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図表頁へはここをクリック 大気汚染の文化財への影響 校倉・原始林の大気汚染防御のはたらき 奈良市周辺の大気中二酸化窒素・硫黄・塩素イオンの濃度 金・銀・鉛の色彩変化 奈良公園一帯における二酸化窒素濃度の分布 東大寺八角灯籠 その他 大気汚染から奈良の文化財を守る 〜今も大変なのに〜 奈良大学教授 西山 要一 奈良大学の西山でございます。30分ほどおつきあいをお願い致します。 私のテーマは、「大気汚染から文化財を守る〜今も大変なのに〜」とつけさせていただいています。 文化財というのは、先程も諸先生方からお話がありましたように、文化遺産であるというだけではありませんで、そこから私達が学びとるものがある、非常におおきなものがあると思います。 先程の佐藤先生の木簡のお話ですと、古代の人々はどういう生活をしていたのか、どういう社会組織であったのか、あるいはどういう政治構造であったのかということを明らかにされたが、この「文化財から学ぶ」ということは、過去を学びつつ、それを現在あるいは未来にどう生かしていくか、ということも文化財の持つ大きな意味合いではないかと思います。そういう観点に立って、文化財を守るにはどうしたらよいかということを考えてみたいと思います。 最近、大きな問題になっていますのは大気汚染であります。 大気汚染といいますと、代表的なものが酸性雨でありますが、これはさまざまなかたちの大気汚染の中のほんの一部で、雨になって落ちてくるものを言います。それ以外のにも酸性の物質がいろいろ我々の身辺にいつも乾いた状態で漂っているので、乾性の沈着物といっていますが、そういうものもあわせて大気汚染と考えています。 今日とりあげる東大寺の八角灯籠や鹿谷寺の石塔などの文化財も、酸性の雨が降っているときだけ影響があるのではなくて、1日24時間、1年365日影響を受け続けています。 しかも、大気汚染の影響は汚染濃度が高ければ高いほど大きいのですが、汚染濃度が低くても長時間さらされていればそれ相応の影響を受けることになるのです。 例えば、大阪に比べると奈良はまだまだ大気汚染濃度は低く、空気が澄んでいて、あまり汚れが気にならない。 例え大阪の10分の1の大気汚染濃度だったとしても、文化財が汚染された大気にさらされる時間が10倍だとしたら大阪での影響と同じになる訳です。しかも、文化財には大気汚染の影響をうけても、自らを浄化する作用や自ら回復していく力はありません。ですから、大気汚染の影響は積み重なっていくことになります。気がついたときには手遅れということになりかねないのです。ここでスライドを見ていただきたいと思います。 みなさん、実際にごらんになったことがあろうかと思いますが、これは東大寺大仏殿前の金銅製の八角灯籠です。獅子の像が彫られています。この八角灯籠は今から1300年程前に造られました。東大寺の創建当時の建物や文化財は、現在はほんの僅かしか残っていないのですから、大変貴重です。青銅、つまり銅・錫・鉛の合金でできており、その表面に金メッキがしてあります。2年ほど前でしょうか、奈良国立博物館で「天平展」という展覧会がありました。この時に透かし彫りの像が展示されました。この写真はその際の図録から採っております。 この八角灯籠にはきれいな透かし彫りの音声菩薩でや獅子の像が彫られています。 右側を見ていただきますと、菩薩は非常にきれいな状態です。鍍金が今も残っています。左は獅子の像ですが、ほとんど緑の錆になってしまっています。表面に鍍金も見えません。 さて、この右側の菩薩像は1962年に盗難にあいまして、幸いにもその翌日に発見されました。東大寺大仏殿の裏の講堂跡の薮の中に捨て置かれていたそうです。それ以来、ずっと東大寺図書館にしまわれていたものです。 一方、左の獅子像は八角灯籠とともに、現在まで空気に晒されてきたものです。 この右側のきれいな状態、そして左側の錆び付いた状態、この差は実はこの40年の間に変化した、その差なんだということですね。つまり、この40年の大気汚染がいかに文化財に大きな被害を与えてきたかということなのですね。 この大気汚染が文化財に与える影響というのは、毎日毎日見ているとそんなに大きな変化として目につきません。気がついて見たら、何か10年前とは様子がちがうなあということはありますが、でもこんなに変わったんだということはなかなか捉らえにくいものなのです。そういう意味で、この東大寺八角灯籠は非常に貴重なデータを提供してくれるものであります。続いて、オーバーヘッドプロジェクターで大気汚染の文化財に与える影響の例を見ていただきたいと思います。 こういう大気汚染の問題は、日本ではここ20年ぐらい、いろいろなこと指摘されていますが、ヨーロッパではもっともっと古くから問題になっています。 この写真はギリシャのアテネにあるパルテノン神殿ですが、ここでは1960年代から大気汚染のいろいろな影響が起きています。一時、このパルテノン神殿を解体して、アクロポリスの丘の麓に博物館を建てそこに入れてしまおうという計画が立てられたというほど、ヨーロッパの大気汚染は深刻なのですね。 この写真はパルテノン神殿の破風の彫刻ですが、建物からはずして博物館に入れ、このように窒素を封入して保存しています。 この写真はドイツのケルンの大聖堂ですが、全体に特に塔のところは真っ黒な色をしていますけれども、元々は黒い色ではありませんで、元の色は建物の下の方のように黄色っぽい色をしていたのです。近くのルール工業地帯から流れてくる大気汚染によってこのように非常に汚れています。さらに近くによってみますと、砂岩の壁が侵されて表面がパラパラとはがれ落ちているのがわかります。 ヨーロッパだけではありませんで、この写真は韓国の例ですが、ソウルの景福宮の庭にある天敬寺の石塔で大理石でできております。これを見ていただきますと、彫刻された仏様の表情がほとんどわからないぐらいノッペラボウになってしまっていますし、彫刻された建物の屋根にはひびが入ってしまっています。 この写真はローマのカンピドリオ広場、市役所正面にある広場です。その中央におかれていたマルクス・アウレリュウス帝のブロンズ像は大気汚染で錆びが進んで、今では博物館に入れられています。 この写真はレプリカをつくっているところです。現在広場にあるマルクス・アウレリュウス像はレプリカです。実物をこれ以上屋外におけないということで、レプリカをおくところが増えています。この写真はフィレンツェのコジモ1世のブロンズ像です。ヨーロッパではこのように四六時中文化財の修理が行われています。 この写真は韓国・慶州の聖徳大王の大きな釣鐘ですが、錆びがずいぶん進んで黄緑色になっています。 日本の文化財の場合をもう少し見ますと、これは二上山の南、竹内街道の近くにある鹿谷寺の石塔であります。ここは凝灰岩の石切り場だったところで、切り残したところを加工して石塔にしているという非常にめずらしいものです。これなども近くで見ますと、かなり黒く汚れ表面から壊れてきています。 もちろん文化財といえども、金属でできていたり石でできていたりする訳ですから、当然のことながら時間とともに風化して、いずれ消滅してしまうでありましょう。 でも、文化財というものは過去のものであるばかりでなく、我々がそこからさまざまなものを学びとって子孫に伝えて行きたい、そういうものであるからこそ、今生きている我々の責務として保存していかなければならないということなのです。 自然においておくと壊れていくものを保存しなければならないのですから、大変な責務を負っているということですね。 けれども、そういう努力をしておかないと50年後あるいは100年後の人々から我々は非難をうけます。「20世紀後半の人たちは何ということをしてくれたのだろう。もっと真剣に文化財を保存してほしかった。」といわれるかも知れませんね。ですから、やっぱりそういう努力をしなければならないのじゃないかと私は思っております。 お手元の資料をご覧ください。1枚目は大気汚染はこのように起こっている、ヨーロッパ、中国、日本の酸性雨の分布はこうなっているという資料です。 ご存知のように、pHが5.6以下の雨を酸性雨といいます。極端な場合はその雨にかかると、皮膚がピリピリ痛む、これはpH2.5ぐらいですね。もちろんこのぐらいになると、着ている衣服の色が褪せてきます。今でもpH2.0から2.7の雨がときたま降ってきます。 ちなみに、奈良のpHは平均4.9ぐらいの雨が降っているということであります。奈良の雨のpHはさほど低くないから心配ないということでもない。大量の車が通って埃が舞い上がる。アスファルトやコンクリートの削られた粉が酸性雨の中に溶け込む。そして数値の上では、酸性度がやわらぐのですが、本来の酸性物質がそのまま中に含まれている訳で、それは文化財に大きな影響を与えています。決して、pHがあまり下らないから大丈夫だということになりません。 奈良の酸性雨の文化財に対する影響についてさらに見ますと、奈良県文化会館のすぐ隣りに県立美術館があり、その前に「律」と名づけられた銅像が立っています。これはまだ新しい銅像作品ですが表面を黄緑色の錆が流れています。まさしく酸性雨の影響です。 あるいは興福寺の五重塔の天辺の青銅製相輪が、よく目を凝らして見ると黄緑色の錆が流れているのがわかります。 あるいは南円堂屋根の青銅の擬宝珠でも錆が進んでいます。 だから、目を凝らして見ると、奈良でもずいぶん大気汚染の文化財への影響が進んでいいることがおわかりいただけると思います。 さて、大気汚染の影響「だろう」ということで、目につくところはたくさんあるのですが、「だろう」ということだけではダメなので、やはりその因果関係は証明されなければなりません。 そういうことで、奈良大学文化財学科の保存科学研究室は、ここ10年「大気汚染の文化財への影響」をテーマに観測を進めてまいりました。 資料2ページの「(3)奈良における文化財周辺の大気汚染調査」をご覧ください。奈良盆地の文化財のたくさんあるところ、平城宮跡を中央にして薬師寺、東大寺、春日大社など10ケ所に大気汚染の測定点を設けて汚染濃度を調べています。 また、銀、銅、鉛など5種類の金属の板など、これらは古代の金属製文化財の材料になっていますが、それらを大気に晒して各地点でどんな変化があるのかをはかっています。 あるいは、木造建造物や木彫仏などのように彩色された文化財もたくさんありますので、その色の変化はどうか、木板に11色の日本伝統の顔料をぬりその色がどう変化していくのか、各地点での違いを調べました。大気の汚染度の濃いところほど錆が多く発生するのかどうか、色の変化が大きいのか、その因果関係はどうかを調べました。 大気汚染の測定は、奈良県では衛生研究所が、奈良市では環境交通課が観測しておりまして、そのデータも明らかにされています。 そういうデータがあるのに、私達が文化財の所在地で調べるのはなぜかといいますと、ビルなどの大きな建物がある場合と森林や野原の場合とでは、微地形あるいは人工的な環境と自然環境とでは大気汚染濃度の分布が大きく変化してくることがあります。 だから、文化財所在地の汚染程度はそこで観測しなければ正確なデータを得ることはできません。観測点が多いほどその実態がよく分かってきます。 その観測値を地図におとし、濃度分布図にしたのが右上の分布図です。 図1−2は二酸化硫黄の分布図です。重油や石炭などを燃やす工場からでますが、もちろん車の排気ガスからも出ます。奈良盆地の真ん中、国道24号線を下っていくと杏町というところがあり、そこは奈良にはめずらしく比較的大きな工場が密集していますが、その辺りが最も濃くなっています。 図1−3は二酸化窒素の分布図で、国道369号線と24号線との交差点が一番濃くなっています。車の排気ガスです。 図1−4は塩素イオンの分布図で、図1−2、図1−3とは違って北に偏って濃い分布を示しています。これは何か。奈良市のゴミ焼却場を中心にした分布になっています。これも考えてみるとあたりまえのことですが、ゴミの中に塩化ビニールなどが入っていると塩素がでてきますし、これがうまく燃えないとダイオキシンがでてくることになります。 塩素イオンはゴミ焼却場からだけしかでてこないのではなくて、家庭用の小規模な焼却炉からも出てきます。 二酸化硫黄、二酸化窒素、塩素イオンの3つの汚染物質をとりあげたのはなぜかといいますと、これらの物質が雨や大気中の水分にとり込まれると硫酸、硝酸、塩酸となって、文化財に与える影響が特に大きいからです。 右下の図「奈良公園一帯における二酸化窒素濃度の分布・夏(1993年)」は、さらに細かく測定してつくった図です。200メートルごとに二酸化窒素濃度をはかる小さなカプセルを設置し、24時間後に回収してまとめてみました。道路ぞいに高い濃度が示されています。ここは当然車がたくさん通るからです。それから駐車場でもエンジンを切らないことが多いので高くなります。 逆に、比較的空気のきれいなところは大仏殿の少し南の林、春日大社の南、ここは原生林として保護されているところで、二酸化窒素濃度が低くなっています。つまり、樹木が多いと二酸化窒素の濃度を低くおさえてくれるという特徴も見ることができます。 さて、大気汚染の現状が分かってくるとその影響はどうかということになりますが、それは資料の3枚目の「金属板テストピースの錆に含まれている大気汚染物質」という表を見てください。これは6ケ月間大気にさらしておいた金属板の錆を分析し、その錆中に硫黄分や塩素がどれだけ含まれているかを調査したものです。数字が大きければ大きいほど大気汚染物質がたくさん含まれているということです。 例えば、奈良大学では百葉箱の中で、銀、銅、鉛、錫、鉄の板を曝露し、その錆をとって硫黄と塩素がどれだけ含まれているかを調べました。 硫黄分は銀板ではどれだけになっているかといえば、奈良大学では100cmあたり2.3ミリグラム、平城宮跡では1.7ミリグラムなど。塩素イオンを見ていただくと、これははっきり出ていまして、銀板は奈良大学では10.4ミリグラム、平城宮跡では8.1、ミリグラムなどとなっております。この数値の大きい小さいは前ページの「塩素イオン濃度分布図」(図1−4)とまさしく合致します。 また、「金属板(銀・銅・鉛)の色彩変化」、「緑青の色彩変化」も3ページのグラフのとおりで、「大気汚染分布図」に合致します。 実際の文化財でこのようなテストをすることは不可能ですが、文化財の代替サンプルによって因果関係を証明しようという試みは、予測どおりの結果がえられました。そして、これだけの影響があることがわかりますと、次にこれからどうすれば大気汚染から文化財を守ることができるのかということが問題になってきます。 そのヒントを与えてくれるのが「(4)校倉・原生林の大気汚染防御のはたらき」です。正倉院の校倉は宮内庁の管轄で中へ入ることができません。そこで東大寺にお願いして、同じ奈良時代にできた国宝の経庫(校倉)の中で調査をしました。正倉院と比べると、建物の大きさは10分の1ぐらいですが、構造は同じです。 校倉の役割は非常に大きなものがあります。 温度は、校倉の外部は一日のうち最も高い気温と最も低い温度の差は12〜13Cありますが、校倉内部では3〜4Cの変化であり、櫃内では2Cぐらいの変化しかありません。 湿度は、校倉外部では湿度の1日の変化は50〜60%であるのに対して、校倉内部では10〜15%、櫃内では1〜2%という小さな変化です。温湿度変化を少なくする校倉と櫃は文化財の保存にとって、すばらしい機能であるといえます。 さらに、大気汚染濃度で見ると、校倉外部の塩素イオンが6.1マイクログラムのときに、あぜくら内部は1.8マイクログラム、そして櫃内は1.7マイクログラムと約4分の1になっています。 二酸化窒素では、校倉外部が64.3マイクログラムのとき、校倉内部は32.7マイクログラム、櫃内は0.3マイクログラムと実に200分の1になっています。これは木造の倉・木の箱には大気汚染を防御する働きが大きいということを示しています。 表「校倉、宝物館、原生林などの内外における大気汚染値の比較」からも、原生林や木の多いところは大気汚染を少なくしてくれていることが分かっていただけるとおもいます。 高畑紀寺線を100とすると、そこから200m離れた飛火野では82.5マイクログラム、原生林内では47.5マイクログラムとなって、約2分の1に減少しています。 これをヒントにすると、大気汚染から文化財を守るのには緑を多くする、たとえば平城宮跡や社寺のまわりに樹木をもっとたくさん飢えると効果があり、景観のうえでもたいへんに良いことなのです。 奈良の大気汚染は大都市に比べてひどくはないが、それが積み重なって危機的といってもよいような状況になってきています。これ以上、大気汚染の原因を増やしてはなりません。 奈良市ではアイドリング・ストップ条例が4月に施行されましたが、私達はその効果を調べるために3月と5月に奈良公園と奈良町で4日間調査をしました。結果はまだまとまっていませんが、大気汚染の濃度はすぐには低くならないだろうと思いますが、啓発的な効果はそれ以上に大きいでしょう。 ゴミや車などの環境問題と一緒で、私達一人一人が気をつけることによって、文化財を守ることができるのだということですね。 そのことを認識していただければと思います。どうもありがとうございました。 |