ストリートチュ-ドレンは首都ダッカだけで22万以上と言われ、毎日増え続けている。
汚れた服、破れた服、服も着てない子たちが物乞いをしている。
街(?)にはリキシャが溢れ、ホコリとスモッグで包まれている。
市場の果物や魚には銀バエが群がっている。
田舎も、一見自然には恵まれているように見えるけど、
あちこちのミドリの藻がはった池では、洗濯をする人、体を洗う人・・・
金持ちの家では、7〜8才のこどもが子守りをしたり掃除をしたり・・・、
色あせた汚れた衣服に身を包み、みんなの食事が終るまではじっと立ってて、
皿を引っ込めたり料理を出したり・・・
後で余った物を床に座って食べていた・・・。
もちろん、彼等は学校なんかには行ってない・・・
列車の屋根やバス・トラックの屋根にも人がぎっしり・・・
友人からはとても歓待を受けたのですが,それだけに
・・・実は、とても非力・・・・・を感じての帰国でした。
帰国その日から、留守でしわ寄せになった仕事や行事に
頭も心もスイッチできないまま追われる毎日でした。
ラボで子どもと向き合う活動をしていますので、
子ども達の笑顔を見るにつけやはり思い出されるのは
人間として最低の保証を受けていないバングラデシュの子ども達の事です。
宮崎市の市立公民館のうち最も古くて老朽化の激しい小戸公民館が、
新築に見えたり、
絵本や手遊び・ソングバードなどで無邪気に遊ぶ子ども達やラボッ子の背後に
お腹をすかした子ども達が手を出している残像が残ったり、
リキシャやホコリ・スモッグのない道路をただ走っているだけで涙したり・・・、
いやはや今回はかなりの重症でした。
本当に自分の無力さ・非力さを感じた旅でした。
しかし、同じ地球に住む仲間として
21世紀を生きる子ども達のために
何かできる事はないだろうか・・と考えてみました。
正直言って「できる事」には限りがあり、
何をやっても全くと言っていいほど
「変化」は期待できない現状が歴然としてあります。
砂漠の砂を一粒一粒取り出したら一体いつになったら全部取り出せるのだろう・・・
海の水を一匙ずつ汲み出したら全部汲み出すのは可能なんだろうか・・
と同じくらい気の遠くなるような思いはあり
ます。
ダッカに活動拠点を築き、砒素汚染の解決へ向けて一歩を踏み出した
「アジア砒素 ネットワーク(ANN)」の現地スタッフ対馬幸枝さんや
バングラデシュ人のスタッフの方々も、
長い道のりを地道な活動と大学のネットワークの中で
一歩一歩の活動を広げ
ていっていらっしゃいました。
国の政治情勢等を見ても一部の特権階級によって好き放題に行われているようです。
やはり、底辺の意識の底上げ=「教育」しかないと思
いました。
しかし、どこから・・・? どうやって・・・?
その日の食べ物を求めてさまよう子ども達に、
私は一体何ができるでしょうか?
何もできません。
何をやっても、
灼熱の太陽に一匙一匙スプーンで水を注ぐだけのような無力感が漂うだけです。
しかし、せめて学校に行ったら、
紙にエンピツで書ける(描ける)。
1年でも2年でも
小学校に通うチャンスをつくってあげる第一歩になる・・・
という微々々々力ながらできる範囲で関わろうと考え、
支援組織を立ち上げました。
団体と呼ぶにはあまりにも小さい・・・、
しかし、何人かのお母様方が関わって下さって、
呼びかけもして下さって、始動はじめました。
H&Hは始めの一歩の取り掛かりとして、
Mymensingh県の一PDB小学校から関わる事に
しました。

“H&H”5年目に向けて
バングラデシュの教育環境の現状と“H&H”の活動
国際こども支援団体“H&H”(Heart
and Hand)の活動は、2001年、わずか 3人の
子ども達の小学校教育支援と教育支援児の通う小学校に在籍する全児童に対する文具
支援からスタートしました。フィールドは、バングラデシュの首都ダッカから2時間
程北部のマイメンシンのPDB小学校です。PDB小学校の教育支援児は現在8名。
その内の一人は2004年12月、無事に小学校を卒業しました。その後、教育里親さんの
厚意により2005年1月より近くの公立中学校へ通っています。また、2003年より現地
NGOチンナムクルバングラデシュ(CB)との協働で、北部クリグラムでの教育支
援活動が始まりました。CB運営の小学校の一つチリマリ小学校がヨーロッパからの
資金提供の中止により閉校の危機に直面している実状を知り、2004年より「教育里親
制度」によるチリマリ小学校支援を始めました。
バングラデシュの義務教育は5年生までですが、未だに小学校卒業率は30数%に留
まっています。そのような中、CB(NGO/チンナムクルバングラデシュ)運営の小学
校では、ほとんどの子供達がドロップアウトすることなく卒業しています。他の小学
校と比較すると、このCB運営の小学校の教育がどんなに優れているのかが良くわか
ります。しかし、前述のように運営資金の多くをヨーロッパを始めとした国々からの
支援金に頼っていますので、支援金の削減により、チリマリ小学校運営が危ぶまれて
いますので、“H&H”では、2004年度より10名、2005年度より20名の計30名の子供達
を、“H&H”教育里親支援制度で応援しています。
「すべての人に教育を」(Education
for All, EFA)と世界の貧困撲滅を目的とし
て国連が提唱し、各国政府が同意した「ミレニアム開発目標」(Millennium
Development Goals:MDGs)で掲げられている、8つの目標の1つに
○ 2015年までに世界中すべての人に無償基礎教育を提供すること
○ 2005年までに初等・中等教育における男女の平等を実現すること
があります。バングラデシュの現状から判断するに、FEAにはまだまだ程
遠いものがある、と感じます。しかし、いや、それだからこそチリマリ小学校を廃校
に追いやってはいけないと、痛切に感じます。
“H&H”では2006年度も「教育里親制度」による支援を継続していきます。バング
ラデシュの子ども達の小学校教育支援に、多くの方に関わって頂きたいと思います。
子ども達の教育に必要な費用は、10,000円/年(5年間:入学から卒業まで)です。ど
うぞ、宜しくお願い致します。
今年新しい動きがありました。MRT宮崎放送のご厚意により、ラーメンバトルの益
金を頂くことができましたので、初めてバングラデシュへ「ノ―ト大使」派遣を実現
することができました。「ノ―ト大使」はバングラデシュで教育支援児と「手作りノ
―ト」や支援文具の活用・保存状況等の報告・調査を行ったり、現地NGOへ提言を
行ったりします。また、現地の人々と文化を通した交流を行い相互理解に努めます。
2004年2月、CB運営のタウンセンター小学校から5人の子ども達が宮崎を訪れ、音
楽を通した交流活動を行いました。その中の二人アイリ―ンとナズマは中学生にな
り、CBの支援を受けて、1月より自宅近くの公立中学校に通っています。ハニフ・
ヒロ・アスマは最高学年の5年生です。ハニフとヒロは、今年12月に小学校を卒業し
た後は、職業訓練所で技術を身につけて社会に巣立つ予定でしたが、昨年の訪問時に
協力頂いた方の教育支援申し出により、来年1月から中学校へ進学することができる
ようになりました。ご厚意に感謝致しますと共に、皆様にお知らせ致します。
2005年7月〜11月、CBスタッフ(バングラデシュ)、シャヒドル・ラフマンさん
が子ども達への美術指導研修員として来日します。「手作りノ―ト」によって心を開
放し楽しく描画活動をしている現地の子ども達に対して、子ども達の良さを引き出す
教育指導法を学んで帰って欲しいと思います。そして、子ども達の豊かな心を育み、
自分の国を良くして行こうという子ども達が育つよう願っています。
2005年5月
国際こども支援団体“H&H”(Heart
and Hand)
代表 松崎美和子
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