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役員 会員の意見・論文 『プランB』31号 2011.2.1
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生存権を説いた本

村岡 到 『閉塞時代に挑む 生存権・憲法・社会主義』
 3〈生存権〉と〈生産関係の変革〉 第1節 〈生存権〉の核心的な重要性 
より

 21世紀を目前に、全世界的に資本制経済は停滞と不安を深化させ、「新自由主義」がかまびすしく唱えられ、弱肉強食の市場原理がむき出しに悲惨な事実を多発させるようになってきた。現代資本主義の盟主アメリカでは、「平均的貧困ライン」(4人家族で年収192万円)以下の貧困層が人口の13.7%にまで増え、犯罪社会となっていて、黒人青年の死亡原因のトップは銃であ。日本では、企業の倒産件数は増え、「大失業時代」の文字がおどりマスコミは社会不安をあおっている。労働法制の改悪によって労働条件は低下し生存が脅かされることが多くなっている。さらには、高齢化社会を迎えていながら、年金や医療や福祉は切り捨てられ、老後の不安が募っている。また、人災の要素が高いとはいえ直接には自然災害であった3年前〔1995年〕の阪神大震災の傷跡はなお癒えていない。表通りは「再建」されても地場産業は立ち直れず、なおも23000世帯が仮設住宅に住み、そこでの孤独な死が200人を越えた。被災者の生活を守るために、「災害被災者等支援法」の立法化にむけて闘いが組織されている。同じ年の3月に起きた地下鉄サリン事件では死者12人、負傷者5500人以上の大惨事となったが、その後遺症はなお多くの人を苦しめている。
 このような本人に責任のない被害にたいする補償のシステムも必要になっている。この種の被害の原因となる犯罪は根本的にはその社会が引き起こしたものと考えるべきであり、社会として被害者に手を差しのべる必要がある。犯罪者の責任を不問にすることはできないが、被害者との関係で犯罪者が負える責任の範囲は限度があり、とてもカバーしきれるものではないからである。
 こうして生活を守る闘いや災害の被害者の補償がいっそう大きな課題として浮かび上がるようになってきた。これらの闘いや補償が依って立つ根拠に〈生存権〉を据えることが有効でもあり必要でもある。〈生存〉を確保することなしに、どんな人間も〈権〉や〈自由〉を主張することはできないからである。
 そしてここにはもう一つの意味がある。自分が被害にあったら困るとか、単に救済される人間にとって〈生存権〉による生活の確保が必要で重要というだけではなく、その対象にはならない人間にとっても意味があるという点である。自分の子供が飢えや寒さでふるえているときに、心やすらかな親はいないであろう。それと同じように、隣人が悲惨な境遇に陥ったさいに知らぬ顔をして自分だけの安逸や幸福を求めることを望まない人間へと、人間はその感性を豊かに育ててゆくべきだからである。そのことを〈社会のシステム〉として形成する必要がある。「市場経済」万能論者のF ・ハイエクは、反共の闘士としての名を高めた『隷従への道』において、人生における「賞罰が……人びとの能力と運にかかっているということは……重要なことであ」と書いているが、窮境にある人間を「能力と運」のせいにして切り捨てる考えを、私たちはよしとしない。〈連帯性〉を〈自主性〉と調和させて〈意識的〉に実現するところに、人間性の本質があると、私たちは考えるからである。
 〈生存権〉をめぐる闘いで逸することができないのが、1957年から10年間にわたって闘いつづけられた「朝日訴訟」である。結核患者の朝日茂が、低額な生活保護費では憲法第25条が規定する「健康で文化的な生活」が保障されないと訴えたもので、「人間裁判」とも言われた。この闘いで根本的に問われたのは〈生存権〉であった。
 人間としてこの世に生をうけた以上、誰でもが平等に生存できて当然ではないか──今日では、この考え方はごく自然に生活者の感情となっている。〈今日では〉というところに、歴史の進歩が印されている。今日の生活者のこの感情を、一人ひとりの思想にまで高め実質的に実現することが現代の課題である。以前には奴隷は人間として扱われなかったし、身分制が強固な前近代の社会では不平等は当たり前であった。だから、1789年のフランス革命において発せられた、「人間は、自由かつ平等な権理をもって生まれ、そして生存する」を第一条にかかげる「人および市民の権理宣」は、近代社会の出発点として、今日なお顧みられるべき人類史の金字塔なのである。利潤動機に犯されて、近代いらいの支配者がこの出発点を忘却し放棄するのであれば、生存を脅かされている私たちこそがその旗を取り戻し、実現しなくてはならない。

村岡 到 『ベーシックインカムで大転換』 第1部〈生存権所得〉の構想
 1 〈生存権所得〉の基礎にある思想──〈生存権〉の意義と歴史 
より

 〈生存権所得〉は社会の経済システムの根幹に位置づけられる。そうであれば、その理論的根拠をしっかりと歴史に立脚して明確にしておく必要がある。単なる個人の思いつきが社会の制度として定着することはあり得ないからである。だから、まず〈生存権所得〉の基礎にある思想は何かを明らかにしなければならない。私がどうして〈生存権所得〉と造語するにいたったのか、その経過を明らかにすることが、その解答になるだろう。
──中略──
 1994年9月にフォーラム90sの合宿研究会で「生活カード制」を発表した。その後いくつかの関連論文を執筆しているが、98年に「〈生存権〉と〈生産関係の変革〉」を『カオスとロゴス』に発表し、99年に『協議型社会主義の模索』を刊行したさいに「〈生存権〉と〈生活カード制〉の構想」をまとめた。そこで、私は、アンドレ・ゴルツの「生涯保障所得」、エーリッヒ・フロムの「年間保障収入」、フランスで現に支給されている「社会編入最低所得(RMI)」などをあげながら、〈生存権所得〉と造語して提起した。
 以上に掲げた論文のタイトルを見ただけでも分かるように、私は最初はマルクスやレーニンの通説を批判的に検討することに努力を集中していたが、やがて「それではダメだ」という否定形においてではなく、肯定的に依拠できる理論を見出すことができた。1998年に、マルクスの同時代人である、オーストリアのアントン・メンガーが1886年に著わした『全労働収益権史論』を発見した。A・メンガーはオーストリアの法学者で、一歳上の兄カール・メンガーは近代経済学の創始者である。この著作は、1921年に森戸辰男によって翻訳されていた。森戸は、戦前に東大経済学部の教授で、クロポトキンの研究によって治安維持法で弾圧を受け入獄体験もあり、出獄後に大原社会問題研究所の所員となり、敗戦後に社会党から立候補して衆議院議員となった。47年に片山内閣、芦田内閣の文部大臣に就任した。ついでながら、森戸の下で、文部省は『新しい憲法のはなし』と『民主主義』を副読本として刊行したが、後者の中心的執筆者は尾高朝雄であった。
 A・メンガーは『全労働収益権史論』で、「生存権」を「全労働収益権」と「労働権」と合わせて、「社会主義の三大経済的基本権」の一つとして位置づけ体系的に明らかにした。A・メンガーは、「社会主義」を「労働者階級に彼らの労働の全収益を確保すること」と「労働不能者──幼者、老者、病者」も含む「個人の欲望」の充足の実現という「二大根本思想をできるだけ矛盾しないような方法で結合」するものと捉えている。そして、「生存権を完全に実行すれば、ノノ私有財産はかならず間もなく共有財産に変ずるに違いない」と展望している。
 オーストリアの隣国ドイツで1919年8月に、第一次世界大戦末期の前年11月に起きた社会主義をめざす革命によって帝政がくつがえされた結果として、社会民主党の主導下に「ワイマール憲法」が制定された。「ワイマール憲法」の「第5章 経済生活」の最初の第151条は「経済生活の秩序は、すべての者に人間たるに値する生活を保障する目的をもつ正義の原則に適合しなければならない」と定め、第163条にはすべてのドイツ人は「適当な労働の機会があたえられないかぎり、その必要な生計について配慮される」と規定された。
 時空を超えて、敗戦直後の日本で新憲法の制定が大きな課題となった時、前記の森戸や鈴木安蔵らによる憲法研究会の努力によって、憲法第25条に「生存権」が盛り込まれることになった。A・メンガー→森戸辰男→憲法第25条という歴史的脈絡をしっかりと記憶しなければならない(ついでに大原社会問題研究所を創始した実業家の大原孫三郎を想起してもよい)。
 なぜこの歴史的継承を重視するかというと、これまでの社会主義理論やマルクス主義陣営においては、「生存権」は一貫して軽視・無視されてきたからである。マルクスやエンゲルスは〈生存権〉について、明確な認識を欠いていた。さらに言えば消極的で否定的な評価を加えていた(だから、1998年に刊行された『マルクス・カテゴリー事典』(青木書店)にはこの項目は無い)。A・メンガーのこの著作が刊行された年は、マルクス死後3年であるが、エンゲルスは翌年に「法学者社会主義」なる小論を書いて、この著作をこき下ろした。このエンゲルス論文が起点となって以後、マルクス主義陣営では「生存権」は忌避されることになった。だから、日本共産党は「生存権」を嫌い、1970年代に「生存の自由」という不自由な言葉を綱領に書き加えた(この点についても批判した、前記の私の1998年論文が発表された後、今日では死語となった)。
 通説によれば、〈生存権〉はワイマール憲法によって初めて憲法の条文として明記されたということになっている。この理解は、単なる不勉強ではなく、或る意図が込められた大きな誤りである。ぼろを出さないように、「憲法上は」などと限定句をつけながら、「生存権」からは条件反射的に「ワイマール憲法」が想起されるように誘導することは、それ以前の流れを遮断するのに都合がよいからである。そうすれば、ワイマール憲法以前に生きていたマルクスやエンゲルスが「生存権」を軽視・反発していたことも問題にならないからである。「生存権」をテーマにした、昨年5月のNHKの憲法記念番もこの水準であった。
 私が提起した〈生活カード制〉や〈生存権所得〉は、フランス革命やA・メンガーいらい連綿と伝えられてきた〈生存権〉思想に立脚した構想である。この構想の根本には、人間は生まれたら、生得の権理として生きることができるという思想が貫流している(right の訳語は「権利」よりも「権理」がよい。福沢諭吉も『学問のすすめ』で使った)。肌の色の違い、年齢、働いているか否か、犯罪人かどうかは、まったく問題外である。
 この思想を別に表現すれば、〈労働と分配とを切り離す〉ということになる。先に「労働に応じた分配」を批判的に検討したと記したが、実は左翼のなかでよく唱えられていた「働かざる者、食うべからず」という標語は、怠け者の修道士を諌める、古代キリスト教の聖パウロ(一世紀の人)の聖句であった。
──続く──