『極私的ライター入門』PART3−4.文章力のブラッシュアップ
ライターのための必読「名文」本30選


 ここでは、私がライターとして自分の文章の「手本」としてきた、必読「名文」本を30冊ピックアップしてみよう。
 あくまで「ライターのための」名文である点に注意してほしい。
 たとえば三島由紀夫の絢爛たる文体は、名文ではあっても、ライターの書く文章の参考にはあまりならない。中上健次の詩的でテンションの高い文体は、スゴイとは思うが、ライターがヘタに真似することなどできない。
 よって、そうした個性的過ぎる名文はあえて除外してある。

 丸谷才一『男のポケット』(新潮文庫)
 
丸谷才一のコラム集はどれも水準以上だが、なかでもこれは「コラムのお手本」と呼びたいほどの完成度を誇る名著。豊かな教養に裏打ちされたユーモアとウィットが横溢。「軽妙洒脱」という言葉を絵に描いたような一冊。

 浅田次郎『極道放浪記 −殺られてたまるか−』(KKベストセラーズ/幻冬舎文庫)
 
小説で売れっ子になってからのエッセイは手抜きが目立つが、物書きとしてのデビュー作となったこのエッセイ集は抜群に面白く、文章も素晴らしい。天才型ではなく、そこそこ才能のある人が懸命に努力して身につけたという感じのうまさ。だからこそライターにも参考になる。女性はタイトルだけで引いてしまうだろうが、女性にもオススメ。

 開高健『ずばり東京』(文春文庫)
 
じつは小説家としてよりもライターとして有能だったこの人が、まだ若手作家であったころに手がけた出色の短編ルポルタージュ集。一編ごとに文体を使い分ける変幻自在ぶりがスゴイ。

 『論よりコラム』(双葉社)
 『週刊漫画アクション』の名物コーナーであった「アクション・ジャーナル」の無署名コラムから、名編を選りすぐったアンソロジー。無署名とはいえ、書き手はそうそうたる顔ぶれ。「雑誌に載せるコラムはこんなふうに書くものだ」という得がたいお手本集である。古本屋で探されたし。

 矢作俊彦『複雑な彼女と単純な場所』(新潮文庫)
 
R・チャンドラーに影響された、ユーモアと香気あふれる文体で綴ったエッセイ集。へそまがりぶりが芸の域に達している。本書に収録された作家エド・マクベインへのインタビューは、インタビュー記事の到達点といってよい仕上がり。インタビューなのに、見事に「矢作の作品」になっているのだ。

 関川夏央『水のように笑う』(双葉社)
 沢木耕太郎『バーボン・ストリート』(新潮文庫)
 
日本のノンフィクション作家の中では、この2人が甲乙つけがたい名文家だと思う。どちらも、エッセイでありながら一編一編が掌編小説のように完成されている。ちなみに、沢木のノンフィクションでは、初期の傑作『敗れざる者たち』(文春文庫)の文章がとくに素晴らしい。非の打ち所がない。

 呉智英『サルの正義』(双葉文庫)
 宮崎哲弥『正義の見方』
(洋泉社/新潮OH!文庫)
 評論家で文章がうまいといえばこの2人。論で人をやりこめるそのさまが、痛快な芸の域に達している。

 青木雨彦『にんげん百一科事典』(講談社文庫)
 
計101人のタレント/文化人たちにインタビューを行い、それを軽妙洒脱なコラムに構成し直した職人芸の一冊。「インタビュー・コラム」とでもいうべき独自の世界を確立した名著。

 向田邦子『父の詫び状』(文春文庫)
 
名コラムニスト山本夏彦をして「名人」と言わしめた、たぐいまれな完成度を誇るエッセイ集。「到来物」「冥利に尽きる」などという古風な言葉がちりばめられているのに、なおかつ現代的な文体であり、少しも読みにくくない。日本語の美しさを改めて実感させる一冊。

 マイク・ロイコ『男のコラム』(河出文庫)
 いわゆる「アメリカン・コラム」の中ではボブ・グリーンが日本でいちばん人気があるが、文章がうまいのはむしろこの人。爆笑を誘うユーモア・コラム集だが、少しも下品ではなく、むしろタイトルどおり男らしさが横溢している。

 宮内勝典『宇宙的ナンセンスの時代』(新潮文庫)
 
純文学作家の中でも屈指の名文家である著者が、ノンフィクションに挑んだ一冊。薫り高い「ノンフィクション文学」だ。『鷲の羽を贈る』と改題された単行本(三五館)が入手しやすい。

 如月小春『都市の遊び方』(新潮文庫)
 
いまはなき『朝日ジャーナル』に連載された、ルポルタージュ形式の「都市論エッセイ」集。80年代の小劇場演劇が生んだ最高の名文家は、まぎれもなく如月小春であった。早すぎる死を惜しむ。

 池澤夏樹『シネ・シティー鳥瞰図』(中公文庫)
 
小説家の中にはエッセイや評論を書かせるとまったくダメな人もいるが、この人は評論を書かせても抜群である。なかでも、このシネ・エッセイ集の文章は絶品。映画ライターを目指す人は、ヘタな映画評論家の文章を読むより、これを熟読玩味すべし。

 川本三郎『ハリウッドの神話学』(中公文庫)
 
この人の文章の優れた平明さを、ライターは大いに学ぶべきである。あわせて「引用のうまさ」も。引用をちりばめながら、それをちゃんと自分のものにする「技」が堪能できる。

 景山民夫『普通の生活』(角川文庫)
 一編一編が短編小説のように見事に構成された、珠玉のエッセイ集。構成のうまさを学ぼう。

 清水義範『パスティーシュと透明人間』(新潮文庫)
 
著者は言わずと知れたパスティーシュ小説の名手だが、「小説が書けなくなってもコラムニストとしてやっていけるだろう」と思わせる秀逸なコラム集。創刊当時の『SPA!』に連載された「勘違いメディア論」がとくによい。

 『ブックレビュー/誘う書評・闘う書評』(1〜3/弓立社)
 
その年の雑誌・新聞に載った書評からよいものを厳選したアンソロジー。堅苦しい書評ではなく、文章の巧みさ・面白さで選んでいる。ライターにぴったりの「書評のお手本集」。惜しくも3巻(1990年度版)までで終了。古本屋で探されたし。

 小田嶋隆『安全太郎の夜』(河出書房新社)
 
この売れっ子コラムニストが、まだそれほど売れっ子ではなかったころの一冊。それだけに一編一編に力がこもっており、この人の著作のなかで最も完成度が高い。言葉遊びのうまさは天才的。

 野中映『名曲偏愛学』(時事通信社)
 
音楽評論家の中で最も面白い文章を書く人。クラシックについてこれほど面白く書ける人はほかにいない。

 矢沢永吉(構成・糸井重里)『成りあがり』(角川文庫)
 竹中労『聞書アラカン一代・鞍馬天狗のおじさんは』
(徳間文庫)
 
この2冊は聞き書きのお手本。前者は一見インタビュー・テープをそのまま文章に起こしただけのように見えるが、じつは巧みなトリートメントが施されている(たとえば、語りのリズムが整えられている)。取材相手の語り口を生かしつつ、なおかつ自分の作品にしてしまう技を学ぼう。

 向井敏『文章読本』(文春文庫)
 
世に「文章読本」のたぐいは多いが、ライターにとっていちばん役に立つのはこれ。というのも、古典的な名文をあえて除いて、現代の名文(村上春樹の小説など)のみを選んでいるから。また、文壇の大家たちの悪文を容赦なく批判している点も痛快。もちろん、著者自身の文章もうまい。

 『丸山健二自選短編集』(文藝春秋)
 
純文学作家だが、きびきびとしたドライな文体はライターにも参考になる。ヘミングウェイの短編に近い味わい。最近の長編よりはこのへん(1989年刊)の短編がライター向け。ついでに言えば、『千日の瑠璃』以降、私はこの作家に興味を失った。何より文体が変わってしまった。最近の長編の文章はうっとおしいだけ。

 山崎浩一『なぜなにキーワード図鑑』(冬樹社/新潮文庫
 
80年代の「コラムニスト・ブーム」が生んだ精華であり、いま読んでも学ぶべき点は多い。硬い文体で書けば重厚な評論になり得る内容を、あえてポップな文体で、平明に楽しく綴っている。まさに「論よりコラム」。むずかしいことを軽やかに語るテクニックを盗もう。

 『船橋洋一の世界を読み解く事典』(岩波書店)
 立花隆『同時代を撃つ』
(T〜V/講談社文庫)
 浅野健一『マスコミ報道の犯罪』
(講談社文庫)
 
この3つは、新聞記者的な抑制された文章のお手本。よけいな装飾を削ぎ落とし、ファクトを手際よく伝え、言うべきことを過不足なく言う――そんな明晰な文章ばかりである。

 藤田千恵子『愛は下剋上』(ちくま文庫)
 
尾瀬あきらのマンガ『みのり伝説』の「ネタ本」となったことで知られる、フリーライターのエッセイ集。一見軽薄に見えるがじつは緻密に計算された文体で、いまどきの女性のホンネを楽しく綴る。いまの女性ライターでは、この人と斎藤美奈子(評論家)の文章を私は評価する。