慶弔に呼ばれると、祝儀を負担することは誰にも理解されているように感じます。しかし、なぜか本当に理解しているのかと思うようなことがあります。結婚式の場合、招待客が負担すると思える金額以下の婚礼商品を販売しているのを見たり、その商品を目当てに群がるような現象を見るとそう感じます。価格破壊というような言葉で商品が作られたりするのを見るにつけその印象を強くします。それは、祝儀をとっておいて、差額を浮かせることになるからです。
祝儀という制度は、日本が近代化の見本としたヨーロッパやアメリカの文化には見られないようです。そこではパーティが行なわれるときは会費制で行なわれているようです。祝儀は日本独特のものです。
慶弔をお互いに支えあうという意味から、ながいあいだ日本の慣習として定着しています。ですから、招待状に何も書かれていないのに、呼ばれれば祝儀を覚悟します。
それを改めることもできます。しかし、文化として定着しているものを改めるのは大変です。いまから三十年位前に、会費制の結婚式が叫ばれたことがありました。メディアの論調ではいまにも会費制の結婚式が実現しそうだったのですが、結局定着しませんでした。それは、会費制の招待を受けたとしても、自分がいただいたお祝いはお返ししなければと考えて、会費以外にお祝いを包むことになりますから、面倒で複雑になるのです。お客様の負担を軽減し、良かれと思って実行した人は多いのですが、結局定着せずいまのようになりました。いまのようとは、祝儀で行う結婚式のことです。
定着しなかった理由にもうひとつあります。それは、合理的に考えて費用をかけずに行なおうとしても、満足の行く体裁を整えるのは難しいということです。また会費として徴収しようとすれば祝儀の半分以上の金額は設定できない、などの理由もあるでしょう。
そのような原因から、会費制の披露パーティは下火になり、祝儀を前提にしているにもかかわらず、祝儀以下で行なおうとする風潮があるのです。それは、ブライダル業界を始めメディアも、日本の文化が祝儀とはどのような性質かを正しく伝えていないからです。祝儀は、参加する人が自分のもてなし費用を負担するという暗黙の意味がこめられています。そのことを理解すれば、その人が負担している祝儀が自分のときにかえってくることになりますから、それに見合った費用でもてなしを考えればいいということになります。
余分なことをしなければ、祝儀の金額で行なえば持ち出しの費用はなく、祝儀をまとめて支払いにまわせば、持ち出しゼロでも披露宴はできるのです。披露宴にお金が掛かるという考え方は、披露宴の総額をあたかも主催者が負担したように錯覚するのでおきるのです。披露宴の関係で、衣裳や着付けハネムーンといった本人たちが負担すべきものを別にしますと、殆ど祝儀でまかなえるような予算で執り行うべきなのです。
ご祝儀相場といわれる言葉がありますが、もてなしの費用が祝儀を少し超えているかなと感じられるようなときにいわれます。それを大幅に超えても決して良く言われません。参列者は自分の祝儀が少なすぎたのではないかと自問することになるからです。逆の場合は、非難されます。祝儀とはそのような意味をもっているものなのです。従って、自分が負担してきているご祝儀は、自分の結婚式の時参列者に負担してもらえるものだと考えることです。そのことを前提に、もてなしの予算を考えることです。
互助会といわれる団体が考え出し、今では都市ホテルの一部でも衣裳やハネムーンまで含めた祝儀以内でできる商品があります。これは明らかに日本の生活文化である祝儀を前提としない商品です。このような施設が本当にお客様の費用負担を安くしたいと考えているのであれば、「当社参列のお客様はパック費用お一人一万円の会費でご参加ください」と、明示すべきでしょう。
神前結婚式と披露宴をセットにしてホテルや結婚式場で行なうようになったのは、東京オリンピック以降の昭和四十年くらいからです。会費制の結婚式が叫ばれたのもそのころです。それまでは、殆どの人が披露宴を行なったのは自分の家だったのです。あるいは地域の大きな家を借りて行なっていたものです。宴会に必要な料理作りなどは近所の主婦が協力して行ないましたので、殆ど費用が掛かっていなかったのです。外で行なうようになると、それまでのようにはいきません。手伝いなどは必要なくなりますが、すべてに費用がかかってきます。
このころの印象が今も色濃く残って、祝儀に対する誤解を残しているようです。農村部あたりでは最近まで家で結婚式をするところがありましたが、そこでは参加する人は高額の祝儀を負担しません。しかし、そのような環境の人が何かの都合でホテルで結婚式を挙げたとします。参加者は自分のときに大してお祝いを貰っていないので、地域で申し合わせをし、僅かの祝儀を持参するように決めます。例えば、一人あたりのもてなしに二万円掛かるような状況で、そのような地域の申し合わせ金額は五千円くらいのものでした。すると、支払い費用と祝儀の差額が生まれます。結果的にはこのようなケースで結婚式を挙げた人達は、結婚式は金が掛かりすぎるということになります。家から外を利用するようになるまで五十年くらいの期間がかかり、今では参列者が応分の負担をするようになりましたが、ホテルで一般の人達が結婚式を始めたころはこのようなことが多かったのです。
そのようなことを殆どの人が経験しています。だから、費用が掛かって仕方がないと考えてしまうのです。ところが、江戸時代に武士の階級であったり、都市部で商いをしていた人などはお祝い事を昔からいまと同じようにお金で包んでいましたので、まったく問題がなかったのです。しかし、それは人口の六パーセントの人たちでしかないのです。私たちは、昔の武士と同じようなことをまねているのですが、その考え方を教わることなしに形ばかり真似ているので、大きな誤解が生まれているのです。私もそうですが、明治に農民であった子孫はどうしてもパック商品のようなものに惹かれがちですが、正しい考え方ではありません。
貨幣経済が浸透し経済成長が著しく、結婚式も家から外でという時代の過渡期を過ごした人にとっては、結婚式で相当に負担をしたということがあるでしょうが、それは時代のハザマにあったからです。そのようなハザマの感覚が残っているために、結婚式は金が掛かって仕方がないとか、祝儀ではまかなえないと思いがちなのです。正しく理解する必要があります。
結婚式の会場を検討するときに会場ごとの見積を比較したり、パンフレットの商品を比較したりするのが一般的ですが、賢明な方法ではありません。会場の都合で選ぶのではなく、自分たちがどれくらいの費用をかけて行うのかということを最初に整理すべきです。そして、もてなしのために料理にいくらくらいかけ引出物にどれくらいと考えます。引出物は別にして料理を自分たちの立てた予算で内容を比較するようにすればいいのです。最も、現実には結婚式の会場の見積書もそのようなことを配慮して作られていますが、まず、自分で予算を立てて欲しいものです。
昔は、ホテルと互助会では料金も大きく異なりましたし、参列者の負担も会場によって異なることがありました。しかし、最近ではその差が少なくなりました。特に、参列者の負担が多くなり互助会に行くにもホテルに行くのも同じということが珍しくなくなりました。一概に言えませんが、すばらしいホテルと互助会の料金が大して変わらなければ、つまり同じ料金で利用できるならホテルのほうが参列者に喜ばれます。都市ホテルの中にもおかしな考え方のところもありますが、やはりサービス内容やソフトに目を見張るものをもっているところがあります。費用を考える場合、繰り返しますが、参列者の負担を念頭においてください。そして、参列者はその費用負担に対して満足のいくもてなしを受けたと感じてくれるかどうかです。
費用の問題は、大まかに自分たちのためのものと参列者のためのものに別れます。お金をかけたくなければ、自分たちのためのハネムーンや衣裳などの費用を抑えればいいわけです。もてなしのためのものは料理、飲み物、引出物などです。それにサービス料や税金が掛かります。それらをあわせて祝儀と同額くらいで計画することです。料理や引出物は当初の予算で当日の変更はありませんが、飲み物に関しては参列者によって、また披露宴の時間によって追加など考えられます。ある程度の余裕をもって考えておかないと予算オーバーになります。基本的にはもてなしは祝儀相当。自分たちの都合で行なうことは自分たちでと考えるべきです。従って、それらを一切含めていくらという考え方は、便利なようであっても失礼な話です。
三和総研というシンクタンクがだしている資料がありますが、その資料の発表も整理されたものではありません。披露宴でいくらかかったかということを問うならば、もてなしのためにいくらかかったが、そのうち祝儀でいくら賄えたので、実質負担いくらだった。と、いうようなものでなくては役に立ちません。そして、結婚式には金が掛かるということをさらに吹聴しているようなものです。
招待客は新郎側新婦側に別れています。従って、参列者は新郎側新婦側にご祝儀を提出することになります。そのご祝儀が、利用者のもてなしに当てる費用になりますが、その対象となる料理飲み物、引出物招待状配席表など参列者個々にかかる費用は、人数で割って費用配分を決めます。その際、仲人、新婦家族(嫁取りの場合)は新郎側で費用負担します。いわゆる人数割りと言う方法です。この方法の場合のほうが、相手側を気にせずにこれまでのお付き合いで呼ばなければならない人を制限してりすることがありません。
お客様のもてなし以外の費用、挙式料、司会料、VTR,集合写真代などは施主になるほうの負担。追加は個々に負担。衣裳着付けは新郎新婦それぞれで負担し、心付けなどもそれぞれの担当に。