台東区議会議員 鈴木 茂 ( すずき しげる )
フィンランド視察
平成18年6月28日〜7月6日
イタリアの観光行政 ドイツの教育事情 フランスの教育改革
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  フィンランド視察      平成18年6月28日〜7月6日          
T.視察地選定理由

 
 1、児童・生徒の学力水準の高さ
 2、国際競争力の高さ
 3、情報の国

U.フィンランドの教育

  1、教育費無償            5、教師について
  2、教育制度             6、幼児教育(家族政策と教育制度)
  3、カリキュラム            7、まとめに変えて        
  4、コンピューター・サポート共同制作所
    (CSCL)の活用

T.視察地選定理由

1.児童・生徒の学力水準の高さ

 フィンランドの教育が日本はもちろん、世界中の注目を浴びている。先進国でつくる「経済開発協力機構(OECD)」が2003年に発表した「学習到達速度調査(PISA)」でフィンランドは世界第一位の成績を収めている。

2.国際競争力の高さ

 人口わずか524万人あまりの小国だが、「世界経済フォーラム」が発表する国際競争力ランキングでは、3年続けてフィンランドは1位の成績を収めている。ちなみに2位はアメリカ、3位スウェーデン、4位デンマーク、5位台湾、6位シンガポールである。(国民負担率はスウェーデン71%、フィンランド64%。つまり、税金の高い安いより、教育レベルの高さが国際競争力に直結していると言うことになる。)

3.情報の国

 「ノキア」などの大企業を持ち、そして、マイクロソフトの「ウィンドウズ」と拮抗する「OS・Linux」の国、冬季オリンピックでは7個の金メダルを獲得し、インターネットホストの数ではアメリカ、アイスランドに次ぎ、世界第3位、インターネットによる情報収支の面ではアメリカを凌駕しているともいわれる。
 つまり、自国から外国にアクセスする量より、外国からアクセスされる量の方が圧倒的に多い。
フィンランドにアクセスする有益な情報が得られるからである。
 
 ちなみに、フィンランドの知的労働に従事する労働者の割合は、日本韓国の2倍といわれている。




U.フィンランドの教育



 フィンランド文部省において、教育財務官のゴールヨネンディヤォ氏から、フィンランドの教育がなぜ世界中の評価を得ているか、その理由について説明いただいた。
 以下、その概略について述べる。


1. 教育に対する国家予算の比率が高く、教育費無償


 フィンランドのどこに住んでいても、そして経済状況や母国語の如何を問わず、平等な機会が与えられている。

 すなわち、幼稚園から高等学校までの一切の学校教育に対する費用は国と自治体が負担し、家庭の負担はゼロなのである。給食費さえ、高校まで無料である。
少数民族サーメ人(極北の地に住む人々)に対しても、手厚い教育が実施されている。

 使用されている言語は、フィンランド語92%、スウェーデン語6%、この2ヶ国語を公用語としている。

 そして、国策として、教育に重点が置かれている何よりの証拠は、この国の教育に対する予算措置の比重の高さである。

教育機関への公的支出対GDPが6.3%と高い比率である。(日本は28国中27位の3.6%)

 国家百年の計は教育にある。
教育に対する投資こそ国家繁栄の最大の要因である。
家庭にあっては早くから自立を促すような教育がなされ、18歳過ぎて親と同居する若者は数少ない。
同居していること自体が恥ずかしいとしいう雰囲気さえあるという。

 当然のことながら、「引きこもり」の数は極めて少ない。
ただ、パソコンやインターネットに熱中する「おたく族」は数少ないがいる。
 
 また、フィンランドでは、親にたいする扶養義務は法的にもない。




2. 教育制度

 義務教育は7歳から16歳までの9年間(希望により10年目も留年できる)。
年間授業時間は7・8歳が530時間、9〜11歳が673時間、12〜14歳は815時間。

その割り振りは自治体教育委員会に任されているが、多くの自治体は土曜日でも何日かは授業日としている。
 それでも、OECD加盟国の中で年間授業時間はもっとも短く、塾や予備校などは一切存在しない。授業時間の短さは、日本の授業時間が7,8歳は709時間、9〜11歳が761時間、12〜14歳が875時間であることと比較しても明らかである。

 この国の義務教育という考え方には、学校に通学するという概念は含まれていない。他のいかなる方法でも、学校と同等の知識と技術を身につけさえすればよいとされている。
 しかし、実際には、ほとんどの子供たちは学校に通っている。ただ、特に公式的な卒業資格や証書はなく、定められたSYIIabusを終えれば、義務教育を終えたことになる。

 また、学校選択の自由はあるが、大抵の子供は近くの学校に通うという。小学校6年生までの学級担任がほとんどの教科を教えている。1学級の人数は地域によって異なるが、おおむね30人以下、一般的には24人とされている。外国語の授業では、クラスを半分にわけて進められている。




3.カリキュラム

 国が決めるのはカリキュラムも大綱のみ。1994年以後、教育内容を決める権限は自治体に移されている。教科書の採択権は現場の教師が持つ。教師の採用をはじめとした学校運営は、校長の裁量によるところが比較的多い。

 義務教育の基本的な教科は、国語・外国語・数学・環境学・公民・宗教・または倫理・歴史・社会・地理・理科・体育・音楽・会が彫刻などの芸術・工作・家庭経済。
 国語は、公用語であるフィンランド語、4年生からはスウェーデン語が必修。

手話も国語の中であることが注目される。外国語の英語は3年生から。8年生からはそれに加えてドイツ語かフランス語、ロシア語などが選択できる。9年生の履修状況は、英語98%、スウェーデン語90.7%、ドイツ語21.4%、フランス語12%、ロシア語7.7%である。

 フィンランド文部省の説明では、子供を差別扱いせず、学習の遅れた子を出さないように「底上げ」に十分手を尽くしているという。実際、PISAの調査での「読解力」では、三段階の到達度のうち、最も成績の悪い集団が、日本ではOECD加盟国平均と同じ19%に比べ、フィンランドではわずか6%で、参加国・地域の中で最少だったのである。

 「底上げ」の方策の一つとしては、少人数によるグループ学習を行い、理解の早い子が遅い子を教えたりする「助け合い学習」(日本でも1960年代に、ソ連の教育学者マカレンコの唱えたこの学習法を日教組を中心に流行したことがある。)を行っているという。当然、習熟度別授業は行わない。またテストで序列をつけることもしない。義務教育において、全国一斉テストなどは全く考えにないのである。

 私たちは底辺層の子供たちに徹底した「底上げ教育」がなされていることには感心した。グループ学習でついていけない子を集め、指導し、それでも理解できない子には教師が個別指導するなど、徹底的に指導するところは現在のわが国でも見習うべきだろう。平均点が良いということは、下位群の子供が少ないということだからだ。

 私見だが平均点にあまり拘るのはどうだろうか。優れた子をさらに伸ばすこと、英才教育も必要だと思う。
 フィンランド教育のもう一つの多き名特色は、授業において教科横断的な総合学習を大幅に取り入れていることである。週26時間のうち11時間を総合学習に充てている。今回、学力が世界1位になった要因は、総合学習と読解力の優秀さにあると、フィンランド文部省のゴールヨネンディヤォ氏は述べている。

 優れた読解力は家庭の力によることが大きい。家庭に多くの蔵書があり、加えて、子供に新聞を読ませる習慣があるという。小学生までの期間は、親が本の読み聞かせをするのが普通であり、しかも、父親が読み手になることは珍しいことではない。是非、わが区の幼児教育にも参考にしていただきたい。

 また、テレビ放送の外国語も、フィンランド語に吹き替えたりはせず、すべて字幕スーパーで流している。
 そして、何よりも大きな要因は、前述の総合学習において、課題について問題点を整理して、自分の言葉でひらめきを込めて考えを的確に表現することが習慣付けられていることだという。

 評価については、小学校1〜2年生では点数化された評価ではなく、文章表現のみである。3年生以上は、4〜10点の7段階で年2回、評点が出される。ただし、序列をつけたり、他人と比較するテストはない。
 中学生になると、教科ことに10年満点で評点がつき、9年生末(3月)には義務教育の最終成績がつけられるが、評定の基準は国家教育委員会に付属する全国的は評議会によって決められており、これに基づいて、学校の各教師が専門性をもって判断する。あくまでも、個人の到達度を計るものであり、個人や学校は序列化しないので、当然、義務教育の最終段階でも、学校を超えた統一試験のようなものはない。

 この最終成績は、国語・外国語・数学・理科・社会などの主要教科の評定平均であり、普通科高校の合格基準は7点以上とされている。生徒は最終成績を踏まえながら、志望校を第5希望まで書いて合格を待つ。
 校内だけの評価だけで(教師の評価のみ)で進路が決まる。それでいいのか?と、疑問に思ったが、この国では高校進学は単に、大学進学のための普通高校に行くか、あるいは職業学校に行くかを判断すれば良いことらしい。そして、職業学校卒業生が不利益を被らないような学校制度を作り上げているという。つまり、職業学校における技能習得が社会において認められているのである。

 また、日本やアジア諸国のような学校格差がないともいう。普通高校は学年制ではなく単位制である。
 そして、フィンランドの教育の真骨頂は、「母国語を学習する権利」を認めているところにもある。つまり、多くの外国人が母国語を学ぶチャンスを学校教育の中に埋め込んでいるのである。しかも、それでいて、フィンランド・アイデンティティーを創出しているのである。




4・コンピューター・サポート共同制作所(CSCL)の活用

 このCSCLの資料はインターネット上で義務教育や高校で利用している。特に、物理・生物・環境学・歴史・リーディングについて盛んに利用されている。質問には、懇切丁寧に答えるように設定されているという。また、フィンランドの研究者たちは、このCSCLにより世界で活躍しているともいう。

 ただし、幼稚園の先生や教育実習生はコンピューターそのものに弱く、今後1CTの活用能力を高めることが課題であるという。教育界全体としては、教育研修で1T技術とその活用、英語の能力向上を目指したいと言う。
 英語の能力は1T技術と密接な関係があり、この2つの能力向上にも生徒も先生も努力して欲しい。そのことがわが国の将来にかかわることと文部省は強調していた。




5・教師について

@養成システムと現状

 フィンランド文部省が重要視しているものには、カリキュラムに加えて教師養成がある。そして、フィンランドの教育が世界一に理由としてあげているのは、イギリスのブレア首相が教育改革によって社会階層問題を解消しようと訴えて有名になったスローガン「一に教育、二に教育、三に教育」をもじり、「一に教師、二に教師、三に教師」であるとして、教師の質の高さを自負している。

 実際、文部省は「教師とは祖国文化の担い手であり、国際文化理解に長けた人物、専門能力の高い人格者でなくてはいけない。」という考えの下、教育以外のほかの分野について広く履修することを求めている。
 改革以前には、幼稚園や小学校の教師は、中学校以上の教師のように他の多くの分野で学んだ経験を必要としなかった。しかし、現在では早期教育が見直され、幼稚園や小学校の低学年を教える者は更に高い能力を持つ方が望ましいとされ、大学修士課程の修了を教育資格取得の条件としている。

 なぜ、修士課程終了が必要かというと、まず物理的要因が大きい。大学では小学校の担任資格を取得するために、312時間の現場実習が義務付けされている。(日本では4週間) 同時に、大学の講義も受けなければならない。その上、実習の評価も厳しく、到達度を見る全ての項目に合格点がとれなければ、実習が1〜2週間追加される。従って、4年では到底終わらず、5年間かけて授業を履修することになるのである。たとえば、ドイツ語教師は最低6ヶ月、ドイツに行っていたことの証明が必要なのである。

 簡単にいえば、教員免許を取得するための単位が、他国に比べてかなり多いということであり、と同時に、本人が希望すれば大学院での勉強が保障されているのである。日本やアメリカの先進諸国の大学院修士課程とは、その意味合いが異なるように感じられた。
 教師の給料は決して高い方ではないが、社会的な認知の度合いは高く、子供たちの将来就きたい職業の第1位であると言われている。大学教育学部の入試倍率は10倍、小学校教師の採用倍率は6倍だという。

 これほどの人気の秘密の一つは、カリキュラム作成、教科書の選定など(1992年に検定制度は廃止され、教師は教科書を使わずに自作の教材で教えることも可能)大幅な教育に関する裁量の自由、夏休み2ヵ月半などの長期休暇の保障などえある。
 勤務時間は年間1600時間、その60%が授業、そして、一般企業と同様、朝8時から16時の勤務時間となっており、16時過ぎると学校には誰もいなくなる。学校の教師の場合、正規教員でも自分の授業が終わると、14時ごろには帰ってしまう人もいる。
 低学年担任は12時に帰る人さえいる。その理由は、授業の教材研究など次の授業のための準備期間であり、その時間は学校でなくてもできるからだという。

 しかも、教師には授業(45分授業週26時間程度)以外の負担は最小限にとどめられている。子供の抱える生活指導上の問題や進路の悩みの対応は、ソーシャルワーカーやカウンセラーに委ねられている。
 日本の部活動に類する早朝や放課後のアクティヴィティーと称する活動は、別の指導者があたる。

 これら、恵まれた労働条件は、教職員組合の力によるところが大きい。現在でも現政権を支える有力な団体だが、1962年、国会議員がお手盛り歳費値上げを決定した時には、「国会議員の給料よりも子供を教える教師の給料を優先すべきだ」と4ヶ月にわたる大ゼネストを行い、国民の支持を得て勝利を勝ち取った歴史さえある。

A教師の研修

 文部省の教育方針に示されているように、教員の研修は大きな柱になっている。そして、「教員は新しい技術と手法が必要」と具体的に示されている。

 たとえば、

1、 ネットワークで教員は言語、文化、社会的、倫理的、美的なものを提供する人であるべきだが、
   それらはいつも教室で授業を想定したものでなければならない。
2、 コンピューター、パワーポイント等を活用すること、加えてインターネット言語、統合されたモバイル、
   音声モバイル、バーチャルなもの、の利用をしてほしい。

 などである。

 そして、このように教員の重要な資質は、

 ア、 児童・生徒に動機付けができる人
 イ、 ネットワークを作り出せる人、またはそのメンバー
 ウ、 組織的につくっていける人
 エ、 コミュニケーションづくりやそのリーダーである人
 オ、 評価できる人であり、技術者、その専門家であること

 としている。

 そのために、「ネットワーク教員」が設けられているが、彼らを利用して伝統的な手法に加えて、教育以外の領域やことなった職場の人と接触することが大切であるとされている。
 また、国の内外からの良いデータを活用することも大切である。是非、CSCL(コンピューター共同製作所)を活用して欲しい。 具体的に見てみると、年会最低3日間の研修義務付けられていて、平均して一人が年間8日間程度の研修を受け、資質の向上を図っている。

 現職の教員が大学院で勉強できるのは、1980年に成立した有給休暇法によるところが大きい。有給休暇により、大学院の通い専門的資格をとるなどステップアップの機会も与えられている。

 ただ、教師には大きな裁量権があるので、能力の高い人材が必要だが、今後退職を迎える教職員が増える中当然補充していかねばならない。しかし、現在は優秀な学生が教育学部に集まるとはいえ、経済成長と共に他の分野に進む学生も当然増えるはず。教職をいかに魅力的な仕事にしていくかが課題である。

 非常勤講師を減らし、常勤者を増やすと同時に、教師の継続的な研修の機会の保障などが求められるのではないか。同時に、組合支配をどのように正常化することも大きな課題であろう。




6.幼児教育(家庭政策と教育制度)
  
 

 フィンランドの家庭政策は、歴史的に言うと、最も早くから開始された社会福祉の政策と説明された。
まず、産休・育休が充実している。これらの休暇は合わせて263日あり、このうち産休が195日、育休が158日で、父母どちらが取得しても良いことになっている。
 
 このほか、出産に関しては、父親も休暇をとることができる。この休暇の間は賃金の65%が保障されている。
また、出産・育児休暇後は、子供が3歳にまでは無給ではあるが、職を失うことはない。
この間は自分で保育するので、家庭育児手当が支給される。

 これら家庭で保育する親の支援のために、プレーグラウンドが設置されており、同じように保育している親同士の交流や保育専門家のアドバイスを受けたりすることができる。
 そして、ここは学童保育の場としても機能している。

 保育については、1996年に保育法が超党派の女性議員の提案で改正され、すべての6歳児は保育の権利を有し、親が望めば自治体は子供を保育しなければならない。
場所は公立保育所である。

 保育時間は原則として10時間。不規則な勤務時間の仕事をする親に対しては、24時間保育も用意されているという。
保育所では朝食を用意しており、働く親にとっては大変評判が良いという。しかし、子供の食事を他人に用意させるのは、いかがなものだろうか?
子供の心の陶治は、「親がみずから与える食事のあたたかさ」によってなされる、と言うペスタロッチの言葉があるのだが・・・。

 0〜3歳児では保育者3人で児童12人を、3歳児〜6歳児では3人で21人を担当する。
保育料金は無料ではない。料金は両親の収入と家族構成で決まるが、最高25000円程度という。
ただし、全ての児童には、16歳になるまでの児童手当てが支給されている。

 このような手厚い家庭政策の下、フィンランドの2003年の合計特殊出生率は1.80と改善されたという。(ちなみに日本は2003年1.29)

 そして面白いことに、保育所の監督下、家族保育制度もあり、一人の保育者は自分の子供を含め、4人まで自宅で保育することができる。
 更に200年からは、全ての6歳児児童に就学前教育が実施されるようになり、親はこの教育を保育所か小学校で受けるか選択できるようになった。
その就学前教育は遊びを中心としたもので、1日4時間程度。
きちんと人の話を聞くことができるなど、基本的学習習慣の定着を目的としている。

 指導内容は学校こどにまかせられているが、「劇遊び」などもするという。学校の家庭に対して「読み聞かせ」を強く要望しているという。
 読解力の高さはこのあたりにその秘密があるような気がする。




7・まとめに変えて

 フィンランドは、1668年に世界で最初の義務教育違法を制定するなど、世界で一番識字率が高い国であると言える。
現在でも、国民一人当たり、年間24冊の本を図書館より借りているという読書大国である。
そして、「フィンランド人は昔から文字が読めた」 「昔から勉強する民族であった」ことに誇りを持っていると言われる。
多分、長年、強く影響され続けたロシアに対する皮肉もこめられているのであろう。

 フィンランド文部省が公式見解の中で、「わが国は天然資源に恵まれず、人材こそ国家財産であり、人材育成に国の将来をかけている」と述べているように、教育に対する熱意と努力の度合いは極めて高い。

 今回のPISAのTEST]世界bPも、国民の教育に対する意識の高さの表れである。
しかし、当然のことながら、現在のような高いレベルの教育水準を常に維持してきたわけではない。
そこには、単に国民の意識の高さだけではなく、国の教育改革による金貨によるところが大きい。
 
 そこでフィンランドの近代教育史について簡単に述べておく。
 
 フィンランドが単線型学校体系を法的に施行したのは、1968年の基礎教育学校法が制定されてからである。
それまでは小学校4年生から進学コースと就職コースにわけられる複線型であり、単線型に完全に施行されたのは1977年であった。
 日本に遅れること、実に30年であったわけである。

 複線型当時のフィンランドは高福祉の時代であり、人々、特に庶民はいかに働かないで休業手当を貰うか、いか失業保険で楽に暮らせるか等、法の網をくぐり抜ける方法ばかりに腐心していたという。

 当然の帰結として、そのような大人の社会を見ていた若者も働く意欲を失い、学校の勉強に励むことは馬鹿馬鹿しいという風潮が強まっていった。 酒におぼれ、路上にたむろする風景も見られたという。
 この複線型は、お金持ち階級には有利に働き、多くの庶民には不満を残すシステムだったのである。

 そこで行われた複線型学校体系から単線型学校体系への教育改革。
学校では人格陶治を中心におき、子供たちの心の健康に細かく配慮するようになった。また、学校教育を生涯学習の入り口というとらえかたをするようになったという。
 そして、学校を、健全な社会人形成のための基礎知識と技術を教えるところと規定した。(一説には、日本の教育基本法を参考にしたとも言われている) と同時に、教育の国家支配を弱めて必要最小限とし、その権限を地方自治体、学校に委譲した。

 公式見解に夜と、1999年1月、フィンランド基礎教育法が施行され、特に教育根幹に関する国の考え方が表明されたことにより、学校環境は、自由な選択性、柔軟性、個々に合わせた教育、権利の保護、教育の質の保障、平等など、民主教育を実践する上で欠くべからざる要件が充実したという。

 その例として、フィンランドの教育政策の提案は政府機関ではなく、広く研究所などを中心に立案、展開されている。
産業界の代表たちもアドバイザーとして、中央レベルでも地方レベルでも活躍している。

 一方、子供たちはいずれ働く身であることをはじめから自覚しており、一定期間、実習を受ける仕組みにもなっている。
この仕組みは義務教育でも高校教育でも実施されるが、大学ではさらに強化されている。

 また、自由な学校選択が可能なことで、学校間の競争を起こし、教員のやる気をおこさせているというのである。
ただ、こういった公式見解の裏で、実際には、子供たちはほとんどが近くの学校に通い、教師間の切磋琢磨する雰囲気や競争も教職員組合の影響であまりないということも付記しておきたい。

 さて、日本で失敗した総合学習がこの国で成功している要因をしては、
@ 国民の教育に対する意識の高さ
A 教師の力量の高さ
B 産業界の教育に対する高い関心と協力が挙げられている。

 ここで私が是非、強調したいことは、日本の歴史を見ると、日本も決してフィンランドに負けない教育水準の高さを誇っていたことである。

 江戸時代、江戸が世界最大の100万都市であった頃、人々の識字率が世界最高の70%、しかも、国家の保護の下ではなく、自腹を切って寺子屋で子供たちを教育したという歴史を有していたことを、是非理解して欲しいのである。
 残念ながら、現在の学校の歴史教育では教えられていない。 我が国はある意味で、フィンランドよりも教育に対する意識が高かったという歴史的事実をもっともっと教えていかなければならない。
歴史に学びたいと思う。

 加えて、言い古された言葉だが、「教育は人なり」と言う格言を再度クローズアップしたい。

 フィンランドと同じく、教師確保を自治体任せにされる方向にあるわが国において、自治体による優秀な教師の確保、育成を教育行政の最優先事項にして、全力を尽くしていただきたい。
 
 フィンランドの教育は教員を「先生」として尊敬し、大切にし、そして教員もそれに応えようと努力した、わが国の旧き良き時代に似ているように感じた。

 そういえば、わが国も昭和30年代までは、塾も予備校もあまりなく、学校は正規の授業以外、課外授業にも一生懸命で、補習も盛んであった。教育のすべてを自前で行っていくという自負と気概があった。

 現地の高校で日本語を教えている梅原弘美先生から聞いた話によると、「フィンランドの教育世界一」という評価を一番驚いているのはフィンランドの教師ではないかという。特別のことをしているわけでもなく、子供もそれほど勉強が好きなわけでなく、目の色変えて頑張る子も多くない。家庭でも叱咤激励するわけではないからだ
 ただし、上流階級についてはわからない。引きこもりやニートがいないことは確かだが。

 教師は絶え間ざる研修を要求されているが、一番研修を要求されているのは校長であろう。
学校経営で大きな権限を持つ校長の資向上こそが、一般教員の資質向上以上に要求されるのである。

 この国も1994年、学習指導要領を以前の10分の1の約100ページに圧縮した。
教科書検定も廃止し、学校が教科書を自由に選び、カリキュラムを定めるなど、大胆な権限委譲を進めた。

 だが、その結果、自治体や学校間で授業内容の成績のつけ方に格差が広がり、混乱が起きた。
このため、2004年の改定で、大学や現場教師を中心とするグループで見直し、指導要領は約260ページに増えた。(日本のゆとり推進派はこのことには口を閉ざしている)

 ただし、学ばせる内容ではなく、どのように学ばせるかを細かく記述したと言われている。
 フィンランドには、大学入試まで選抜試験は一切ない。日本とは違い、子供たちの学ぶ動機が、学校で他人と競争することではない点を挙げ、理想的教育環境のように言う人もいるが、高校進学率71%、大学進学率30%の国であるという現状、また、大学進学者野大多数がホワイトカラーの子弟という実態を考えると、私はもう少しこの国の教育の実態について調査したいという思いを強くした。

 ただ、いえることは、PISAのTESTは、「知っている情報の量ではなく、情報を使いこなせる力を計る」ことであり、そのためには体験を通して実際に情報を使いこなす場面を多く取り入れる必要があることは確かである。

 まず、読み・書き・計算ができるようにすること。
そして何よりも集中力、持続力をいかに育むか。教師は子供に知的好奇心(深み)誘い込む能力こそが最も求められているのであり、「部活動こそわが命」では、これからの発展は望めないことは確かであろう。


                                                       了



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