私 の M A C = 相 棒 達
G5紹介(メイン)

私のMAC遍歴(14年) 2008年現在

そもそも私は、コンピューターが大嫌いな、純アナログ人間でした。然し、技術の進歩とは恐ろしいもので、ドラムなんか叩いていたら、『タイミング頂きましたから』とか、『音録らせて頂きましたから』とか、『パターン下さい』とか、『何時も音、使わせて頂いております!』等々、いつの間にか、自分がデーターになってしまい、使われ放題なのである。
それでも私に影響がなければ良かったのだが、、、
私のデーターが大活躍しているのに、私が暇になってどうする!!!
家族は路頭に迷わすわけに行かないし。
そして始めたのが、MACだった。
私から仕事を奪った存在を制覇してこそ、立派な敵討ちになるわけです。
何のこっちゃ・・・

最初に買ったMACは、中古でSE30だった。139800円で、『安いの?』と訊くと、一緒に買い物を仕切ってくれたMAC教教祖様は、『こんな値段で、SE30買ったって言ったら、○○なんて、泣いて悔しがるよ。あいつは是れを100万円近くで買ったんだ!』と言った。
1994年の暑い夏だった。

早速買った事を自慢したら、2週間後に仕事仲間が『私も買っちゃいました』と、カラークラシック2を見せる。新品を129800円で買ったらしい。(▼▼;)

その後SE30は、最初のマシーンだった故か、MAC教教祖様の『この操作以外はしちゃあダメだよ!』という御法度を、軽々と破り続け、システムフォルダの中のものなんか、平気で捨ててみたりして、、、

何度、彼のSADMACを見た事か。(--;)
この頃、私がMACに向かって悪戦苦闘している姿を見ていた為、家族はなかなかコンピューターは難しいものなんだと認知してしまった様だ。SE30との半年間は、短期間だったけど、勉強の日々だった。しかしながら印刷の不具合がどうしても克服できなかった。今弄れば、多分、チョチョイのチョイって感じなのだと思う。余りに弄りすぎて、ある朝、突然彼はハードディスクを認識してくれなくなったのであった。今の知識ならば、多分外部からブートして中をチョチョイのチョイと弄って、復活していたと思う。(実際、買い取りセンターの兄ちゃんがそう言っていた)しかしながら、当時の私には、外付けのHDからブートするという意味すら理解が出来ずに、『MACが壊れた』と思ったのである。『これはもう使えん』と、判断してしまった私は、とうとう中古売却を決意。

1994年12月。秋葉のSofmap買い取りセンターに行き、値段を決めてもらったら、『33000円です』と、涼しく言われる。『そんな馬鹿な!半年前に139800円で、おたくから買ったのに!』と言うと、『うちも商売ですから』と言われ、頭から溶岩が吹き出る。その姿を見ていたMAC使いが、『あの〜〜、もし宜しかったら、SE30を34000円で、売って頂けませんか?セカンドマシンとして大切にしたいので、、、』と横に入る。絶対Sofmapに売りたくなくなっていた瞬間だったので、OKする。

その人は、凄く喜んだ。そしてそのお金を使い、秋葉で一番安かった開店記念の、LC575を189000円で買う。
『やった!良い買い物したぞ!』と思いきや、2ヶ月後には、ドンドン値下がり。
最後には、98000円で売ってやンの・・・
(▼▼)

だがしかし、LC575は、新品だった事も、CD-ROM内蔵だった事もあり、極めて快調だった。印刷も一発OK!シーケンスもバリバリ快調。FAX送受信まで出来た!地獄から天国に昇天した位、MACに気持ちが入る。だんだん快調になってくると、雑誌付録のゲームにまで、手を伸ばしてしまうものだ。
すると子供が寄って来た。仕事の合間でも寄って来て、ゲームをせびる様になる。『これはサブマシーンで、子供を満足させないと、仕事に影響するぞ』と、感じ始める。
1995年春。偶然知り合ったプログラム会社の社長さんから、会社で余っていた
カラークラシック2を、4万円で買う。やったー! 中古個人売買の素晴らしさを、この一件で感じる。

早速家に持ち帰り、カラクラ2を子供のゲーム機にしてやる。恐れをなしていた妻も、カラクラ2の可愛さに、ちょっと興味を持ち始めた。子供は大喜びで遊ぶ。しかし何も知らない(いや、私も知らなかった)子供が磁石を画面にくっつけて、黒丸が画面の中央にできた時は、『ガ〜〜〜〜ン!』とショックを受けた。直って欲しいなあと思い、手でなでたりして、『速くこの黒丸が消えますように』と、おまじないをし続ける。すると徐々に、奇跡的に消えて行った。何故だろう???

まあ、、この件はあまり考えない事にしよう。取りあえず消えて良かった〜〜〜。
中古個人売買に魅せられた私は、念願の
PB165Cを中古購入する。

その頃、13インチ画面用ゲームが流行り始め、画面の小さいカラークラシック2では出来ないもので、子供が喜びそうなものが増えて行った。すると再び子供は、仕事中の私の膝に訪れるようになる。『画面の大きなサブMACでないと遺憾なあ〜〜〜』と考え始める。
そう思っていると、Net上で、『カラークラシック2とLC630を交換希望』の人と知り合う。
私にしてみれば、性能の良い
LC630の方が良かったので、交渉成立!

画面中央の黒丸がやっと消えた、カラークラシック2はLC630に進化する。この交換には、大きな誤算があった。今まで全て一体型ばかり使っていた私は、LC630が、ディスプレーが別である事を知らなかった。交換のLC630が届いて、ディスプレーが無い事に気付き、『交換って、本体だけだったんだ!』と、ショックを受けるが、自分が無知だっただけで、先方に落ち度はなかった。だから秋葉原に即行って、安い14インチを買ってくる。

LC630は、当時としては最新式で、性能が最も良く、仕事も非常に捗る。そして今までメインだったLC575が、子供のゲーム機になった。カラクラ2との交換をした先方からは、凄く感謝される。こちらとしても良い勉強になった。細かい所まで、事前に確認しないといけませんね。それにやっと消えた黒丸の事に関して、前方は気付かない位消えていたので、喜んで頂けて、私も嬉しいです。

しかしながら一年位経って、中古市場を見ると、カラークラシック2は89000円。LC630は3万円となっていた。つまりLC630は、人気一番の商品だったせいもあり、売れすぎている為に、人気が無く安い。それに対して、カラクラ2は、適度の性能と、デザインの良さで、プレミアが付いていたのだ。この様に、かなりのリスクで手にしただけに、性能も良かったし、LC630は、結構長い間使い続けました。

(余談ですが、私の知り合いが、私の影響でPB520を買うが、砂場で故障。売るというので、修理を受けて、引き取る。これは多くの友人を経由し、しばらく私の家に仮住まいしていましたが、再び、先日旅立ちました。)

一人の女後輩が、MACをどうしても欲しいというので、PB165Cを譲る。

PowerPCの波が、仕事に影響し始め(私の使っているシーケンサーPerformerが6へのバージョンアップの際に、PowerPCネイティブになり、新機能であるオーディオ録音機能がPowerPCでないと使えない事になった)、メインマシンとして、
1997年の秋。
Performa6410を購入する。

と同時に、インターネットをしたいという友人にLC575を譲る。
子供のゲーム機として、LC630が就任する。
知り合いが、Performa6210を手放したいというので、LC630を更に人に譲り、
1997年の冬。
Performa6210を子供のゲーム機に昇進。PowerPCのゲームが出来るようになる。当時は、PowerPCじゃないと出来ないみたいなゲームやソフトが、これ見よがしに出た時期だった。

1998年3月。叔父がインターネットをしたいというので、Performa6410を売却。
PowerMac4400を買う。しかし、FDDに不具合。初期不良だ。2週間使って、不良と断定。返品かてがて、MACユーザーの換言もあり、清水の舞台から飛び降りて、G3233DT購入。じいさんは凄かった!

全てがスイスイ動いたので、仕事上のストレスも全部吹き飛んだ。
益々MACが手足と化していく。

その後、しばらく安定期に入るが、吾が敬愛するスティーブジョブス氏の戦略にまんまと填り、
1998年8月29日=発売日に、
iMacボンダイブルーRev.Aを購入。

iMacは、家族受けが非常に良かった。これにより、家族はMACをゲーム以外でも使い始めたと言っても過言ではない。

PowerBookは、後輩に譲ってしまった後、かなり長い間、持っていなかったが、電車通勤の時間が長い事もあり、どうしてもPowerBookが欲しくなり、
1999年の春。
PB5300csを、学生さんから購入。

Performa5210を、この頃Net上で買って、上京してきて、インターネットをしたいという人にセットアップしてあげました)

昨年冬に義理の弟が、メールをしたいというので、Performa6210を破格値で譲る。

この春に後輩が、デザインの仕事をする為に、性能の良いMACを購入する事になり、
G3を破格値で譲る。この2つを売った資金も使い、
2000年2月6日。
メインマシーンとして、G4350AGP購入!
 う〜〜〜〜ん、凄いが、、、速過ぎた!  そして早過ぎた!

ソフトが着いていかない。4ヶ月間、バグりまくる。システムの構成もいろいろと弄り、アップデーターが出て、難無く解決してみたり、(▼▼;),,,
取りあえず、しばらくおもちゃ状態。。。。仕事が中断する事も多かった。

じいさんの方が、小慣れていたと言えば、その通り。。。やっと6月辺りから、全てのアップデーターが出揃い、使えないソフトは、古いMACにインストールし直し、そちらでこなす事にしたり、G4ならではのスピードを活かせるソフトを選別して、何となく家のMAC全体が納まる。

納まると、、、やはりG4は、凄いマシーンだ。當にスーパーコンピューター。使える!
2000年の5月頃、ColorQcamを手放し、交換で入手した
LC630が、FAXの受信機になる。古いMACも、一杯ユーザーが居るんだし、逆に68ネイティブのソフトなんかは、かなり快適に動いたりする。ちょっと前まで、メインで使っていた奴だしね。これが巷で現在、4000円で中古販売されている訳だから、勿体ないというか、、、良い時代と言いましょうか、本当にコンピューターの価格ほど、訳が分からないものはありません。
2000年の7月。長年憧れていたB5サイズの
PB2400cを、7月に公務員さんから購入。

残念ながら、Fax受信機のLC630が、ブレイカーと共に落ちまして、HDがお亡くなりになり、(;_;)Faxデーターが無くなってしまったので、買い取りセンターにて処分する。

2000年の10月。やはり信頼性の高いものをFax受信機にせねばと思い、思い切って、PB2400cをFax受信機にし、PBG3ブロンズを中古購入する。 性能抜群のモバイルロールスロイスに、感動!

余談だが、この頃より妻が働きたいと言いだし、何と面接の結果、不動産屋のコンピューター主任になり、イラストレーター使いになる。人間やる気になれば、変われるものです。あれ程コンピューター嫌いだった妻なのに、今やMACのプロ。これも一重にiMACが可愛かったからに相違ありません。そう言えば、私もコンピューター嫌いだったんだよなあ。。。

2000年の冬。話は更に進み、妻の仕事も軌道に乗りつつあり、G4でDVD鑑賞を時々していましたが、私の楽器スペースが狭い為、家族全員でDVDを見れないのでありました。そんな悩みを感じつつ、APPLEのフラワーパワーが炸裂し、突然CD-RWを搭載し始めた為、『おお?!是れはチャンス!』とばかりに、一世代前のiMacDVグラファイトを底値でGet!

安かった〜〜〜〜(^_^)♪

茶の間に彼は鎮座し、台を買って、角度と向きを変えられる様にし、妻のいす用にも、家族全員用にも、即座に変身できる様にして、家族でDVD鑑賞が出来る様になったのでした。

2001年3月19日。
そんな中、仕事関係の新たなる流れにより、Firewireのオーディオインターフェイスに対応すべく、愛しのブロンズ娘を嫁に出して、
PBG3Pismo2000を中古購入した。

最近の私のMACの買い方は、定着してきました。
これもG4新規購入時の『ソフトがついて行かない』ショックに学んだ結論でした。

『底値に落ちた一世代前を買い、安定したソフト環境で満喫し、二世代前になったら売却して、次の一世代前を購入する』

一見沢山羽振りよく買っている様に見えて、実は、一世代前の価格と二世代前の価格は、さほど差額が大きくない為、経済的には、『新品を買って5年使う』よりも、時代の流れについて行け、更にお金が其れ程、『減らない』回転なのでした。
買い続ければお金がかかりますが、売り続ければお金が入ってくるんです。(^_^)b

ところがなかなか手放せないのが、発売日購入のiMacボンダイ!
あの、時代をスケルトンに変えた歴史的衝撃的デビューものは、中学入学の長男専用にしました。

時は流れ、2001年5月1日。それは衝撃的な新型iBookの発表の日でした。

このあまりにも衝撃的なノートを見て、時代の新しい扉が開いてしまった事に打ちのめされた私の前に、急遽一人の女後輩が、パソコンを探しているという連絡をしてきたのです。
見回すと、抜群の性能を誇りながらも、FAXの受信機として、じっとしている
PB2400cが、出番を待って居るではありませんか。
時代の流れから、全てのMACをFIREWIRE化しつつある今の私は、もはや彼を満足させてやれないと確信し、私はその後輩に出世払いの破格値で、B5版の往年の名機=PB2400cを譲りました。5月5日でした。彼は、新しい持ち主に、大切に持ち帰られたのでした。やはり最初の一台なればこそ、働ける事でしょう。私も後輩も2400も皆、幸せになりました。(^_^)b

時は流れ、2002年2月2日。時代は1月8日に衝撃的な第二世代の電気スタンドiMacが発表されました。我が家は昔の同業者からS3200というAKAIのサンプラーを中古購入し、標準SCSI搭載マシーンが一台もない中、にわかにPB2400cの存在が愛しく感じられる時節になりました。 そんな頃後輩の方から、やはりメインマシーンとしては力不足のPB2400cをボンダイiMacと交換する事は、喜ばしい事である旨の返事をもらい、交渉成立。長年家族の愛機であった、スケルトン革命の元祖=ボンダイiMac.Rev.Aは、後輩の家に嫁入りして、PB2400cが我が家に戻ってきました。彼はMESAというS3200統括ソフトを稼働させるSCSI統括マシーンとして、返り咲いたのでした。

更に、2002年2月22日。本来iMacTFTを予約したのだが、初期入荷で手に入らなかった事で土が付き、考えてみると、どうしてもメインの遅さが気になり出す。
今後の事も考えて、思い切ってメイン機の更新に踏み切り、
933MHz PowerMac G4を購入!

その際に350MHzG4及び、それにこのHPの拡張手術で紹介していた、
拡張もの達の殆どが、共に売り出されました。

G4/2002を購入して、先ずDVDを焼いてみました。
総映像時間約35分のDVDをコンバートするのに69分。
その後の複製は16分で終わりました。
飛躍的なスピードアップと、始めてメイン機に17インチ液晶ディスプレイを迎え、その鮮明さと、目の疲れなさ具合に、沸々と感動。

2002年6月20日。ボーナスの朝。私は決断した。背中に背負い続けたPismoによる肩こり。。。性能が良いという事も、持ち運ぶという移動中の作業に於いて、求められる最大の理由とはならなかった。たとえ多少高度な処理において劣ったとしても、充分なスペックとなりつつあるNew iBookは、更に700のCPUとコンボドライブを備えた。
仕事関係の親しい仲間にPismoを譲り、この日、私は12インチの
小型iBook(CPU=
700)を購入した。

なんと可愛くて、軽いのだろう。そして明らかに頑丈だ!
1024x768の画面表示が出来るから、結局顔を近づければ、同じ事。全く画面の小ささは気にならない。逆にDVDが、凝縮された画面に鮮明に映ったりする。重作業は全てG4でやり、気軽なモバイルが、このiBookにより、更に楽しくなりそうだ。

2003年1月25日。既にPBG4の12と17が発表され、今後の出荷MACは、全てX起動のみになる時代が始まった瞬間に、私のiBookは深刻なバグを表明した。バッテリー寿命が稼働時間10分という異常な短かさになってしまった。これはNetで話題になった症状でもある。
55%位まで来て、突然『あと10秒でスリープ・・』ダイアログが出る。
そこで考えたのが、去年暮れにバージョンアップされたiBook9起動最終版への更新である。
現時点でDigital Performer3.1.1Jとプラグインが、未だXに対応していないが故である。
おりしも5の付く日は中古の日だった。買取金額15%アップの瞬間に偶然出会い、極めて安い価格でiBookは、800CPUと30GBHDDに昇進したのでした。

2003年3月29日。引き続き底値を狙う習性を持つ私の前に、とんでもない逸品が登場する。なんとOS9起動最終機種であるNew iMac17インチの800が、店頭処分の最後の一台でノジマ八王子南店に残っていた! 価格は、底値中の底値! 前から家族でDVDを見るには、最高のマシーンであると思っていた為、購入に踏み切るのであった。DVDも焼ける為、デジタルライフ的家族兼用ホビーマシーンのメインになりそうです。

2003年4月6日。New iMacに座を譲ったiMacDVグラファイトは、
Performa5430とiBookタンジェリンを使用している二番目の兄の家にお嫁に行きました。新たな家族のメインマシーンとして、活き続ける事を祈って。

2003年10月25日。この日は、Panther(Mac OS10.3)の発売日であり、又新たなる歴史として、iBookG4(12インチCPU800Pantherプリインストール9起動不可)の発売日であった。
今まで長い間、MACを使ってきた私にとって、やはりOS9で起動できる環境を一つ残しておく事は、とても必要だと思う。そして、最終機種を買ったつもりがどんどん裏切られ続け、そんな中G5も現れ、OSXの世界で殆どの事が出来始めると、もう将来的にメインマシーンはG5への道しかあり得ない。
そんな中のiBookG4の出現は、同時にノートブックのOS9起動が終わった事を意味した。しかもメモリーもAirMACカードも進化しているので、新しい機種への使い回しは出来ない。
そんな私が最終機種を一台残しておきたい衝動に駆られている中、突然運命的な出逢いとして目の前に現れたのが、なんと、、、
12インチiBookCPU900HDD40GBのコンボドライブという
MacOS9起動最終機種の展示品最後の一台大放出セールであった。iBookは中古市場でも需要が多い為、買い取り価格は高いにも関わらず、iBookG4が124800円で出てしまった為、早くiBookG4を並べる為には、それよりもグッと安く出して、早くiBookCPU900を売らなければならない店の事情と、私のiBookのメモリーとAirMACカードをそのまま流用できてしまい、CPUが100早くなり、HDDが10GB増え、何よりも、新品で9起動最終機種が手に入るという話は、見事シンクロしてしまったのである。交渉の結果、5年保証付き消費税込み2万円ポッキリの出費にて、私のiBook800は下取りされて、iBook900が、私の新たなるサブマシーンになった。
當に『ハードウエアアップグレード』と言った感である。ノジマ八王子南店さん有り難う!

2004年2月1日。長年の貯金を叩き、更に古いハードを売り払って、G4も知り合いにお嫁に出し、念願のG5(CPU1.8GBデュアル)を購入する。音源をMachFiveに集約ソフト化した。SCSIも卒業しようとは思ったものの、金銭的な節約の為、PCI-X対応のボードを挿したところ、結構速くて使える事が判明した。クラシックが10秒で立ち上がる。あとはG5体験レポートページに書くが、今までCPUを振り切って出来なかった事が、CPU半ばで楽々実現した。
それと特筆すべき事は、G5本体の音が静かである事。G4QSの掃除機並みのファン音から解放された耳の安らぎは、G5になって初めて実感する。

2月14日朝、信じられない事が起きる。まさかのHD初期不良により、G5は突然内蔵HDがお亡くなりになってしまった。G5体感レポートファイルを始め、作業中のファイルが消えた。やはり新品を信頼しすぎてはいけない。日々のバックアップの大切さを改めて叩き込まれた。
こうして、G5は購入2週間にして、新品と交換になった。

2月15日。多くのハードを売り払い、もはや存在意義が無くなってしまったPM2400cを、中古パソコン店を開店した知人に餞別として破格値で売りに出した。これで我が家のMACは、【メイン】【家族】【モバイル】と言う、非常に立場の明確な3台体制になったのである。

2005年1月7日。WacworldExpo直前に、アップルは既発製品の大幅値下げを行った。当然、新製品発表+販売前の在庫処分らしさがプンプンと臭うのだが、そんな事はどうでも良い。
ずっと20インチシネマディスプレイは欲しかった。作業場が広い程、作業効率は上がる。
今回の値下げと、仕事場の親しきMacユーザーが17インチお嫁入りを快諾してくれ、我が家のメインG5の顔が、20インチにアップグレイドされた。

2005年6月5日。既に4月29日にTigerが発売され、MACユーザーもOSXに乗り換えが主流となった今、ふとヤフオクを覗くと、往年の名機達が安く出品されている。考えてみれば、家族用のiMacG4は、FAXを受信する為に朝から夜まで付けっぱなしにしており、その電気代が気になっていた時期でもある。

3年前に抜群の性能を誇りながらも、重さでiBookに負けて我が家から旅立ったものの、やはりPBG3の黒くて流線形のデザインは、我が家にインテリアとして存在する価値があると思い始め、ヤフオクを覗き続けて数日の後に、とうとう我が家には、26000円で落札されたPowerBook G3(Lombard CPU333)が届いたのであった。

やはりデザインが良い!これはOS9保存版にもなり得るし、iBookが故障した際のモバイルサブともなり得る等と、衝動的に購入した理由を自分なりに肯定化する。そして彼はiMacG4に替わって、FAX受信の重責を担うのであった。省電力化推進!

(なお、翌6日Appleは、IntelのCPUを今後2年間で完全移行導入する事を正式発表した)

更に6月19日。iBookの調子が悪く、深刻な事態に突入する。電車で膝の上に乗せていると、突然画面が真っ暗になる症候群の頻度が、一日3回に達する。再起動して復活するという複雑怪奇現象。気が付くと、LombardはFAX受信機としての地位を確立し、持ち出せる状態ではなくなっていた。

そんな理由でPowerBook G3(Pismo CPU500)落札。Lombardとの差別化を図る為、ドライブをマルチドライブにし、無線LANカードも導入し、モバイル機として育てる。そしてiBookは7月6日に修理に出た。

8月8日。iBookは長い修理期間を終えて帰って来るも、原因不明の見込み修理により、症状再発。というより更に悪化。再度16日に、修理に旅立つ。
Pismoを買って、本当に良かった。

時間は更に経ち、2006年3月18日。

この年の1月初頭に初代のIntel MacであるiMacが発売され、MacBookPro、そしてIntelMacminiが発売された。世の中の新しいもの好きな皆さんは、当然これから始まるインテルマックへ興味が行くが、私の仕事上不可欠なソフトであるDPの次期バージョン5は、『PowerPC版』である事が発表された。しかも新機能は高スペックが求められる事が容易に予想がつくものである。

私の購買思想が、この時代にぴったりとはまったのである。

新しいもの好きなMacユーザーがヤフオクで手放そうとしている高スペックPowerBookG4は、私からしてみれば、たわわに実った果実みたいなものであった。しかも破格値で手放している。当然、冗談半分に入札を試みた。まさかと思う値段で落札してしまった。。。!
そんなわけで、PowerBookG4 1.5GHzを思いがけず入手してしまう!

時間は更に経ち、2006年4月中旬の朝。

突然、妻が『iMacが真っ暗のままなんだけど』と、言ってくる。調べた結果、ディスプレイがお亡くなりになってしまった様だ。iMacはアップルへと修理に出された。しかし1ヶ月近くの間、修理状況が、『部品の注文中』で止まったままだった。乗り換えキャンペーンの期日が迫る中、修理完了予定を明確に知りたいと、アップルを問いつめた所、アップルは最終的に部品の調達が間に合わない事を理由に、最新式のiMac 17" Intel Core Duo 1.83GHzを、私の所へ、無償新品交換としてプレゼントしてくれた。

もしかして、この様にホームページを通じて、アップル製品の啓蒙を行っている功績に対するモニター的抜擢だったのだろうか?

何はともあれ、太っ腹なアップル様に感謝!そして乾杯! 

そんなわけで、2006年5月26日。我が家には電気スタンドiMac君の代わりに
iMac 17" Intel Core Duo 1.83GHzが、家族MACとして君臨したのであった。

そして、2006年6月23日

実は、私にMACを教えてくれた御教祖様のバンドに入りまして、そのバンドリーダーに
Lombardは、モバイル機として贈呈されました。

そして、2007年3月末日

LC575時代にゲームをせびった長男が、大学に入学。
入学のプレゼントにiBookが贈呈された。

そして、2007年11月9日

改めて、オークションでキーボード無しジャンクとして売られていたLombardに出会う。

やはりPismoをFAX機にしておくには、惜しいと思う。そしてジャンクなLombardは3900円で落札され、キーボード単品も3900円で別途落札された。二つは合体し、新たなるFAX受信機になったのであった。

そしてPismoがOS9起動保存版になった。

2008年に入り、我が発明品のデモライブを4月6日に無事成功させ、その編集時に多くの故障が起きる。結局モバイルとして、活躍していたPowerBook G4は、ある日突然DVDとCDを認識しなくなった。多分ドライブの故障と思われる。さてさて、ずっと移動中に活躍した彼も酷使の末、外部のアルミが歪んでおり、人に譲れない外観である。アップルに修理に出せば、確実に5万円コースであろう。CPUもインテルになってから、時間が経ち、PowerPCの時代は、確実に終わりが見え始めている。ロゼッタがあるから、今までのPowerPC版ソフトは動くのだが、やはり純正PowerPCノートは、一台保管するべきと思うと同時に、次の時代を垣間見る必要性を感じていた矢先、自己バンドのキーボード担当が、MacBook Blackを手放してMacBookProに行きたがっていた。薄くてヤワなアルミ外装を、PowerBook G4で体験済みの私としては、黒デザインで頑丈で小さくて軽いMacBook Blackの方が、MacBookProよりも、全然魅力的なのである。

2008年5月20日。
そんな訳で、音楽専用モバイルノートとして、MacBook Blackが、私の元に中古譲渡されたのであった。

後日談。
MAC Magicが起きた。良くMac使いの間では、『MACは本当は生きていて感情を持っている』と言われるマジックが、時々起きる。今回、PowerBookG4は、DVDを認識しなくなった事から、持ち主に保管MACに指定され、モバイルの地位を
MacBook Blackに奪われたのであった。そして2週間近く、彼は電源すら入れて貰えなかった。しかし6月2日の朝、やっと電源を入れて貰えた彼は、DVDを以前と変わらず、全く問題なく認識したのであった。。。

これぞMAC Magic!!

2008年10月9日。

Digital Performer6が発売され、それをインストールしてみると、MainStageというリアルタイムエフェクトプラグインソフトで、今まで出来ていたエフェクトドラムの設定が、突然CPUを振り切ってしまった。
これはどうした事か?ソフト同士の相性の問題かも知れない。しかしこういう事が起きるのも、時運を告げるお知らせかも知れない。やはりCPUを振り切らない様に心配しながらエフェクト設定している事による自由度の制約は、今後の開発に大きく陰を齎すものでしかない。そんな事を思いあぐねている所で、突然アップルの整備調整済みMAC販売コーナーに人気の高い筈のMacBookBlackが安い値段で登場した!

これは買うしかないのであった。一晩悩んだ末、明朝見ても私を待っていてくれている。
これを運命と決め、MacBookBlack(FB404J/A)を格安で購入した。

その僅か6日後、アップルはユニボディと称し、アルミ削り出しのMacBookを発表すると同時に、13インチマックノートからFireWireポートを廃止したのであった!

何という神ががりな購入タイミングなのだろう。買って良かった!

今まで使っていたMacBookも、リアルタイムエフェクトコンパクトドラムみたいな、CPUを酷使しなければいけない使用をしない限り、充分素晴らしいノートの為、古き音楽仲間である友人に譲る事になった。

2009年12月14日。

この頃に、iMacが故障して、新しいiMacになったと思います。

コンパクトエレキドラムセットVMXを購入して下さったユーザー様に、PowerBookG4を中古譲渡。

2010年になって、ユニボディのMacBookProを買いました。

Pismoは、しばらく電源を入れていなかったら、立ち上がらなくなりました。iBookが一時、画面が起動しなくなる故障になり、インターネットで調べたら、ロジックボード上の接触不良で、リコール対象だった物が期限切れになったものと判明。さすがMACユーザー魂は、消えていなかった! インターネット上で調べると、『開腹して、ロジックボードの真下の位置にアルミホイルで1円玉を2個包んで貼り、元に戻すと何故か治る』というユーザー情報をゲット!

半信半疑で試してみたら、見事復活! やったね!

現在に至って、自宅には6台のMACが、夫れ夫れの役割を分担しながら稼働しております。

MACは、使いやすい。それだけ!

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