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5分の1のゼロ乗は?

八: 「ご隠居、ご隠居〜!」
隠: 「ああ、八っつぁんかい。まぁ、お上がり」
八: 「へぃ、すいませんね、いつもいつも」
隠: 「お前の無遠慮は今に始まったわけじゃないよ。で、何だい今日は?」
八: 「それがね、ご隠居。あっしゃ、数学ってもんを習い始めたんですがね、こいつがまたえらく難しいもんで・・・」
隠: 「ほう、お前が数学を・・・そりゃ感心だ」
八: 「何です、それ?」
隠: 「だから、お前が数学を勉強するというのが感心だと言ってるんだよ」
八: 「そうじゃねぇんですよ。ご隠居のそばにあるその包みは何です?」
隠: 「おお、これかい。お前は目ざとくこういうものはちゃんと見つけるんだねぇ・・・。これはお隣が『お茶請けにどうぞ』と言って下さった羊羹だ」
八: 「羊羹ねぇ・・・お隣がぁ・・・お茶請けにねぇ・・・ご隠居一人でそれを?」
隠: 「いやな物言いをするんじゃないよ。お前も欲しいんだろう?いまお茶を入れるから、一緒に食べようじゃないか」
八: 「ありがてぇ〜、ご隠居、やっぱりご隠居はそういうお人だと・・・」
隠: 「人のことを下げたり上げたり、忙しいやつだ。・・・で、八っつぁん、数学の何がわからないんだい?」
八: 「へぇ、それなんですけどね。いま何の何乗ってやつをやってるんでさぁ」
隠: 「ほぅほぅ、2の3乗は8というやつだね?」
八: 「そいつはわかるんですよ、あっしにも。2を3回かけると8になるってことでしょう?」
隠: 「よくわかってるじゃないか。で、何がわからないんだい?」
八: 「いえね、こないだ応用問題ってんですか?くそ意地の悪い問題を出しやがったやつがいましてね・・・」
隠: 「くそ意地の悪いってやつがあるかい。お前さんがわからなかったからってそんな風に呼ばれたら問題の方もかわいそうだ」
八: 「いや、ご隠居だってこの問題をきいたらそう思いますよ、きっと」
隠: 「じゃあ、きかせてもらおう。どんな問題だったんだい?」
八: 「いいですか?行きますよ?・・・本当にいいんですか?」
隠: 「早くお言いよ」
八: 「へい。・・・5分の1のゼロ乗はいくつでしょう?・・・やっぱり、ご隠居にも難しすぎたかなぁ、これ」
隠: 「そうやって人を見下すもんじゃないよ。その問題なら答えは1だ」
八: 「えっ!?ご隠居も1だとおっしゃるんですかい?」
隠: 「何を驚いてるんだい、八っつぁん?」
八: 「5分の1のゼロ乗ですよ?ゼロ乗ってなぁ、一回もかけないんだからゼロじゃないんですか?あっしが何べんそう言ってもみんな1だ、1だ、って言うもんですからね、あっしゃ、みんなに騙されてるんじゃないかと思って口惜しくて口惜しくて・・・エーン」
隠: 「おいおい、いい歳して泣くやつがあるか。さぁさぁ、お茶が入ったからお飲みよ」
八: 「羊羹は?」
隠: 「お前、そういうことはよく覚えてるね。羊羹もいま切ってあげるから」
八: 「待ってました!羊羹、ようかん、三ようかん・・・」
隠: 「おかしな歌を歌うんじゃないよ。・・・じゃあ、いいかい、ここにあるこの羊羹をまず5等分する・・・」
八: 「さすが、ご隠居だ。それくらい厚く切ってくれなきゃ羊羹の味がしねぇってもんだ」
隠: 「で、さらにそいつを5等分して・・・ほら、八っつぁん、お食べ」
八: 「・・・ご隠居!あっしゃ、あなたを見損ないましたよ。何ですか、最初は厚く切ってくれるから、さすがは日ごろから尊敬するご隠居だと思ったのに、5つに切ったのをまた5つに切っちまいやがった。・・・ご隠居、こんな向こうが透けて見えるような羊羹を・・・」
隠: 「要らないなら返しとくれ」
八: 「いただきますよ、いただきますけどね・・・」
隠: 「八っつぁん、いま私は羊羹を5等分しただろう。それを何回やったか覚えてるかい?」
八: 「忘れるもんですか。ご隠居は2回もやっちまったんですよ、それを!」
隠: 「そうだ、2回だ。で、5分の1の2乗で、いまお前さんが手にしているものになった」
八: 「数学習って賢くなりましたよ、あっしは。ご隠居がくれたのはもとの羊羹の25分の1になっちゃった・・・エーン」
隠: 「また泣いてるね」
八: 「何で2回もするかね、鬼!悪魔!便所のふた!」
隠: 「ひどいことを言うなぁ、お前さん」
八: 「どうして1回でとめねぇかなぁ・・・そうすりゃ、5分の1のまま、それくらいありゃ、口の中でこう、甘いのがパァーっと広がって・・・」
隠: 「1回も切らなきゃどうだい?」
八: 「何言ってるんです、ご隠居?そりゃぁ、1回も切らずにあっしにくれたらもう、ご隠居は神様、仏様、マリア様で・・・」
隠: 「さっきは鬼で、今度は神様かい。なんで1回も切らないほうがよかったんだい?」
八: 「だってですよ、もしご隠居が1回も切らずにそのまんまくれたら、羊羹1本まるまるあっしのものになってたでしょう?」
隠: 「ほう、そうかい。じゃあ、5分の1にするっていう作業を1回もしなかったら羊羹はもとのまま、1本だ。消えてなくならないってことはわかったね?」
八: 「ご隠居、大丈夫ですか?何、当たり前のことを真面目くさった顔で言ってるんです?ご隠居さえ、1回も切らなければ、羊羹は元の姿でいたんだ。それを、ご隠居が・・・エーン」
隠: 「お前さん、いちいち泣くんだなぁ・・・。八っつぁん、わかっただろう、5分の1のゼロ乗は1だ。もとのままの羊羹1本だ。羊羹は消えてなくなるわけじゃない」
八: 「あっ、そうかぁ!なるほど!だからゼロじゃないんですね」
隠: 「意地悪してわるかったね、八っつぁん。私はお前さんにこのことを教えようと思って、わざわざ5等分にして、そいつをまたさらに5等分にして・・・ということをやってみたんだよ」
八: 「なぁんだ、ご隠居、お人が悪いなぁ・・・」
・・・などと八っつぁんとご隠居が話しているところに、先ほどから二人の様子をじっと窺う猫がおりまして、二人が話に夢中になっているところをついて目にもとまらぬ速さでそこにあった羊羹をことごとく口にくわえて去って行きました。
隠: 「さあ、じゃあ数学の謎もわかったところで、安心して羊羹をお食べよ」
八: 「へぃ、いただきます・・・あれっ?」
隠: 「おやおや、羊羹がなくなってるじゃないか。これはどうしたことか・・・」
八: 「ご隠居、やっぱり答えはゼロだ」

・・・お馴染みの「ゼロ羊羹」の一席でした。お後がよろしいようで・・・。


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