☆花信風bX7の目玉記事です!
  “sheecha(シチャ)”さんHP初登場です。
  〜〜 『東電OL』をめぐって

           『東電OL』をめぐって
                         “sheecha”

 佐野眞一さんの『東電OL症候群』(新潮社)を読んだ。前作『東電OL殺人事件』(同上)を読んだときもそうだったが、何かいいたいのになかなか言葉に置き換えられないもどかしさを感じている。その事件というのはこうだ。

 5年前の97年3月、渋谷区円山町にあるアパートの一室で女性の死体が発見された。渡辺泰子という東京電力に勤めるOLだったが、この界隈で客を引いて売春をしていたことが判明した。一方、容疑者はまもなく逮捕され、事件は早々に解決するとみられた。しかしそのネパール人は冤罪を主張し、3年後の春、東京地裁は「無罪」を言い渡した。ここで通常なら国外強制退去になるところなのだが、東京地検が再拘留を要請、東京地裁は認めず、東京高検が要請すると、東京高裁は認めてしまった。今度は弁護団が異議を申し立てをしたが、高裁は棄却。さらに最高裁に特別抗告の申し立て、それも棄却され、被告の再拘留が決定した。しかも地裁判決が出された同じ年のうちに、高裁は「無期懲役」との判決を出してしまう。佐野さんは裁判のこの間の経緯を執拗に追及している。この二作はときに過剰とも思えるほどの執念をもって取材し書いたノンフィクションである。

 ところで、私の関心は佐野さんのもう一つのテーマと重なっている。渡辺泰子という女性がどうして売春をするようになったのかということだ。

 彼女が殺された日の行動はおおよそ次のとおりだった。昼前に家を出、SMクラブ『マゾッ娘宅配便』に出勤したが、客がつかなかったため、夕刻同店を出た後、なじみ客と落ち合ってホテルへいった。その後、円山町でいつものように客を引いている姿が目撃されているが、いつも乗っている神泉0:34発の最終電車には乗らなかった……。

 彼女の経歴については佐野さんの著作に詳しいが、要約すれば、慶応女子高を経て慶応義塾大学経済学部に入学、優秀な成績で卒業し、東京電力に総合職として就職した。大学2年のとき尊敬していた父親(東電に勤務、重役直前だった)が亡くなっており、彼女は入社の際「父の名を汚さぬように頑張ります」と誓約したという。彼女はふだんから食が細かったようだが、摂食障害を起こしたことが少なくても2回ある。一度目は父親を失ったとき、二度目は同じ総合職の女性(東大卒だった)との競争に敗れたときである。経済論壇への登龍門といわれる高松亀吉賞の佳作をうけたのが29歳のときだったが、その2年後には、別会社に出向を命ぜられ、その翌年には渋谷の高級クラブに勤め始めたと思われ、さらに2年後、3年間の出向を終えて東電に戻ったときには、完全に「売春」の生活に入っていたというのである。事件当時は、企画部経済調査室副長という要職にあった。しかも職場でも家庭でも(母と妹との3人家族)、彼女の夜の生活(=売春)を誰もが知っていたという信じられない状況にあった。

 円山町の「白塗り妖怪」といわれた彼女に、何が起こったのだろうか。

 彼女は、経済的理由から売春していたのではない。管理職であったから、年収は一千万ほどあったし、彼女の残した克明な手帳記録によると、0.2万、0.3万の記述もあるという。自らの体を投げ出すかのような数字である。

 では、セックスへの執着があったのだろうか。「セックスはあまり好きじゃない」と彼女自身はいっていたようだ。それはそうだろう。始めのうちこそホテルを利用していたらしい(同じホテルに一日に2回入ったこともあるという)が、出入り禁止とされたホテルもあり(彼女が狼藉を繰り返すからだった)、建物の物陰や駐車場の片隅とかですませることも少なくなかったらしい。事件が起こったのもアパートの誰も住んでいない一室だった。一日に4人と自らにノルマを課し、慌ただしくおこなわれるセックスが彼女を忘我の境に誘うことが幾度あったのだろうか。

 ここでは、あたりまえのことにしか到達しえない。性は、生を映し出す鏡であるということである。終電で帰り、翌朝きちんと家を出ていく彼女にとって、家族とはなきに等しく、家庭は冷え冷えとした空間だったに違いない。一方「売春」の事実を毎日見せつけられる母と妹にとっては、いつか来るであろう破局を恐れての日々が続いていたかもしれない。彼女の周囲に人間関係とよべるものがあったのだろうか。彼女は人生を棄てていたとしか思えない。慶応という学歴も、東電という世間体も彼女を支ええなかった。一時的な自己解放が緩慢な自己解体をともなっていたことにおそらく気づいていただろうが、それを押しとどめる術を彼女はもたなかった。信頼すべき人はすでになく、生きることに意味を見いだす価値観は育まれていなかったからである。

 斎藤学さんの分析。「父に愛着する娘は、父からの愛の充足を夢想する際に、かつての愛の対象であった母への裏切りの罰に怯える。母を捨てて、父と一体化するという、無意識的な幻想は、母の温もりへの裏切りとなるから、意識にのぼりにくい罪の意識とそれに応じた懲罰願望を生む。」(斎藤学『家族の闇をさぐる』小学館)

 「E(注:渡辺泰子)の『堕落』とは、この種の抑制解除であり、『汚濁癖』であったと思われる。特に死の二年前からの彼女の夜の生活は、汚濁の中での生存を自らに課したかのようにすさまじい。Eは客を連れ込んだホテルの部屋を糞尿で汚すという、他人には理解不能な行為を繰り返している。それでもなお、退社後にホテトル嬢をこなしてから定刻に円山町で立ちんぼの売春を行い、四人の客というノルマをこなして井の頭線の終電で帰途につき、翌日は社に出動するというスケジュールヘの忠誠からは離れられなかった。ただし、このスケジュールはもはや、彼女の(注:出世願望という)野望に奉仕するものではない。あるべき自己からの逸脱を世に喧伝し、彼女自身を辱めるための強迫行為となっていた。」(同上)

 佐野さんの結論――。「彼女は自分を処罰することで、母親も処罰した。というより、自分を処罰することでしか、母親を処罰できなかった。東電OL一家の悲劇はすべてそこにあった。」(『東電OL症候群』)

 とはいえ、彼女に感応する女性は少なくないらしい。彼女が毎晩立っていた道玄坂地蔵に手向けられる花が絶えないそうだ。佐野眞一さんが『東電OL症候群』の中で紹介している柴田千晶さんの詩集『空室』(ミッドナイト・プレス)には、そのへんのところが見事に表現されている。私の文章を補って余りあるだろう。

    空  室

 水がゆれて 
 浮かびあがる古い人体図 
 女の體内が
 月にひらかれ
 肉の
 血の
 骨の
 昏さを夜に晒している     

                             

 井の頭線神泉駅前のマクドナルドで、〈彼女〉がいつも立っていたという道玄坂地蔵の場所を尋ねる。 ――三月に、この辺りのアパートの空室で女の人が殺されていた事件、覚えてる?
――……?
アルバイトの女子高生は曖昧な笑顔を浮かべ小首を傾げている。
――その人が立っていたという…お堂が…円山町のどこかに…在るはずなんだけど……。
独り言のようにそうつぶやき、私は店を出て、ふと目に付いた狭い急階段を上ってみる。ホテルペリカン…フェンシング練習場…道玄坂地蔵…道玄坂地蔵…と唱えながら迷路のように入り組んだ路地を歩く。ローソンの袋をぶら下げて〈彼女〉が歩いたはずのこの路地は、どこか書割めいている。細い坂を上りつめると四つ辻が現れ、円山町のホテル街に突き当たる。けれど〈彼女〉が立っていたというお堂は見つからない。四方に延びた路地のどれかを、あとは下るしかないのだ。諦めかけてふり返るとそこに、黒く濡れたように光る道玄坂地蔵が立っていた。

  ここに立つと女はみな
  同じ鍵穴のついた空室になる
  値ぶみするような
  男の視線に
  まともにぶつかり
  私は表札のない空室になる

   *

  立て続けに仕事が駄目になった。データーエントリーの単純仕事は、特別な技術がなくても出来る。二十五歳まで、と、年齢を区切られ、断わられる。そのうちにお中元とお歳暮の仕事しかこなくなるかもしれない。パートのおばさんたちに紛れて、苦情の電話を受けるようになるのだ。
  茅場町のコンビニで夏の新商品のリストを作成した。同じような商品名。中味もさして変わらないのだろう。昼休みは会議室の隅を借りて休憩をとる。新製品のトマト味のカップラーメンを配られるがあっさりとしすぎて美味しくない。
  アルバイトの女の子たちはアパートの空室で殺されていたOLの話をしている。「わかるような気がする」だれかがポツリと言う。〈彼女〉が売春した気持ち。
  霊岸橋を渡る。橋の名の由来はわからない。向こう岸に、死んだ人の魂がすだいているのかもしれない。
   〈わかるような気がする。私も――〉

   *

  路上にしゃがみこみ
  彼女は静かに放尿している
  静かに
  深部を絞り出している
   (寒いわね)
  と、彼女はつぶやく
   (寒いわね)
  と、私も応える
  彼女の空室に
  紙のような夜が
  また
  積み重なる


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