判の良い『いもうと物語』にしても、このタイプならば、干刈あがたの『野菊とバイエル』の方がおもしろかった…ですよ。
 一般小説作家(?)になり、角川文庫の『マイ・ディア』て゛古き良き時代の少女小説の紹介者となり…もはや、ステイタスとなってしまわれた氷室冴子先生です。第二の田辺聖子への道を歩むのかな、と思っていましたが、再び少女小説界に戻ってまいりました。雑誌『Cobalt』に連載の大河ファンタジー『銀の海金の大地』です。
 
 この『銀金』は、記紀の記述にかなり忠実に描かれているのですが、あえて歴史小説とは名のらずに、ファンタジーということになっています。ま、確かに「火事場の馬鹿力少年」ならぬ馬鹿力少女もでてくることだし……。
 
 若き大王のもと、豪族連合というかたちで国が治められている4世紀頃の古代日本(とおぼしき世界)が舞台です。「滅びの子」として故郷を追われた真澄と真秀の兄妹。不思議な霊力を持つ二人をとりまく人々のとまどいや駆け引きの入りまじる眼差しの中、それぞれの願いを越えて、歴史の歯車はゆるやかに回り始めます、もはや戻ることのできない悲劇へと。
 第一部「真秀の章」が(雑誌では)完結しました。これだけで文庫本11冊、という大作ですが、これがおもしろい。今までの氷室冴子の集大成といった趣の物語です。
 
 まず、ヒロイン像。
 氷室冴子のコバルト文庫・第1作『白い少女たち』は、友人の家出をきっかけに、自分とお互いを新たな目でみつめなおす3人の少女たちの物語です。「妙にいやらしっぽいような少女小説」の時代ですから、この小説は<性について考える>という要素も強くもっています。
 少女たちにかかわる性的エピソードは二つあります。ひとつは、見知らぬ男による暴行。これが友人の失踪の原因となります。もうひとつは、近所の親しい年長者によるいたずら。このとき、小学三年であった倫子はこの経験を誰にも告げることができません。そして、彼女は、無邪気な少女たちとの間に見えない壁を作ったまま、一目おかれた近よりがたい優等生として生きていきます。
 この二つの事件の<性>は、いずれも個人対個人の性愛ではありません。『白い…』は思春期の友情の物語なのですが、女性は、男性(つまり社会一般)の性的視線に晒されている、といった意味あいで、性を意識せざるを得なかった、そしてそれを克服するであろう少女たちの物語でもあるのです。
 小説は、「…この記憶を消すためなら死んでもいい、とまで思いつめたことがあった。でも、現に私はこうして生きている。だから塚田さんが生きているのも信じられる」と言い切る倫子と、それぞれの想いで、その言葉を受けとめる二人の少女を描いて結ばれています。
 さて、『銀金』のヒロイン真秀は14歳。そう、ちょうど少女から娘になる年齢です。以前とおなじワタシなのに、周囲の眼差しが「小生意気なガキ」から「若く美しいオンナ」へと変わることの不可思議さ、そして(今、想い人がいないのなら、それに応えるのが当たり前、という理不尽さ。
『白い…』の理詰めに内向してしまったヒロイン倫子と違い、真秀の感情は、この不条理への怒りとなって爆発します。とっても、イマっぽいですね。こんなふうにパワフルに書けてしまうところは、氷室冴子健在なり、です。
 
 既刊10巻のうち、第1巻から6巻までは、真秀の<大人になる>物語です。もちろん、それは性的な意味だけではありません。湖のそばのムラで兄と母と三人で静かに暮らしたい、と願っていただけの、何も知らない少女であった真秀が、次第に自分を取り巻く現実にめざめ、向かい合っていく変化でもあるのです。
 
 次に、古事記に発想を得た古代史ネタであることも、氷室冴子のこだわりの部分でしょう。本人も後書きで書いていましてたが、この小説の骨子になっているモチーフは、実は3度目の挑戦です。
 最初は、寄宿舎の少女たちが主人公のコメディ『クララ白書』の劇中劇「佐保彦の反乱」。垂仁天皇の妃である妹・佐保姫を愛してしまった佐保彦が叛乱を起こしたが、失敗し二人は燃えさかる火の中で死を遂げる、という古事記のエピソードをもとにした劇を文化祭で古典文化研究会の面々が上演するというかたちで語られます。
 2度目が古語を多用して語られた絵物語『ヤマトタケル』。これはその名の通りヤマトタケルの物語なのですが、前の大王の時代に起きた佐保姫・佐保彦の叛乱が物語の背景になっています。『銀金』を読まれた方は、こちらも読んでみると興味ふかいかも、『銀金』にも登場する日子坐、氷羽州姫、大闇見戸売、といった名前も見られますよ。
 『ヤマトタケル』はあまり話題にならなかったような気がします。人気がなかったのかなあ。森田じみいの絵もちょっと癖があったし(森田じみいはケルト神話風ファンタジーやロックバンドのマンガやイラストを描いていた人で、一見ミスマッチな組み合わせは面白かったのですが)、氷室冴子の思い入れが強すぎたのでしょうか、あとがきを読むとそんな気がしないでもありません。
 そして、3度目がこの『銀金』ですね。『ヤマトタケル』で作者の思い入れが、凝縮の方に働いたのとは逆に、今回は、長く長くおもいっきり書きこんでいます。
 話の大きくしかた、舞台のひろげかたも上手いと思うんですよね。
 湖のそばの小さなムラから、丹波の豪族の住むムラへ、そして畿内の有力部族の国、大王の住む都へと、物語の舞台が広がるとともに、登場人物も当然増えてきます。、この真秀の世界観の広がりにあわせた広げ方も無理がない。
 いったいに、少女小説(にかぎらないかもしれない…)のファンタジーの一番大きな欠点といえば、ヒーロー・ヒロインとそれをとりまく青少年キャラクターしかいきいきと描けない、ということです。その点、『銀金』のキヤラクターの多彩さにはベテランのうまさを感じます。
 
 物語が進むにつれ、真秀の気持ちのほとばしりのままに言葉があふれてくる…序盤の数巻から、しだいに、あの『なんて素敵にジャパネスク』でみせた物語はこびのうまさがめだってきます。
 入り組んだ人間関係の上手なときほぐし、のっぴきならない最終章の見せ場への話はこび。けれども、そのうまさが、逆にいごこちのよさ、というか、よきエンターティンメントに終わってしまうのでは、という懸念もあります。
 それとも、この安心感は、真秀チャンが大人になってしまって自己を確立しちゃったので(…雑誌の方の最終章読んでないのであまり大ミエをきれないけれど)そっちのドキドキがなくなっちゃったからかもしれません。かといって、前半のノリだけで押し通しちゃったら、いまどきのコバルト・ファンタジーの大長編もの、という意味あいでしか、ないわけだし。
 「真秀の章」は、おわっても『銀金』の物語はまだ続くので、連載再開を待っております(でも、悲劇的な結末に終わると確信してます。歴史って無情だ)
 
 

 
■冴子の東京物語 氷室冴子著 集英社 1987
■ターン 三番目に好き 氷室冴子著 集英社 1991
■いもうと物語 氷室冴子著 集英社 1991
■野菊とバイエル 干刈あがた著 集英社 1992
■マイ・ディア 親愛なる物語 氷室冴子著 角川文庫 1990
■白い少女たち 氷室冴子著 集英社コバルト文庫 1978
■クララ白書 1・2 氷室冴子著 集英社コバルト文庫 1980
■ヤマトタケル 氷室冴子著 集英社コバルト文庫 1989
■銀の海金の大地 1〜10 氷室冴子著 集英社コバルト文庫 1992〜1995