秘事について


  琵琶法師の社会では、全国各地に流派が散在し、それぞれに、茶道や華道の家元の様な組織が有ったようです。各々の流派には、その流派しか語れない秘伝の物語があって、その秘話は、流派を継承する者にのみ伝授され、次の世代に引き継がれて行きました。各流派秘伝の物語を、”秘事”と申します。

 私が参考にした佐藤謙三氏訳の、「平家物語}の巻末にも、”大秘事・小秘事”、と題して、秘事が掲載されています。

 
 巻末に掲載された秘事は、次の通りです。

 小秘事 その1  ”祇園精舎”     祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり
      その2  ”延喜聖代”     醍醐天皇と五位鷺の話

 大秘事 その1  ”宗  論”      弘法大師と高野信仰の話
      その2  ”剣の巻”       三種の神器の一つ 草薙の剣の事
      その3  ”鏡の巻”       三種の神器の一つ 鏡の事

 上記の内、大秘事の”剣の巻” と ”鏡の巻” のあらすじを紹介します。
  大秘事  ”剣の巻” 

 本朝には、神代より伝はれる霊剣三つあり。十束の剣・天の蠅切の剣・草薙の剣是なり。十束の剣は大和の國石の上布留の社に納めらる。天の早切の剣は尾張國熱田の社に有りとかや。草薙の剣は内裏にあり。今の宝剣是なり。御霊一早う御座す。

 抑くも此の剣の由来を申すに、昔素戔嗚尊出雲の国そがの里に宮作り給ひしに、八色の雲の常に立ちければ、尊是れを御覧じて、かうぞ詠じ給ひける。
八雲立つ出雲八重垣妻ごめに、八重垣作るその八重垣を
是を三十一字の始めとす。
     
 日本武尊
 
 右の絵は、国立国会図書館が所蔵している貴重画像を、同図書館のホームページから、転載許可を受けてコピーしたものです。
転載許可の手続き等は、下記の、同館ホームページをご覧下さい。

 
http://www3.ndl.go.jp/rm/
  あらすじ

 我が日本には、神代の昔から伝わる、3本の霊剣があります。1本は、大和・上布留神社の十束の剣、天の早切りの剣は尾張の熱田神宮に有ると聞いています。もう1本の草薙の剣は、内裏に納められている、まさしく宝剣のことです。
それでは、此の宝剣の由来をお話しします。

 昔、素戔嗚尊(スサノオノミコト)が出雲に宮をお作りになった時、一帯に8色の雲がたなびきました。この見事な雲を御覧になった尊(ミコト)は、歌を詠まれました。

     
八雲立つ 出雲八重垣妻ごめに
             八重垣作るその八重垣を


 この歌が、我が日本で詠まれた三十一文字(みそひともじ)・つまり和歌の初まりです。また、この地方を、出雲と名付けられたのも、この雲が由縁です。

 尊が出雲に下りられた時、簸川(ひかわ)の川上・國津に、あしなづち・手なづちと申す、夫婦の神が住んでおりました。尊が、この夫婦の家を訪ねますと、美しい娘・稲田姫を間に親子三人が、打ち揃って泣いております。これは只事ではないと、「そもそも汝等は如何致した」、とお聞きになりますと、それに答えて、

 「我等には8人の娘が居りました。それが皆大蛇のために呑まれて、今は只1人残ったこの娘も、呑まれようとしています。その大蛇と申しますのは、頭と尻尾が八つも有り、八つの谷と八つの峰に這い蔓延っております。背には樹木が生えて、その寿命幾千年と知れず、目は日月の如く輝いて居ります。

 毎年、親を呑まれて子が嘆き、子が呑まれて親が悲しむ、その嘆き悲しむ声が、村の東西南北に絶えぬ事はありません」

 哀れに思われた尊が、美しい娘・稲田姫を自らの御髪の中に隠した上、八つの舟にたっぷりと酒を注ぎ、自らの身を、美女の姿に変えて、高い岡の上に立たれました。するとその御姿が、舟に満たした酒に写ったものですから、これを見た大蛇は、8人の娘が現れたと勘違いして、酒に写ったその人影を飲み干してしまったのです。

 尊は大蛇が飲み潰れた所を見計らって、携えていた霊剣を抜き放ち、8つの頭と8つの尻尾をずたずたに切り裂きました。しかし、尻尾の一本がどうしても断ち切れません。不審に思われた尊が、これを縦割りに切り裂きますと、一本の霊剣が現れたのです。

 尊がこれを天照大神にお見せしますと、「これは高天が原にて、私が取り落とした剣なり」と申され、大蛇が現れる時には、必ず村雲が出ることから、”天の村雲の剣”と命名し、天の帝の御宝となしました。

 後に天孫降臨せられて、天照大神が芦原の國を造られた時、時の帝にこれを授け、大和へ國を移し替えられた時にも、これを大和朝廷に与えられました。その後、第10代の帝・崇神天皇の時に造り替えられて伝ったのが、今帝がお持ちの宝剣です。

 第12代の帝・景行天皇の時、関東で反乱が起り、御子の武勇に優れた、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)
(写真)が遣わされました。天照大神はお暇の挨拶に訪れた尊(みこと)に、霊剣をお授けになりました。

 賊徒は、駿河の国へ赴いた尊を、鹿狩りと称して、野原に連れ出し、廻りから火をかけて、焼き殺さんと謀りました。尊は霊剣を抜きはなって、廻りの草を薙ぎ払いますと、一里が内の草は、たちまち薙ぎ倒れてしまいました。

 今度は尊が草に火をかけますと、その火は、賊徒に向かって燃え広がり、忽ちの内に、皆焼け死んだのです。これより、この霊剣をば”草薙の剣”と呼ぶようになりました。

 このようにして、3ヶ年が間に、関東を平定された尊は、都へご帰還の途上にて、御煩はれた末、遂にお隠れ遊ばされたのです。その魂は、白い鳥になって、天へ還られたそうで、誠に不思議なことです。

 草薙の剣は、熱田神宮に納められましたが、天武帝の御時、新羅の賊徒がこれを盗み出して、日本国を攻めんとしましたが、忽ち神風が吹いて、賊徒を乗せた舟は、敢え無く沈んでしまいました。霊剣の祟りに驚いた賊徒は、恐れおののいて、これを元に返納しました。これを期に、天武帝はこれを内裏に置き、これが今に伝わる宝剣なのです。

 陽成帝が狂い病を御罹いになって、この宝剣を抜き放たれた事がありましたが、夜の御殿は光り輝いて、雷光に劣らず、驚いた帝がこれを放り投げますと、宝剣は自ら、元の鞘に納まったと言います。

 この度の壇ノ浦の戦いで、二位の局(清盛公の妻)が、この宝剣を御腰に差して、安徳帝と共に、海の底に沈められました。これは一大事とて、優れた海女を大勢集めて探させましたが、遂に見つけ出すことは出来ませんでした。

 朝廷では、公卿達が集まって、善後策を詮議しました。その中のある博士の申すには、

 「これは、昔、出雲の簸の河の川上で、素戔嗚尊に斬られた大蛇が、霊剣を惜しむ余り、8つの頭・8つの尻尾の象徴として、第81代の帝・8才の皇帝・安徳帝に化身して、これを取り返し、千尋(ちひろ)の海の底・神龍の宝と成したのであるから、二度と人間の手には帰らぬ道理かな」申し、尤もなことです。

                     大秘事 ”剣の巻”        
大秘事 ”鏡の巻”

 同じき二十八日鎌倉殿従二位し給ふ。越階とて二階をするだに有り難き朝恩成に、是は既に三階なり。三位をこそし給ふ可が、頼政の卿の成給ひしを忌うでなり。其の夜の子の刻に内侍所璽御箱太政官の庁より温明殿へ入せ御座す。主上やがて行幸成って、三が夜臨時の御神楽有り。
 あらすじ

 28日鎌倉の頼朝公を従二位に任じました。階位を2つも飛び越えるのさえ、有り難いことなのに、これは3階級特進です。同じ源氏の頼政公が三位でしたから、それを忌み嫌って、二位を授けられたのです。 其の夜、内侍所(鏡)が、温明殿へ納められ、主上が行幸なって、三夜に渡り、御神楽の舞が奉納されました。

 そもそも、この内侍所と申す御鏡は、昔、天照大神が天の岩戸に閉じ籠もられた時、如何にしても、我が御姿を写し置いて、御子孫に見せんと思し召し、鋳させたものなのです。始めに鋳た御鏡は、大神のお気に召さず、紀伊の国・日の前・國県の社に納められ、鋳させ直した御鏡を、御子おしみの尊に授けました。

 かって天照大神が天の岩戸に閉じ籠もられて、世の中が真っ暗闇になった事がありました。八百万(ヤオヨロヅ)の神が集まって、岩戸の口にて御神楽を奏じますと、大神これは何事かと、岩戸を細めにお開けになって、これを御覧になりました。戸の透き間から洩れた光で、互いの顔が白く見えた事から、面白いと言う言葉が生まれたと言うことです。 その時、岩根手刀雄の尊(イワネタジカラオノミコト)と言う大力の神が近付き、これを開けて以来、岩戸は立てられなくなったと申します。

 第10代崇神天皇の時、天照大神を大和の國・磯垣に御遷ししましたが、この御鏡も別の殿にお祀りして、近頃は温明殿に御座します。都が遷されて160年の後、村上帝の天徳4年9月、夜・子の刻に、内裏から出火して、小野の宮殿が駆け付けた時には、既に、内侍所の座します温明殿も焼失した後でした。

 この世も最早これまでと嘆き悲しむ程に、内侍所は自ら炎の中を飛び出して、南殿の桜の木に掛かっておりました。木に掛かった内侍所は、まるで朝日の山の端に掛かった如くに、燦然と輝いておりました。

 世も未だ尽きずかと、感涙を抑えた小野の宮殿が、肩膝を付いて、「昔、天照大神がこの世をお守りされると、お誓いされた御言葉は今も尽きず。どうぞ、この小野が袖に宿らせ給え」と、お祈りしますと、その言葉も終わらない内に、内侍所は其の袖に飛び移られました。小野の宮殿これを袖にお包みして、太政官の宿所に御入れ奉ったと言うことです。

 今の世に、小野の宮の様な御方がおはすでしょうか。上代だからこそ、こんな御目出度い話があるのです。


           大秘事 ”鏡の巻”           完