税務トピックス No.012
中小企業の新事業承継対策制度に関する問題点
中小企業の危機と言って真っ先に思い浮かべるのは、目先の景気悪化かと思いますが、社長の高年齢化(平均58.5歳)、事業後継者不足による事業の廃業(毎年約7万件)に伴う雇用の喪失(毎年20〜30万人)も大きな危機と言えます。日本の中小企業にとって、いかに後継者を見つけスムーズにバトンタッチするか、と言う事業承継問題は、大きな、そして緊急の課題となっています。
その中でも特に頭が痛いのは、納税資金の確保の問題です。優良会社であればあるほど、その会社の株価の評価額が高くなり、納付すべき相続税も大きくなります。今までは、その会社が自己株式を取得する形で後継者から買い上げ、その代金で納税するなど、会社が実質的に納税資金を負担することが多くありました。この方法の場合、会社はわざわざ自己株を購入することになり、借入金の負担増と自己資本の低下を招いていました。
そこで事業承継対策として今年の税制改正で導入されたのが、贈与税・相続税の納税猶予です。後継者である親族が会社の株を相続したり、生前贈与を受けたりした場合に、相続税や贈与税の納税を猶予する仕組みを導入することで事業承継を促進するのが、今回の税制改正のねらいです。
1.贈与税の納税猶予
先代経営者が生前に後継者へ株式を一括で贈与した場合に、株式の2/3(以前から後継者が保有している株式との合計で2/3)までは贈与税の全額を納税猶予できます。その後先代経営者が亡くなることでその贈与税は免除され、代わりに相続税が課税されます。生前贈与された株式は、相続財産として加算され、贈与時の時価で相続税が計算されますが、このときも相続税の納税猶予を適用することができます。
また、株式を一括贈与する時に残り1/3の株式について、相続時の精算課税制度(2,500万円の特別控除)を選択(併用適用)することもできます。
現在、業績悪化している中小企業は株価の時価も相当下落しているため、タイミング的には、今贈与するのがいいかもしれません。なお、将来後継者の努力または景気回復により株価が上昇してもその部分は相続財産に加算されないというメリットもあります。
2.贈与税の納税猶予を活用するにあたっての留意すべき事項
1) 先代経営者の思い切った決断が必要
後継者が株式の贈与税の納税猶予を受けるためには、
@ 先代経営者は、長年経営してきた役員を退任(後継者は代表者に就任)している。
A 先代経営者は、保有している株式を後継者に一括贈与(贈与後の後継者の2/3まで)する。
ことなどにより実質的に支配権等を後継者に譲ることが必要です。
先代経営者にとって経営経験の浅い後継者に支配権等を譲ることは、不安があり、贈与後、会社経営に関与できなくなるという寂しさから、いざ実行するとなると消極的になることが予想されます。
2) 贈与税の納税猶予も相続税と同様に贈与時から5年以内の80%の雇用維持という厳しい条件
3.相続税の納税猶予
後継者が、先代経営者からの相続により、経済産業大臣の認定を受けた会社の株式を取得し、会社を経営していく場合に、議決権株式の2/3以下の部分を、その評価額の80%部分の相続税について納税が猶予される特例です。
ただし、その後、後継者が5年間にわたり代表者を続け、かつ従業員の80%以上の雇用を維持すること、相続した株式も全部保有し続けるということなどが条件です。こういった条件を満たさない場合は、納税猶予ができなくなり本税および利子税を全額納付しなければなりません。
なお、仮に5年経過後に保有株式を譲渡した場合には、納税猶予のうちその譲渡分のみの納付で済みます。
4.相続税の納税猶予を活用するにあたっての留意すべき事項
1) 相続税の納税猶予を適用しても、実際は100%−2/3×80%≒48%の納税資金が必要
次にあげる3つの事例で検証してみましょう。
後継者である子供Aが発行済議決権株式の100%を相続すると仮定
相続人は、子供A(後継者)、子供B(非後継者)のみ
その他の条件は次表のとおり
| 相続人 | 相続財産内訳(その1) | 相続財産内訳(その2) | 相続財産内訳(その3) | |||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 子供A | 自社株式100% | 300,000 | 自社株式100% 自社株式以外 | 250,000 50,000 |
自社株式100% 自社株式以外 | 100,000 200,000 |
| 子供B | 自社株式以外 | 200,000 | 自社株式以外 | 200,000 | 自社株式以外 | 200,000 |
| 合計 | 500,000 | 500,000 | 500,000 | |||
(単位:千円)
| 事例 | 相続人 | 通常の相続税 | 猶予税額 | 納付税額 |
|---|---|---|---|---|
| その1 | 子供A | 82,800(100%) | 42,833(52%) | 39,967(48%) |
| 子供B | 55,200 | ― | 55,200 | |
| 合計 | 138,000 | 42,833 | 95,167 | |
| その2 | 子供A | 82,800(100%) | 33,485(40%) | 49,315(60%) |
| 子供B | 55,200 | ― | 55,200 | |
| 合計 | 138,000 | 33,485 | 104,515 | |
| その3 | 子供A | 82,800(100%) | 9,438(11%) | 73,362(89%) |
| 子供B | 55,200 | ― | 55,200 | |
| 合計 | 138,000 | 9,438 | 128,562 |
(単位:千円)
事例その1では、後継者である子供Aが株式だけ全部(300,000千円)を相続する場合を仮定しました。この場合、子供Aは、株式のみを相続したにもかかわらず、株式のうち2/3の20%部分と残り1/3部分については相続税が課税されます。子供Aの納付税額は、39,967(48%)千円にもなります。たしかに本来納めるべき相続税82,800(100%)千円と比較すると約半分(48%)にはなっていますが、納付税額(39,967千円)は意外と高額です。すなわち、相続税の納税猶予を目いっぱい適用しても、約半分の資金を準備しなければならないということなのです。
ましてや事例その2およびその3では、子供Aが、事例その1より少ない金額の株式全部(事例その2 250,000千円、その3 100,000千円)と株式以外の財産も相続するため、事例その1と比べると相続税の納付税額(事例その2 49,315千円、その3 73,362千円)は多くなります。
よって後継者は、納税猶予制度を活用するにしても納税資金の準備のため、これまでどおり少なくとも事前に相続税を試算し、高額の納税額が予想される場合には、あらかじめ
@ 相続後の後継者の株式の持ち株割合を2/3を少し上回る程度に減額することにより、できるだけ納税額を抑える。
A 相続発生前に株価の評価切り下げ対策を行う。
B 相続発生前に納税資金を準備する。
などの検討および対策が必要となるでしょう。
2) 納税猶予後5年以内の80%の雇用維持は、厳しい条件
そもそも中小企業の継続・雇用の安定に重点を置いた税法改正のため、会社は、後継者が相続の納税猶予を受けた後5年間、従業員の雇用を80%維持しなければなりません。中小企業を取り巻く環境が急激に悪化している状況の中で、後継者にとって相当な経営能力を要求され、この条件は非常に厳しいと思います。この条件を満たせなくなった場合は、その時点で残りの本税および利子税を全額納付しなければなりません。
5.結論
今回の新納税猶予について、世間では、事業承継税制に関するメリットのみが話題に取り上げられているようですが実際は、
@ 民法特例の株式評価の「固定合意」等に際し当初、後継者と非後継者が合意したにもかかわらず、両者間で相続争いが発生した場合に、「税理士が、株価の評価方法がいくつもあり、その採用する評価方法によっては、株価に何倍もの差がでることの説明を十分してくれなかった」などの理由で、税理士が責任問題を問われるおそれがある。
A 先代経営者が、生前に後継者に株式と経営権を譲ることへの思い切った決断ができないことが予想されるだけでなく、贈与税の納税猶予の適用要件もかなり厳しい。
B 後継者は、仮に相続税の納税猶予を適用したとしてもなお高額な相続税の納税資金が必要となることが予想されるだけでなく、相続税の納税猶予の適用要件もかなり厳しい。
以上のことから、適用は慎重に判断する必要があると思います。
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