<目次>

平城宮について
   2003.5.14

木簡、遺物、遺構
     2002.3.31

世界遺産に登録
   2002.3.31

京奈和自動車道 
     2006.3.7


 有識者委員会
   公聴会発言
    2003.5.17


北大和道路推奨案の白紙撤回を求める声明
   2003.11.15

「PIプロセス」の実態
   2003.11.15

あなたの力を
貸して!

 最近の動き
 文化財検討委員会の  提言についての声明
   2002.8.31

お知らせ
    2003.5.17


資  シンポの意義
   2002.4.7


資料
 高速道路
   2002.6.8


資料
 地質について
   2002.
6.15

資料
 木簡 
  歴史の証人
   2002.6.15

資料
 大気汚染
   2002.6.15

みんなの広場

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 平城宮について

 平城宮は710年から784年までの奈良時代の都です。広さは120万平方メートル余、奈良県の県都である奈良市のほぼ中央に位置しているにも関わらず、広々とした野原として保たれています。東南隅には東院庭園が、南端中央には朱雀門がそれぞれ復原され、西北隅には平城宮跡資料館、また北端中央部には遺構展示館が設けられ、見学者があとを絶ちません。

 
  
        復原建物・宮内省               復原施設・内裏井戸

 春にはタンポポで黄色く染まる大地は桜並木が縁取り、湿地には水辺の鳥たちが生い茂った葦の中に巣作りし雛を育てます。秋には椎の実がおち、草紅葉で染まります。平城宮跡に自生する野草は、平地で一か所でまとまって自生する場所として、その種類の多さでは日本一とも言われています。東大寺等の伽藍が春日奥山原始林とかもし出す世界遺産群の美しさとともに、身も心も解放される広々とした野原の良さで奈良の行楽地としてもたくさんの人が訪れます。
  
 
             
 これまで2度破壊の危機に見まわれました。1961年には西南部に近鉄車庫の建設計画が持ち上がりましたが全国的な保存運動によって救われ、1963年に国道24号線のバイパス建設計画が持ち上がったときも、全国的な運動によって国道は迂回され、平城宮跡は再び破壊から守られました。ほぼ全域が特別史跡に指定され、国有地として保存されています。
 独立行政法人奈良文化財研究所による発掘調査が進められていますが、広大な面積で調査を終えているのは3割です。全部終わるにはまだ100年はかかると言われています。学者によっては、木簡の保存のためには科学技術がもっと発達するまでこのままで置いておく方がベターと発言する人もあります。