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私のMAC遍歴(14年) 2008年現在 そもそも私は、コンピューターが大嫌いな、純アナログ人間でした。然し、技術の進歩とは恐ろしいもので、ドラムなんか叩いていたら、『タイミング頂きましたから』とか、『音録らせて頂きましたから』とか、『パターン下さい』とか、『何時も音、使わせて頂いております!』等々、いつの間にか、自分がデーターになってしまい、使われ放題なのである。 最初に買ったMACは、中古でSE30 早速買った事を自慢したら、2週間後に仕事仲間が『私も買っちゃいました』と、カラークラシック2を見せる。新品を129800円で買ったらしい。(▼▼;) その後SE30は、最初のマシーンだった故か、MAC教教祖様の『この操作以外はしちゃあダメだよ!』という御法度を、軽々と破り続け、システムフォルダの中のものなんか、平気で捨ててみたりして、、、 何度、彼のSADMACを見た事か。(--;) 1994年12月。秋葉のSofmap買い取りセンターに行き、値段を決めてもらったら、『33000円です』と、涼しく言われる。『そんな馬鹿な!半年前に139800円で、おたくから買ったのに!』と言うと、『うちも商売ですから』と言われ、頭から溶岩が吹き出る。その姿を見ていたMAC使いが、『あの〜〜、もし宜しかったら、SE30を34000円で、売って頂けませんか?セカンドマシンとして大切にしたいので、、、』と横に入る。絶対Sofmapに売りたくなくなっていた瞬間だったので、OKする。 その人は、凄く喜んだ。そしてそのお金を使い、秋葉で一番安かった開店記念の、LC575 だがしかし、LC575は、新品だった事も、CD-ROM内蔵だった事もあり、極めて快調だった。印刷も一発OK!シーケンスもバリバリ快調。FAX送受信まで出来た!地獄から天国に昇天した位、MACに気持ちが入る。だんだん快調になってくると、雑誌付録のゲームにまで、手を伸ばしてしまうものだ。 早速家に持ち帰り、カラクラ2を子供のゲーム機にしてやる。恐れをなしていた妻も、カラクラ2の可愛さに、ちょっと興味を持ち始めた。子供は大喜びで遊ぶ。しかし何も知らない(いや、私も知らなかった)子供が磁石を画面にくっつけて、黒丸が画面の中央にできた時は、『ガ〜〜〜〜ン!』とショックを受けた。直って欲しいなあと思い、手でなでたりして、『速くこの黒丸が消えますように』と、おまじないをし続ける。すると徐々に、奇跡的に消えて行った。何故だろう??? まあ、、この件はあまり考えない事にしよう。取りあえず消えて良かった〜〜〜。 その頃、13インチ画面用ゲームが流行り始め、画面の小さいカラークラシック2では出来ないもので、子供が喜びそうなものが増えて行った。すると再び子供は、仕事中の私の膝に訪れるようになる。『画面の大きなサブMACでないと遺憾なあ〜〜〜』と考え始める。 画面中央の黒丸がやっと消えた、カラークラシック2はLC630に進化する。この交換には、大きな誤算があった。今まで全て一体型ばかり使っていた私は、LC630が、ディスプレーが別である事を知らなかった。交換のLC630が届いて、ディスプレーが無い事に気付き、『交換って、本体だけだったんだ!』と、ショックを受けるが、自分が無知だっただけで、先方に落ち度はなかった。だから秋葉原に即行って、安い14インチを買ってくる。 LC630は、当時としては最新式で、性能が最も良く、仕事も非常に捗る。そして今までメインだったLC575が、子供のゲーム機になった。カラクラ2との交換をした先方からは、凄く感謝される。こちらとしても良い勉強になった。細かい所まで、事前に確認しないといけませんね。それにやっと消えた黒丸の事に関して、前方は気付かない位消えていたので、喜んで頂けて、私も嬉しいです。 しかしながら一年位経って、中古市場を見ると、カラークラシック2は89000円。LC630は3万円となっていた。つまりLC630は、人気一番の商品だったせいもあり、売れすぎている為に、人気が無く安い。それに対して、カラクラ2は、適度の性能と、デザインの良さで、プレミアが付いていたのだ。この様に、かなりのリスクで手にしただけに、性能も良かったし、LC630は、結構長い間使い続けました。 (余談ですが、私の知り合いが、私の影響でPB520 一人の女後輩が、MACをどうしても欲しいというので、PB165Cを譲る。 PowerPCの波が、仕事に影響し始め(私の使っているシーケンサーPerformerが6へのバージョンアップの際に、PowerPCネイティブになり、新機能であるオーディオ録音機能がPowerPCでないと使えない事になった)、メインマシンとして、 と同時に、インターネットをしたいという友人にLC575を譲る。 1998年3月。叔父がインターネットをしたいというので、Performa6410を売却。 全てがスイスイ動いたので、仕事上のストレスも全部吹き飛んだ。 その後、しばらく安定期に入るが、吾が敬愛するスティーブジョブス氏の戦略にまんまと填り、 iMacは、家族受けが非常に良かった。これにより、家族はMACをゲーム以外でも使い始めたと言っても過言ではない。 PowerBookは、後輩に譲ってしまった後、かなり長い間、持っていなかったが、電車通勤の時間が長い事もあり、どうしてもPowerBookが欲しくなり、 (Performa5210 昨年冬に義理の弟が、メールをしたいというので、Performa6210を破格値で譲る。 この春に後輩が、デザインの仕事をする為に、性能の良いMACを購入する事になり、 ソフトが着いていかない。4ヶ月間、バグりまくる。システムの構成もいろいろと弄り、アップデーターが出て、難無く解決してみたり、(▼▼;),,, じいさんの方が、小慣れていたと言えば、その通り。。。やっと6月辺りから、全てのアップデーターが出揃い、使えないソフトは、古いMACにインストールし直し、そちらでこなす事にしたり、G4ならではのスピードを活かせるソフトを選別して、何となく家のMAC全体が納まる。 納まると、、、やはりG4は、凄いマシーンだ。當にスーパーコンピューター。使える! 残念ながら、Fax受信機のLC630が、ブレイカーと共に落ちまして、HDがお亡くなりになり、(;_;)Faxデーターが無くなってしまったので、買い取りセンターにて処分する。 2000年の10月。やはり信頼性の高いものをFax受信機にせねばと思い、思い切って、PB2400cをFax受信機にし、PBG3ブロンズ 余談だが、この頃より妻が働きたいと言いだし、何と面接の結果、不動産屋のコンピューター主任になり、イラストレーター使いになる。人間やる気になれば、変われるものです。あれ程コンピューター嫌いだった妻なのに、今やMACのプロ。これも一重にiMACが可愛かったからに相違ありません。そう言えば、私もコンピューター嫌いだったんだよなあ。。。 2000年の冬。話は更に進み、妻の仕事も軌道に乗りつつあり、G4でDVD鑑賞を時々していましたが、私の楽器スペースが狭い為、家族全員でDVDを見れないのでありました。そんな悩みを感じつつ、APPLEのフラワーパワーが炸裂し、突然CD-RWを搭載し始めた為、『おお?!是れはチャンス!』とばかりに、一世代前のiMacDVグラファイト 安かった〜〜〜〜(^_^)♪ 茶の間に彼は鎮座し、台を買って、角度と向きを変えられる様にし、妻のいす用にも、家族全員用にも、即座に変身できる様にして、家族でDVD鑑賞が出来る様になったのでした。 2001年3月19日。 最近の私のMACの買い方は、定着してきました。 『底値に落ちた一世代前を買い、安定したソフト環境で満喫し、二世代前になったら売却して、次の一世代前を購入する』 一見沢山羽振りよく買っている様に見えて、実は、一世代前の価格と二世代前の価格は、さほど差額が大きくない為、経済的には、『新品を買って5年使う』よりも、時代の流れについて行け、更にお金が其れ程、『減らない』回転なのでした。 ところがなかなか手放せないのが、発売日購入のiMacボンダイ! 時は流れ、2001年5月1日。それは衝撃的な新型iBookの発表の日でした。 このあまりにも衝撃的なノートを見て、時代の新しい扉が開いてしまった事に打ちのめされた私の前に、急遽一人の女後輩が、パソコンを探しているという連絡をしてきたのです。 時は流れ、2002年2月2日。時代は1月8日に衝撃的な第二世代の電気スタンドiMacが発表されました。我が家は昔の同業者からS3200というAKAIのサンプラーを中古購入し、標準SCSI搭載マシーンが一台もない中、にわかにPB2400cの存在が愛しく感じられる時節になりました。 そんな頃後輩の方から、やはりメインマシーンとしては力不足のPB2400cをボンダイiMacと交換する事は、喜ばしい事である旨の返事をもらい、交渉成立。長年家族の愛機であった、スケルトン革命の元祖= 更に、2002年2月22日。本来iMacTFTを予約したのだが、初期入荷で手に入らなかった事で土が付き、考えてみると、どうしてもメインの遅さが気になり出す。 その際に350MHzG4及び、それにこのHPの拡張手術で紹介していた、 G4/2002を購入して、先ずDVDを焼いてみました。 2002年6月20日。ボーナスの朝。私は決断した。背中に背負い続けたPismoによる肩こり。。。性能が良いという事も、持ち運ぶという移動中の作業に於いて、求められる最大の理由とはならなかった。たとえ多少高度な処理において劣ったとしても、充分なスペックとなりつつあるNew iBookは、更に700のCPUとコンボドライブを備えた。 なんと可愛くて、軽いのだろう。そして明らかに頑丈だ! 2003年1月25日。既にPBG4の12と17が発表され、今後の出荷MACは、全てX起動のみになる時代が始まった瞬間に、私のiBookは深刻なバグを表明した。バッテリー寿命が稼働時間10分という異常な短かさになってしまった。これはNetで話題になった症状でもある。 2003年3月29日。引き続き底値を狙う習性を持つ私の前に、とんでもない逸品が登場する。なんとOS9起動最終機種であるNew iMac17インチの800 2003年4月6日。New iMacに座を譲ったiMacDVグラファイト 2003年10月25日。この日は、Panther(Mac OS10.3)の発売日であり、又新たなる歴史として、iBookG4(12インチCPU800Pantherプリインストール9起動不可)の発売日であった。 2004年2月1日。長年の貯金を叩き、更に古いハードを売り払って、G4も知り合いにお嫁に出し、念願のG5 2月14日朝、信じられない事が起きる。まさかのHD初期不良により、G5は突然内蔵HDがお亡くなりになってしまった。G5体感レポートファイルを始め、作業中のファイルが消えた。やはり新品を信頼しすぎてはいけない。日々のバックアップの大切さを改めて叩き込まれた。 2月15日。多くのハードを売り払い、もはや存在意義が無くなってしまったPM2400cを、中古パソコン店を開店した知人に餞別として破格値で売りに出した。これで我が家のMACは、【メイン】【家族】【モバイル】と言う、非常に立場の明確な3台体制になったのである。 2005年1月7日。WacworldExpo直前に、アップルは既発製品の大幅値下げを行った。当然、新製品発表+販売前の在庫処分らしさがプンプンと臭うのだが、そんな事はどうでも良い。 2005年6月5日。既に4月29日にTigerが発売され、MACユーザーもOSXに乗り換えが主流となった今、ふとヤフオクを覗くと、往年の名機達が安く出品されている。考えてみれば、家族用のiMacG4は、FAXを受信する為に朝から夜まで付けっぱなしにしており、その電気代が気になっていた時期でもある。 3年前に抜群の性能を誇りながらも、重さでiBookに負けて我が家から旅立ったものの、やはりPBG3の黒くて流線形のデザインは、我が家にインテリアとして存在する価値があると思い始め、ヤフオクを覗き続けて数日の後に、とうとう我が家には、26000円で落札された やはりデザインが良い!これはOS9保存版にもなり得るし、iBookが故障した際のモバイルサブともなり得る等と、衝動的に購入した理由を自分なりに肯定化する。そして彼はiMacG4に替わって、FAX受信の重責を担うのであった。省電力化推進! (なお、翌6日Appleは、IntelのCPUを今後2年間で完全移行導入する事を正式発表した) 更に6月19日。 そんな理由で 8月8日。 時間は更に経ち、2006年3月18日。 この年の1月初頭に初代のIntel MacであるiMacが発売され、MacBookPro、そしてIntelMacminiが発売された。世の中の新しいもの好きな皆さんは、当然これから始まるインテルマックへ興味が行くが、私の仕事上不可欠なソフトであるDPの次期バージョン5は、『PowerPC版』である事が発表された。しかも新機能は高スペックが求められる事が容易に予想がつくものである。 私の購買思想が、この時代にぴったりとはまったのである。 新しいもの好きなMacユーザーがヤフオクで手放そうとしている高スペックPowerBookG4 時間は更に経ち、2006年4月中旬の朝。 突然、妻が『iMacが真っ暗のままなんだけど』と、言ってくる。調べた結果、ディスプレイがお亡くなりになってしまった様だ。iMacはアップルへと修理に出された。しかし1ヶ月近くの間、修理状況が、『部品の注文中』で止まったままだった。乗り換えキャンペーンの期日が迫る中、修理完了予定を明確に知りたいと、アップルを問いつめた所、アップルは最終的に部品の調達が間に合わない事を理由に、最新式の もしかして、この様にホームページを通じて、アップル製品の啓蒙を行っている功績に対するモニター的抜擢だったのだろうか? 何はともあれ、太っ腹なアップル様に感謝!そして乾杯! そんなわけで、2006年5月26日。我が家には電気スタンドiMac君の代わりに そして、2006年6月23日 実は、私にMACを教えてくれた御教祖様のバンドに入りまして、そのバンドリーダーに そして、2007年3月末日 LC575時代にゲームをせびった長男が、大学に入学。 そして、2007年11月9日 改めて、オークションでキーボード無しジャンクとして売られていた やはり そして 2008年に入り、我が発明品のデモライブを4月6日に無事成功させ、その編集時に多くの故障が起きる。結局モバイルとして、活躍していたPowerBook G4 2008年5月20日。 後日談。 これぞMAC Magic!! 2008年10月9日。 Digital Performer6が発売され、それをインストールしてみると、MainStageというリアルタイムエフェクトプラグインソフトで、今まで出来ていたエフェクトドラムの設定が、突然CPUを振り切ってしまった。 これは買うしかないのであった。一晩悩んだ末、明朝見ても私を待っていてくれている。 その僅か6日後、アップルはユニボディと称し、アルミ削り出しのMacBookを発表すると同時に、13インチマックノートからFireWireポートを廃止したのであった! 何という神ががりな購入タイミングなのだろう。買って良かった! 今まで使っていたMacBookも、リアルタイムエフェクトコンパクトドラムみたいな、CPUを酷使しなければいけない使用をしない限り、充分素晴らしいノートの為、古き音楽仲間である友人に譲る事になった。 2009年12月14日。 この頃に、iMacが故障して、新しいiMacになったと思います。
コンパクトエレキドラムセットVMXを購入して下さったユーザー様に、PowerBookG4 2010年になって、ユニボディのMacBookProを買いました。 Pismoは、しばらく電源を入れていなかったら、立ち上がらなくなりました。iBookが一時、画面が起動しなくなる故障になり、インターネットで調べたら、ロジックボード上の接触不良で、リコール対象だった物が期限切れになったものと判明。さすがMACユーザー魂は、消えていなかった! インターネット上で調べると、『開腹して、ロジックボードの真下の位置にアルミホイルで1円玉を2個包んで貼り、元に戻すと何故か治る』というユーザー情報をゲット! 半信半疑で試してみたら、見事復活! やったね! 現在に至って、自宅には6台のMACが、夫れ夫れの役割を分担しながら稼働しております。 MACは、使いやすい。それだけ! |