泥にまみれる女たち
しみづのりこ
《Northern songs 1996年2月15日号》
今回は女のチカラコブについて。筋肉のある女をYA小説に求めてみたいと思います。けっこういないんだよな、これが。
まず、一番筋肉がついていそうな職業軍人さんに当たってみましょう。須賀しのぶの『キル・ゾーン』。主人公は赤毛の女下士官キャッスル。
ジャングルでの戦闘中、アホな上官の作戦ミスで自分の分隊の仲間を捕虜に取られたキャッスルは、アホ上官にかけあい、救出行動にでる。上官から嫌がらせとして賜った三人の助っ人がジャンキー、協調性皆無なヤツ、脱走常習犯という札つきのワルイコちゃんたち。しかも彼女が属する軍隊は、治安部隊VSレジスタンスの治安部隊側のいわば傭兵部隊。ただでさえ荒っぽい兵士の中でも一際油断ならない連中が集まっている部隊です。
女と侮る新米兵士を引き連れての、決死の救出作戦、キャッスル隊長の眉間のしわも深くなろうというものだが、彼女もだてに上層部にもケムたがられる鬼隊長の名を頂戴したわけではない。運も実力もあるキャッスルは腕力で新米兵士らを屈服させ、結局救出行動を成功させます。
職業軍人として無駄のない彼女の動きはなかなか頼もしい。戦争ものには、新米兵士が初めて人を殺して自らの行為に戦くというシーンがつきものですが、この小説では、ビビっちゃってひいひい言うのは新米不良兵卒のラファエル君です。作者はラファエルの成長を描く軍隊根性モノにしたかったらしいのですが、彼は徹底したプロであるキャッスルに圧倒されるばかり。彼女は既にして強靭な精神力と体力を獲得してしまった女で、迷いとか葛藤とかは過去のハナシ、あるいは隠匿できる女として描かれます。そういう女が主人公っていうのは結構珍しいんじゃないの?『キル・ゾーン』第一作は、だからサクサクと読めてヘンに後をひかない、嫌味のない本でした。
この作者の理想は筋肉がついた女なんだそうな。
キャッスルはわざわざ荒っぽい世界に身を置いてそれなりの実績を上げている人ですから、鍛えてますよー。これが異世界ファンタジーなら、「その細いかいなのどこにこんな力が宿っているのだろう」式に描写されるんですが、須賀しのぶはちゃんと「鍛錬された筋肉」的な描写してます。
あとやっぱり、チカラコブってえとこの人たちを推薦したいです。
陽子FROM『月の影 影の海』
真秀FROM『銀の海 金の大地』
氷室冴子や小野不由美のような手練れを新人の須賀しのぶの対バンにもってくるのは、ちょっとバランス悪いかもしれないけど。陽子や真秀の「過酷」に比べれば、並の戦場アクションは不利にきまってるけど。、
『月の影…』で、凡庸な女子高生であった陽子が突然十二国の世界へ連れ去られてからの辛酸は、読む者の体力を奪う程でした。裏切り、略奪、飢餓。帰りたいと願う“あちら側”の東京には“こちら側”と同じくらい異郷である。“精神的な居場所がない”という孤独は、わりとホワイトハートやコバルトでは見かけます。すーぐ癒されちゃって安っぽいほどね。
物理的な居場所の無さの切実ってのはあんまり書かれんな。だからジャンクな孤独しか出てこないんだろうね。いいんだけどね。若いモンには安全弁も必要だしさ。小説読んで「ふーん孤独という言葉がこの世にはあるのか」って知ることもあるんだろうしさ。
陽子がひとふりの剣だけを支えとして異境をさまよう情景を思い起こすと、肉体的な孤独って言葉が浮かびます。読んだ人と話すと口を揃えて「読み終わってぐったりした」「しんどかった」って言うもんなあ。
そんな苦渋を経て、巻の終わりに陽子は景国の王となります。君主たるには、自らが自らを治める王でなくてはならない。陽子は「わたしという名の王国」を治める術を会得したのです。
「わたしという名の王国」これは氷室冴子の言葉。『銀金』の小見出しです。この小章を以って真秀は開眼したと言っても良いでしょう。真秀の章は『銀金』11巻まで続きますが、なんかこの真秀開眼の段階で終わってたというか。もちろん真秀ちゃんの毎日が怒濤波乱てんこもりなことには変わりがないんですが、肝の据わった女になったなあって感じ?主人公の肝が据わっちゃったら周囲の人物が慌てふためくしかないってなもんで、佐保彦、佐保姫、速穂児の運命の変わりようといったら…美知主のうろたえる姿まで見られるとは思わなかったよあたしゃ。佐保姫ちゃんなんて深窓の令嬢だったのにさ、拉致されるは氷葉州にビンタくらうは…彼女も開眼するかな、と思ったんですけどね。現段階ではまだお姫様だね。波美王にでも鍛えてもらいなさい。波美王もクラリスとルパンみたいなことやってんじゃないよッ!
氷室冴子は、真秀開眼について「文庫本6冊分の道のり」という短文で、女の子が自分の好きなように生きようとする段階になるまで、その状況を作るまで文庫本6冊分かかったと述懐しています。6冊の間に真秀は自力で泥まみれ血まみれになってジコヲカクリツしたわけだ。後はもう手に職をつけるだけ。12巻からは佐保彦が主役だね。果たして佐保彦は脱サラできるのか?
ところで他の男の子たちはどしてるの?佐保彦だけを泥まみれにさせとくの?イチャイチャしてノウマクサンマンダとかやっとるだけか?(これは高瀬美恵久々の暴言。アタシの台詞じゃないよ)
さあ、ここへ来て泥をおなめ!!
■ キル・ゾーン ジャングル戦線異常あり 須賀しのぶ著 (集英社コバルト文庫)
■ 戦場のネメシス キル・ゾーン 須賀しのぶ著 (集英社コバルト文庫)
■ 月の影 影の海 上・下 小野不由美著 (講談社X文庫)
■ 銀の海 金の大地 1〜11 氷室冴子著 (集英社コバルト文庫)
■ ホンの幸せ 氷室冴子著 集英社