2002年コラム(視点・直言)


元気と人間模様

■元気もさまざま

 今年も、まぁ、色々ありました。
毎日これでもこれでもかという具合に
酷い事件、暗いニュースが続いた。

 この混沌とした世相、先行きの見えない世の中
だからこそ、「元気」に価値がとは思うが...

 元気もさまざま、奥が深い。
中小企業の元気は個人の人間模様とも深く重なることも多い。

 常にプラス志向で、叩かれても打たれても前向き
逆境であればあるほど乗り越えた時の喜びの大きい元気

 ひょんなきっかけで、「あっ」と気づいて、
心の底から、じわっと湧き出る元気

 後ろ姿に滲む元気
常にオーラが発せられている元気

 どこかでボタンの掛け違い
このままではいけないと、思い切りリセット
プライドも名誉も捨てて起死回生で掴んだ元気

 一人ではなく、仲間と分かち合う元気
その延長戦上にある地域との連帯感に目覚めた元気

 この世の中、なんといったって、男と女
男と女が織りなすワクワク、ドキドキ
彼女(彼)のために頑張っちゃっている元気

 そんな人間模様に絡むから
中小企業の「元気」は面白くもあり、また、奥深くもある。

 中小企業の未来を真っ正面から見つめて
人間模様にもエールを送りながら
来年も「カラ元気」でない本物の元気発信しまーす。

 今年の大賞に 「たまちゃん」
 来年も元気を  「TAMAさん」


                     良いお年を(^o^)


中小企業の実像

■平均値の限界

 中小企業は今どうなっているのか。
中小企業といってもピンからキリまで様々である。

 中小企業の実像へのアプローチに各種の統計がある。
中小企業庁による資料にも色々詳しく載っている。

 しかし、その多くは中小企業全体の平均値である。
この平均値というのが「くせ者」である。

 今年の白書でも平均値のみでは
とらえられない中小企業の実像について解説している。
    白書解説→中小企業の実像と平均値

 中小企業は平均値で実像を捉えようとすると
間違うことが多いというのだ。
確かに、中小企業の特徴は多様性である。

 元気な中小企業とダメな中小企業を
平均してダメな中小企業が大きく足を引っ張っていると
中小企業全体が一律に悪化しているという実像を描く。

 元気印中小企業は全体像の中で埋没する。
特に、ばらつきが大きく、極端な開きがある場合は
平均値での判断は慎重でなければならない。

 しかし、一般的には、平均値によってイメージを抱く。
元気な中小企業の実像は見えない。

 ここで中小企業全体が
ダメとうことで変な納得をしていると
元気印中小企業に学ぶという意欲は薄らぐ。

 中小企業も視点を変えれば、イメージも変わる。
掘り下げた突っ込みが必要だ。

 「変わる」視点で、「変わる」イメージ


多様性

■中小企業の実態

 先日、銀座の東京都中小企業会館
不況下における元気印企業」というテーマで講演を行った。

 東京都と東京都中小企業労務改善集団連合会の主催の
活力ある職場づくり推進 東京都大会
における記念講演である。
  「講演・セミナー」参照→活力ある職場づくり推進 東京都大会(記念講演)

 講演終了後に雑談した時の話である。
中小企業をどうみたらいいか
確かに、元気な中小企業もあれば、ダメな中小企業もある。

 一般的には、多くの中小企業はこの不況で苦戦しているであろう。
しかし、元気で業績をのばしている企業もいっぱい存在する。

 もともと、中小企業といっても、
個人事業主に近い生業的中小企業もあれば、
店頭上場を目指し頑張っているところもある。

 日銭が入って生活できればいいという企業もあれば
リスクにチャレンジするベンチャー企業もある。

 また、今日の講演のキーワードの一つでもある「第二創業」の
価値ある復活で変化に果敢に挑戦している企業もある。

 中小企業は個人に一番近い企業である。
社長個人の価値観、生き方を色濃く反映する。

 元気か、元気でないかという以前に
中小企業の生き様がある。
まさに、中小企業の多様性である。

 人生いろいろ
 中小企業いろいろ


目立たない

■元気な企業は?

 先日、横浜南優申会主催の講演を担当した。
優申会は税務申告で優良な法人の集まりである。

 税務署の地区毎に優申会があるようで
神奈川税務署管轄の神奈川優申会でも講演をやっている。

 ところで、講演の始まる前に
横浜南税務署長さんとお話したときのことである。
「この不況でも元気な企業はあるんですよ。そのお話を」と言うと。

 署長さん曰く「元気な企業は目立たないんだよな」
一瞬、「それは目立ったら税金いっぱい取られちゃうから...」
という言葉を呑み込んで「そうですね」と応えた。

 しかし、確かに元気な企業はどちらかというと目立たないのだ。
例えば、一杯やっている席でも
この不況はどうしようもない、政治がダメだ。株がダメだ。だから...

 うちの業界は手の打ちようがないと慰め合っている姿は
しかし、声は大きく、結構賑やかなのである。
ダメな仲間同士の変な安心感、連帯感もある。

 そこへいくと儲かっている先は雰囲気には同調するも、
「いや自分のところはなんとかやっているのだけれど」という
静かな自信が隠されている場合が多い。

 いつか、ある塗装組合の講演後の懇親会で
皆、不景気な顔してお互い慰め合って騒いでいた。

 そんな中で静かに杯を傾けている社長に
「大変ですね」と声をかけると「いや、うちは忙しいんです」と言う。

 塗装...塗っているでのではなく、はがし専門だとか。
人と逆をやると結構商売になると言う。

 強い犬は吠えない
 (自信があるから、何も言ワン!)「バウリンガル」
 *  *  *  *  *  *  *  *  *  *
バウリンガルはタカラの犬の気持ちを翻訳する犬とのコミュニケーションツール
この度、イグノーベル賞を受賞、もっとも、バウリンガルは犬の声紋による識別だから
何も吠えなければ分からないですね。失礼しました。m(_ _)m


女の目

■女に鍛えられる

 先日、津久井町商工会(神奈川県)主催の
経営塾」で勉強会を担当した。

 夜7時半から9時過ぎまでの1時間半ほど
忙しいなか、また、日中の疲れもあると思われたが
皆、目が輝いていて、熱心である。

 5月から月1回ペースで6回目になるという。
今までの5回は地元の経営者の講師による勉強会で
今回から外部講師によるものとのこと。

 勉強会終了後、第2回に講師を担当した城山町商工会会長
前回講師担当のピザ店経営者と雑談したときの話である。
二人とも脱サラという。
  ピザ店経営者「事例紹介」(02.11.30)参照→「映画のシーンから起業

 これから元気になるためには
女性」を取り込まなければダメだということになった。
もっとも、「女性」は今日のTAMAの勉強会でのキーワードの一つでもある。

 女の目で商売を考え、女の心を掴む。
女が来れば男が来る。先ず、女に認められること。
確かに、女を味方につければ強い。

 しかし、会長曰く「その女の目が厳しいんだよね」
値段も質もシビアで手が抜けない。さらに雰囲気とくる。
しかも、ちょっとしたことで「浮気」、バイバイと離れていく。

 女の目と商売道
女の目に鍛えられて商売が本物になっていく...
勉強会のキーワードは実感されたが、その道は厳しい。

 女の「目」から、「目」が離せない


規模と研究開発

■研究開発...小さい方が有利?

 研究開発...規模との関係はあるのか?
中小企業としては興味のあるテーマである。

 今年の中小企業白書では
規模が小さいほど研究開発は有利としている。
        「中小企業白書」解説はこちら→規模と研究開発

 「え!そんな?」と思われた方も多いと思う。
白書はアメリカでも、日本でも
小さいほど研究開発の実績が良いと指摘している。

 それには色々理由があると思われる。
先ず、組織に邪魔されない意志決定の早さがある。
テーマ設定の素早さと途中経過での軌道修正の柔軟さもある。

 次ぎにそのテーマに突き進む開発のスピードである。
もたもたしている余裕はない。ゆったりと研究という環境にない。

 また、日夜研究にいそしむ
「なんとかしよう」という心のインセンティブにも差があろう。

 ここで、中小企業を見る場合、小さいから不利と考える根拠に
規模の問題と人材の問題をすり替えていることが多い。

 人材・能力が全く同一という前提で、
規模、即ち、その人数が多いか、少ないかを論じた時、
初めて本当に規模論に迫れる。

 規模の大小を客観的に見ようとするきっかけを
規模と研究開発は問題提起している。

 小さいから不利との思い込みと
ダメな言い訳探しからは競争上の優位性は生まれない。

 不利な「ふり」は不利


過信は禁物

■完璧を目指すと

 中小企業の社長にとって
悩ましい問題に相続対策がある。

 ある程度、歳をとってくると
確かに、事業承継は大きな課題である。

 特に中小企業の社長の一番の関心事の一つは
相続対策、なかでも相続対策といっても過言ではない。

 出来るだけ「税金」は取られたくない。
出来れば「ゼロ」にしたいのは人情でもある。

 これは、ある中小企業の社長の話である。
彼は大変な勉強家であった。相続に絡む知識も豊富である。
頭が下がるほど計画的で先手先手と実行するやり手タイプである。

 お陰で一人息子が後を継ぐこととなっており
相続対策も抜かりない。

 息子への相続税対策は専門家も舌を巻くほどの完璧さである。
贈与税など払うものは払いながら、計画も順調であった。

 そしてすべてが完全に達成されたとき
前回のコラムの「まさか」が起こった。

 息子が交通事故で亡くなったのである。
呆然とする「父親」。今度は息子の財産に相続税が...

 あまりの完璧さに神様が怒ったのか。
息子が先に死ぬことは予想もしなかった「まさか」である。

 しかし、人生「税金ありき」ではないのである。
人生の大切なものは「何か」を考えさせる話ではある。
過信は禁物。人生に「絶対」はない。

 「絶対」は「絶対」ない


人生3つの「さか」

■試金石としての逆境

 人生には3つの「さか」があると言われる。
上り坂と下り坂...
さて、もう一つは?

 それは「まさか」
人生、登りもあれば下りもある。

 しかし、「まさか」は突然やってくる。
だから「まさか」なのである。

 中小企業の社長の話を聞いていると
この「まさか」の対応で大きな分かれ目となっていることが多い。

 リスク管理なんていう理屈っぽい話ではない。
とっさの判断がもたらす
総合力」というか「人間力」の差みたいなものを感じることがある。

 また、微妙に日頃からの「問題意識」とも絡む場合もある。
その「まさか」がきっかけとなって、白紙からスタート
もやもやが吹っ切れて「原点回帰」となることもある。

 しかし、一番の決め手はプラス志向である。
「まさか」が突然のマイナス事項でも
それを乗り越えようとする精神状態の高揚である。

 今、元気な中小企業も
今まで大きな転機を経験していることが多い。
困難が大きければ大きいほどその「意味合い」は大きい。

 難局を脱却した自信がさらに前向きな精神を生み出す。
「まさか」は逆境を乗り越える試金石である。
また、人生の「分かれ目」でもある。

 ま「さか」が、「さか」い目


経営とは?

■小回り

 経営とは何か?様々な見方があるなかで
経営とは変化対応業」というのがある。

 経営資源のヒト、モノ、カネをマネジメント...
そんなイメージを描いていると「え?!」という感じだ。

 変化が早くて、ついて行けない。すぐ取り残される。
ちょっと油断すると、変化に対応しないリスクに晒される。

 そうであれば、むしろ、経営を
「変化に如何に対応するか」という視点で捉えようとするものである。
それだけ変化が早くて、その影響の方が大きい時代の反映とも言える。

 経営を変化対応業とすると
組織のあり方、情報の捕らえ方などが違ったものとなる。

 中小企業の強みの一つに「小回り」がある。
小規模が故に意志決定など柔軟に対応できる。
組織に縛られる弊害もない。

 小回り...俗っぽい言葉であるが
変化対応業としては打ってつけのキーワードである。

 しかし、多くの中小企業は小回りを生かしていない。
大手との比較での強み「小回り」の自覚はむしろ薄い。

 大手が選択と集中、撤退、リストラ、
新規の模索などもがき苦しんでいるなかで、
不景気だから仕方ないとじっと耐えている中小企業もある。

 今は変化も「大変化」の時代である。
経営環境は大手も含め厳しい状況にある。
だからこそ中小企業の強みを今一度再認識したい。

 「大変」化で、経営も「大変」...だから小回り


若返りの妙薬

■企業も年を取る

 今年の中小企業白書では
会社の若返りの妙薬について取り上げている。
          中小企業白書の解説はこちら→若返りの妙薬

 法人即ち会社は、本来、不老不死と見られる。
しかし、白書では会社も我々人間と同じように年を取るという。
いわゆる老化現象である。

 その老化現象を防ぐ手段が経営革新であり
一番の若返りの妙薬という。

 要するに「経営革新しないと老けますよ」
また、「若返りしたかったら経営革新しなさい」ということか...

 確かに、時代の変化も早い。
成功体験に浸っているといると、あっという間に陳腐化する。

 変化に流されてはならない。
むしろ変化を先取りする経営革新を常にせざるを得ないご時世。

 停滞モードになったら、
革新モードにギアチェンジしないと。
老化はちょっとした体調不調から老け込むということもある。

 ここで経営革新と一口に言っても
発想の転換をしなければならない。
少なくとも、創意と工夫による真の若返りが求められる。

 お客のニーズが変化しているのに
従来の延長戦上で、いくら若くみせようと
厚化粧しても、お客の心には届かない。

 経営革新
 「若作り」より「若返り」


先端技術を支えるもの

■ノーベル賞受賞

 日本で二人のノーベル受賞者が生まれた。
物理学の小柴昌俊氏と化学の田中耕一氏。

 元気のない日本において明るい話題となった。
方や東大名誉教授、方や島津製作所のサラリーマンと好対照。

 ここで小柴氏の素粒子ニュートリノの検出に
ガラス管を均一に仕上げる微細職人芸の存在があったという。

 神岡鉱山地下のスーパーカミオカンデにおける
微小な光を増幅して電気信号に変換する光電子増倍管の製造にである。

 世界的に余りにも有名で偉大なノーベル賞と
日本における職人芸の取り合わせが面白い。

 この話を聞いて日本の職人のキサゲを思い出した。
キサゲはノミに似た工具で鉄のブロックの表面を少しずつ削る。

 そして高低差が千分の一ミリという平らな面を作り出す。
超精密...気の遠くなるような作業である。

 一人前になるには多くの経験が必要だ。
経験とカン...まさに職人芸である。

 機械加工では出来ない精度
人間の技能によって可能にする加工技法である。

 電子機器の量産には精度の高い金型が必要である。
その金型を作る機械はそれ以上の精度を持たなくてはならない。

 キサゲは超精密を求める電子産業のニーズと一致。
ハイテク機器や情報機器の製造を支える存在になった。
華やかな先端技術の陰にそれを支える職人芸がある。

 最先端の「技」に、職人の「技」


原点を学ぶ

■理論と実践

 先週の土曜日は朝から一日セミナーであった。
それもちょっとお堅い「経営管理論」である。

 受講者は全員50才前後の働き盛りの女性
部長、副部長という管理職、なかには経営幹部の中枢を担う人たちもいる。

 経営の基本を学ぶ...
日常の仕事を持ち、忙しいさなかの勉強である。
しかし、その視線には日頃の疲れを感じさせない真剣さがあった。

 そんな雰囲気であってもユーモアはある。
班に分かれてのグループ討議で「たまちゃん」にあやかる
「TAMAちゃん」チームの出現には驚いた。

 ベテランの実践派、ホンネの直感派
ともいえる彼女たちから伝わるものは
理論を学ぼうとする意外にも前向きな素直さである。

 その屈託のないプラス志向はどこから来るのか
悩み多い現実の職場の「あるべき姿」の原点を知ろうという真面目さか。

 理論と実践...永遠のテーマである。
実践での問題解決を理論の原点で探る...

 理論を中心に勉強する学生や
受け身でのセミナー参加者とはどこか違うのである。
実践を身に付けたものの強みが感じられる。

 そこには理論に対する「難しいのでは」という戸惑いや
「今さら理論なんて」というマイナス思考や減点志向はない。
実践から滲み出た「学ぶ喜び」を知るさわやかさがあった。

  「減点」志向を排し、「原点」を学ぶ


業態の見直し

■業種と業態

 業種は広い意味にも狭い意味にも使われる。
例えば広い意味での業種である小売業には
魚屋さん、八百屋さんという業種がある。

 ところで業種は比較的分かりやすいが
業態というとちょっと分かりにくい。

 業態は一般的に営業・事業の状態をいうが
小売業の場合、一つのコンセプトによる営業形態をいうことが多い。
           コンセプトはこちら→コンセプト「視点・直言」(01.10.13)

 例えば、魚屋さんは業種であるが
同じ魚屋さんでも「海鮮料理材料店」となると業態的色彩を帯びる。
これを業態化と言っている。

 新鮮さをアピールする「海鮮料理材料店」と同じく
総菜化をアピールする「焼き魚の味専門店」なんていうのもある。

 八百屋さんも青果店という業種であるが
季節の生鮮野菜を中心とする「ナチュラルサラダショップ」
果物の専門化の「輸入フルーツコレクション」という業態化もある。

 新業態への模索は、消費者ニーズの差別化、専門化
消費者の視点でもう一度見直そうという流れである。

 業態化などといった難しいことを考えなくても
同じ業種でも品揃えに自分の想いを込めるだけでも随分違う。

 しかし、自分の店はどういう店かをアピールするためには
消費者に分かりやすい業態化の視点も重要である。

 業績が今一つパッとしないとき
業態という視点での見直しで道が開ける場合もある。
少なくとも消費者と自店が正面から向き合う機会を得る。

 業績の見直しに、業態の見直し


法人も社会人

■企業不祥事

 先週、横浜市のある福祉団体の新任職員の研修セミナーを担当した。
社会人として望まれること」というテーマである。

 当館のメインテーマの中小企業経営ではない。全く面識もない。
「講演・セミナー」コーナーのセミナー実績からの打診であった。

 ホームページの威力をあらためて感じる。
もっとも、キャンペーン中の特別価格の依頼であった。

 さて、社会人としての
最低限「迷惑をかけない」ということがよく言われる。

 社会に貢献する前に社会の足を引っ張っては話にならない。
社会人としての自覚、責任感といった心構えが先である。

 社会人とは何か、社会人は社会を意識したときから始まる。
そこには個人も、法人としての企業も含まれる。

 お互いに社会を構成しているメンバーである。
特に大手企業は大きいが故に社会的影響も大きい。

 社会人としての意識、自覚、責任、信用...と
セミナーを進めているうちに
最近の大手ブランド企業の不祥事が頭をよぎる。

 モラルハザート、コーポレートガバナンス、コンプライアンス...
と難しい専門用語をならべてもむなしく聞こえる。

 社会人でありながら、あまりにも
社会人としての自覚に欠ける現象が多すぎるのである。

 図体は大きくなり、立派な門構えであっても
中身が腐っていては「望まれる社会人」とは言えない。
むしろ社会人失格である。

 門構えより心構え


リスクを考える

■リスクを商機に

 金融機関の支店長の通信講座の執筆を頼まれ、この程脱稿した。
当館ホームページのプロフィールを見ての依頼であった。

 金融機関の経営環境は激変している。
その変化対応の課題の一つに「リスク」がある。

 金利リスク、為替リスクにとどまらず、不良債権に絡む信用リスク、
某大手銀行にみるシステムリスクなど問題山積みである。

 あらゆるリスクを想定してそのリスクを如何に避けるか
リスク・マネジメントの必要性が問われている。

 しかし、一方、リスクは商機でもある。
リスクを引き受けてビジネスチャンスも生まれる。

 今までの日本の金融機関に最も欠けている点の一つである。
金融リスクは金融のプロにとってビジネスの宝の山である。

 ここでは金融機関から離れてリスクを考える。
中小企業においてもリスクは至る所に転がっている。
時にはそのリスクが命取りになることもある。

 だが、市場ニーズを開拓するという視点からみると
そこにリスクがあるからこそ、そのリスクを取り除ければ
ビジネスチャンスはぐっと広がる。

 例えば、食の不安というリスクは安全な食に対するニーズを高める。
消費者は安全の確認が得られれば高くても買うご時世だ。

 お客がリスクと感じられるものを徹底的に分析し総洗いする。
そのリスクをリスクとしない方法はないか。

 困難と思われるリスクほど競争での優位性は増す。
勿論、それには発想の転換、創意工夫が求められる。経営革新である。

 現状維持からじり貧になったとき、リスクを引き受ける
そこに商機が生まれるという「リスクを商機にする」発想である。

  リスクを 「とる」(取り除く)から「とる」(引き受ける)


意欲こそ

■ある社訓

 ある会社の社訓ということで紹介されたものである。

 カネを失うのは「小」の損失
 信用を失うのは「大」の損失
 そして「意欲を失う」は、「すべて」を失う。


 なんとも含蓄のある社訓である。
大会社のブランド企業の信用がガタガタと失墜するご時世である。

 信用を築き上げるのは大変である。
苦労して創り上げた信用も一夜にして失う。

 ここで3番目の意欲を無くすのは
すべてを失うというのもなかなか奥が深い。

 意欲があれば、カネも作られよう。
長い時間をかければ信用も築き上げられよう。
しかし、意欲がなければすべてはゼロである。

 さて、中小企業の社長のなかには
ほどほどの小ガネを持っており、
人柄も良く、信用もそれなりにあるという人も多い。

 だが、業績が今一つぱっとしない。肝心な意欲がどうも...
みんな景気のせいにする訳ではないが、仕方ないからという感じの人もいる。

 起業家精神、第二創業の心意気、チャレンジ精神...
皆「意欲」の問題である。

 意欲のすべてを失わないまでも、
ほどほどの意欲では、激変する時代に合わなくなることもある。

 社訓では「意欲」の大切さを訴えているが、
ここで自社の問題意識として、「意欲」についてもう一度真剣に考えたい。

 「意欲」について「意欲」的に考える

*  *  *  *  *  *  *  *  *

 この社訓は銀行の元役員のある先輩から教えて貰ったものである。
当館の情報として提供頂いた。その時、当館で社訓、社是を研究、紹介しても
面白いのではというアドバイスも頂いた。


心の豊かさ

■世論調査

 内閣府が8月31日に発表した「国民生活に関する世論調査」によると
生活の仕方について「心の豊かさ」重視が60.7%と過去最高となった。

 内閣府は毎年「今後の生活で何に重きをおくか」
「心の豊かさ」か「物の豊かさ」かという統計をとっている。

 物から心へ逆転したのはもう20年以上も前になる。
その後一貫して「心の豊かさ」重視は上昇傾向にある。

 物と心の二者選択の統計を
ずっと続けてきたことに意義があるが、これをどう見るかである。

 確かに今「物」が有り余っている。
「物」について需要と供給は明らかに供給側が不利である。
これにデフレ不況が追い打ちをかける。

 しかし、消費者は「物」でなく
「心」の豊かさを求めている現実を直視する必要がある。

 不況、不況と言われているが、
心の豊かさのためなら「カネ」を惜しまず使うのである。
ただ、その品揃えがない。ここにヒントがある。

 それはサービスとは限らない。物+心の満足の工夫。
その差別化で元気印の企業が数多くある。

 さて、心の豊かさとは何か。
人によって豊かさは違う。オーバーに言えば、人の数だけ心がある。

 これは中小企業の方が有利だ。大企業は「個の満足」に馴染まない。
少人数の人の心にぴったり合ったもので勝負。
多くを狙う必要はない。ここに中小企業の生き方がある。

 心の「豊かさ」は、中小企業のビジネスモデルの「豊かさ」に


商魂たくましく

■タマちゃん

 今月上旬に多摩川で現れた一頭のアザラシ
群から外れて迷い込んだのか...人気ものとなった。
多摩川だからタマちゃん...

 そのタマちゃんらしいアザラシが鶴見川に現れた。
鶴見川でも、タマちゃん。
多くの人たちがひと目見ようと集まってきた。

 テレビなどのマスコミの影響の大きさに驚くとともに
アザラシの愛くるしい、どこかとぼけた姿と二重写しとなって
なんとも平和な日本だなあという思いがしていた。

 そこへアイスキャンディ屋が現れたのである。
鶴見川沿いの住民としてちょっとびっくりした。

 人が集まる。暑い。
冷たいアイスキャンディは売れるはずと自転車で駆けつける。
何とも言えない商魂である。

 すっかり元気をなくした中小企業の原点である。
情報を素早く掴み、小回りを生かしてビジネスチャンスに挑む。

 もたもたしていてはチャンスは逃げる。
取りあえず飛んでいく。ダメなら引き返す。
その身軽さは中小企業の真骨頂である。

 久しぶりに「商魂」を感じた。
タマちゃんには余計なお世話であるが
お陰でコラムのネタが増えた。

 キャンディ屋の出没に
 タマちゃんもビックリ、TAMAさんはニッコリ


内部告発

■企業不祥事

 大手企業の不祥事が後を絶たない。
不祥事のなかには法律違反企業犯罪もある。

 そこに隠蔽体質が追い打ちをかける。
隠せるものなら隠し通す。騙し通す。

 大手が故の油断や奢りもある。
どうせ見つかるはずがない、疑われるはずがない...

 その多くは内部告発により表面化している。
内部告発がなければ、未だに水面下で
企業犯罪が進んでいると思うと末恐ろしいことではある。

 知らなかったのは消費者だけということになる。
なんともやりきれないご時世ではある。

 内部告発...なにやら嫌な響きである。
リストラばやりの昨今、リストラされた個人からが多いという。

 自分を殺し会社に忠誠を捧げる会社人間の時代ではなくなった。
しかし、個人と会社の葛藤はある。

 個人が悪と分かっていても上司(会社)から
会社のために不正を働くことがあるとすれば、なんとも...

 しかし、本質は大企業病にむしばまれ、
会社も個人も感覚が麻痺していることにあるのではないか。

 どんな企業には自浄能力がある。
良心を持つ個人、組織としてのチェック機能等々...

 なんのために組織はあるのか
大企業病が犯罪を犯すまでになる恐ろしい現象ではある。

 大企業病、自浄能力「殺し」 内部告発「生む」


夏休みモード

■定着した夏期休暇

 すっかり夏休みモードである。
特に旧盆を挟んだ週はその傾向が強い。

 勿論、業種によっては「かき入れ時」というところもある。
点検・補修メンテナンスなど休暇中が超繁忙という企業もある。

 しかし、欧米並とまではいかないが、
日本でも夏休みが定着したことは確かだ。

「休む」ことに対してはプラス面もある。
誰かが休めば誰かにしわ寄せが来る。お互い様である。

お互いに迷惑をかけないようにするためには
お互いの信頼関係のもとで計画的な仕事をしなければならない。

 ここで「育てる」という視点を入れると違った側面が見えて来る。
中小企業の場合、小回りを効かして
なんでもこなす社員の育成のチャンスでもある。

 特に社長は自分が休む。その時は絶好の教育の場である。
俺がいなければこの会社は回らないと力まないことである。

 任すことが最良の教育ということもある。
そのためには常日頃から
任す相手、任せ方を考えておかなければならない。

 休みも色々な視点を加味して
結果としてみんなが休める工夫が必要である。

 いずれにしても夏になったら
人並みに休む...それが相場である。

 「休む」も相場→(株売買の格言からの工夫)
 「休む」が相場→(夏休みの定着からの工夫)


○女房が第一

■良き理解者

 ある講演後の懇親会の席での話である。
中小企業にとって「一番大切なものは何でしょうか?」と
聞いた答えが「女房」であった。

 「うーん、ノロ気かな?」
と一瞬思ったが、大まじめである。

 中小企業の社長にとって何時も不安はつきまとう。
孤独である。良き理解者が不可欠ということであろう。

 金庫番、カネのことは任せらる。
従業員の面倒も任せられる...というのが理想という。

 しかし、会社にタッチしているか、
否かは必ずしも関係ないともいう。

 ある決断をする時に一応話してみる。
内容が分からなくても、話す過程で
その決断が妥当かどうか固まる。

 ムリ、無茶をしている時に
常識的に「それはおかしい」と言える人間がソバにいればいい。
だいたいそんな内容であったと思う。

 そう言えば、ベンチャーで失敗する場合を見ると
意外とリスクにチャレンジしている時より
過信に落とし穴があることも多い。

 中小企業にとって一番大切なもの
女房...平凡なことに真実ありか...

 平凡に「神(カミ)」は宿る
 平凡に「カミさん」は宿る


危機からの脱出

■思わぬ救い

 先日、神奈川県中小企業団体中央会
会長とお話する機会があった。
                       →神奈川県中小企業団体中央会

 神奈川県中小企業団体中央会の機関誌「商工神奈川」
毎年「中小企業白書のポイント」を載せている。
当館の「中小企業白書」(02.7.20)参照    →中小企業白書のポイント

 会長の本業は電子部品の貴金属メッキ加工である。
車の窓の自動ドアのメッキなども手掛けている。

 昔の手動ハンドル式から自動ドアが主流になり、
そこの部分はメッキが多く使われているという。

 いろいろ話が弾むうちに
「今までで一番辛かったのは何時ですか?」と聞いて見た。

 第一次オイルショックの時との答えが返ってきた。
そういえば、スーパーのトイレットペーパー騒ぎを思い出した。

 この地球上から石油が消える、モノがなくなる。
その恐怖感が奥さん方を行列に走らせた。その時と言う。

 なるほどと思った。
と同時に、それでどうしたか、興味が沸いた。

 全く困り果てている時に
100円使い捨てライターのメッキに辿り着いたという。

 使い捨てライターに16箇所にメッキ部分があるとのこと。
詳細は省略するが、思わぬもので危機を切り抜けたという。
使い捨てライターがなかったら今はなかったろうと...

 使い「捨て」ライターで、命「拾い」


失われた10年?

■教育と自立への道

 失われた10年...これはバブル崩壊後の日本経済の話ではない。
若者の高校3年大学4年、そして卒業後の3年のことである。

 前回、飛んでいる鳶職の話をした。
その時、その鳶に育てられている少年にある種の感動を覚えた。
不良少年から改心し、高校に進学せず、職人としての自立への道...

 一方、多くの大学生がいまだ自立出来ず
就職難を前にやっとあたふたと自分探しを始める姿と二重写しになる。

 そしてやっと内定をとっても3年以内に3割辞める現実。
はたまた、フリーターの3年というのも多い。

 この10年間の違いをどう見るか。
職人としての10年の経験と修行はかなりスキルアップしたものとなろう。

 教育とは何なのか、自立とは...考えさせられることではある。
しかし、失われた10年とならないためにはどうするか?も大切である。

 ここで、学卒のたどる10年は全く無駄かというとそうでもない。
月並みではあるが、多くの人脈が出来、人間関係も広がる。

 サークルでやりたいことをエンジョイ。なんといっても自由を謳歌。
人間の幅も広がる。ビジネス以外の可能性も探れる。

 その自由な期間を自立への充電期間とするめには
その後の生き方が大切である。

 確かなことは自立がなければ起業はない
中小企業の活力も生まれない。

 職人として確実に蓄電し続ける若者。
単なる放電に終わる若者。充電に切り替えられる若者。

 自立への道...蓄電、放電、充電...本人次第


職人への手応え

■鳶職(とびしょく)

先週は猛暑のなか、木、金曜日と連チャンの講演であった。
こうなると講演活動も頭ではなく体...体力勝負(笑)ですね。

 木曜日の講演後の懇親会の席で
真っ黒に日焼けした頑強そうな人に声をかけた。

 「お仕事は?」「とびです。」
「とび」...久しぶりに聞いた気がする。

 とびは鳶と書く。とんびとも。ワシタカ科である。
転じて、鳶職のことも言う。略して鳶。
鳶職建築の基礎工事や建築物の骨組の組立てをする職人である。

 そういえば、その会は、ある建設会社の協力安全協議会主催の
「やさしい・役に立つ・経済の読み方」というテーマであった。

 さて、その鳶の人の話である。
今、若者が仕事をしたいと結構来るというのだ。

 鳶はかなりきつい仕事だ。
「若者が?」と疑問に思いつつ顔を覗き込んだ。

 若者といっても16−7才の10代の若者が多いとのこと。
鳶は朝早い。6時半集合に皆遅刻しないで集まると言う。

 鳶への動機は様々である。学校が面白くない。
一度は、ぐれて、いわゆる不良の仲間入りをしたものが多いとか。

 改心して、強烈なエネルギーを出す。
しつけも厳しいが皆礼儀正しく、常に前向きで向上心も強いと言う。

 もう教育者の顔である。鍛え抜かれた確かな腕と自信。
そこに「すがすがしさ」を感じる。「飛んでいる」職人ではある。

 飛んでいる鳶に乾杯!


インターンシップ

■実務体験

 最近、インターンシップという言葉をよく聞く。
学生による企業での実務体験を制度化したものだ。

 欧米では一般化しているが
ようやく日本でもその制度を導入しようとする企業が増えてきている。

 入社テスト、面接などいろいろ工夫して
なるべく自社に合った学生を採用しようとする訳であるが
短期間で学生を見抜くことも至難の業である。

 学生の方も応募要項やインターネットなどで
企業の情報収集するが、今ひとつピンと来ないことも多い。

 現に、折角入社して、すぐ辞める新入社員も後を絶たない。
「こんなはずではなかった」「自分のやりたいことと違っていた」

 一方、企業も「ちょっと今度の採用は失敗した」
「あっちの学生の方がよかったかな」と、まぁ様々。

 勿論、今の若者の我慢しない、ドライな世相もあるが
折角の出会いがマッチしない不幸も多い。

 そこで、学生と企業双方に「お互いを知る」期間を設けて
それを制度化したものがインターンシップである。
要は「お試し期間」の設定である。

 中小企業でも導入するところも出てきている。
この「お試し制度」は中小企業にとってメリットも多い。

 会社の方針と個人のやり甲斐のマッチこそ
お互い将来を託せる良好な関係が生まれる源泉だからである。
そのためには新制度を毛嫌いしないことだ。

  「試し」に、お「試し」制度を
インターンシップの事例については「事例紹介」インターンシップの導入(02.7.13)参照


ワールドカップ宴の後

■燃えるもの

 ワールドカップが終わった。日本列島が熱き夢を追って燃えた。
日の丸が踊った。老いも若きも違和感のない一体感

 韓国との共催。外国選手村の交流。各国のサポーターの熱狂。
いやがうえにも「世界の中の日本」を実感するグローバル化。

 みんな、にわかサッカー評論家化となった。
ワールドカップについて様々な見方があろう。
経営の視点からも数々のバランスの妙を指摘する見方もある。

 攻めのブラジル、守りのドイツ。切り返しとカウンター。
攻めながら守る。守りながら攻める。攻めと守りのバランス。

 チームあっての個人。しかし、ジダンのいないフランス。
光る個人技。でもチームプレイ。チームと個人のバランス。

 練習と実践で鍛え抜かれた肉体的な強さ。
最後まで諦めない精神力。心身のバランス。

 さらに、しのぎを削る切磋琢磨の個人間競争。
チームワークによる協調。競争と協調のバランスなどなど。

 しかし、それらのバランスよりもワールドカップが残したものは
燃えるもの」を得たときのあの熱気ではなかったか。
それは「燃えるもの」への飢えの裏返しでもある。

 勝ち組中小企業、元気印中小企業の多くは
少数精鋭で企業業績が個人に反映される達成感のある
燃える集団」となっている。

 若者も「燃えるもの」があればあんなに燃える。
「燃えるもの」が失われたご時世。
「燃えるもの」を作り出すことがリーダーに今一番求められている。

 「燃えるもの」、喪失(そうしつ)から創出(そうしゅつ)へ


オーナー経営者

中小企業経営者の強み

 前回、サラリーマン経営者の弱みとして
最終経営責任の意識の希薄を取り上げた。

 今回はオーナー経営者の強みである。
物事には強み、弱み、両面がある。

 サラリーマン経営者、オーナー経営者を同じ強み、弱みとして
ひとくくりにすることは危険である。

 しかし、それぞれの強み、弱みを自覚しながら
経営の原点を模索することは時には必要である。

 さて、オーナー経営者による企業は
経営理念のしっかりした「顔の見える」経営をしていることが多い。

 サラリーマン経営者と違って
経営者の「人となり」が色濃く反映しているからである。

 自信に満ちた、充実感のある経営者には
サラリーマン経営者にない独特の雰囲気がある。
経営者としてのオーラが発せられていることも多い。

 特に起業して間のない創業者には理屈ではない、創業への熱き想い
夢とロマンからの発露としてのオーラがある。

 逆にオーラが無くなったと感じたら
中小企業経営者としての強みが薄れているのかも知れない。

 もっとも「オーラ」は周りが感じるものである。
時には自分の「オーラ」の発信具合をチェックするために
社員の反応を見るのも無駄ではない。

 「オーナー」経営者、「オーラ」を再確認


サラリーマン経営者

■最終経営責任

 中小企業と大手企業の経営者を比べて、大きな違いの一つに
中小企業にオーナー経営者が多く
大手にサラリーマン経営者が多いということがある。

 勿論、大手でもオーナー経営者はいる。
創業者の努力により大手となり、今存在している企業群である。

 また、中小企業でも2代目、3代目など後継者の時代となり、
オーナー的色彩が弱くとなっている場合もある。

 ここで規模の大小ではなく、オーナー的か、
サラリーマン的かという視点で経営者を見ると違った姿が見えてくる。

 特に、最近の大手の不祥事への対応を見るにつけ
サラリーマン経営者の不甲斐なさを感じることも多い。
また、経営者の資質を疑う事件もある。

 オーナー経営者とサラリーマン経営者の
違いが端的に現れるのは経営責任への自覚の有無である。

 サラリーマン経営者が企業ムラ社会のトップになり
人間まで偉くなったと錯覚したとき、
肩書き取ったら「ただの人」となる悲哀が待っている。

 責任回避をしない最終責任者としての自覚もさることながら
品格、モラルなどの社会性、人間性が問われる不祥事も後を絶たない。

 債権放棄でも大手の経営者の責任感の薄さ
一方、体を張って、必死に借金を返そうとする中小企業経営者の気迫
その差は最終経営責任者としての意識の違いにある。

 サラリーマン経営者...責任意識が「希薄」に
 オーナー経営者.....責任意識に「気迫」が


大企業病

■大企業のデメリット

 ある学生の質問である。
「ぼくは大企業病なのです。どうしたらよいでしょうか?」

 あれれ!大企業病の意味をはき違えている...
彼の言う大企業病は大企業こそが絶対で
いわば「大企業信仰症候群」ともいうべきものなのである。

 学生は新語、造語が得意であるが全く逆というのも珍しい。
大企業病は大企業のデメリットを表現している。
学生のいう大企業病は大企業礼賛で大企業のメリットを強調している。

 大企業には大規模であることのメリット、デメリットがある。
大企業病はそのデメリットが病的症状になるまで悪化する現象をいう。

 規模が大きくなり、組織が肥大化すると、柔軟性はなくなり
個人は組織に埋没され、活力が失われる。

 大企業病はいたるところに見られる。
○○食品の偽装事件などの企業犯罪まで起こる。

 個人なら当然回避したであろう事件も
大組織で完全に麻痺した怖い事例である。

 某大銀行のシステム障害も大企業病の最たるものである。
大組織のなかで実態が見えなくなり、指揮命令系統も混乱。

 中小企業は小規模が故に絶対に大企業病にならないかというと
意外と「小回り」「柔軟性」など小規模のメリットを生かせない
変化に対応しないリスク」に気づかない大企業病に近いものも多い。

 大企業の悪いところだけしっかり取り入れては勝負にならない。
大企業病にならないように普段から気をつけたい。

 しのびよる大企業病を排除
 怠ればもう立派な大企業病


フルセット型経営

■抱え込む経営リスク

 大手が苦戦している。特にフル装備で
何でも自前で抱え込んできた企業ほどその傾向が強い。

 大手家電と言われる企業もようやく
選択と集中で自社の得意とする武器に集約し始めた。

 以前には考えられなかったライバル企業との
提携も本格的に動き出そうとしている。

 二番手以下の部門の売却、OEMで相手に製造してもらい
自社ブランドだけを残すなど様々の動きもある。

 また、中国企業との提携などその動きはグローバル化している。
製造部門だけでなく、販売部門においても連携の模索は続く。

 何でも自前で抱え込む経営スタイルフルセット型経営という。
もはやフルセット型経営では立ち行かなくなってきている。

 ほどほどに何でも揃っているだけで
自社に光るものがなければ厳しい競争に勝てない。

 いわんや某大銀行のように図体の大きなものだけが
寄せ集まっても本質的課題はこれからである。
大きくなればいいというものではない。

 いや、むしろ変化の激しい環境に適応できないリスクが潜む。
フルセット型は規模の大きさを誇っていた。その見直し急である。

 この流れは中小企業にフォローの風である。
単なる規模の大きさが必ずしも有利とならない。
逆に時代に合わない古いスタイルになろうとしている。

 「フル」セット」は「古(フル)セット


ファブレス

■工場を持たない

 最近、ファブレスという言葉をよく聞く。
ファブとは「工場」(fab)である。lessは「ない」
即ち、工場を持たない企業のことである。

 80年代後半のアメリカで、
生産の外部委託を前提としたベンチャーが注目された。

 日本でも生産設備にカネもかからず
研究開発に特化出来ることもあり、多くファブレス企業が出現している。

 ファブレスは変化の激しいご時世に
身軽に対応出来る利点もある。

 生産で付加価値を高め、利益を確保出来るチャンスもあるが
生産設備と人を保有するリスクもある。

 中小企業のなかには大企業にはなりたくない。
技術的な挑戦など自分の好きなこと
やりたいことを続けたいという社長も多い。

 そして生産を外部に委託するのだ。
なかには大手を下請けにするものまで出てきている。

 企業規模は従業員と資本金で決まる。
従って、ファブレスは大企業への道をあえて選ばない。
新しい中小企業の生き方である。

 中国の台頭など大手が苦戦するなか
頭脳集団で生きる...その研ぎ澄まされた武器で
世界でのシェアを高めている中小企業も多い。

 ファブレス...工場なし
 トップレス...トップなし→「Oh!
Eカップ!?」      

*  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

 ファブレスについては「中小企業のことがよく解る本」用語解説p176参照


まちの起業家

■ 地域から      

 この度「まちの先生」に登録した。
「まちの先生」は横浜市の制度でボランティアである。

 自分の住んでいる港北区に「経済・経営」で
小学校から中学・高校或いは地域の会社等どんな住民でも対応する。
但し、一切無料である。

 学校の恩師が人生の後半になったら、自分の出来ることで
社会に還元して欲しいということが頭に残っていたからである。

 難しいことをやさしく話す。これが一番難しいのだが
自分で分かっているかどうかのバロメータにもなる。
大学の講義での実感である。

 ボランティアではあるが小学校の子供にも理解させる。
それは自分の修行でもある。社会にも自分のためにもなる。
それが登録へ踏み切った理由である。

 そんな折り、今年も中小企業白書が出版された。
その副題が「『まちの起業家』の時代へ」となっている。→「まちの起業家」

 白書の「まちの起業家」の提言は
80年代以降欧米において多数の起業家が輩出した事例に学んで
日本でも経済活性化を図りたいという趣旨となっている。

 「町」でもなく「街」でもない。「まち」である。
「まちの先生」ととも地域の住民が
みんなで創り上げる地域という親しみを込めている。

 地域の住民が受け身でなく、自立し、地域のために立ち上がる。
自分の地域から日本を変える...
そこには大企業にはない奥深い意味合いがある。

 「まち」(待ち)の姿勢より「まち」の起業家

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 今週から2002年版「中小企業白書」の紹介とやさしい解説を順次実施していく。


ユニクロと湯布院

■ 成長路線のジレンマ      

 ユニクロ...ファーストリテイリングのブランド。
独特のビジネスモデルでユニクロ現象とも言われた。

 一方、湯布院...九州は大分。
1年先の予約も取れないと言われるほどの人気の観光地。

 この二つ...全く違った業界である。
しかし、その二つが大きな曲がり角に来ている。

 ユニクロは中国での生産、製造小売業と言われる業態を確立。
カジュアルに特化した安価な衣料により躍進した。

 しかし、大量の出店攻勢で多くの人々に浸透するにつれ「飽き」
とともにユニクロを着ているのを気にする飽和現象が出現し始めている。

 打開策として欧州への進出、野菜、自動車など異業種への展開を模索。
社長の交代により一からの出直しによる経営の刷新を図っている。

 湯布院は「何もない、あるのは木とおいしい空気」という自然。
それを「癒しの里」というコンセプトで呼びかけ人気化した。

 しかし、人口1万2千弱の小さな町に年間380万人の観光客。
今、町は膨張の弊害と闘っている。

 癒しの里は喧噪の里へ。車は混雑し、どこにでもあるお土産品も氾濫。
観光客減でも滞在型観光地へのシフトを模索している。

 成長路線のジレンマ
売上を伸ばすがためにひた走り努力した結果...皮肉である。

 ふと、この前の、長野での伊那食品工業の自然体経営(→自然体経営「事例紹介」02.4.27)
大きくなろうとは思わないし、羨ましいとも思わない」という言葉を思い出す。

 どちらの選択をとるか一概に言えないが
売上が伸びないで悩んでいるとき、発想を変えて規模を考えるのも良いのでは...
時には社のコンセプトから大きすぎることも経営課題となる。

 適正規模の視点、「過大」も「課題」


価値ある元気

■ 元気への道      

 厳しい経済環境が続いている。
大手も生き残りに必死で、リストラばやりである。

 中小企業も日本経済そのものの逆風に晒されている。
大手でさえダメであるから中小企業なんて...というのは簡単だ。

 中小企業は小さいから弱いという先入観が染みついていれば尚更である。
八方塞がりの経営環境のなか、ダメという言い訳に事欠かない。

 しかし、元気な中小企業もある。
これは厳然たる事実である。ここに注目しない手はない。

 全部の中小企業がダメなら何も言うことはない。
元気な中小企業が存在するということを厳粛に受け止めなければならない。

 中小企業がダメだと言われれば言われるほど
その元気さには価値がある。当館からの発信の意義もここにある。

 「元気を出せ」では元気は出ない。
カラ元気ではダメである。そこが難しいし、だからこそ価値があるのだ。

 厳しい現実に背けることなく
そこから這い上がる本物のエネルギーが必要だ。

 さて、それにしても元気な中小企業は何が違うのか?
そこには中小企業の利点を生かしている経営スタイルがある。

 小回りを生かして環境変化に果敢に挑戦している。
小規模が故に全社員一丸となって
やる気集団」で燃えている...などなど。

 そしてその元気を持続させる仕組み
作り出していることが勝ち組企業の特色である。

 「価値」ある元気→「勝ち」組企業


開館1周年

■ バーチャルとリアル      

 お陰様でこの5月で当館も開館1周年になる。
来場アクセスも5000件を超え、温かい励ましのお言葉も頂いた。
あらためてお礼を申し上げたい。

 前回の長野県庁からの講演依頼も当館のHPを見てとのことであった。
また、先日、ある企画代理店からマイクロソフトの
中小企業向け「IT推進総合フェア」の基調講演の打診があった。

 面識もなく、突然の電話でびっくりしたが、
やはり当HPがいくつかのキーワード検索で
検出されたとのことであった。HPの力はやはり大きいと実感した。

 一方、当館から「元気」を発信しようとしている対象先の
肝心の中小企業の顔が見えない「もどかしさ」もある。

 インターネットの時代とはいえ
どれだけ中小企業がHPに関心があるのか。

 元気を必要としている中小企業は
HPを見る余裕もないかも知れないという思いもある。

 そこへゆくと講演での真剣な眼差し、
講演後の一杯やりながらの本音の話は確かな手応えがある。

 不特定多数に対するHPの威力とバーチャルな限界
講演でのリアルな現実感、しかし出会いの機会の限界
そんな想いが交錯している昨今である。

 そこで1周年を記念してHPと講演とを
立体的に組み合わせて活動してみようかと思い立った。
それが講演キャンペーンの試みである。

 当館をより充実するために「講演」キャンペーン
 今後とも皆様の「後援」をよろしくお願いします


  →講演キャンペーン


自立

■ 勝ち組の最低条件      

 先日、長野県庁の依頼で異業種交流研究会の記念講演のため長野へ出張した。
演題は「成功事例に学ぶ 勝ち組中小企業の条件」である。
講演時間は1時間半。(→講演内容

 講演後、懇親会の席で田中康夫知事と名刺交換したが
知事も県の改革で忙しそうであった。

 当日も各地域を駆け回った後、会に出席とのこと。
徹底した現場での県民との対話を重視している姿が垣間見られた。

 その時のあいさつの話で印象に残っているのは
自立」ということである。

 今、県政、行政は県民の目線で色々改革を行っているが
それと平行して県民、各企業の自立も大切であると。

 確かに県の発展も県民の自立が前提である。
県政への過剰な要望や期待だけでは
解決しないものもあるということだろう。

 元気印の中小企業は皆言い訳をしない
景気、経済、政治どれをとってもダメ探しの言い訳に事欠かない。

 そんななかにあって伸びている中小企業は
言い訳をせず、常にプラス志向である。

 そこには他に頼らない、凛とした自立した姿がある。
昨年度の中小企業白書の副題も「目覚めよ!自立した企業へ」である。

 先ず、甘えを捨て、言い訳をせず
自立した中小企業...それが勝ち組中小企業の最低条件である。

 甘えを「絶つ」、そして、自ら「立つ」


一国一城の主

■ 創業の夢      

 台湾の空港で「社長!」と呼んだら
10人のうち9人が振り向いたという話がある。

 名前で呼ばず、社長と言ったので
皆自分のことかと思って一斉に振り向いた、その姿が目に浮かぶ。

 そこが台湾であったいうのが面白い。
台湾ではアメリカと同じく独立志向が強いというイメージがある。

 翻って日本ではどうか?
サラリーマンの宮仕えはつらい、歯車にはなりたくないと言っていながら
寄らば大樹の陰と独立志向からはおよそ遠い風潮が目立つ。

 そんななかで会社を興そうという人の動機は何か?
その一つに「一国一城の主(あるじ)」になりたかったと言うのがある。

 どんなに苦労しても、つらくても一国一城の主への夢。
痩せても枯れても大将の魅力はそれだけ大きいとも言える。

 しかし、いきなり会社を創らなくても
自分のやりたいことを固めて、その実現に向けてチャレンジする手もある。

 個人事業主(ぬし)である。
先ず、法人ありきではなく、個人で自己実現を図るスタイルである。

 その延長線上に法人格にした方が良いと判断したら
会社を創ればよいという選択肢である。

 お山の大将の前に自分一人でも出来るビジネスを築く。
個人事業主(ぬし)から一国一城の主(あるじ)への道である。

  主(ぬし)から主(あるじ)へ


草の根型ベンチャー

■ ローテク・ベンチャー      

 先日、ベンチャー学会のシンポジウムが横浜で開かれた。
テーマは産業集積とベンチャー企業に関するものである。

 産業集積というとアメリカのシリコンバレーが有名である。 
シリコンバレーのように日本でもベンチャーが輩出する土壌を...
そんな想いから学会でもいろいろ研究されている。

 ここではそのなかでも我々にもっとも身近なベンチャー。
地域に密着した草の根型ベンチャーを取り上げる。
草の根型ベンチャーについてはベンチャー学会の清成忠男会長も提言している。

 ベンチャーというと研究開発型の技術中心のイメージがある。
草の根型は、勿論、技術的なものも含まれるが、健康とか、環境とか、老人介護とか
我々の生活に深く関わる問題に取り組む革新的企業である。

 それらはどちらかというと、
ハイテクのベンチャーではない。むしろローテクである。

 しかし、ローテクであろうと地に足がついた
地域住民の生活の質を高め、地域に必要とされるベンチャーもある。

 地方によっては空洞化が進み
地域経済の見直しが急務なところもある。

 産学連携による技術に基づくベンチャーも大いに結構。
しかし、大手企業による企業城下町が廃れるなか
一発逆転の地域活性化よりは草の根型ベンチャーによる地域振興も重要である。
 
 この草の根型ベンチャーは中小企業の第二創業にも通じる。
地域の中小企業の地域住民のためのイノベーションである。

 ベンチャーは革新性が伴えば、特別なものではないという視点も大切だ。
これから高齢社会を迎え、福祉NPOなどを巻き込みながら地域を考える...
そんな一つに草の根型ベンチャーも模索したい。

 根付かしたい草根型ベンチャー


ある若者の選択

■ 創業を巡る想いのなかで      

  前回は、中小企業と言えども起業があったから今の会社が存在する。
その起業家精神を、今一度、奮い起こそうというコラムであった。 

 その時、女子学生が就職のため面接に行ったら
社長が自分と同じくらいの年齢にショックを受けたいう話をした。 

 今度は、男子学生の話である。親父は中小企業の社長。
いつも苦労ばかりしていて、あのようにはなりたくないと思っていたと言う。

 中小企業の勉強をするうち中小企業の面白さや大変さも分かってきた。
そこで思い切って就職せず、会社を創ろうかと思うようになった。 

 やり甲斐、生き甲斐の究極の姿が創業と気がついたからである。
多くの学生が創業の選択肢を持たないなか、立派である。

自分なりにビジネスモデルを研究し
プランに取りかかるが、今一つ確信が持てない。

 資金はどうするのか、市場ニーズは継続的に本当にあるのか。
大丈夫だと思うが、失敗したらどうしようか。不安はつきない。

 ふと、親父の商売はどうなっているのだろうか。
そう言えば、親父のことは全く眼中になかった。

 しかし、創業を考え始めてから
途端に親父が気になりだした。そして、その凄さが分かってきたのである。

 親父の後を継ぐ...という考えが頭をよぎるが
親父に対しては素直になれない屈折した思いもある。

 いろいろあったが、結局、
すべての雑念を振り切って、親父の後を継ぐことになった。
創業を巡る様々の想いのなかで彼は成長したのである。

 創業を考えるとき、「中小」企業は「大」きく見える 


創業と中小企業

■ 中小企業はどこから      

  過去に「創業」があったから
今の中小企業がある。
当たり前のことである。

 現在、無数の中小企業が存在する。
その多くはダメだという陰の部分だけが強調される傾向にある。

 特に、就職する者にとって、大手、中小企業という品揃えが
固定観念的に出来上がっているという錯覚に陥る場合がある。

 ある女子学生がベンチャー企業ということで面接に行ったら
そこの社長は自分と同じ年代の若者でショックを受けたと言う。

 方や採用する側、方や何十倍の就職率のなかで採用してもらう側
その差はなにか、しみじみと思い知らされたのだろう。
どこへ就職するかというだけで創業という選択肢はなかったからである。

 多くの学生の先ず大手へ、次に中小という就職観も
創業(中小企業を創る)を考えた時、一転して中小企業の偉大さを知る。

 しかし、自分は創業なんて出来っこないという思考停止によって
人の創った会社の品定めに逃げ込む「ひ弱さ」を感じることも多い。

 その品定めも中小企業は給料が低い、待遇も悪いと
エスカレートして、肝心の自分が何をやりたいのか
生き甲斐、やり甲斐は何かということが解決されていない場合もある。

 そこへいくと中小企業の社長はいやしくも
リスクもとって、チャレンジして会社を創ったのである。
それは厳然たる事実である。

 社長!自信を持とう。起業家精神を奮い起こそう。
無から有を創った凄さを今一度。

  「企業」は「起業」からが生まれた


女性上位

■ 学位授与式トップ      

  卒業式シーズンである。
先日も横浜商科大学で卒業式があった。

 646名の卒業生である。
商学部は商学科、貿易・観光学科、経営情報学科の3つに分かれている。

 その各科のトップが代表して学位授与を受けることになっているが
商学科は男子が総代であるが、後の2科は女子である。

 
女性上位。この傾向は今年だけではない。
担当する「中小企業論」でも成績優秀ベストテンに女子がずらずらと入る。

 それでは学業だけが女子優位なのかというと
同じ年代の若者でも、どうも
女性の方が元気なものが多いのだ。

 前回のコラムでも「おばさん」パワーを紹介したが
若者、中年、さらにお年寄りとなると、ますます女性が元気となる。

 ところがである。
これが就職採用となると、女子学生の苦戦が目立つ。
就職担当者の話だと、
企業側の偏見がネックという。

 
女性は結婚、出産ですぐ辞めるという先入観が根強い
実際は今の女性はそんなに早く辞めていないのだが...と言う。

 女性をビジネスライクに育てていない風土とともに
自分が育った環境から脱出できない古い経営体質の経営者もいる。

 男子でもあっさり辞める時代である。
辞めるか辞めないかは違った次元の判断である。
先入観だけが一人歩きしていると時代から取り残される。

 女性を積極的に戦力化している元気な企業も多い。
女性の戦力化の有無で
企業間格差も生まれている。

 元気な女性で、元気な企業に


意志の大切さ

■ ある卒業パーティで      

  先日、神奈川県立看護教育大学校の卒業パーティに招待された。
経営管理論」の担当であったが、
女性パワーを感じる講座であった。

 当「視点・直言」でも明るい職場についてのディスカッションの授業風景を
企業はこいのぼり、風通しがよいと元気
といったコラムととも紹介したことがある。

 平均年齢50才前後の現役バリバリの看護部長、婦長たちのグループである。
なんといっても学習意欲旺盛である。

 働きながら「学ぶ」それも忙しい病院の現場を抱えている。
それだけでも大変なのに家庭を持っているものもいる。

 職場、家庭から離れて
「学ぶ」ことへの飢餓状態
満たすが如くのその姿にエネルギーとたくましさを感じる。

 パーティでも、一様に明るい。
みな「学ぶ」ことがこんなに楽しいとは思わなかったという。
学ぶ喜びを知る彼女たちは本物だ。

 最近、受け身の「学習意欲」の乏しい大学の学生たちが多いなか
「学ぶ」ことのなんたるかを、あらためて考えさせられる。

 人は受け身からは何も生まれない。
自らがやる意志を持ったとき強い...彼女らはそう主張しているようだ。

 周りから苦しいと見られる環境にあっても
本人はひたすら課題に挑戦し、
充実感のさなかということもある。
夢中で会社を立ち上げたベンチャー創業者の体験談によく聞かれる。

 どんなに良いヒントがあろうと、チャンスがあろうと
そこに
意志がなければただ流されるだけである。
なんの意義も見いだせない。

 強い意志から意義が生まれる


女と口を狙え

■ ユダヤ商法      

  ユダヤ商法に、行き詰まったら
「女と口」を狙えというのがあるとか。

 女は広い意味の
色気であり、口は食べ物である。
迷ったら、女と口に関連する商売を狙えということである。

 女については、やや品がないし、ややセクハラ的臭いもする。
しかし、あくまでも広い意味での色気である。

 もっとも、経済活動から見て、極端な視点から
我々人類は女のためにせっせと働いているという人もいる。

 そう言えば貴金属から嗜好品、ブランドものなど
高価でカネ目のものは皆、女のためにか?!...。

 それはともかく、色気だから、女を男と入れ替えてもいい。
人間、
オシャレや自分の魅力を高めるために
涙ぐましい努力とエネルギーを使うこともある。そこにニーズがある。

 さて、一方、口であるが
前回リストラされた人たちが食べるために食べ物屋を創業するという話をした。

 飲食業といっても高級シェフや厳しい板前修業が要求されるものから
素人でもなんとかやっていける小料理屋的なものまで色々である。

 その色々あるなかで個人でも、てっとり早く店が持てるということから
リストラされた人の創業が多いのかも知れない。

 しかし、
「食」は結構奥が深い
ムード、サービス、手作り感、参加型演出など様々なバリエーションもある。
そこにアルコールをからめて、色気への展開なんていうのもある。

  ここで、
ユダヤ商法の言わんとしていることは
需要がない、ニーズがない...ない、ない
でも、最後の砦として万国共通の二つのものがあるではないかということである。

 行き詰まったら
 「色気」と「食い気」で「元気」に


リストラと創業

■ 食べるために      

  先日の商工会議所の委員会での
国民生活金融公庫のある支店長の話である。

  最近、
会社を興す人はどんな人が多いかというと
会社を
リストラされた人だという。

  そう言えば、景気の長期低迷を反映してリストラばやりである。
失業率も増加しており、雇用対策も急務となっている。

  そんななか、リストラされた人が会社に見切りをつけて
会社を興す。そういう事例が多いということだ。

  リストラされた人は
会社人間の悲哀をいやというほど味わった人たちである。

  苦しくても自分の会社を持ちたい。
一国一城の主を。そこで創業というわけである。

  新しい会社で平均4人の雇用が生まれるという。
勿論、社長本人を入れてであるが、
リストラで雇用創出の図である。

  さて、どんな職種が多いかというと
飲食業がナンバーワンとか。
競争も激しいが人間必ず食べなければならない。

  やりかたによっては
自分の思いれを出しやすい。
「食べる」プラス「サービス」で、いくらでも独自色が出せる。

  リストラされた人たちが飲食業を始める。
「食べる」ための選択肢である。

  「食べる」ために「食べる」業種


先ずWILLありき

■ SKILLよりWILL      

  先日、あるテレビ番組で元気印中小企業を紹介していた。
視聴率の高い番組であるので見た方も多いと思われる。

  その時のキーワードが「SKILLよりWILL」である。
元気印中小製造業の共通の特徴は
SKILL(技術)よりWILL(意志)という。

  勿論、技術力が大切なことは言うまでもないが
その技術力を生み出す源泉は
「なんとかものにしてやろう」という強い意志にあるという意味である。

  そのなかである社長は
大手と元気な中小には技術達成目標に差がある」と指摘していた。

  大手の技術者はある程度頑張れば達成できる技術目標に設定し易い。
どうみても出来そうもない目標はサラリーマン的にも馴染み難い。
たとえ挑戦したくっても会社側がOKしないこともある。

  もともと技術能力はそれほど差がなくいても
ハードルの高い目標に挑戦するうち技術力が磨かれていくという側面は見逃せない。

  現に、その社長のところでは
大企業ではどうしても出来ないものを中心に受注しているという。

  大手の方が人材がいて、技術的にも有利という先入観は
大手が故に自ら限界を作り、技術者が育たないという違った視点になる。

  ここにヒントがある。規模が小さいから不利なのではなく
挑戦する意志が弱いから、小さいが故に組織に阻まれない利点が活かせない。

 
WILLがないと
  SKILLをKILL(殺す)


すき間が主役

■ 中小企業はすき間産業というけど?       

  前回は余暇と余生にビジネスチャンスありという提案をした。
今回は「すき間」である。

  「余ったもの」と「すき間」
どちらも主役、主流ではないという響きがある。

  よく中小企業はすき間、ニッチ産業で生きると言われる。
主流は大企業で中小企業は仕方なくすき間というイメージである。

  しかし、様相がだいぶ変わってきている。
先ずは
ボーダーレス化の流れ。

  業種、業界の垣根が低くなり、異業種からの参入も激しい。
むしろ、すき間をなくし業際間をうまく結びつけている企業が伸びている。
その背景に
先入観を排除した個別のニーズへの対応がある。

  2番目は
価値観の多様化である。
自分にあった私だけのものという
個の主張の先取りである。

  ほどほどになんでも揃っているが、自分にぴったり合ったもは何一つない
総合スーパー、デパートが苦戦している。

  すき間こそ主役に変わってきている。
すき間の集合体として消費が伸びる。そんな時代への突入である。

  3番目は
インターネットなどIT化である。
マスでの囲い込みでなく、一人ひとりの
個の取り込みが決め手となってきている。
それも双方向性で、わがままな自分だけを満足する消費者が主役となる。

  手広く多くの顧客を対象にする必要はない。
むしろ、
限られた人に、十二分に満足して貰えるビジネスの提供が肝心。
それは中小企業に向いている。

  顧客(こきゃく)が個客(こきゃく)で「すき間」が主役


余暇と余生

■ 生き方提案の勧め       

  余暇と余生
今までの日本人の価値観を如実に示している言葉である。

  働くことが全てであり、その他の余った時間は余暇
余暇は働くための合間の時間と言うわけである。

  何も勤労の精神を疎んじているわけではないが
あまりにも言葉の響きから極端であった。

  それが会社べったり人間の個性喪失のイメージと重なると
なんのための人生かという問いかけにもなる。

  一方、余生もまた、会社を現役引退したウラびれた悲哀の姿とだぶる。
寿命が延びて、仕方なく余った人生を生きているとう感じである。

  今まさに、団塊の世代が定年を迎え、高齢社会に突入しようするこの時期
余暇と余生の意味を考え直すよい機会である。

  リストラと雇用不安に怯える中高年層も
自分探し」に目覚め「老後の生き甲斐」を見つめ直している。

  この不安を取り除き、自分探し、生き甲斐探しに手の差し伸べる
商売こそ市場ニーズとしては宝の山である。

  そのためには余暇と余生の概念を根底から覆す
バランスの取れた「生き生きとした楽しいコンセプトの生き方提案」が求められる。

  そこにビジネスチャンスがある。
それは中小企業にも出来る。いや中小企業の方が相応しい面もある。

  余りものには福がある 


持たざる経営

■ 小さいことはいいこと?       

  最近、持たざる経営への潮流が目に付く。
在庫を持たない、ヒトや設備を抱えない経営スタイルである。

  大手家電メーカーではソニー、NECなど
電子機器の製造受託サービスEMSの利用が進む。

  EMSなんて難しいことを言わなくても
要するに製造も外に出してしまおうと言うわけである。
メーカーがメーカーでなくなる流れ、ヒトもモノも大幅に減る。

  もともと中小企業でも
工場(fab)を持たない(less)ファブレス(Fabless)はあった。
研究開発に特化、頭脳集団として、製造はしない。

  あえてはヒトとモノを抱える大企業になりたくないという社長も多い。
なかには大企業を下請けにする元気な中小企業もある。

  選択と集中、熾烈な生き残り競争のため得意分野のみに特化して
中途半端な武器はどんどん捨てるリストラもある。

  アウトソーシングの動きも加速している。
EMSもファブレスも広い意味でアウトソーシングとも言える。
製造業に限らず経営のコア部門以外は外に出す流れである。

  さらに変化の激しいご時世
持つことがメリットどころかリスクに繋がる時代背景もある。

  規模とはなんぞや、基本法は従業員と資本金で決めている。
思えば、限りなく規模を小さくする方向へ向かっているのである。
前回の「規模の利益よりアクセスの利益」と合わせて参考にされたい。

  え!もともと、何も持っていない。それは自慢には!?
でも、「持たざる経営」への流れは中小企業にもヒントあり。

  持たざる経営に自信を持つ


規模よりアクセス

■ アクセスの利益       

  今までは規模の利益が絶大だった。
大きいことがいいことであり、大企業が有利な根拠でもあった。

  しかし、フルセット型のなんでも抱える経営スタイルは
必ずしもメリットにならないばかりか、不利な点も多くなってきている。

  その一つは変化があまりにも激しいのである。
変化に機敏に対応する柔軟性がないと生き残れない。

  スピードが命になってきた。
巨像の如くもたもたしていては変化に遅れるのである。
「そごう」しかり、「ダイエー」しかり。

  変化の激しい時代、抱えていることはリスクに繋がる。
ヒト、モノなど持つメリットよりリスクの方が大きい。

  二番目は選択と集中が進み
得意な分野への徹底的な絞り込みが不可欠となってきている。
中途半端にスケールメリットを求めても「決め手」がなければ命取りとなる。

  日本を代表する大手も、2番手の分野以下は捨てて
最も得意分野だけに絞って生き残りを図ろうとするところも多い。
規模より何で生きるかである。

  三番目はITの時代になり、競争原理が変わってきているのである。
ネットワーク、アクセスのフル活用により規模を越えることが出来る。

  規模の利益よりどれだけアクセスが出来るのかという
アクセスの利益の時代に入ってきている。
そのアクセスの利益により中小企業が大企業に対抗できるのだ。

  大手も苦戦している。あれもこれもと吟味するより
得意分野にキリのように深堀してアクセスの利益を模索したい。
それが中小企業の強みになる。

  抱え込んで「アクセク」するより「アクセス」


デパ地下に学ぶ

■ 好奇心       

  デパ地下(デパート地下)が話題になっている。
デパートの地下売場が元気がいいのだ。

  ちょっと前までは「デパート地下の食品売場」と言わなければ通じなかった。
それまでは40代以上の「おばさん」が顧客の中心だった。

  それが今では20代の女性が頻繁に利用するようになった。
しかし、そこまで行くのにはいろいろ苦労もあった。

  そんな中に「見せる」厨房がある。
ガラス張りの厨房を設けてシェフが料理する場面を「覗ける」のだ。

  流行に敏感な若い女性を呼び込むのに
「フードショー」的な好奇心に訴えたのである。
陳腐化した食品売場では効果的であった。

  その後、出店側のファッション性を重視した展開や
調理済み食品に抵抗のない「中食」などの
女性のライフスタイルの変化を受けて人気化した。

  ここで前に取り上げた「母娘」が一緒に
デパ地下へ行くことも多いとか。

  商売が行き詰まった時、顧客を引きつける
「見せる」好奇心が活路となることもある。

  さて、業種にもよるが、自社に対する顧客の「好奇心」に
どれだけ「好奇心」があるだろうか?

  デバカメ...「見たい」好奇心で醜態
  デバ地下..「見せる」好奇心で集客


  デバカメとは変態性欲者池田亀太郎のあだ名から
  女ぶろをのぞき見などする変態性の男でーす。念のため。


需要を創る

■ タカラ       

  去年1年間、日本の株価はさえない展開だった。
景気の長期低迷に米同時多発テロもあり散々であった。

  そんななか、上がっている株もあるのである。
年間値上がり率トップはタカラである。1年を通じて右肩上がりで上昇した。

  競争の激しい玩具業界にあって
背水の陣でのリストラにより、よみがえった。
 
  社長は「徹底したチャレンジ精神」があったから出来たという。
その精神は本来、中小企業の得意とするものであるが
逆に元気のない中小企業に最も欠けているものでもある。

  「ベイブレード」、「e−kara」と次々とヒット商品を飛ばした。
「ベイブレード」は昔のベーゴマを今の子供にも魅力ある商品に創り上げた。

  ベーゴマ、昔懐かしいお父さんの郷愁を巻き込んだ。
親子でも楽しめるものにしたのがミソである。

  「e−kara」はもともとお客のいない商品だった。
対象の10代前半の女の子は、それがどんなものか全然知らなかった。

  テレビにつなぐだけで、いつでもどこでもカラオケが楽しめるという手軽さ。
それでいてなんと言っても安いのである。

  いわばゼロから市場を創った。
モーニング娘などのニクイ演出もあった。

  社長は「不況だ、不況だと景気のせいにするばかりでなく、
ゼロから生み出せる市場はどんな業種でもあるはず」と言う。

  タカラ、ゼロ市場をタカラ市場に


地域に生きる

■ 大企業との差別化       

  中小企業が大企業との差別化出来るものの一つに地域がある。
地域は地域住民の日々の生活と密接に係わる。

 それぞれの地域は地形も気候も異なる。
歴史的、文化的背景も異なり、そこから醸し出す独特の風土がある。

 大企業の規模の利益をもって地域に入り込むことは必ずしも有利とならない。
各地域に合った対応が要求されるからである。

 一方、中小企業は小さいが故に
狭い範囲での地域住民へのきめ細かい対応が可能である。

 また、経済のサービス化はモノよりサービスにおカネを払う仕組みの進展である。
サービスは心の満足と深い繋がりがある。

 経済のサービス化は、地域住民の心を掴むことがより求められる。
どんなに優れた経営オペレーションも住民の心の満足が得られるとは限らない。

 小さくても顔の見える企業の方が親しみやすいこともある。
企業の経営者、社員と顧客の地域住民としての交流もある。

 また、急速に進展する高齢化社会においても
高齢者の生き甲斐との関わりになかで企業活動をする場合も増えよう。

 どんなに国際化、グローバル化が進もうと
地域住民の心が通い合う生活と生き方の質の向上への期待は弱まることはない。

 顔の見える企業と顔の見える地域住民
中小企業の新しい生き方の模索のキーワードの一つでもある。

 「ちいき」(地域)を「ひいき」に       


新年にあたって

■ なぜ中小企業か

          新年おめでとうございます。

  昨年5月、当館開館時に
21世紀は中小企業の時代」というコラムを書きました。

  なぜ中小企業か...
もう一度、年があらたまったところで再確認したいと思います。

1 競争原理の変化
 経済のサービス化により「心の満足」のサービス分野は規模の利益が効かなくなる。
 また、IT革命など環境変化により競争原理が変化し、中小企業でも対応の仕方によっては有利となる。

2 価値観の多様化
 消費は10人10色から1人10色へ。個人のTPOにおける価値観の多様化は一層進展し、「個の満足」に対し、ますますきめ細かな対応が求められる。

3 活力への期待
 個人の自己実現が前面に出てきて、働き方、生き方においても、自分探し、やり甲斐探しはこれからであり、企業を媒体とした「自己実現」としての中小企業への活力へ期待が高まる。

  小さな企業でも大きな夢を

  今年もよろしくお願いします。

「TAMAさんの元気の出る中小企業館」
TAMAさん(3)ドットコムhttp://www.tama3.com/TAMA田廻良弘のニックネーム)


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