産科における看護師等の業務に関する意見書

意見書PDF

2005年10月27日
医療安全の確保に向けた保健師助産師看護師法等の
あり方に関する検討会 御中
産科における看護師等の業務に関する意見書
医療過誤問題研究会

医療事故情報センター

医療問題弁護団

(五十音順)
 私たちは、貴検討会に対し、産科における看護師等の業務について、次のとおり意見を述べます。
第1 意見の趣旨
1 産婦の内診は、医師が自ら行うべき医療行為(絶対的医行為)であり、医師または助産師のみが実施しうる助産行為であるから、医師の指示がある場合であっても、看護師が内診または内診の一部を診療の補助として行うことは許されず、違法である。

2 母児の安全のためには医師または助産師が内診を行うべきであり、児頭下降度・頚管開大度の計測を看護師に行わせることを可能とする目的で保健師助産師看護師法を改正するべきではない。

3 国は、看護師による内診実施という違法な医療慣行を早急に改めるよう強く指導を行うとともに、助産師の就業促進等の施策をこれまで以上に推進するべきである。
第2 理 由
1 看護師による内診実施は違法であること

(1)問題の所在

 医師法17条は、医療行為が医師の独占業務であることを定めている。
 助産行為も当然医療行為に該当するため、医師以外の者が行うことは本来許されないが、保健師助産師看護師法(以下、「法」という)3条は、例外として、助産行為については助産師が行いうることを定めている。そして法30条本文は、助産師でない者が助産行為を行うことを禁じていることから、医師以外では助産師だけが助産行為を許容されることになり、それ以外の者が助産行為を行うことは許されていない(なお、同条但書は、助産行為が医療行為に含まれるので、医師が医師法に基づいて助産行為を行いうることを確認した規定である)。
 そして、内診は、後述するとおり、分娩進行の正常・異常の判断の目的で行われる母児の安全に関わる重要な行為であり、医療行為たる助産行為に該当する。
 従って、医師・助産師以外の者が内診を行うことは医師法17条及び法30条に反し、違法である。
 しかしながら、他方で法5条は、看護師の業務の範囲につき「傷病者若しくはじよく婦に対する療養上の世話又は診療の補助を行うこと」と定めた上で、法37条によって医師の指示があった場合には看護師が医療行為を行う余地があることを認めている。
 そこで、医師の指示がある場合には、看護師が診療の補助として内診を行いうるか否かが問題となる。

(2)医師の指示があっても、看護師が行いえない医療行為があること

 法37条は看護師が医療行為を行うことを原則として禁じており、例外的に医師の指示があった場合は医療行為を行う余地があることを認めている。
 しかしながら、医師の指示があれば、法37条によってあらゆる医療行為を看護師に実施させることができるわけではない。法5条が看護師に認めた業務は診療行為そのものではなく、あくまで「診療の補助」に過ぎない。すなわち、看護師には、医療行為の本質的部分の実施は許されず、あくまで診療の補助として、医療行為の中の非本質的部分である単純な補助的行為の実施のみが許容されるに過ぎない。
 従って、医師の指示がある場合であっても、法37条によって看護師に許容される医療行為は、診療の補助に該当する範囲のもの、すなわち、単純な補助的行為の範囲のものに限定される。
 なお、法37条は、医師が行うのでなければ衛生上危害を生ずるおそれのある行為を保健師・助産師・看護師に禁じている。従って、単純な補助的行為であっても、医師が行うのでなければ患者の身体に危害を及ぼすおそれのあるものについては、看護師に実施させることはできない。
 このように、医療行為は、看護師に診療の補助として実施させることが可能なもの(相対的医行為)と、医師自らが実施する必要のあるため看護師に実施させることが許されないもの(絶対的医行為)の2種類に区分される。
 なお、国も「絶対的医行為に該当するか否かについては、当該行為が単純な補助的行為の範囲を超えているか否かおよび医師が常に自ら行わなければならないほどに高度に危険な行為であるか否かを考えて判断する必要がある」として、上記と同様の見解に立つことを明らかにしている(資料1:平成15年内閣参質155第14号「歯科医救急研修についての質問主意書に対する回答」)。

(3)内診は絶対的医行為に該当すること

 内診は分娩進行の正常・異常の判断を目的とする高度な診察行為であり、母児の安全を左右する重要性を持つ。すなわち、内診は医療行為の本質的部分そのものであって、単純な補助的行為ではない。
 また内診は、多数の診察項目から得られる多様な情報を総合的に分析して分娩進行の正常・異常を判断する診療行為である。多数の診察項目の中から、児頭下降度や頚管開大度等の一部の項目のみについて情報を得たとしても、他の診察項目の情報を踏まえなければ分娩進行の正常・異常について正しい判断は行い得ない。
 例えば、日本産婦人科医会の坂元正一会長が筆頭監修者である産婦人科学の教科書においても、内診の際の診察項目として次の17項目が列記されている(資料2:『改訂版プリンシプル産婦人科学2』p268、メジカルビュー社刊、平成10年)。

  @外陰部の状態(浮腫・静脈瘤など)
  A膣・会陰の伸展性
  B頚管の開大度(外子宮口および内子宮口)
  C頚管の展退度、厚さ
  D頚管の潤軟度、硬さ
  E卵膜の有無
  F胎胞の弛緩、緊張
  G羊水漏出、羊水混濁、羊水色、羊水悪臭
  H下向部(頭部、臀部、その他)
  I臍帯脱出の有無
  J矢状縫合の方向 方位点の種類、位置、方向
  K先進する泉門
  L骨重積の程度
  M産瘤の程度
  N恥骨結合後面の可触範囲
  O児頭下降度
  P分泌物の性状

 これらの診療項目のそれぞれについて正しい情報を得るためには、経験と教育に裏付けられた高度な知識と技術を要することは明らかであり、各診察項目を内診によって確認する行為は、単純な補助的行為ではない。
 また、同書では、分娩の一般管理方法として、児頭下降度や頚管開大度だけではなく、児頭回旋や頚管展退度を重要な判断要素として取り上げており、児頭位置と子宮口開大度、児頭回旋の対応関係の一覧表を示した上で「臨床的に分娩の進行を判定する場合、内診所見によってこれらの対応を観察しながら進行の正常、異常を判断しなければならない」と指摘している(同書p270以下)。
 その他、分娩準備状態の判定のためには子宮頚部の成熟度判定が重視されるが、その判定で用いられる最も一般的な指標であるBishop score の測定のためには、頚管開大度、頚管展退度、児頭下降度、頸部硬度及び子宮口の位置のそれぞれについて正しい情報を得る必要があり、児頭下降度や頚管開大度だけの情報が得られても子宮頚部の成熟度の判定は不能である(同書p116。なお、日本産婦人科医会の前身である日本母性保護医協会が平成2年1月に発行した『産婦人科医療事故防止のために』p10以下においても同様の指摘がある。資料3参照。)。
 このように、分娩進行の正常・異常は、内診を構成する多数の診察項目の相関・対応関係を総合して判断されるのであって、内診を構成する各診察項目は不可分一体であるという特性をも有している。そのため、内診時に確認される多様な診察項目の一部だけの情報を得ることができたとしても、内診の目的である分娩進行の正常・異常の判断を適切に行うことは不可能である。
 このように、内診が高度な医学的判断を本質とする診断行為であることは明らかである。実際、貴検討会の第9回会合においても、多数の委員から同様の指摘がなされている。
 従って、内診は医師が自ら行うべき絶対的医行為であり、法30条によって助産師に限定してその実施が許容されているに過ぎない。また、内診が多様な診察項目から構成される総合的な判断行為であることに照らせば、内診における各診察項目のそれぞれが絶対的医行為である。それゆえ、医師が行うのでなければ患者の身体に危害をおよぼすおそれがあるか否かを検討するまでもなく、看護師が内診を行うことは違法であるし、内診の一部の項目を抜き出して、児頭下降度や頚管開大度の「計測」を看護師に実施させることも違法である。
 なお、すでに述べたとおり、内診による分娩進行の正常・異常の判断は母児の安全に直結する。それゆえ内診が適切に行われなければ患者の身体に対する危害をおよぼすおそれがあることは明白である。そうした観点からも、内診は絶対的医行為であり、看護師が行うことは違法であると解するべきである。

(4)小括

 以上述べたとおり、内診は絶対的医行為であるため、医師または助産師が自ら行う必要があり、医師の指示があったとしても看護師が行うことは医師法17条及び法30条に反し違法である。また、内診を構成する各診察項目は不可分一体であり、一部の診察項目のみであっても、それ自体が絶対的医行為である以上、これを看護師が行うことは、医師の指示があったとしても医師法17条及び法30条に反し違法である。

2 内診は医師・助産師が行うべきであり、児頭下降度・頚管開大度の計測を看護師に行わせることを可能とする目的で法を改正するべきではないこと

(1)医師・助産師が内診を行うことが母児の安全にとって不可欠であること

  内診は、母児の安全をはかる目的で分娩進行の正常・異常を判断するために実施される重要な医療行為であるから、これを実施するのは、異常を見落とすことのないよう十分な教育と経験に裏付けられた高度な知識と技術をもち、そのことが国による資格試験によって確認されている者であることが不可欠であり、それは、現行法上は、医師と助産師であるとされている。貴検討会の第9回会合においても、委員から看護師よりも助産師に内診を行わせることが望ましいことに異論はないはずとの指摘がなされ、他の委員からもこの点について異論を唱える声は挙がっていない。
また、看護師が内診の一部を行いうることになれば、医療機関が安価な労働力として看護師の雇用を優先することで、助産師の雇用状況が今よりも後退するという本末転倒な結果を招くことが強く危惧される。
 このように、看護師に内診行為の一部を行わせるために法を改正することは、看護師に内診を実施させてきた違法な医療慣行を追認し、本来あるべき状態の実現を遠ざけることになる。

(2)内診の一部を看護師に行わせることは無意味であること

 既に述べたとおり、内診を構成する各診察項目は不可分一体であり、児頭下降度や頚管開大度だけの情報が得られたとしても、分娩進行の正常・異常の判断は行いえないため、およそ内診の目的を達し得ない。そのため、看護師に児頭下降度や頚管開大度の計測を行うことを許容したとしても、結局は医師があらためて内診を実施することが必要となり、医師に要求される労力は何ら変化しない。
 また、看護師による内診と医師による内診が重複することは、意味のない二度手間であるばかりか、感染のリスクが2倍になることを意味し、母児にとって負担が増すだけの結果となる。
 このように、内診の一部のみを看護師に行わせることは無意味である。

(3)法改正は医師制度・助産師制度の根幹を害する結果となること

 法改正によって絶対的医行為である内診の実施を看護師に許容することは、絶対的医行為と相対的医行為の区別を曖昧にすることにつながり、医師が自ら行うべき様々な医療行為を「診療の補助」の名目で看護師に行わせることを許容する悪しき前例を設けることになる。医療行為を医師に独占させ、助産行為を医師・助産師のみに許容することで、一般の患者や産婦人科領域における母児の安全を確保しようとした医師制度・助産師制度の根幹を維持するためにも、こうした安易な法改正を行うべきではない。

(4)助産師の就業促進こそが正しい解決策であること

 日本では、平成2年以降平成17年までの16年間だけでも毎年1500人から1700人程度の助産師が新規に養成されていおり、過去30年間(昭和51年〜平成17年)の合格者数の合計は4万4000人を超える(厚労省に対する問い合わせ結果に基づく累計)。他方、貴検討会第9回会合における資料4によれば、平成15年の時点で実際に就業している助産師は2万5724人に過ぎない。
 資格取得時の年齢にばらつきがあるとしても、資格取得後おおむね30年程度は現役助産師として就業が期待できると思われることに照らせば、日本には2万人程度の助産師資格保有者が潜在していると考えられる。
 内診を行いうる有資格者がすでにこれほど存在していると推測されるにも関わらず、こうした人材を活用することなく、看護師に内診の一部を実施させることを可能とするための法改正を行う必要はない。国は、この問題の正しい解決のために、早急に助産師の就業促進に努めるべきである。
 なお、貴検討会第9回の会合では、一部の委員から、助産師の雇用が促進されるまでの間の緊急対策として一時的に看護師に内診を行わせることを許容する必要があるとする趣旨の発言がみられた。しかし、看護師に内診の一部を実施させるために必要となる教育内容を集約した上で法改正を行い、実習を含む一定の教育をこれから行って2万人程度の有資格者を新たに養成することと、すでに養成済みの潜在的な助産師有資格者を活用することとを比較すれば、緊急対策としても後者が優れていることは明白である。

(5)小括

 以上のとおり、母児の安全のためには医師・助産師が内診を行うべきであり、児頭下降度・頚管開大度の計測を看護師に行わせることを可能とする目的で保健師助産師看護師法を改正するべきではない。

3 結論
 
 看護師に内診あるいは内診行為の一部を行わせることは違法であり、これを合法とする法改正は不要かつ有害であって、助産師の就業促進こそが正しい解決策である。
 貴検討会第9回会合における資料4によれば、平成14年9月中に分娩が31件以上あった診療所のうち、助産師が1人未満という施設が117カ所も存在したことが明らかにされている。これらの数字からも、産科診療所を中心として看護師による違法な内診行為が常態化してきたことが強く推測されるが、その後も助産師の就業がさほど進んでいないことに鑑みれば、看護師に内診を行わせるという違法な医療慣行が今なお改められていない可能性は非常に高い。
 国は、看護師による内診実施という違法な医療慣行を早急に改めるよう強く指導を行うとともに、助産師の就業促進等の施策をこれまで以上に推進するべきである。
以 上
資料1 平成15年内閣参質155第14号「歯科医救急研修についての質問主意書に対する回答」

資料2 坂元正一他監修『改訂版プリンシプル産婦人科学2』

資料3 社団法人日本母性保護医協会発行『産婦人科医療事故防止のために』
<意見団体一覧>
■医療過誤問題研究会(代表幹事 増田聖子弁護士)
 愛知県において、医療過誤訴訟の患者側代理人として活動する弁護士37名によって構成される団体
(連絡先)
〒461-0001 名古屋市東区泉1−1−35ハイエスト久屋6階
電話 052−951−3226    FAX 052−951−3227

■医療事故情報センター(理事長 柴田義朗弁護士)
 医療過誤訴訟の患者側代理人として活動する全国の弁護士598名(2005年10月1日現在)が正会員として加盟する団体
(連絡先)
〒461-0001 名古屋市東区泉1−1−35ハイエスト久屋6階
電話 052−951−1731 FAX 052−951−1732
http://www3.ocn.ne.jp/~mmic/

■医療問題弁護団(代表 鈴木利廣弁護士)
 東京を中心とする地域において、医療過誤訴訟の患者側代理人として活動する200名を超える弁護士によって構成される団体
(連絡先)
〒124-0025  東京都葛飾区西新小岩1丁目7番9号 西新小岩ハイツ506号
福地・野田法律事務所内
電話 03−5698−8544 FAX 03−5698−7512
http://www.iryo-bengo.com/
※本申入書に関する問い合わせ先
医療事故情報センター(担当 嘱託弁護士 堀 康司)
電話 052−951−1731


ご意見・ご感想をお寄せください mmic001@mint.ocn.ne.jp