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役員 会員の意見・論文 『プランB』31号 2011.2.1
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歴史を進める「幻想の原動力」とプランB

 本誌『プランB』は、今号から発行主体をNPO法人日本針路研究所に変更する(発売元はロゴス)。ヨーロッパのことわざに「脱皮しない蛇は滅ぶ」とある。格好良く言えばそうでもあるが、窮余の策でもある。正直なところ、財政的基礎が定まらない。新年早々資金不足の話から始めるのは品を欠くことになるが、「背に腹は代えられぬ」とも言う。大切なことのためには、他のことを顧みる余裕などない。
 本誌にとってその大切なこととは何か。改めて明確にしておきたい。
 2006年に『もうひとつの世界へ』として本誌を創刊して5年経った。当然とは言えるが欠号・遅滞もなく隔月30号を発行してきた(第19号から『プランB』)。
 本誌がカバーしてきた分野は極めて小さい。それでも、農業問題を取り上げ、労働組合の再生に資するべく論陣を張ってきた。平和の創造にも、沖縄にも、教育にも目を配ってきた。
 何よりも誇りをもって胸を張って確認しておきたいことは、ごくわずかの編集スタッフで毎号それなりに多彩な記事を掲載していることである。未知の協力者が毎号うまい具合に党派的しがらみを超えて現れる。本誌の姿勢が開かれ、柔軟であることの成果と言ってよい。また、直接は本誌としての活動ではないが、小選挙区制廃止をめざす連絡会の結成と持続的活動も、私たちに厚みを加えている。市民自治の創造の不可欠の一環だからである。
 日本針路研究所のスタートを期に、新しい分野や課題にも挑戦したい。
 第一は、「対米従属の打破」をスローガンとしてではなく、在日米軍基地をどのような段階を経てなくすのか、そのプログラムを明らかにしなくてはならない。そのためには、自衛隊の存在をどのように理解するのかを根本的に再考する必要がある。国論を統一してアメリカに譲歩を迫る一大市民運動を展開することこそが課題である。『通販生活』最新号の世論調査では「日米安保、そろそろ解消」が何と58%である!
 第二に、経済については、〈生存権所得〉の実現と合わせて、ワークシェアリングによる労働時間短縮が大きな課題──それ以外に失業問題を解決する道はない──であり、そのための産業構造の改革まで含めて、具体的数字に熟知することを前提に研究しなくてはいけない。
 第三は、日本の官僚制について明確な認識を得るように努力し、〈清廉な官僚制〉を創造することに寄与することである。
 私は、新しい方向づけとして〈脱経済成長・豊か精神社会〉を標語にすべきではないかと思索中である。菅直人首相は「最小不幸社会」と発しているが、いかにも貧相なイメージである。〈豊か精神社会〉はまたも新語であるが、単に「脱成長」というだけでは、プラスの面を表現できない。「精神」などという言葉を使うと、「精神世界」はイヤだと反発する声が聞こえるが、そういう条件反射思考に陥ってはならない。
 折しも日本社会は経済も政治も先行き不透明で閉塞感だけが深まっている。2008年冒頭に、私は『閉塞を破る希望──村岡社会主義論への批評』を編集し、同年秋には『閉塞時代に挑む──生存権・憲法・社会主義』を著わした。今では、日本共産党の「赤旗」もしきりに「閉塞」を連呼している。
 日本の左翼の歴史を概観すると、社会党や共産党を「既成左翼」と断じてその「超克」を合い言葉に1950年代後半に登場した新左翼は1969年をピークとしてその後は急速に衰退した。社会党は1989年に1970万票も得たのを頂点に1996年に解体してしまった。共産党は1998年に820万票を記録したが、今や高齢化に悩んでいる(65歳以上が40万人の党員の4割に!)。元議長の不破哲三は、共産党の盛衰を「階級闘争の弁証法」なる呪文によって説明しようとしているが、彼の視野には新左翼はおろか社会党も入っていない(ついでに、彼が「読売新聞」に29回も連載を載せたのは興味深いが、第26回の「知恵要した『天皇制容認』」は大いに問題含みである)。
 この冷厳な事実から何を学ぶのか。もう左翼はお仕舞いだ、という怠惰な結論を得るだけなら、この現実を直視するまでもない。衰退の根源をえぐり出し、同時に蓄積してきたプラスの要素を全面的に吸収し継承する必要がある。継承を捨て去った「超克」は必ずいずれ頓挫する。
 衰退の根源の一つは、何事にも「原則的反対」の立場表明で満足して、具体的代案=プランBを提起する努力を欠如していたことにある、と痛感する。もう一つは、憎しみをテコにして顧みなかった。逆に、歴史を切り開く先駆者は、坂本龍馬のように「憎しみからは何も〔積極的なものは〕生まれない」という母の教えを大切に守り、時空を隔てて中国の劉暁波は獄中から「愛で憎しみを溶かす」と呼びかけている。
 歴史の蓄積に裏打ちされた理念こそが、閉塞を打開する暗夜の灯となる。〈平等〉も〈愛〉もそうであるが、〈生存権〉も大切である。
 今や格差と貧困の拡大を基礎にして「ベーシックインカム」論が流行しているが、そのなかで、憲法第25条の「生存権」はいっそう頻繁に多くの論文で言及されるようになった。「九条の会」にならって「二五条の会」を作ろうとか「九条と二五条の会」にしてはという声も聞く。思えば、オーストリアの法学者アントン・メンガーに学んで〈生存権〉を「社会主義像の基軸的核心」だと明確にした「生存権と生産関係の変革」を発表したのは1998年であった。翌年には〈生存権所得〉を提起した。当時は共産党世界では「生存権」は禁句で「生存の自由」という不自由な用語を使っていた。10年余の年月を経て、有数のエコノミストが何人も「ベーシックインカム」を推奨している。そこに歴史の流れが貫かれているからである。生存権から〈生存権所得〉へと具体化できたことに、私は深い確信を抱いている。
 歴史はそれ自身の仕事をおしすすめるための、幻想の原動力を必要としたときには、偉大な幻想を生みだし、それを最も冷静でリアリスティックな指導者たちの頭に植えつけ、つちかった。──私の文章ではない。イギリスの歴史家アイザック・ドイッチャーが、ロシア革命の山場・10月蜂起の場面でのレーニンとトロツキーを評してこう書いた(『武装せる予言者トロツキー』新潮社、314頁)。宇野弘蔵や梅本克己が唯物史観理解との関連で取り上げたこともあったが、深い洞察だと感じ入る。
 偉大な歴史の変革期に際会もできない凡人の場合には、卑近な例で理解するほかない。小さな期待と可能性に賭けて一歩前に突出することを試みては、裏切られたり押し戻されることもあるが、それでも半歩踏み出すことができることもある。そういう時に、私はこの「幻想の原動力」を思い出す。
 出でよ、21世紀の大原孫三郎! タイガー・マスクの善意が大きな話題となっているが、新しい出発に際して、こう呼びかけることを許してもらいたい。 (村岡 到 本誌編集長)