| 臼井先生の時代のレイキと西洋式レイキの相違 臼井先生当時の霊気法は、臼井先生自らが述べられているように、一般には心と体の治療が 主体となっており、実際、効果のないケースは無いほど、治癒率が高かったようです。 臼井先生の言葉によると 「歯痛、疝痛、胃腸痛、神経痛、乳腫、切傷、打身、火傷などの痛みはたちどころに痛みをとり腫れが ひきます。」「今まで千数百人に伝授しましたが、一人として不結果に終わったったことはなく、皆、 初伝だけで立派に治病の霊能を得ております。」 当時のヒーリングのレベルの高さを物語っています。 それは、当時の霊気師範やヒーラー養成は、一人一人、ヒーリングの「本質」と「責任」を時間をかけて しっかり行われ、今日のようにマニュアル化したレイキを、形だけで伝えていなかった − そういった 養成方法の根本的な相違によるところも重要な点です。 また、臼井先生が鞍馬山で啓示を受けられた年の翌年、関東大震災が起こり、臼井先生は、門下生と共々 傷つき苦しんでいる多くの人々を救われたのでした。 その時の先生や門下生(ヒーラー)の波動は、 日本のヒーリングの原点である、無条件の愛に満ちたものでした。 一方、時代背景も大切な相違点です。 臼井先生が活躍された20世紀初頭の人々は、物に不自由をしていても、非常に心が純粋でした。 特に太陽の出ずる国といわれた日本は、太陽から降り注ぐ霊光が非常に強く、日本人は本能的に、太陽 を信仰し、太陽ばかりでなく、自然界、山や海、川や植物、風や大地へと全ての自然の力に対して神を 見出し、敬っていました。 そういう自然界には自然のデヴァやエレメンタルたちが多く存在します。 デヴァやエレメンタルとは、肉体をもたない意識をもった存在(自然の力)のことです。 人々は自然を敬って生活する中、そういった自然界のエネルギーの恩恵を受けながら暮らしていたので した。 霊気の聖地で有名な鞍馬山は天狗で知られていますが、天狗も自然界の存在に属し、神々など 高次の存在の手助けをする異次元の存在です。 そういった環境の中で日本人の高い精神性が育てられ、当時の熟練者による霊気法は、人体のを 深奥な世界まで癒せる程に、精妙な高次元の光や存在とつながっていました。 しかし、特に1964年以降(東京オリンピックがあった年)、日本は、日本列島改造、科学・機械文明発展 一筋に進むことになりその結果、日本中の自然を破壊し、公害をばら撒き、今日に至ったのです。 そのように破壊された土地には神聖な存在は住めなくなってしまいます。また、高次の存在を自分の 都合の良い時しか使わないという日本人の精神の欠如により、 気の遠くなるような時の流れの中を、 日本の人々を導いてきた神々もエレメンタルたちも多くが宇宙へと帰っていきました。 時は移り変わり、人々の想いも希薄になり、霊気などエネルギーワークを学んでも、肉体、メンタル、スピリ チュアルレベルの自己修養もほとんどしなくなり、ヒーリングの奥義まで到達できなくなりました。 ですから、伝えられる霊気も、人々のそういった意識の変化に伴い、臼井先生の時代のように自然界の 存在や高次元の存在たちの後押しもなくなり、レイキエネルギーが本質的に薄まってきてしまいました。 鞍馬山には、いまだに光のポータルが存在し、宇宙エネルギーのエッセンスが降り注いでいます。 それは、鞍馬山が日本の高次元世界とつながる神聖な空間とかかわっているからです。 そこには、レイキの原点が未だに存在しています。レイキの魂、原点に立ち返る必要性を感じます。 また、戦後アメリカ経由でアメリカナイズされたインスタントレイキが日本へ逆上陸しました。 しかし特にアメリカ社会においては、お金の力が常に背後で働いています。 そして、いつも自分の都合に合わせてルールをつくるというアメリカ社会のあり方が、ヒーリングの真の 値打ちを落としてしまっているようです。 シンボルも変化しましたが、良し悪しはともかく、それは彼らの 意識レベルにあわせたものとなっているようです。 以上、レイキ法に関わる人の想いや社会の流れが、今日のレイキ法にどのような変化をもたらしてきたのか、 その一端に触れさせていただきました。 日本で生まれたレイキ法は、 長きにわたり日本人の精神を育んできた大和の高次元世界の導きの中で 生まれました。 臼井先生は、霊気法を通して、癒しの行為を研鑽する中、大和の高い精神を人々に学んで ほしかったのだと思います。 そして、それこそが日本という土地に、肉体を持って生まれて来た、一人一人 の魂の目的ではないかと思います。 |
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