2/27発売!
東京パノラママンボボーイズ完全版
 2枚組3,400円
DISC1 
マンボ・ボンド
マンボのビート
スピーク・アップ・ビート
マンボ・マニア
ワン・レイニー・ナイト・イン東京
グリーン・オニオン
ヒット・ザ・ボンゴ
チャ・チャ・チック
パチンコ
赤坂の夜は更けて
ピーター・ガン
ザ・グース
夏の夜のサンバ
コーヒー・ルンバ
マンボ・メドレー
コセ・コセ・コセ
大学マンボ
パトリシア
ネグラ・ミ・チャチャチャ
タブー
キーハンター(非情のライセンス)
サーフ・バード
太陽の彼方に
ボンゴ天国
ティン・ティン・ディオ
      DISC2
01.
  アウト・バーン・マーチ
02.
  エスペランサ
03.
  ジム・オン・ザ・ムーヴ〜ミッション・ブルース
04.
  スージー・ウォン・マンボ
05.
  ボンド・ストリート
06.
  イスタンブール
07.
  カサショフ
08.
  スパイ大作戦〜ワイド・ウィリー
09.
  ザ・ガードマン
10.
  ダイナマイト・マンボ
11.
  アパッチ’92
12.
  カフェ・テンゲ
13.
  ケレ・ケレ
14.
  リチャード・ダイアモンド
15.
  GREEN ONIONS
16.
  GREEN ONIONS〜HIT BONGO MIX
17.
  ESPERANZA
18.
  PETER GUNN
19.
  JIM ON THE MOVE 〜MISSION BLUES
20.
  HUSKY
21.
  ダイナマイト・マンボ(カラオケ)
22.
23.
24.
25.

¥¥¥¥¥¥コレを読めばすべてが判る!¥¥¥¥¥¥ 
¥¥¥ハスキー中川(スタッカート・カンパニー)¥¥¥
¥¥“東京パノラママンボボーイズ”に捧げる覚え書き¥¥ 

  是非とも、読んで!!

『偉大なる昭和ラテン、歌謡大バカ野郎』
メンバーの三人は異論を唱えるかも知れないが、90年代初頭、つまり“東京パノラママンボボーイズ”が結成されたとき、俺は第4のメンバーであったと今でも確信している。だから、このベスト盤が歳月を経て、今、リリースされることをまるで自分のことのように喜んでいる。記憶の糸をたどると、今は亡き伝説のクラブ、東京・下北沢の片隅にあった「ZOO」で、コモエスタ八重樫と共に始めた“パノラマ・キャバレー・ナイト”の熱狂の様が次第にウワサを呼び、その人気が高まっていったことは紛れもない事実である。俺もその後、様々な全国各地のクラブ等のイベントでDJとして、選曲家として、あるいは長年のうるさいアドバイザーとして彼等と活動を共にし、ラテンや歌謡曲のうずの中に巻き込まれていった。本当に罪な男達だぜ(笑)。
“音楽における流行は時の経過と共にくり返される”と、よく軽々しく定義されるが、マスメディアやレコード会社がイニシアティヴを握ったある種作られた虚構の流行などとは一線を画した、本当に小さなクラブという箱を基点に、彼等はジワジワと、スリルと頭角を表したのである。ここが大事なのだ。ホコリまみれになった昭和30年代という古き時代に生まれた音楽が甦るには、回りの音楽状況やファッション化といった表層的な流行を軽視し、何処吹く風とばかりに、己の中に燃え上がった音楽に対する強固な心情をひたすら、楽しみながら、新しい味付けを加え、具体化する男達が、本気の男達の姿が浮かび上がってくるのである。それが彼等“東京パノラママンボボーイズ”に他ならなかった。彼等はやはり具現化の達人、才人、であったと思う。そして、すこぶる本気の大いなる遊び人だったのだ。
コモエスタ八重樫、パラダイス山元、ゴンザレス鈴木・・・そう、芸名?からして怪しい(笑)3人組は偉大なる、愛すべき大バカ野郎でもあった。中途半端を嫌い、本気でステージで大バカ振りをを発散する男達だった。蝶ネクタイにベレー帽のDJ、コモエスタがターン・テーブルに50S〜60Sのマンボ、チャチャチャ、ドドンパ、ツイスト、歌謡GO−GOのレコードを乗せ、針を落とす・・・そのリズムとシンクロしてド派手なラテンマン・コスチューム着た巨体のパラダイスが、メガネを落とさんばかりにカラダをシェイクさせるゴンザレスがパーカッションを連打ださせる・・・こうして展開されたショー?は、前代未聞!斬新なエネルギーを発散させ、クラバー達を酔わせ、踊り狂わせた。もちろん、色モノ扱いされた。苦笑とバ声を浴びることもあったが、彼等はそんなことを気にもせず、トコトン精神を貫いたのだ。そのサウンドはもとより、細かなビジュアル面等にもトコトンこだわったのだ。昭和の生活雑貨店の店主でもあったコモエスタは体臭までもが30年代の粋人だった。某車メーカーのデザイナーでもあった、オールド・カー・マニアのパラダイスも、なんと小学校時代にマンボのトリコになり、変人少年扱いされたという筋金入りのマンボ狂だった。一見クールなゴンザレスも実は大変な大胆男で、某大学のジャズ・ビッグ・バンドのコンサートで、素っ裸で大きなステージ上を走り回る大バカ伝説が残っている男だったのだ。
こんな3人が集まったことは1つの奇跡だったのかも知れない。彼等の活動期間は思ったよりも短かったが、苦労知らずの数年間だったと思う。楽しみながらも、“自分達流”を貫き通して解散したと思う。また彼等は“孤高のユニット”だったのも事実ではないだろうか?DJ+パーカッションという大胆な編成はやはり当時は異端だった。だからこそ、コピー・ユニットなどは一切現れなかった。第三者がマネすることが出来ぬ唯一無二の存在感が充満していた。なにせ、海の彼方のロンドンのクラブ・サーキットでは青い目の若者どものド肝を抜いたのだから・・・。
本ベストCD盤はそんなDJ+パーカッション・ユニットとしてスタートした彼等が、有能なスタジオ・ミュージシャンを集め、ビッグ・バンド編成という超豪華アレンジで、昭和30年代を中心にしたいなたい洋楽、邦楽、オリジナル曲を録音した正にてんこ盛りの一枚である。
俺の秘蔵のレコード・コレクションから提供した作品も収められた、キャバレー、ゴーゴークラブで遠い昔に流れた作品は間違いなく、腰が浮き、知らず知らずのうちに踊り出してしまう、痛快ナンバー、コミカルナンバーの連発だ。リメイク加減は最高だ!!
日本を代表するDJとして、今もクラバーをトリコにし続けるコモエスタ八重樫・・・・。海外でも評価の高いユニット“ソウル・ボッサ・トリオ”のボスとして斬新なサウンド・メイキングを続けるゴンザレス鈴木・・・。マンボ・ボーイズ時代に抱いた夢を、今も頑固に追求し、“マン盆栽家”としても大活躍のパラダイス山元・・・。
3人との数々の想い出で、俺の胸、破裂しそうだよ。でも想い出話で盛り上がるのはまだ早いよな!!みんな己の音楽道、クリエイター道を歩み、走り続ける途中だものね!!俺も3人からエネルギーを一杯もらって、今も売れないヤサグレ中年DJ&プロデューサー!!CDを聴けば感じるだろうが、最後に一言。
「俺は不真面目な優等生よりも、真面目な不良が好きだ」東京パノラママンボボーイズと時を共にしたとき、この言葉が脳裏に宿った。
いつか再結成しようぜ!!俺が音頭をとるからね。


『平成に甦る昭和マンボ野郎!』東京パノラママンボボーイズ。
フリフリ袖の衣装を身にまとい、DJ(コモエスタ八重樫)+パーカッション(パラダイス山元、ゴンザレス鈴木)という世界で唯一のパノラマスタイルで活動。芝浦ゴールド、下北沢ZOOなどのクラブで盛り上がりまくる。
のちに作ったビッグバンドでは、一流プレイヤーをバックに、フロアダンサー「ロス・チャ・チャメス」スペイン帰りの謎の歌手「パプロ三波マラハメス」、 さらに、若い女の子達がそのヌードを見て異常に盛り上がる、セクシーダンサー「バービーマコ嬢、星きらら嬢」らが登場し、ライブは常にソールドアウト状態となる。
争奪戦の末、1991年、オールカヴァーのアルバム「マンボ天国」で、禁断のレコード会社(!)「テイチク」からデビュー。
アルバムのキャッチコピーは、”マンボにチャチャチャでゴーゴーゴー! 踊り踊る踊れの68分間13秒夢のダンスアルバム!!全25曲”。
収録曲「マンボのビート」はフジテレビ「ごきげんよう」(さいころころがすやつ)のテーマソングとして現在も使われている。平行して、東京パノラママンボボーイズ選曲・監修による「南国の夜」「続・南国の夜」をリリース、テイチクの旧音源を現代に甦らせた。
1992年リリースされたセカンドアルバム「マンボスパイ2」は、架空のスパイ映画のサントラで、マンボスパイが世界を駆け巡るという設定。
同年、「ロンドンクラブサーキットツアー」を実施。事前ブッキング1本という無謀さにも関わらず、話題を呼び、多数のクラブでプレイ。 情報誌「タイムアウト」巻頭に写真入りで紹介。また、MTVの取材を受け、「パチンコ」のPVがローテーションに入るなど快挙を遂げる。
1993年 惜しまれつつ解散。



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