ホーム 研究会のお知らせ 隔月刊行誌『プランB』
よびかけ めざすもの 無縁社会から連帯社会へ 活動報告 2010年主要記事
役員 会員の意見・論文 『プランB』31号 2011.2.1
入会のご案内 ご意見はこちら 『プランB』編集委員会

村田光平氏講演会 「原発事故の警鐘 和の母性文明への転換を」報告はこちら

村田光平
力の父性文明から和の母性文明へ──東日本原発震災に直面して 『プランB』34号に掲載(2011.8)

3・11直後のメッセージ

 私は、三月一一日の東日本原発震災が起きた三日後に、次のようなメッセージを発しました。
 福島原発の事故は内外に原発の危険性を改めて警告するものとなりました。原発は運転停止後も崩壊熱を冷やすため三カ月冷却を続ける必要があるとのことですが、まだ予断を許さない今回の事故に関する連日の報道を通じ、世界中が「原発安全神話」から目覚めることは、もはや確実と思われます。
 海外・国内の友人、知人よりお見舞いをいただいておりますが、今回の教訓を生かし、日本として国連倫理サミットを地球の非核化と一層結びつけて実現し、原発ルネッサンスの終焉を含む核廃絶へ向けての大きな流れを作ることに貢献するよう働きかけていきたいと考えております。
 すでに一〇〇万近くの反対署名が集っている浜岡原発の存続は、全ての日本国民から論外と思われるに至ったと思われます。
 さらに、三月二五日にも次のようなメッセージを発しました。
 その可能性がいまだ排除されない原子炉爆発という恐怖の元で、日本国民が原発に対しどのような気持を抱いているかを内外に伝えることは日本の責務と考えます。
 二一日、ルース駐日米大使宛に、二度と今回の日本の悲劇が繰り返されないようにするため、平和利用を含む核廃絶の理念を打ち出す国連倫理サミットの開催を訴えるメッセージを発出し、オバマ大統領への伝言を要請しました。潘基文国連事務総長及びフォーレ駐日仏大使にも同趣旨のメッセージを二二日に発出いたしました。
 四年前になりますが、私は、二〇〇七年七月、新潟中越沖地震直後に、外国人記者クラブでのスピーチをしました。その末尾で次のように話しましたが、まさに3・11後の課題を想起させるものであり、スイスなどで知人の講演で引用されております。
 「原子力の問題は倫理と責任の問題に集約されると思われます。危険であると知りながら原子力施設を他国に輸出することは倫理にかなっているでしょうか?
 危険を承知しながら政策決定者がこのような施設を輸入することは倫理的でしょうか?
 核廃棄物の処分の仕方も知らずに、また何十万人という人員の動員を必要とする事故を鎮圧する備えもなくして、(世界中で)四三〇基以上の原発の稼動を認め放置することは、責任感の欠如と言えないでしょうか?
 このような破局の種を取り除くためになにもしないでいるということは、正義感の欠如ではないでしょうか?
 上に述べたことは、私がかねてより訴えている軍事・民事を問わない地球の非核化の必要性を正当化するものだと思われます。
 われわれは二つの選択の前に立たされております。一つ目は予防措置として地球の非核化を開始すること、二つ目は破局的な災害の発生により、一つ目の選択に追いやられることです」。
 これらの主張は、二〇〇二年に著わした『原子力と日本病』(朝日新聞社)に詳述しております。
 続いて、私が理事を務める地球システム・倫理学会は四月一一日、緊急アピールを発出し、国連倫理サミットの早期開催を呼びかけました(この緊急アピールは、村岡到編『脱原発の思想と活動』に資料として収録されています)。
 倫理の本質は人に迷惑をかけないことです。原発は想像を絶する迷惑をかけるものであることを日本が立証しつつあります。

浜岡原発と世界を脅かす禍根の根絶

 福島原発事故は浜岡原発について警告されていたことが先に起きてしまったのです。二〇〇二年には下河辺淳氏、水野誠一氏、長谷川晃氏を含む六名の連名の声明で浜岡原発の運転停止を訴えました。二〇〇四年からは稲盛和夫京セラ名誉会長、梅原猛氏、坂本龍一氏などに賛同者になっていただき全国署名運動が始められ九二万筆余りが集められました。福島原発事故で悪戦苦闘する状況を目の当たりにして、もし浜岡に原発震災が発生すれば日本はお終いだとの危機感に襲われました。余震が頻発し東海大地震の接近が実感される中で全国署名運動は一〇〇万台到達を目指し拍車がかけられることになりました。フランス留学生からも六〇筆が送られてくるなど盛り上がりを見せ、菅総理、海江田経産大臣を含む関係者への働きかけも強化されました。五月六日に菅総理は中部電力に対し全ての原発の運転停止の要請を行うに至りましたが、その直前の一週間に谷口誠元国連大使、兵藤長雄元外未詳欧亜局長、馬渕睦夫前防衛大学教授、木村敬三日独協会副会長、鬼頭秀一東京大学教授(環境倫理学)、鎌田東二京都大学教授(心の未来研究センター)、中川十郎日本ビジネスインテリジェンス協会会長(日本大学大学院講師)など錚々たる方々が賛同者に加わりました。このような背景を含め、全国署名を一切報じないマスコミは自ら限界をさらけ出した如くです。
 全国署名は浜岡原発の廃炉を目指し続けられます。政府もようやく原子力安全・保安院の経産省からの独立の必要性を認めるに至ったことにより、これまでの安全審査の信頼性が根底より問われるに至りました。日本は国内に存在する世界を脅かす禍根の根絶という新たな責務に取り組まねばならなくなったのです。新しい体制の下での総点検が求められます。

〇三年に「脱原発への試案」

 私が3・11直後にこのようなメッセージを発したのは、かなり前から〈脱原発〉の立場から発言してきたからです。
 二〇〇三年一一月、「脱原発への試案」と題する小文を発表しました。まず国策転換を必要とする理由として、1.マグニチュード8以上の地震が予測される東海地域のど真ん中に存在する浜岡原発の異常性、2.六ヶ所村の異常性(最悪の場合原発一〇〇〇基分の事故を起こしうる再処理工場のずさんな工事)、3.原発のずさんな管理体制(多数の異物の発見、トラブル発生件数の激増)、4.巨大地震発生に伴う原発震災の可能性(すべての原発について想定せざるをえない)、5.倫理と責任に欠ける原子力(地震の被害予測に原発を完全に無視、事故処理体制の欠如、多数の被曝労働者、廃棄物処理法の欠如)の五つを指摘しました。
 脱原発へ向けての具体的方策としては次の六項目を挙げました。
 1.企業、国、国民による「三方一両損」方式のヴィジョン
 2.原子力関係組織の抜本的改組
 3.独占的公益企業である電力会社の在り方の見直し(資金使途の管理強化を含む)
 4.核燃料サイクル政策の見直しに関する国会審議
 5.原発建設及び中間貯蔵施設に関する近隣県の決定参画の立法化(町長の権限見直し)
 6.エネルギー供給構造の抜本的再検討(多消費型ライフスタイルの改革)
 この試案を発表してから八年半になりますが、一向に古くなっていない内容であると考えます。日本の原発政策についてはこれまで上述のものを含め数多くの提言をしてまいりましたが一顧だにされませんでした。聞く耳持たぬこの体制は独裁に通ずるものがあります。
 明治時代に取り入れた競争と対立を特徴とする父性文化は日本を敗戦という破局に導きましたが、終戦により引き継がれたのは経済至上主義という父性思考形態でした。日本の原発政策はまさにこれに立脚していると思われます。脱原発を考えるに際しこの独裁に通ずる父性思考を倫理と連帯を特徴とする母性思考形態に転換することが根本的課題であると思われます。

哲学としての天地の摂理:超自然の意志

 二〇一〇年八月、バーゼルで開催された核戦争防止国際医師会議(IPPNW。一九八五年ノーベル平和賞受賞)の世界大会に「後援委員」として出席し、「究極の破局を未然に防ぐために」と題する講演を行ないました。その結果、八〇カ国に支部を有し二〇万の会員を抱える同医師会議に支援されることになり、その協力を得て国連倫理サミットの開催と地球倫理国際日の創設を訴えております。
 スピーチの骨子は次のようなものでした。
 1.破局へ向かう力の文明から、和の文明への転換の必要性。
 2.母性文化の思考形態に立脚する紛争解決への努力強化の必要性。
 3.今日の文明の危機を招いた倫理の欠如への対応、そして文明転換の第一歩として「地球倫理国際日」の創設。
 4.「原発ルネッサンス」が必要とする安全強化対策として、フランスのノーベル物理学者が五年前に提唱した独立安全監視機関の創設。
 5.核拡散及び核テロ防止に不可欠な核物質管理強化と核物資の拡散により、これを一層困難にする「原発ルネッサンス」との矛盾をいかに解決するのか。
 6.メキシコ湾原油流出大災害を教訓としてグリーンニューディール政策の飛躍的促進を図る。
 このバーゼルでの世界大会での「天地の摂理」への言及は大いに注目されました。
 ここにいう「天地の摂理」──これまでは慣用に従って「天の摂理」と書いていましたが、「天の摂理」は父性的表現なので母性文化的な「地」を加えた新語です──の意味は「哲学としての天地の摂理」です。「宗教としての神の摂理」でもなければ、科学としての「自然の摂理」でもありません。リーマンショック、これに伴う自動車のエコ化及び電化、メキシコ湾の原油流出事件など、人類と地球の存続を確保する方向で「天の摂理」が人間の能力を超えた過酷な事象をもたらし警告を発することを思い知らされます。
 天地の摂理の「法則」とも言えるものは悠久の歴史から見出されると言えますが、若干例示すれば「盛者必衰の理」、「絶対権力は絶対に腐敗する」、「全ての人をいつまでも騙すことは不可能である」、「天は善き思いを助ける」などを挙げることができます。
 この講演で、「天地の摂理」についての私の読みに立脚したものとして、「核の大惨事の発生の可能性を憂慮せざるを得ません。このような究極の破局を未然に防ぐためにこそ人類の叡智を動員しなければならないのです」と述べました。この懸念は東海大地震に脅かされている浜岡原発について警告していたことが福島原発で先に起こるという形で現実のものとなってしまいました。
 悠久の歴史は、この天地の摂理が人類の存続を助ける方向で働いていることを示しております。
 奴隷制の廃止、ファシズムの終焉、ソ連の崩壊、男女平等など枚挙にがありません。
 人力では如何ともし難いことに「天地の摂理」が働いた最近の例は、二〇〇八年のリーマン・ショックの発生です。これにより、地球環境破壊の「元凶」とも指摘される自動車がエコ化、電気化に向かわされたこと、さらにはメキシコ湾原油流失大災害により同じく「元凶」の石油からの離脱の気運に拍車をかけたことなどがあげられます。この大事故を前にして連想されて慄然としたのは、放射能が流出する各種大惨事の発生のことでした。バーゼルの講演で人類の叡智により究極の破局の到来を未然に防ぐことが最大の課題になったと訴えましたが、福島原発事故が究極の破局につながらないとの保証は得られていないのです。

父性文明から母性文明へ

 世界が直面する危機は経済危機でも金融危機でもなく文明の危機です。その根深い原因は世界的に蔓延した倫理の欠如であります。未来世代に属する資源を濫用し、永久に有毒な廃棄物及び膨大な債務を後世に残すことは倫理の根本に反します。
 「自然を統御し支配する」という力の父性文明は人類を破局に向かわせております。すべての民族が、そして人間と地球が共生する和の母性文明の創設が待たれているのです。このような文明は倫理と連帯に基づき環境と未来の世代の利益を尊重する文明と定義することができます。オバマ米大統領が先頭に立つ新しい母性文化の潮流はこのような文明を志向するものであり、この潮流は人類と地球を守るという歴史的役割を担うものと言えます。
 真の指導者には人類と地球の将来に責任を持つことが求められます。先進工業国は、世界の三分の一以上の人口を占める中国とインドを含む途上国に対し、環境と未来の世代を犠牲にする従来型の工業化を今なお看過し助長しております。地球温暖化の深刻さが十分に認識されるに至った現在も、この点に変化は見られません。
 このことは人類と地球の将来に責任を持つ「グローバル・ブレイン」ともいうべき、真の指導者の育成の必要性を示すものといえます。知性のみならず感性を備えたこのような指導者を、社会の上層部に限らず、全ての分野で育てることが肝要です。従って市民社会の役割は益々重要となります。全ての分野にヴィジョンと理想を備えた指導者を養成することは緊急の課題です。
 教育改革の必要性が叫ばれて久しくなりますが、その核心となるべきは知性(理性)と感性のバランスの追求だと思われます。感性に制御されない知性は利己主義に陥る危険があることは否定できません。「エリートの挫折」が各国で指摘される背景と思われます。
 確かに感性は生命の本質であり、コンピューターなり人工知能の限界は感性の欠如といえます。昔から「可愛い子には旅をさせよ」「若いときは苦労は買ってでもさせよ」「よく学び、よく遊ぶ」などよく言われてきましたが、その狙いは無意識ながら感性教育ないしは右脳教育にあったと思われます。
 このような状況の下で新しい文明を先導する指導者の役割がますます重要になります。
 歴史を振り返りますと、多くの偉人がアーノルド・トインビーのように母性文化の特質を備えていたことに思い当ります。イギリスの歴史家トインビーは、「歴史の流れは、平等と統一に向かっている」と述べています。非暴力主義のガンジー、生命への畏敬を説いたアルベール・シュヴァイツァー、貧しい人々に愛をささげたマザー・テレサなどが頭に浮かびますが、特に注目されるのはチャーリー・チャップリンです。その映画「独裁者」(一九四〇年)の中の次の言葉は印象的です。「我々は考えすぎて感じることが余りにも少ない。我々が必要とするのは機械よりも人間愛であり、利口さよりも優しさと思いやりである」。
 世界的に「エリートの挫折」が言われ出して久しくなります。これは知性偏重に由来するもので、真の指導者には人類と地球の将来を考える感性と思いやりが不可欠と言えます。このように感性と知性のバランスのとれた人材を私は「グローバル・ブレイン」と称し、その存在が社会の上層に限らず、すべての分野に求められていると主張しております。
 世界的に取り沙汰されている「エリートの挫折」は知性偏重の競争主義に反省を迫るものです。 新たに生まれた母性文化の潮流のもとで、真の指導者たる「グローバル・ブレイン」の世界的連携により、現在の父性文明から母性文明への転換が実現することが切に待たれます。
 母性文化とは、分りやすい例で言えば、芹洋子が歌う「四季の歌」の歌詞にある「冬を愛する人は 心広き人 根雪を溶かす大地のような 僕の母親」というイメージです。
 母性文化の潮流とは母性文化の特徴の方により大きく比重が傾きだした現在のような状況を意味すると考えられます。この潮流は、究極の破局に向かう現在の「力の文明」を母性文化に立脚した「和の文明」に転換するために不可欠なものであり、歴史的な意義がみとめられます。現実に求められるのは、両文化のバランスであり、望ましい「度合い」だと思われます。

 深刻度の深まりが日に日に全世界で認識されている福島原発事故はその鎮圧に時間を要すれば要するだけ、脱原発の世論を高めていくことが確実になっております。増える一方の犠牲者が蒙りつつある想像を超える被害に各国の指導者が思いを致すようになれば、世界は大きく核廃絶に向かって動き出すことが期待できると信じます。今なお原発推進の立場を表明している米国、フランスなども、高まり始めた反原発の国内世論の影響からいつまでも免れることはできなくなると考えられます。
 福島原発事故により、究極の破局につき警告を発したメ哲学としての天地の摂理モについて関係者は理解を深めつつあると思われます。
 上に述べた国連倫理サミットの開催と地球倫理国際日の創設の訴えをはじめとする、日本からの核廃絶に向かっての世界への発信が切望されるゆえんです。
(むらた・みつへい/地球システム・倫理学会常任理事、元駐スイス大使)