葬儀規範

美祢東組では、第11期の連続研修会でその話の中から「葬儀のあり方が統一できないか」

との要望がありました

これを受け、平成9年法名統一に続き、葬儀も浄土真宗のみ教えにそった儀式とするために

平成11年10月をもって次のように葬儀のあり方を改正・統一しました 


浄土真宗美祢東組門徒葬儀のあり方

葬儀は、人生の最も厳粛な儀式です

浄土真宗では、故人を偲んで遺族ならびに縁故のものが集まってともに読経し念仏して

尊い仏縁をいただくことがその所意であります

したがって浄土真宗にふさわしい儀式としたいものです

1、〔亡くなったとき〕

亡くなられたら、すぐにお手次ぎのお寺(所属寺院)に案内して、住職の指示をあおぎましょう

葬儀の日取りならびに時間は、住職と決めてください

2、〔臨終勤行〕

本来人生の終わりに臨んで阿弥陀如来に対する最後のお礼の勤行でありますから

本人が勤めるものですが、臨終を迎えようとしている人には不可能な場合が多く

現在ではお手次ぎ寺の住職が本人に代わって臨終後に勤めるのが通例となっています

なお、喪主ならびに遺族は、臨終勤行中は業者との打ち合わせを控え

心静かに読経を聴聞してください

遺体は納棺した後、基本的には床の間にはお名号(南無阿弥陀仏)を奉懸し

その前に安置します

お名号は本願寺から下付されたお名号か、落款の無いものを奉懸します

臨終勤行はお仏壇の前で勤めますので扉は開けておいてください

1、お仏壇の扉は閉じないであけておいてください

2、お仏飯は仏飯器に盛って仏壇のご本尊にお供えしてください

故人常用の茶碗などには盛らないで下さい

3、灯明は灯しておいてください

4、仏花は樒または青木にしてください

樒または青木が入手困難な場合は赤色を避けた生花をお供えしてください

5、仏壇にはお線香を上げてください

お線香は立てずに香炉のなかに納まるように何本かに折って横にします

6、打ち敷きは銀色または白地のものを掛けてください

7、遺体は清浄にして、白布で顔を覆い、白衣を着用します

遺体はお仏壇の正面を避け北枕に安置してください

ただし、部屋の都合でできないときはこだわる必要はありません

8、両手を胸元で組み合わせ(合掌させ)て、念珠を掛けてください

遺体の上には、守り刀等の刃物類は置かないで下さい

遺体の枕元には、故人からのたたりを封じるお箸を立てた一膳飯や

故人を亡者(迷者)とみなすお茶、お水、枕団子などは供えないで下さい

床の間には浄土真宗の教えにそぐわない軸をかけないようにしてください

掛け軸・額などに白紙を貼ったり(紙封じ)、逆さ屏風などはしないで下さい

3、〔通夜〕

遺族や縁故のものがご本尊前の遺体の側に集い故人を偲びつつ

如来さまのお救いを味わう行事です

通夜での食事は、故人への哀悼の思いから殺生を避けて精進でいただきたいものです

通夜の際、灯火や線香を絶やすと死者が迷うというのは迷信ですから気にすることはありません

4、〔葬儀〕

出棺勤行

葬場への出棺に先立って、故人が永年お育ていただいたご本尊へのお別れのお勤めですから

仏前においてお勤めします

仏壇の荘厳はお仏飯を仏飯器に盛り、花瓶には赤色をさけた生花を供え

燭台には白蝋か銀蝋を立て打敷は白色か銀色にします

お勤め 帰三宝偈(十四行偈)・短念仏・回向句・御文章

葬場勤行

故人を葬送することをご縁とし、故人を偲びつつ仏徳讃嘆させていただくお勤めです

お勤めはお名号(南無阿弥陀仏)を奉懸してある棺前でいたします

葬壇を設ける場合は、ご本尊(名号)が遺影や飾り物で隠れるような荘厳は謹みましょう

荘厳の蝋燭は白蝋か銀蝋を一対、花は紙華四本づつ一対

供物は三具(餅・菓子・果物)一対づつあるいは二具(菓子・果物)一対づつ供えます

紙華はお釈迦様が涅槃に入られたとき

沙羅双樹の花が死を悼み悲しんで白く変わったことに由来しています

仏教徒の葬儀の荘厳が白色・銀色を基調としているのは

お釈迦様に倣って大事な人を亡くした悲しみを表しています

ですから葬壇を設ける場合は世俗的価値概念にとらわれて華美にならないように心がけたいものです

お勤め 三奉請・正信偈・短念仏・回向句

 


葬儀に際しての注意

会葬者に対する遺族からのお礼のための「答礼」は、式の終わりに遺族の謝辞と併せてします

火葬場から帰ったとき、塩をまくことや会葬礼状に「清め塩」を入れることをやめます

「清め塩」は死が不浄(穢れ)なものであり、この穢れを祓うという意味で用いられています

しかし仏教の教えでは、死は不浄なものではありません

浄土真宗のみ教えでは故人は阿弥陀如来より回向された信心によって命終のその時

直ちにお浄土に生まれさせて頂き

阿弥陀如来と同体のさとりをさとりを開かせて頂くという教えですから

塩で清めるということはかえって故人を卑しめることになりかねません

葬儀のあとのお勤めは、初七日のお勤めではなく還骨勤行のお勤めをします

お手次ぎ寺によっては葬儀のあとのお参りのとき還骨勤行のお勤めをすることもあります

還骨勤行とは、「御文章」白骨の章に「朝には紅顔ありて、夕べには白骨となれる身なり」と

述べられているように遺骨と変わり果て、人生の無常を教えてくださった故人に感謝し

仏徳讃嘆する儀式です

お勤めは仏壇の前(正面を避ける)に遺骨を置き、仏壇の前でおつとめします

中陰壇に遺骨を安置する場合は正面には必ず名号を奉懸します

初七日とは亡くなった日から七日目ということで

浄土真宗では七七日目(四十九日)は満中陰として丁重にお勤めします

しかし初七日から六七日までは、遺族や近所の縁故の者だけが相集って故人をしのびつつ

仏恩報謝の思いを深める仏事です

葬儀の日に簡略的にあわただしく勤める必要はありません

満中陰(四十九日)が三月にまたがると、始終苦しみが身につくといって避ける人がありますが

故人に対して失礼なことです

葬儀後から満中陰(七七日・四十九日)までは、「忌中」ではなく「中陰」と書いた紙を張ります

「忌」とは他人に穢れを伝染させないように「穢れ」から遠ざかるという意味で使われる言葉です

「忌中」という言葉は不浄(穢れ)を慎むという意味ですので浄土真宗にはふさわしくありません

中陰中のお給仕・お勤めの方法

遺影の前に食べ物や飲み物は供えません

遺族の仏徳讃嘆(読経・称名念仏)が故人への一番の供養です

中陰中のお参りは、仏壇があってもともすれば中陰壇が中心になりがちですが

礼拝の対象はご本尊ですので中陰の間も仏壇は開けておき灯明・香・仏花・お仏飯をお給仕し

お勤めはいつもと同じように仏壇の前でします

お勤めは正信偈か阿弥陀経または讃仏偈をお参りします

お手次ぎ寺によっては住職が一緒にお勤めする場合もあります

 


避けたい言葉や行為

〔ご霊前〕

世間では「霊」とは迷っているものとみられています

しかし浄土真宗では往生即成仏というように臨終後迷う必要がありません

故人の死をご縁として、私がご本尊の前で仏法を聞かせていただくのですから

「御仏前」というのが正式です

〔冥福を祈る〕

残されたものが故人の来世の幸福を祈るという意味です

「お念仏」を喜ばせていただく私たちは、臨終後直ちに往生させていただくのですから

冥福を祈る必要はありません

浄土真宗では故人の死に対して悼みや悲しみを表すときは「哀悼の意を表する」といいます

〔草葉の陰〕

墓場の周辺のことで、故人が成仏できずに迷っている場所を表しています

〔黄泉の国に旅立つ〕

黄泉の国とは、古事記に書かれており神道が表している死後の穢れの世界のことです

お浄土に生まれさせていただく私たちは、穢れの世界などへは旅立ちません

〔戒名〕

「戒(戒律)」とは出家者が守るべき規則のことであり

「戒名」とはその「戒」をさずかった人に付ける名前であります

浄土真宗では「戒」を守れない私たちが阿弥陀如来の働きによって救われていくことを

聞かせていただく身になった人が「法名」をいただき、

お釈迦様の弟子に加わりますので「釈○○」となります

〔藁を燃やす〕

むかしの日本の家はワラぶき屋根であったことから

藁を燃やすことによって故人の霊に帰る家がなくなったことをわからせるという迷信です

「友引の日」に葬儀をしてはいけないのでしょうか

*** 迷信は、死の尊貴性を覆い、人間の尊厳性を奪う ***

なぜ「友引の日」に葬儀が行われていないのでしょうか

それは友引は「友を引く日」であり、この日に葬儀を行うと身内のものや親しい人を

(死の世界)へ引いて行く、つまり続いて死人が出るという考えが背景にあるからです

仏教ではこのような考え方は、正しい因果の道理に背く迷信と教えています

一方、私は信じていないが、昔から言われているとか、周りのものが嫌がるから

人がよくないということはしない方が良いとする、他者に依存する他律的な生き方をよしとする

日本人の共同体意識(みんな同じでないと)があります

しかし私たち真宗門徒がご開山と仰ぐ親鸞聖人は

「かなしきかなや道俗の 良時・吉日をえらばしめ 天神地祇を崇めつつ 卜占祭祀つとめとす」と

日に吉凶をいうのを戒めておられます

人間の尊厳性を奪う迷信にとらわれず主体性をもって「友引」の迷信を克服したいものです

 

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