お父さんの決意
大島多美子
《ヤングアダルト本の世界漫遊記・第68回/Northern songs 1999年1月20日号》
見てしまいました、『リング』&『らせん』。
職人芸の『リング』は、ホラ−映画のお手本のようでした。怖さ、そして救いの映画です。また、『らせん』は『NIGHT HEAD』シリ−ズの飯田譲治ならではの映画で、いささか疲れました。
ベストセラ−『リング』三部作について説明する、というのもいまさらですが、ひととおりを。
「この映像を見た者は、一週間後に死んでしまう」というビデオテ−プ。同じ時刻に不審な死をとげた4人の男女の事件を調べ始めた新聞記者・浅川が出会ったのは、その呪われたビデオであった。
浅川は、大学講師・高山とともに、生命をかけた調査にとりかかる。はたして、一週間以内にビデオの秘密が、そして呪いを解く方法がみつかるのだろうか。
これが、第1作『リング』です。
続く『らせん』は、医者の安藤が主人公です。安藤は、大学時代の友人・高山からのメッセ−ジの解読をきっかけとして、このビデオテ−プをめぐる謎にとりこまれてゆきます。
最終作は、新種のガンウィルスの研究に心を注ぐ医学生・馨の物語です。一見、前2作とは無縁に始まる『ル−プ』ですが、読み進むうちに前作との意外な接点が明らかになります。やがて、『リング』『らせん』の物語が新たな意味を持ちはじめ、ここに、三部作は完結します。
今でこそ、読んでいない人でも、「呪いのビデオ」の話といえば『リング』、というほど有名になってしまいました。けれども、ここにいたるまでには紆余曲折がありました。
もともと、『リング』は鈴木光司が横溝正史賞に応募した小説でした。ところが、最終候補作には残りながらも、惜しくも落選。
次に書いたのがファンタジ−ノベル大賞に応募した『楽園』。こちらは優秀作となり、鈴木光司のデビュ−作として出版されました。そのおかげで(?)『リング』も無事出版されました。
単行本『リング』は、一部では話題になりましたが、広く浸透したのは文庫になってからでした。2年後、角川ホラ−文庫の初回ラインナップに加えられたのが契機です。じわじわと評価が上がり、『らせん』が刊行されたころには、『リング』はおしもおされぬ「ホラ−小説の金字塔(文庫カバ−より)」というものになってしまいました。
とにかく怖かった『リング』から 謎ときの面白さでひっぱる『らせん』、そしてSFまがいの鎧をまとった『ル−プ』。この三部作の尋常ならざるところは、各作のつながり方です。
たとえば、『らせん』がはじまってまもなく、私たちは、ビデオテ−プの呪いを解いて幸せに暮らした(はずの)人たちが、1週間後、突然に死んでしまったことを知ります。あれよあれよと思う間に、『らせん』は前作とは違った物語に変貌します。前作の「答え」をひっくり返しながら進んでゆくのです。
手元の雑誌に鈴木光司のインタビュ−が載っています。時期は1993年秋。『リング』が文庫化され、『らせん』を構想中のころです。
大学時代、『リング』のもととなったこわい話で友人を本気で怖がらせたこと、シナリオ・センタ−で、メンバ−の前で『リング』を読んだら、みんなが話の続きを聞くためにくるほどだった、などというエピソ−ドとともに、「最初から一貫したスト−リ−があったわけではなくて、この先どうなるんだろうと自分でもわくわくどきどきしながら書き進めていった。自分で言うのも変だけど、非常に愉しい経験をさせてもらった」と『リング』を語っています。
また、一方で、「何々作家とジャンル分けされるのが嫌なんです」と「ホラ−作家」という肩書きを好まず、こう述べます。「読者に食らいついたら最後離さないような小説が好きなんですよ。これは別にスト−リ−が面白いからとか、そういったこととは関係なくて、何かを持っていればやっぱり離さないと思うんですね。もちろん自分でもそういうものが書きたいんだけど」
鈴木光司は何を書きたいのか。
この「何か」が何であるか、あるいはまだ模索中であるのか、はわかりません。けれども、この三部作すべてに読み取れる鈴木光司のメッセ−ジは、「家族への愛」であり、「愛する者を守る」ことです。
『リング』の浅川は、ある犠牲なくしては妻子の命を救うことができません。しかし、彼はその道を選びます。また、『らせん』の安藤医師も同様の選択を迫られます。
けれども、メッセ−ジはだんだんと声高に語られるようになってきました。『ル−プ』に至っては、人類の将来と個人の幸せは、天秤にのせられた二者択一の対象ではありません、見事に一致してしまいました。。
ちょっと辟易してしまいます。これでは、『ル−プ』はこのメッセ−ジのために書かれた小説、みたいじゃありませんか。まるで、世界平和を脅かすラストボスにたちむかう勇者のロ−ルプレイングケ−ムですよ。主人公の行くところすべてに、謎をとくヒントがちりばめられ、ただただその道のりを辿って行くだけで、衝撃の真相まではほとんど一本道。
こんな奇想天外な設定ならば、もっとあれこれ思考実験ができるのに。もったいないと思います。大体、○○○が□□□の△△△だったら、こんな行動を取るはずはない…んですよね。もっと、外へ外へ。さらなる未知に向かって進んでゆくはずです。
『リング』では、出色のキャラクタ−だった□□□が、巻を追うごとにツマンナイ奴に見えてくるのも残念。(謎とき仕立てになっているから、これ以上は語れないのがクヤシイ)
鈴木光司は、物語を緻密に組み立てることよりも、自らの強引なスト−リ−テリングや、メッセ−ジを大切にしている作家なのでしょう。そして、それを評価する人も多いのでしょう。最近は、小説家以外の部分で目にすることも多いので。
ま、単なる好き嫌い、と読み飛ばして頂いていいのですけれど、この、自らの正統性を信じて疑わないところがいやだなぁ。ある種の良き児童文学にも通じるものがありませんか。
さて、再び映画の話。
理詰めな謎ときのスピ−ド感で読ませる小説版『らせん』と、現実とも妄想ともつかない光景の連続の映画版『らせん』。悪夢の中を主人公とともに歩まされたカタルシスのない2時間でした。
過剰な暴力と悪意に満ちている(と、主人公・安藤が感じた)外界、失われたわが子への想い、死んだ男へのコンプレックス、等等。
そして、ラストシ−ン。小説版と同じシチュエ−ションでありながら、一連の事件すべてが、主人公の妄想であったのでは、と、疑いを持たせるような淡彩の風景でした。なんと、映画版のブンガク的なことよ…こっちの方が好みかも。
■リング 鈴木光司著 角川ホラ−文庫 1993
■映画「リング」 中田秀夫監督 1998
■らせん 鈴木光司著 角川ホラ−文庫 1997
■映画「らせん」 飯田譲治監督 1998
■ル−プ 鈴木光司著 角川書店 1998