由良川にサケよ帰れ
            

由良川に鮭よ帰れ
鮭が遡上する最南端の川で稚魚を放流する最上流地点・綾部市

サケの放流がピンチ!

自宅でサケを育てて由良川へ放流しませんか

今年もサケの飼育を始めました

 

 

 今年は1万尾を放流 
ローターアクトクラブの「サケ放流まつり」が放流を盛り上げました
綾部サケ放流事業実行委員会

今年の放流は綾部ローターアクトクラブの「サケ放流まつり」も開催され、朝から小雨続きでしたが500名が参加し1万尾を放流しました。
 みんな、雨で“しょんぼり”かと心配しましたが、サケは元気、子ども達も元気、おばさん(失礼)も元気、もっと元気はつらつなのはローターアクトクラブの若者でした。 

サケを入れたバケツを持って川岸へ

流したらあかん!と泣く子をなだめて放流

鮭飼育認定証を授与

サケ放流会場は白瀬橋南詰交差点から河川敷に降りてください。

駐車スペースは十分あります。

 

サケの放流はふるさと文化 〜その思いと経過〜

 

綾部市を貫流し日本海へ注ぐ由良川は、鮭が遡上する最南端の川です。
そして、綾部は鮭の稚魚を放流する最上流地点です。

京都府は水産事業として福知山に鮭のふ化場を建設し放流事業を行ってきました。
しかし、綾部で鮭の稚魚を放流したいという願いは、水産資源の観点とは少々おもむきを異にしていました。

綾部市では、昭和59年3月17日、京都府が主催し、綾部市と綾部の語り部集団「鮭の子文庫」が協賛する形で、以久田橋上流左岸に中筋小学校、豊里東・豊里西小学校6年生児童168人をはじめ約200名により、鮭の稚魚30万尾を放流したのが最初でした。 
この鮭の放流を綾部で行うことを提起し、事業実施の中心的役割を果たしてきた「鮭の子文庫」や
この事業に強力なバックアップをいただいた、京都府や綾部市そしてロータリークラブをはじめ多くの団体の皆様の思いは、
鮭の放流・回帰を単に漁業振興ととらえることなく、由良川流域の文化を育て、生まれ育った川へ回帰する鮭の習性に習って、
郷土愛をもってふるさと綾部を愛し、心豊かなふるさと文化を育てたい。
さらには、鮭が帰って来る由良川を美しく守ろうというアピールでもありました。

会場は綾部市由良川花庭園、鮭を放流する日本で最南端最上流地点の開会式風景です 小学生やサケサポーター400人でカムバックサーモン!のかけ声とともに2万尾を放流しました 鮭たちはバケツの中で放流されるのを待っています

特に地元の学校を卒業して綾部から離れてい
くことの多い子供達には、ふるさとを愛する心
を育み育てたい。

そして大きくなって綾部にかえって来いという
願いからであったと思います。

これはまさに、綾部市民の郷土愛が生んだ「ふるさと文化」です。

 

綾部放流場所上流で鮭が産卵

サケの放流がピンチ

◇◆◇ 鮭の放流がピンチ  ◇◆◇


由良川に鮭よ帰れ!を合い言葉に23年間続けてきた鮭の放流がピンチです。
この事業はもともと昭和54年から京都府がサケ資源増殖事業として約350万円の事業費で
京都府内水面漁協に依頼をして実施してきたものですが、漁獲高の減少など事業効果低下の為、
京都府では19年度をもってこの事業を取りやめました。

  しかし、綾部市ではこの鮭の放流・回帰を単に漁業振興だけにとらえることなく、
由良川流域の文化を育て、生まれ育った川へ回帰する鮭の習性に習って、
郷土愛をもってふるさと綾部を愛し、心豊かなふるさと文化を育てたい。
さらには、鮭が帰って来る由良川を美しく守ろうというアピールとして実施してきました。

  特に、地元の学校を卒業して綾部から離れていくことの多い子供達には、ふるさとを愛する心を育み育てたい。
そして大きくなって綾部に帰って来いという願いを込めた
まさに、綾部市民の郷土愛が生んだ「ふるさと文化」として事業を行ってきました。

  しかしここにきて、サケ資源増殖事業に乗って行ってきた鮭の放流であるだけに、
環境啓発だけでは成り立たない現実に直面することになりました。さて、どうするか。

そこで 
あなたの家でサケを育てて放流しませんか。


今日までサケの放流に関わってきた綾部市と福知山市、そして京都府の皆さんと
由良川サケ環境保全実行委員会を立ち上げて
京都府地域力再生プロジェクト支援事業の交付金を受け、今日までの経験をもとに
サケ飼育の指導・支援を行って個人や団体でサケを育てていただき、放流を継続することにしました。

  綾部市においても今日まで放流を行ってきた綾部サケ放流実行委員会をベースに
サケを育てる個人・団体募集しています。

ふるさとを愛する心、自然環境の保護、稚魚誕生、旅立つサケへの激励の思い
サケの飼育と放流には多くの感動があります。


皆様のご協力をお願い致します。

育ててみよう!と言う方は sasaki@gold.ocn.ne.jp までメールを下さい。

自宅でサケを育てる          

概要 自宅の水槽に1日くみ置きした水道水を入れ、イクラの受精卵をふ化させて育てます。

 
飼育の準備

◆  水槽、ろ過装置、ポンプ一式、水温計、底に敷く小石などの、水につかる物を水洗いし
 日光消毒をします。 


◆  水槽を、直射日光の当たらない涼しい場所、振動の少ない 場所などに設置します。

◆水槽の上や周りを段ボール等で囲み、水槽内を暗くします。

★卵や生まれたての稚魚は、振動や直射日光(紫外線)などによる刺激を特に嫌います。  (太陽の光や、蛍光灯などを当てないように注意しましょう。)

 

親さけの採捕(さいほ)

◆サケは京都府の許可を取って由良川の支流、牧川で採補されます。

◆まさに、これが帰ってきたサケです。

◆11月には採捕見学会も実施します。

受精卵を水槽に入れる
◆  卵を受け取る日の2〜3日前には水を入れて空気を送り込み水を循環させて、

 水温が15度以下になっているかを確認しておきます。
 


◆  受精卵を受け取りましたら、強い衝撃を与えないように注意し、 

 すぐに持ち帰り、水槽のざるの中に収容します。

ふ化が始まります
◆  卵を収容後1〜2週間過ぎるとふ化が始まります。    
泳ぎ始めます

◆  ふ化後18日〜25日経過すると「さいのう」を吸収し、スマートな体形になり水面に泳ぎだします。

★ 水が濁るようであれば、水交換をします。

  水替えは、サケの住む環境を大きく変化させることになります。一度に、たくさんの水を替えないようにしましょう。

エサをあげましょう

◆ おなかのふくろが完全になくなり、おなかがとじたらエサをあげる時期です。

★ 泳ぎ始めたときは、真下から見ると、おなかにまだ「さいのう」(栄養袋)が少し残っているのがわかります。

★ これが完全に見えなくなってから、エサを与え始めます。  「さいのう」が残っている稚魚は、エサを食べても上手く消化できないため、死んでしまうことがあるので注意してください。

☆ 育ててくれてありがとう!

さあ!!!由良川に放流しましょう

道路にはサケ放流ピーアールのぼり 飼育されたサケが続々と持ち込まれます

別れを惜しんで泣きながら放流する子どもさんも

放流した後は、元気に帰ってくる願いを込めて登りに署名。ハッスルかあちゃんの会の「あったか鍋」をいただきます。


記念写真


市民の力で鮭の飼育・放流が実現!

 御 礼

 春の日差しに包まれて素晴らしい鮭の放流が出来ました。

 今回の私たちの取組は、鮭の放流と回帰を単に漁業振興ととらえることなく、生まれ育った川へ回帰する鮭の習性に習って、
子どもたちの心にふるさと綾部を愛する郷土愛を育てたい願いと、由良川を美しく守るために
由良川流域の環境意識を高め、鮭が帰って来る心豊かなふるさと文化を育てるために有意義な第一歩であったと思います。

 これも、ここまでに至る皆様のご尽力があってこそなし得たことでした。
心より敬意を表し御礼を申し上げます。ありがとうございました。
放流をする子どもたちの輝く瞳を見て、
また来年もこの事業の輪を広げたい思いをなお一層強くしたところでございます。

 来年度も各方面のご協力を依頼するとともに、皆様の今回の経験を基に市民の力でこの事業を実施したいと思います。
新年度の事業についても引き続きご協力をいただきますようにお願いを申し上げます。

                              由良川サケ環境保全実行委員会

                            綾部サケ放流事業実行委員会

                      委員長 佐々木幹夫

 

今年も飼育

今年もサケの飼育が始まりました

今回の新聞報道です。上から京都新聞、綾部市民新聞、1月21日京都新聞夕刊です。

           
           
           
           

    鮭のお話  〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜第一話 帰ってきた鮭

第2話

文 梅原陽介

絵 出口袖美子

写真 寺田太一
企画編集スタッフ 浅巻武之・高倉敏明・村上一昭・石原義信・四方善朗・佐々木幹夫・萩野武美・木下義清・井上吉夫・村上康裕・鍋師有・井田弘幸・上羽寛一郎・(故)塩見清毅・(故)渡辺泰人・梅原利栄・高倉幸子・佐々木博子・萩野英美子・田中景子(京都府)・井上浩豪(綾部市)・片山守(綾部青年会議所) 2001部限定版売 1993年3月29日初版発行 発行者 杵谷 宗紋 発行所 鮭の子文庫
〒623京都府綾部市寺町寺野92番地 印刷・製本 関西美術印刷株式会社
 

 ここは由良川です。

由良川は、日本列島の北のはし(宗谷岬)と南のはし(西表島)をつまみあげ二つにおったところ、

そう日本のほぼまんなかにあります。

芦生の原生林にある水源を出発してから全長164キロメートル。

自然の水を集めながら谷間を曲がりくねってダムを越え日本海にそそぎ込みます。

そんな由良川にも、春が近づいています。

谷間のうす雪のあいだから、ふきのとうが顔を出し、岸辺のねこやなぎが風にエラエラゆれています。

ここは由良川です。

由良川は、日本列島の北のはし(宗谷岬)と南のはし(西表島)をつまみあげ二つにおったところ、

そう日本のほぼまんなかにあります。

芦生の原生林にある水源を出発してから全長164キロメートル。

自然の水を集めながら谷間を曲がりくねってダムを越え日本海にそそぎ込みます。

そんな由良川にも、春が近づいています。

谷間のうす雪のあいだから、ふきのとうが顔を出し、岸辺のねこやなぎが風にエラエラゆれています。

時々つめたい風が、通りすぎていった冬将軍を追いかけるようにして吹き抜けていきます。

そんなとき、川の中は、もう春です。

 

クサモの影や、石の陰から大小とりまぜたドングリ目玉の稚魚たちが出たり入ったりしています。

大きさは、マッチ棒を三本たばねてシッポをつけたくらいです。

暗い巣穴から出てきたばかりで、日がチカチカします。

川の様子があまりよく分かりませんから、おそるおそるです。

それでも、だんだんなれてきました。

川の中をよく見ると、りっぱなくちひげに大きな頭、

それにあわぬ可愛い目をしたナマズのおじさん。

真っ赤な体で、大きなハサミ、泳ぐときには後ろ向きに

スーイスイのザリガニのおねえさん。

石かと思って近づいたら、ヌーと顔が出て、

ノソリふわふわ ノソリふわふわと歩き出したカメのおばさん。


「おもしろいな−」とながめていると、とつぜん
 「ビユーグルグル」 何がなんだかわかりません。

水にまかれて、かわぞこにドスン。カメのおばさんが近づいてきて、「おやおや、ピックリしたろう

あれはこの川いちばんの元気もの、コイのおにいちゃんだよ」。


「おまえさんは、鮭の子だね、名前は何ていうの?」

「ああ、そうだったね、お父さんも、お母さんもいないんだったね。

鮭さんは、卵をうむと、かわいそうにみんな死んでしまうんだったね」

「それでは、ひとつ わたしが名前をつけてあげよう」

「モン太、ってのはどうだい」 「鮭の子で、おさるさんのようにかわいくてりこうな子って意味さ」

「モン太か、いい名前だ、おばさんどうもありがとう」

それから、二週間ほどたったある日のことです。どこからともなく、

モン太のと同じような鮭の子が集まってきました。

一〇匹、二〇匹、五〇匹、一〇〇匹…………。

ピックリしたモン太は、カメのおばさんに聞いてみました。

「あぁ−そうそう、鮭の子たちは、旅にでなければならないんだよ、何千キロもの旅。

開くところによると、この由良川を下って日本海へ出て、北へ北へと旅をするそうだね。

北海道を過ぎて、千島列島、カムチャツカ半島を通って、ベーリング海へ出て、

アラスカヘと向かい、二、三年の間北太平洋を回遊して、また、この由良川へ戻ってくるそうだね。

モン太ちゃん、おまえさんは、これから仲間のみんなと大旅行にでかけるんだよ」

「おばさん、ぼくにできるかな−」

「だいじょうぶ、モン太ちゃんのお父さんもお母さんもそうして帰ってきたんだからね」

「モン太ちゃん、見てごらん、美しい星空でしょう。

あの星のどれかが、お父さんお母さんなんだよ。きっと兄ていると思うよ。

星空は、とてもすんでいました。モン太の心の中にもシンシンとしみこんで来るような気がします。

その時、二つの流れ星が流れました。

「モン太ちゃん、お父さん、お母さんだよ。

「おばさん、どうもありがとう。」

さあ、みんなにおくれないようにね」

「きっと、帰ってくるからね。かならずよ。まっててね」

モン太は、集まった仲間と一緒に川を下り始めました。

500匹くらいの仲間です。昼の間は、ひとかたまりになって餌を食べます。

ごちそうは、ユスリカの幼虫です。でも水の中にいる小さな生き物ならなんでも食べます

そうしないと、大旅行をする体力がつかないからです。

夜になると、また、川を下っていきます。

ふるさとを出てから、3日目のことです。

川の流れにさからいながら流れてくるエサを食べている時でした。
とつぜん、前方を大きな黒いかたまりが流れてきたのです。

モン太たちの仲間もその黒いかたまりに飲み込まれてしまいました。

なにがなんだかわかりません。

キリキリ舞になりながら、まわりをよく見てみると、どうも同じ鮭の仲間のようです。

安心したものの、その数ときたらたいへんな数です。

1万匹、10万匹、100万匹、いや、もっと多いかもしれません。

とにかくおびただし数です。

モン太たちは、はなればなれになってしまいました。

同じ鮭の仲間なのに何かが違います。

何かよそよそしくてしたしめません。なぜか寂しくなってきました。


と、とっぜん川面がさわがしくなりました。

雨です。それも今まで見たこともないようなおおつぷの雨が水面をたたきます。

モン太は、あわてて川底まで逃げ込みました。頭の上では、仲問たちがおおさわぎです。

雨は、どんどんひどくなってきます。水も少しにごってきました。水かさも増しています。

その時です。ものすごい水音とともに土砂まじりのドロ水が群れをおそいました。

群れは、おおさわぎです。息もできません。目も見えません。体を動かそうにも流れが急で思うようにいきません。

流されながらやっとの思いで水面に出てみると、激しい雨が、モン太のあたまを強く打ちます。

がまんをしながら見上げてみると、山の一部が大きくえぐれ、ドロ水がうねりながら川の中に流れ込んできます。

土手道を手を上げて大きな声を出しながら、あっちへ行ったり、こっちへ来たりしている生き物がいます。

「なんだろう」「ははあ、これが、カメのおばさんの言っていた人間なのか、くわばらくわばら」
モン太は、あわててもぐりました。でも今度は、川岸の草の根の間に入って雨がおさまるのを待つことにしました。

その夜は、ひとりでジッと待ちました。そんなとき、カメのおばさんの声が聞こえてきます。

「モン太ちゃん、頑張るのよ。そして、かならず帰ってくるのよ」

夜が明けました。川の水は、まだにごっています。でも、モン太は出かけることにしました。

昼の間にエサを食べて、夜の間に川を下っていく生活になれているモン太にとっては、昼の間に川を下ることは、たいへんな事なのです。

でも、群のみんなに追いつかなければなりません。

昨日から何も食べていないので、フラフラです。どこかにエサは…、とさがしながらの川下りです。

ふと見ると、うすくにごった水の中に何か小さな赤い物が見えます。

「あっ!エサだ」と思って近づいて見ると赤い糸の切れはしが石のかどにひっかかっているのです。
次回に続く
 
 
 
    



第一話 かえってきたサケ

   
由良川に 鮭よ 帰れ!

きたぐにのふゆはるがきましたするとそこへ
/きびしいうみのたび/川をでてから四年/
なつかしい りくちが あのたに川 
なんにちかたって
国土社の創作絵本
かえってきたサケ
絵・岩淵慶造 文・鶴見正夫

 この童話は、「語り部集団・鮭の子文庫」が、
鮭の放流を始める前から各地の子供達を訪れて、読み聞かせていたものです。
テレビ文化の子供達が目を輝かして聞き入る姿を今でも鮮明に思い出します。

  連 載  
国土社の創作絵本   かえってきたサケ  絵・岩淵慶造 文・鶴見正夫  
この物語りは、川で生まれたサケ達が遠くオホーツクの海を回遊し、大きく成長して再び生まれた川に帰ってくる、サケの一生を描いています。  

初回 2000.10.12

きたぐにの ふゆ

つめたい かぜが ふきまくります。

山やまは ふかい ゆきに おおわれ、たにまを ながれる 川の きしには、

うっすらと こおりが はって います。

でも、川の、なかだけは しずかでした。

あおく ゆれる ふさもの かげは、水の ながれも ゆるやかです。

そこには、たまごから うまれて まもない、サケの子の チサや チコたちが あそんで いました。

チサは おとこの子、チコは おんなの子。

ある日、チコは、えさの みじんこを おって、うつかり ふさもの そとへ でました。

きゅうな ながれに あわてた チコを みると、チサは、いさましく むれを とびだし、

川しもから チコを ささえて、ふさもへ おしもどしました。

ところが そのとき、

チサの からだは、ぶるつと ぶるえました。

いっぴきの 大きな さかなが、まっしぐらに チサに むかって きたのです。

サケの子を たべる ウグイ!

   

チサは、むちゅうで にげました。

川ぞこの 石の すきまに かくれました。

チサは、たすかったものの、せびれの はしを、くいちぎられて いました。

むれに もどった チサの そばに、チコが およぎよって きました。

小さな 口の さきで、せびれの きずを いたわりました。

チサは、小さな からだを、ぶるっと ふって みせました。

  なあに、このくらいの きず、なんとも ないよ。

  ぼくは、うんと つよい サケに なるんだ。

次回へ続く  

 

 
はるが きました

きしの こおりがとけ、ゆきが きえはじめ、

あかるい ひが、川の そこまで さしこむころに なりました。

すこし 出きく なったサケたちは、

もう、ウグイも こわくは ありません。

へいきで、ふさもの そとまで およぎでて いました。

すると、きゆうに 水が つめたくなり、

ゴォーツ!

いきなり、すさまじい 音が ひびきました。

ゆきどけの 大水!

あっと いうまに、サケの子たちは、

なみに のまれて、ちりぢり ばらばら。

はじきとばされながら、川しも へながされていきました。

石に ぶつかり、うずに まかれ、

気を うしないそうに なつた チサは、

ようやく しずかな 水に にげこみました。でも、

−−− チコが いない。なかまも いない。

いったい、ここは どこだろう。

ひとりぼっちの チサが、しよんぼりと していると、

上の ほうから、子どもたちの こえが きこえました。

「あっ、さかなが いる」

「大きな メダカだよ。つかまえよう。」

       

そこは、大水で できた 水たまりの なか だったのです。

にげばの ない チサは、たちまち あみで すくわれ、

バケツに いれられて しまいました。

次回へ続く 

するとそこへ、ひとりの おじいさんが とおりかかりました。

「おや おや、これはメダカじゃないよ。まいごの サケの子だ。

かわいそうに、せびれがすこし、きれている。」

子どもたちは、びっくりして、かおを みあわせました。

おじいさんは、子どもたちにいいました。

「いまに うみにでて、大きくなって、また この川にかえる サケだ。

さあ、はやく、川に はなして やろう。」

チサは、バケツから 川に はなたれました。

「きつと かえつてこい。まっているよ。」

おじいさんと 子どもたちの こえがきこえました。

  ありがとう、おじいさん。ぼく、きっと かえるよ。



チサは、ずうっと川しもまで およいで、やっと なかまたちにであいました。

よかった、チコも いる。


しばらく、川の でぐちであそんで いたサケの子たちは、

やがて、むれを つくつて、ひろい うみにおよぎでていきました。

             

 その日・・・。

おじいさんは、川のちかくの こだかいおかに 立って いました。

川と うみとの さかいが、ゆう日に きらきらひかります。

「そろそろ あの サケの子たちが、うみにでるころじゃ。

でも、サケが かえるまで、わたしはげんきで おれるだろうか。」

おじいさんは ひとりぐらしでした。

としをとって、からだはすっかり よわくなっていたのでした。

次回へ続く
 
ながい、きびしい、うみの たび

チサたちは、きたへ きたへと およぎました。

ときどき、ウミネコたちが、空から おそいかかって きます。

そのたびに チサは、おじいさんの こえを おもいだしました。

ウミネコなんかに やられて たまるか。

ぼくは きつと、あの川に かえるんだ。

なかまたちは、どんどん へっていきます。

チサは チコを かばいながら、

はを くいしばって およぎつづけました。

きたへ、きたへ

チサたちは だんだん、りつぱな わかものに そだって いきました。

二年たち、三年たつたころ、おお大きく なつた チサたちは、

こおりつくような きたのうみに いました。

サチたちは、まい日が たたかいでした。



むれを ひきさくような、はげしい なみ。

サケをくう おそろしい トド。

にんげんのはる、サケとりのあみ。

なかまの かずは、へるいっぼうです。

そのころ おじいさんは、ときどき、川の

きしべに 立って いました。

「あのサケの子は、ぶじだろうか。

おお大きく なって、げんきで いるだろうか。」

おじいさんは、つえにつかまって いました。

あるくのが、やっとなのでした。

 
川を でてから、四年ほど たちました。

チサたちの むれは、きた みちを もどり、

みなみへ およぎはじめて いました。

いよいよ、川に むかって かえるのです。

そんな ある日、せんとうに いた チサは、

はっとして さけびました。

トドだ、にげろ

   
ふりかえると、チコは いまにも にげおくれそう。

からだを ひるがえした チサは、

むちゅうで チコを たすけて にげのびました。
 
ほっとして、また、みなみへ みなみへ 。

ぼくは チコを つれて、きつと あの川に かえる。
 
それまでは、どんなことが あっても いきるんだ。

次回へ続く
 

なつかしい りくちが みえて きました。

すると、なぜか チサたちは、くる日も くる日も、水の においを かぎはじめました。

 あっ、このにおいだ。わかるか、チコ!

 あの川よ、わたしたちの 川よ。

チサと チコは、においに むかって およぎました。

いきおいよく、うみから 川に とびこみました。

 よかった。

チサは とうとう、チコと いっしょに、うまれた 川に かえつて きたのです。

 おじいさあん!

チサは、大きな からだを、

おもいきり 水の 上に とびあがらせました。

チサと チコは、ぐんぐん、川をさかのぼりました。

 
もう、えきもほしくは ありません。

さいごの力をふりしぼって、川かみへ川かみへ。

おしながされそうに なりながら

きゅううな あさせをのりこえました。

たきも とびこえました。
 
けれども、チサを まっている おじいさんの すがたは、

なぜか、どこにも みえません。
 
とうとう なつかしい あの たに川です

のぼりきつた チサと チコは、川ぞこの 石や すなを むちゅうで ほりました。

ほりおえた あなに、チコが、たくさんの たまごをうみおとしました。

そのたまごの 上に、チサは、しろい しるをふりそそぎlました。

おじいさん、やくそくどおり ぼくは かえってきたよ。

そして、ぼくの およめさんの チコは、りっぱに たまごを うんだんだ。

ほっとして つぶやいた チサは、それっきり あとは もう、わかりません。

チコと いっしょに、川を うきながされて いきました。

次回へ続く

なん日か たつて、チサと チコが ただよいついた ところは、

チサが おじいさんにたすけられた、あの きしべでした。

「あっ、このサケ、せびれが きれている。」

「いつかの、あの サケの子。」

「そうだ。そうに ちがいない。」

およぐ 力も なくなった チサたちを みつけたのは、

すっかり 大きく なった 子どもたちでした。


「はやく、おじいさんに しらせなければ。」子どもたちは、いそいで かけだしました。

「おじいさあん!」

さけぴながら、いっけんの いえに かけこみました。

おじいさんは、とこに よこたわって いました。

もう、あるくことさえ できなかったからです。

子どもたちから、サケのことを きいた おじいさんは、

「よかったのう……」

ひとこと、そう いうのが やっとでした。

にっこり ほほえんだかと、おもうと、あとは そのまま、目を つむって しまいました。

次回へ続く