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  • 坂の下の湖

 

                           石田衣良

 

 T どんなに息苦しく閉塞した社会だろうが、きみの青春は今の

   時代のなかにしかない。

   むざむざ時代の空気に染まって、周囲と同じ暗い顔をしている

   必要などない。

   きみは仕事でも恋でも夢でも、自分勝手に追いかけていけば

  いい。

 

   「だから、どうした!」

   社会が暗いのも、将来が不安なのも、国の借金が増えたのも、みん

  なぼくたち自身のせいだよ。

   明日からもっとばりばり働いて、みんなで借金を返していこう。

 

   「ひとり勝ちの世界」

   第一位がダントツで君臨して、その他大勢は沈んでしまう。

   この構図はいまやどの産業でもよく見られる形である。

   若い読者は、そういう事態を決してこころよく思ってはいないと、ぼく

  は信じている。

   好きな本や音楽や映画を選ぶときくらい、ひとり勝ちの世界の流儀

  からはずれてみよう。

   選ぶ権利、たのしむ権利は、あなたがもっている。

   芸術やエンターテインメントのいい受け手、センスのいい消費者で

   あることが、世界を変えていくひとつの手段になるのだ。

   ときにはしんどくても、自由を投げ捨てたら、そのときから凡庸と

  退屈が始まる。

 

   「今二五歳でいること」

   今、きみがおかれている状況は、必ず変わるだろう。

   変化の芽はなかなか見えず、ときに心が絶望にかたむくことがある

  かもしれない。

   けれど、ぼくはあなたがKのように自分(かけがえのないひとりの

  人間)の未来と可能性を投げ捨てることを禁じます。

   その場で耐え、自分の力をすこしずつ磨き、いつかやってくる変化

  の時を待ってください。

   待てる人は変われる。

   嵐の空もいつかは晴れる。

   時は誰にでも平等に流れるのだ。

   あなたが今日を耐える力をもてますように。

 

 

 U 時代は確かに厳しい。まだトンネルの先は見えない。

   でも、ここで耐える力を養うことは、きっと明日の飛躍の原動力に

  なる。

    身を低く、志は高く、この難局を耐えていこう。

 

   「セルフヘルプ?」

   新しい年が始まった。

   まだトンネルは長いかもしれない。

   だが、そういうときこそ、その人の力が試されるときだ。

   つぎのジャンプにそなえて、しっかりと力をためこんでいこう。

   生きることは自己啓発本のようにカンタンではないけれど、日々

  ちいさな発見や成長やおたのしみがある。

   雨の日ほどうえをむいて歩く。

   その心意気が大事なのだ。

 

 

 V 漂流する政治は、この国の新たなカントリーリスクだ。

   政治家のみなさん、くやしかったら嵐の海でニッポン丸をきちんと

  操船して見せてほしい。

   ぼくたち国民は胸がすくような舵とりをずっと待っている。

 

   「政治、希望をつくりだす仕事」

   どんな問題にもそこそこの知識があって、評論家のように他人事

  の解説を冷静にできる政治家など、ぼくたちは求めていない。

   すべての情熱と人間力をもって、なにもないところから明日の希望

  をつくりだせる。

   そういう人に政治をまかせてみたいのだ。

   自民・民主の若い政治家に、ぼくは期待している。

   今から全力で明日の希望を探してください。

 

   「不安から希望へのチェンジ」

   現在の日本のGDPは九六年のころとほぼ変わらない。

   この国で生きているぼくたちみんなが、それぞれの場所で、もっと

  仕事をがんばろう。

   一三年まえと同じ豊かさで足踏みなんて悔しいじゃないか。

   この社会をすこしでもいいものにして、つぎの世代に渡していく。

   それは政治家だけでなく、ぼくたちみんなにまかされた仕事だ。

 

 

 W でも、好きなジーンズのためなら、ダイエットだって平気なのだ。

    ジーンズの似あう老人になる。

    それは人生の最終目標として、そう悪くはないものだ。

 

 

 X 要するにたのしく長生きしたいなら、相手は適当でいいから、結婚

  くらいしてみたらと、おせっかいな親戚のおばさんのようにすすめて

  いるのだ。

   いやほんとうに結婚は悪くないよ。

   ぼくもチャンスがあれば、もう一度してもいいなと思うくらい。

 

   「マイナス9イヤーズ」

   とりあえず長生きしたければ、つべこべいわずに結婚でもしておく。

   サプリメントや定期的な運動や健康食品よりも、特定のパートナー

  といっしょ暮らすほうがヘルシーだというのは、なんだか愉快な話で

  ある。

 

   「恋をしなくなったのは・・・・・・」

   世のなかの恐ろしさを象徴する相手にいざ面接にでむいたら、案外

  気のいい先輩だったとか、頼りになる人物だったとか、そういう経験

  は誰にでもあることだ。

   相手を責めるまえに、自分の心の鎧を脱いでみる。

   でも、これは若い男性だけでなく、女性もいっしょだなあ。

   敵を強く評価しすぎない。

   これ、一対一のゲームの鉄則です。

 

   「名前はむずかしい」

 

   虹美  亜々人  蒼空  琉醒  壽来人

   月愛  珠瑛瑠  愛夏羽  乃輝  紗音瑠

   光宙  歩如

 

 

 Y 世界に絶対はない。

   その変化を誰よりも早く感じとれるのが、きみの力だ。

   あきらめや安堵ではなく、希望と挑戦の気もちでこの世界を見つめ

  てほしい。

   チャンスは今、このときにもきみの目のまえで生まれている。

 

   「検定好きな日本人」

   そろそろ他人の評価から、あなたも自由になってみませんか。

   ぼくたちの生涯は書き直しも再受験もできない一度きりの試験なの

  だ。

   採点をするのは、その試験を最後まで見届ける自分自身だけで

  十分である。

 

   「あこがれが消える日」

   ぼくたちの明日への夢は、より豊かでおしゃれな暮らしをすること

  ではなく、なんとか生き延びることに変わってしまった。

   夢も経済と同様、強烈なデフレを起こしている。

   世界中に魅力的な商品があふれていても、手のなかににぎった

  現金(それ自体ではなにも生みださない銀行の磁気テープに記録

  された数字だ!)のほうを大切にするようになった。

 

   「坂の下の湖」

   国は少々貧しくなるかもしれない。

   でも日本の個人は世界有数の経済と自然の富をもち、世界がうら

  やむような安全とおたがいに対する信頼感を共有している。

   なあに財政赤字などで気分まで悪くすることはない。

   あの湖にむかって、長く快適な下り坂を、みんなで悠然と歩いて

  いこう。

   青く澄んだ湖面が待っている。

   涼しい風が吹いている。

   きっとそれはそう悪くない道のりのはずだ。

 

 

                              日本経済新聞出版社

 

 

 

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最終更新日 : 2010/12/30