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弁護士費用敗訴者負担制度導入に反対する意見書


平成13年2月28日
司法制度改革審議会 御中
医療事故情報センター
理事長 加藤良夫
名古屋市東区泉1-1-35 ハイエスト久屋6階
tel 052-951-1731/fax 052-951-1732
http://www3.ocn.ne.jp/~mmic/
弁護士費用敗訴者負担制度導入に反対する意見書
<意見>
医療事故情報センターは、医療事故に遭った経験を有する市民を中心とする層に対して実施したアンケート調査の結果を踏まえ、医療過誤訴訟において弁護士費用敗訴者負担制度を導入することに反対します。
<理由要旨>
医療事故情報センターは、医療過誤に関する4つの市民団体に協力を仰ぎ、実際に医療事故に関する体験を持つ人を中心とする層に対し、弁護士費用敗訴者負担制度に関するアンケート調査を実施しました。
 (発送数1128通、回答数528通、回答率52%。回答者の9割以上が医療事故に関する何らかの経験あり。回答者の4割は実際に医療過誤訴訟提起の経験あり。詳細は別紙をご参照下さい)。
その結果、同制度が導入された場合、医療事故の被害者が訴訟を提起することが現在よりも困難になるとの回答が80%を越えました。
この結果から、弁護士費用敗訴者負担制度の導入が医療過誤訴訟の提起を萎縮させる結果をもたらすことは明らかです。
日本における医療過誤被害者の実数は調査されていませんが、米国での調査結果などから推計すると、死亡者の数だけでも年間3万人に達します。
しかし、他方で日本で提起される医療過誤裁判の数は年間700件に達しません。
医師や医療機関のための損害賠償責任保険が脆弱であって、訴訟以外の方法でも被害者が救済されていないことも考えあわせると、医療過誤訴訟の現状は濫訴と言うにはほど遠く、本来訴訟提起されるべきケースですら泣き寝入りを余儀なくされている状態であると考えられます。
このような現状を無視して、医療過誤被害者による訴訟提起が困難となるような制度を導入する必要性は全く存在しません。
貴審議会中間報告では、「利用者の費用負担の軽減」等を同制度導入の理由として挙げていますが、同制度が導入されれば、医療過誤訴訟において裁判制度の利用自体が極めて困難となって、費用負担の軽減以前に裁判制度の利用者となることができなくなります。これは本末転倒と言わざるを得ません。
また、貴審議会中間報告に掲げる「裁判所へのアクセス拡充」という目標にも逆行する結果がもたらされることとなります。
以上から、医療事故情報センターは、医療過誤訴訟について弁護士費用敗訴者負担制度を導入することに強く反対します。
<理由の詳細>
医療事故情報センターとは
 医療事故情報センターは、医療における人権確立、医療制度の改善、診療レベルの向上、医療事故の再発の防止、医療被害者の救済等のため、医療事故に関する情報を集め、とりわけ医療過誤裁判を患者側で担当する弁護士のための便宜を図り、弁護士相互の連絡を密にして、各地の協力医を含むヒューマン・ネットワークづくりを通して、医療過誤裁判の困難な壁を克服することを目的としている団体です。

 1990年12月に発足し、現在は全国で医療過誤訴訟に取り組む475名の弁護士が正会員となっています(2000年12月現在)。
アンケート実施の経緯
 司法制度改革審議会中間報告35ページにおける弁護士費用敗訴者負担に関する提言を踏まえ、医療事故情報センターデは、その提言が実現された場合の医療過誤訴訟への影響を判断する目的で、実際に医療事故に関する何らかの体験を有する方々に対してアンケート調査を行いました。

 調査は、医療事故及び医療過誤問題に関心を持つ4つの市民グループにご協力いただき、アンケート用紙を2001年1月25日付で郵送し、同年2月10日までに医療事故情報センター宛てに郵便又はFAXで到着したものを集計しました。

 発送数合計は1128通、回答数は528通(回答率52%)でした。
回答者層について
 回答者の9割以上は医療事故について何らかの経験があると回答しています。

 また、回答者全体の76%は弁護士に相談した経験を有しており、回答者全体の40%は実際に医療過誤訴訟を提起したことがあると回答しています。

 以上から、今回のアンケートが、医療過誤という問題の解決のために裁判制度を利用するかどうか具体的に検討した経験を有する人を中心とする層に対して行われたという特色を有することがわかると思います。
提訴は現在より困難となるとの回答が多数を占めたこと
 アンケート結果によると、回答者全体のうち、63%の人が、医療過誤訴訟に弁護士費用敗訴者負担制度が導入された場合、非常に提訴しにくくなるだろうと回答しています。
 多少提訴をしにくくなると思うという回答を合わせると、全体の82%の人が、現状よりも提訴が困難になると回答しています。

 このことから、弁護士費用敗訴者負担制度が導入されれば、現在より医療過誤訴訟の数は大きく減少するだろうと予測されます。

 しかし、以下に述べるとおり、医療過誤の被害者の多くが泣き寝入りしている現在の日本において必要なのは、より容易に訴訟手続きを利用できる制度に改革することであり、訴訟を抑制する必要は全く認められません。
日本の医療過誤と訴訟の現状
 最高裁の統計によれば、日本では、1年間で700件弱の医療過誤訴訟が新たに提起されており、確かにこの数は年々増加しています。

 しかし、この数字は実際に起きた医療過誤の中の氷山の一角にすぎません。
 以下の推計からすれば、ほとんどの医療過誤は水面下で放置されていることは明白です。
日本における医療過誤死亡者数の推計
 ハーバード大学のグループが1984年にニューヨーク州の51の病院を退院した3万人を越す入院患者(精神科を除く)のカルテを調査した結果によれば、退院者の3.7%が入院中に何らかの医療事故を体験しており、そのうち13.7%で患者死亡という結果が生じており、そのうち51.3%が医療機関側に責任が認められたケースであったと報告されています。

 ※中島和江他著『ヘルスケアリスクマネジメント』(医学書院)において引用されたHarvard Medical Practice Studyの統計数値に基づく推計。なおこの本の著者である中島氏は、ハーバード大公衆衛生大学院を卒業し、国立大学医学部附属病院長会議常置委員会委員、日本医師会医療安全対策委員会委員などを歴任する研究者である。

 厚生省の統計によれば、平成10年の日本の退院者数(精神科を除く)は約1200万人ですので、上記報告を当てはめると、日本では毎年約3万人が医療過誤で死亡しているという推計となります。死亡しなかったが重篤な後遺症を負ったようなケースを含めると、被害者数はこの数倍になると考えられます。

 他方、医療過誤訴訟には、診療行為が密室で行われる(密室性の壁)、被告の専門領域で戦わざるを得ない(専門性の壁)、医療界に相互批判を許さない体質がある(封建制の壁)という3つの壁があります。

 このため、被害者は最初から大変不利な立場におかれており、勝訴率も低いという現実があります(最高裁事務総局の統計によれば、医療過誤訴訟の勝訴率は27.9%。通常民事訴訟は86.1%。欠席判決を除いた通常民事訴訟の勝訴率は77.6%。1999年)。

 このような事情も相俟って、これだけ多数の人が医療過誤に遭っているのに、年間700件にも満たない数の訴訟しか提起されていません。
 この数字は、日本において、ほとんどの医療過誤被害者が水面下で泣き寝入りしているということを示しています。

 現在の日本では、医療過誤訴訟を提起しやすくする方向が模索されるべきであって、提訴を躊躇させるような制度をあえて導入する必要性が全くないことは明らかです。
訴訟外でも救済されていない実態=貧弱な賠償保険制度
 なお、訴訟を提起しなくても示談などで救済されている人もいるはずだ、という反論が予想されますが、日本における医師賠償保険等の貧弱さをみれば、訴訟外でもほとんど救済されていない実態が明白となります。

 日本医師会やその他損害保険会社の運営する医師向けの医師賠償責任保険では、いずれも医師1人につき、おおむね年間約5万円程度の保険料が設定されています。また医療機関向けの病院保険では、病床1床あたり年間約1万6000円の保険料とされています。
 ※保険料の金額については中島和江他の前出著作に引用された数字による。

 とすると、日本の医師(約25万人)がすべて医師損害賠償保険に入り、日本の医療機関がすべての病床(約170万床)に病院保険を掛けたとして推計しても、その保険金の総額はせいぜい約400億円程度にしかなりません。

 そうだとすれば、仮に日本における年間医療過誤死亡者が上記推計の3分の1の1万人であったとしても、損害賠償保険によっては、死亡者1人あたり400万円しか賠償できない計算となります(しかもこれは、死亡事故以外に対する賠償を全くしないという前提での試算です)。

 本来支払われるべき賠償額は、死亡慰謝料だけでも数千万円に達します。
 上記の事実は、訴訟以外の方法(=賠償保険を利用した示談等)によって被害者が救済されずに放置されているということを如実に示しています。
結 論
 「損害賠償保険の脆弱な日本においては、訴訟の提起は医療過誤被害者の救済のためのほとんど唯一の手段であるにもかかわらず、実際に提訴できる人はごく僅かであって、ほとんどの被害者は泣き寝入りを余儀なくされている」というのが、今の日本の現実です。

 それなのに、訴訟提起を困難にする効果を持つことが明らかな弁護士費用敗訴者負担制度をあえて導入することは、医療過誤被害者の厳しい現実に追い打ちをかけることになります。

 今必要なのは、貴審議会中間報告が提唱するとおり、「裁判所へのアクセス拡充」策です。訴訟抑制策ではありません。

 以上を踏まえ、医療事故情報センターは、医療過誤訴訟に対する弁護士費用敗訴者負担制度の導入に強く反対します。

 貴審議会が、今回のアンケートに現れた訴訟制度利用者の具体的な声を無視することのないよう願ってやみません。貴審議会による賢明なる選択を期待いたします。
<添付した参考資料>
「弁護士費用敗訴者負担制度の導入の是非に関する緊急アンケート」結果 計4枚
調査方法、協力市民団体等
問1 医療事故又は医療過誤に関する経験について(表及びグラフ)
問2 弁護士費用敗訴者負担制度の導入是非について(表及びグラフ)
医療過誤訴訟提起経験者の声(抜粋)
中日新聞平成13年2月17日朝刊記事 1枚
朝日新聞平成13年2月23日夕刊記事 1枚
朝日新聞平成13年2月27日朝刊記事(声欄への投書)1枚
以 上
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