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鳴瀬 望
非凡な音楽的才能を持ち、若くして天才マエストロと呼ばれるほどの指揮者。
しかし、その傲慢な性格が災いしオーケストラにボイコットされ、静養をかねて八木山村にやって来た。
そして、ふとした事から、不本意ながら村の小さな中学校のオーケストラ部の面倒をみるはめに・・・
気位の高い彼は、ついつい周囲から反感を買うような言動に出てしまうが、本当はとても純粋。
それ故、不器用な生き方しか出来ない。
生立ち
父鳴瀬廉太郎は国内では一流のヴァイオリニスト。
母弥生は、音楽とは無縁のごく普通の主婦。
巨大な才能は、否応なしに、所有者と親しい人々の運命に嵐をもたらすかのように・・・
両親は、望が12歳の時に離婚。
学生時代
私立音楽系の小学校、そのまま付属の中学、高校と進学。
音楽と音楽に関係あるすべてについて、望は天才であり秀才であった。
数学、物理、近代西洋史にたけ、語学も英仏独伊の4ヶ国語に堪能。
リルケ、ワーズワースも原書でよみふけった。
指揮者は、フルオーケストラの為の膨大な総譜を読み、憶え己のものとする事を要求される。
記憶力は軍を抜いて優秀。
高校卒業後、ボストン音楽院へ進学。
名指揮者ジーン・ブリクセンに見出される。
マエストロへの道
わすが22歳にして、ウィーンのナックラヴィコンクールで優勝。
史上最年少であり、東洋人としてはじめての栄誉であった。
東ヨーロッパの小規模だが格のあるオーケストラの副指揮者として招聘され、常任指揮者へ。
ウィーン、ボストン、ベルリン、フィラデルフィアと次々と一流オーケストラに客演。
マエストロという名声
マエストロとは、イタリア語で、大音楽家、名指揮者などと訳される。
尊敬、畏敬、敬愛、賛美、驚嘆。
指揮者は普通晩成であるが、、、
その類い稀なる才能によって鳴瀬望は20代前半の若さでマエストロと称された。
帰国
音楽に集中する為の環境と、神経を寛がせる事を求め帰国。
帝都フィル常任指揮者に就任。
帰国して最初の演奏会は、94年のクリスマスコンサート。
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