◎2004年「事例紹介」
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■小ロットを武器に
クルマと言えば、大手企業
中小企業ではとてもムリ
そんなイメージがある。
当社は大手を向こうに回して
挑戦している中小メーカーである。
社長はOA機器メーカーの
販売員から独立。
最初は車の小売りからスタートした。
自分の好みで改造する
カスタマイズ車に目を付け
自動車部品業界に入る。
さらに電気自動車事業へ。
環境をテーマに独自に技術開発
完成車メーカーに参入。
環境問題は大手でも苦戦
ノウハウはそんなに違いなし
と意気込む。
生産は外部に委託する
身軽なファブレス企業。
多品種少量生産の強みを発揮して
大手では採算の合わない
小ロットを武器にしている。
経営理念は「オリジナル性」
と「環境対策指向」である。
クルマは大手という先入観を排除。
ニッチ市場を自信を持って突き進む。
ひた「走る」 ニッチ路線
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当社は(株)ゼロスポーツである。
「中小企業ネットマガジン」(e−中小企業庁&ネットワーク推進協議会
03.11.19発行)よりコラム風にて紹介。文責はTAMAにある。
当社のホームページ→ゼロスポーツ
参考→元気印中小企業リンク集
■セルフスタンド向け
当社はセルフスタンド向けに
精算機等の開発・販売を手掛ける。
スタンドのセルフ化が進み
自動精算機システムの
ニーズが急速に高まる。
そんな折り、
「お金を入れないと釣銭が出ない」
レジスターはないか。
そんな声を耳にする。
その要望に応えたのが
リライトカード式自動精算機システム。
釣銭の代わりに
残高が記録されたカードを発行する。
セルフスタンドの300ヶ所以上で
採用されているという。
既存機器とソフトを組み合わせ
ヒット商品のきっかけを掴んだ。
今では当社の主力商品である。
当社は工場を持たない
いわゆるファブレス企業である。
素早くニーズをキャッチし
アイデアで勝負。常に業界初を狙う。
アイデアをいかに早く
業界初の商品に結びつけるか
それが当社の武器という。
アイデア「発(はつ)」→業界「初(はつ)」
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当社は(株)デナロという。
「中小企業ネットマガジン」
(e−中小企業庁&ネットワーク推進協議会03.11.12発行)
よりコラム風にて紹介。文責はTAMAにある。
当社のホームページ→デナロ
参考→元気印中小企業リンク集
■お土産品店
先日、伊勢原経営研究会
の講演後の懇親会で
社長から聞いた話である。
伊勢原(神奈川県)といえば、
大山ハイキング道の
登り口でもある。
当店はその参道で
お土産屋を営んでいる。
社長は48才の時
大手造船重機メーカーを退職
脱サラしたという。
小田急の伊勢原駅からバス、
ケーブルと乗り継いで山頂へ。
ちょっとしたハイキングコース。
その沿道に土産店が並ぶ。
お土産といっても
食べ物が一番うまみがあるという。
当地では豆腐料理が有名であるが
当店は自家製のコンニャクに
力を入れているとか。
女性客をいかに
取り込むかがカギという。
最近は中高年の女性ハイカーも多い。
主婦は夕方4時頃、帰宅を意識する。
「3時50分」を合い言葉に勝負に出て
店頭で試食品で呼びかける毎日とか。
奥「方」は、夕「方」勝負!
* * * * * * * * * *
当社とは大山ウルワシ本舗である。
こらからは地域全体の魅力を高めないとダメと
伊勢原・大山地区の振興を熱く語る。
■ニッチ市場
当社は通常では印刷出来ないものに
「プリンティングビジネス」
として挑戦している企業である。
例えば、ゴルフボールや墓石など
表面に凹凸のあるものに印刷。
厚みのある段ボール
トラックの荷台側面などにも。
オリジナルのデザイン、広告、
ロゴマーク、写真など
ノベルティーグッズの印刷もお手のもの。
イベント展示会の来場記念品なども
お客さんの写真をその場で撮影し
その場でプリントして渡すなども提案。
当社は「ニッチ市場を狙って
付加価値の高いものを作る」
ことを目標にしているという。
大手の情報機器関連会社の工場長
からリストラに反対して脱サラ。
リストラの悔しさをバネに
ハングリー精神旺盛な起業。
少数精鋭で独創性勝負。
必要なのは「専門知識」より
「やる気」という。
ニッチ市場を独創性で
オンリーワンの道をひた走る。
「独創(どくそう)」性で、「独走(どくそう)」狙う
当社とはマスターマインドである。
「中小企業ネットマガジン」
(e−中小企業庁&ネットワーク推進協議会03.9.24発行)
よりコラム風にて紹介。文責はTAMAにある。
当社のホームページ→マスターマインド
参考→元気印中小企業リンク集
■技術開発でチャレンジ
当社は夜光塗料で
世界60%のシエアを占める。
41年創業以来、
夜光塗料に関わって60年以上になる。
なかでも94年に開発した
N夜光(ルミノーバ)が
飛躍の原動力となった。
今までの主力商品は
放射線夜光塗料であった。
それが身体に悪いということで
中止通告を受けてしまう。
企業の一大事、ピンチである。
命運をかけて、必死に研究。
ついに、わずか3年で
約10倍の発光時間と
明るさの画期的なN夜光を開発した。
そのN夜光で世界の夜光時計の
文字盤を独占することになる。
さらに、アメリカの100ドル紙幣や
ヨーロッパのユーロ紙幣などにも
夜光の技術が活かされるようになった。
その後も、多様な発光色を
求めてチャレンジしている。
オンリーワンの道は孤独である。
暗闇のなかを光を求めて
ひたすら技術開発する経営姿勢である。
闇に「光」、発「光」色でオンリーワン
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当社は根本特殊化学である。
「中小企業ネットマガジン」
(e−中小企業庁&ネットワーク推進協議会03.7.23発行)
よりコラム風にて紹介。文責はTAMAにある。
当社のホームページ→根本特殊化学
参考→元気印中小企業リンク集
■靴磨き隊
当社は出張して
靴磨きのサービスを行う。
また、修理も請け負う。
電話すると15分程で
自宅に「靴磨き隊」が到着。
靴磨きは玄関でのを作業を
嫌うので、専用車で駆けつける。
修理はいったん預かって
1−2日程度で自宅に届ける。
サービスを思いついたのは
通販会社の外回り時代
靴磨き利用の経験からという。
人通りの多い場所で
人目を気にしながら
なにか違和感を感じたとか。
依頼するのは9割が女性。
女性用の靴は種類が多く
持っている数も多い。
自宅まで来てくれれば
頼みたいという潜在需要を
見事に掘り起こした。
「お客様の喜ぶ顔が最高の幸せ」
「ピカピカのまごころをお届けします」
(当社ホームページより)
サービスが軌道に乗り始めたことで
スタッフの研修にも力を入れる。
心も「磨く」、靴磨き隊
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当社とはプログスである。
日経流通新聞(04.9.23)「全開ニュービジネス」
よりコラム風に紹介。文責はTAMAにある。
当社のホームページ→プログス
参考→元気印中小企業リンク集
■全国へ流通革命
当社は福井県の永平寺町にある。
そこから全国へ向けてオリジナル豆腐を
生産・販売している。
当社の特徴はハイテク化にある。
豆腐とハイテク
およそ縁がない感じだ。
しかし、当社のハイテク化は
効率の良さを目指したものではない。
手作りの味を守るためである。
当社の豆腐は福井の水
栄養源のゴマなど
永平寺のお墨付きを得ている。
それをなんとか、ブランド化
「永平寺心やすらぐ禅どうふ」
として全国展開したかった。
しかし、豆腐は「壊れやすい」
「日持ちがしない」その上
単価も安く全国展開は難しい。
そこで徹底したハイテク作戦に出た。
殺菌作用のあるマイナスイオン
電磁波発生装置など。
日持ちを悪くさせる菌の撲滅
大量の木炭を敷き天井を二重構造に。
温度や湿度を一定にする工夫も。
独自に開発した容器での氷詰め。
「永平寺心やすらぐ禅どうふ」
お陰でブランドの全国展開が可能となった。
「ハイテク」化で、心の「ハイタッチ」
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当社は(有)幸伸食品である。
「中小企業ネットマガジン」
(e−中小企業庁&ネットワーク推進協議会03.8.20発行)
よりコラム風にて紹介。文責はTAMAにある。
当社のホームページ→幸伸食品
参考→元気印中小企業リンク集
■農業の経営革新
当社は愛媛県津島町にある
オリジナル製法の野菜苗を
全国に販売し、出荷量日本一を誇る。
創業当初は個人経営で
花の栽培で生計を立てていた。
86年に独自に育苗技術を開発。
野菜生産農家用の苗の生産に
転換してから急成長していった。
自根からの栽培が一般的であったが
当社では病害に強い接ぎ木とした。
また、農作業が少しでも
楽になる手法にも工夫している。
紙製の素材で用土を
包んで直接植え込む
「アースストレート苗」に改良した。
「全国24時間以内配達」という
ジャスト・イン・タイム的サービスも実現。
当時、苗を買うという習慣がなかったが
次第に、その壁を破っていった。
当社の従業員はほとんどが正社員
その大半が津島町民である。
日本の農業は
思いこみや迷信にこだわりすぎるという。
地域ぐるみで
農業革命を起こすという意気込みである。
地域に「根」ざす、「苗」業者
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当社は山口園芸である。
「中小企業ネットマガジン」
(e−中小企業庁&ネットワーク推進協議会03.7.23発行)
よりコラム風にて紹介。文責はTAMAにある。
当社のホームページ→山口園芸
参考→元気印中小企業リンク集
■経営改革
当社は鉄スクラップ
の加工・卸、鋳造業者である。
古物の卸商から鉄くず卸、
スクラップ処理工場の建設へ。
さらには大型シュレッダー工場
次々と積極的な経営を展開。
しかし、バブル期以降それが裏目
多額の借金を抱えるようになる。
その社長(当時67才)も健康を害し
古参の幹部も相次いで退社。
まさに会社は危機的状況に。
そんなとき新社長(当時37才)が
後を継ぐ。先代社長の長女の夫である。
新社長は先代社長の失敗を反省し
自社の強みは何かを考えた。
原点に戻ったのである。
多角化、拡大志向から
「リサイクル」に絞り込むという
経営ポリシーを立てた。
自動車リサイクル部門の新設、
不採算部門からの撤退。
空いたスペースを
リサイクル関連企業に貸与。
事業承継をきっかけに
今まで出来なかった改革を
一機に進めたのである。
承継を「機」に、「一機」に改革
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当事例は2004年版「中小企業白書」から
コラム風に紹介。文責はTAMAにある。
■栗と菓子づくり
当社は岐阜県恵那市の
菓子メーカーである。
恵那は「恵那栗」と言われる
「栗」の産地である。
その栗を使っての
「栗きんとん」が次第に
有名になっていった。
量を維持するために、
外部から九州や輸入物まで
使われるようになった。
このままでは産地が
つぶれると危機感を持つ。
地元農家との対話が始まる。
農家の不安を解消するために
特選栗部会を組織。
超特選栗は全て他の店より
1.5倍から3倍で買い取ると宣言。
農家の生産意欲は大幅に向上。
農家とじっくり話し合った結果
信頼関係は強くなったが
当社の課題は収穫期の集中である。
そこで農協との協力を取り付け
一気に零下60度まで冷やして
凍らせる冷凍設備を導入。
産地との時間をかけての対話
産地栗へのこだわりは本物である。
その執念は驚くばかりである。
産地農家との会話、じっ「くり」
産地へのこだわり、びっ「くり」
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当事例は「中小企業ネットマガジン」
(e−中小企業庁&ネットワーク推進協議会03.3.12発行)
よりコラム風にて紹介。文責はTAMAにある。
■高齢社会の「癒し」ビジネス
「御用聞きステーション」
これは正式な会社名である。
もっともその後に株式会社とつく。
当社は介護が必要な人でも
ヘルパー付きで旅行を請け負う。
歳を取って、身体が不自由になっても
温泉に行きたい、美味しいものを
食べたいという人たちもいる。
そういう要介護者の需要に
応えるビジネスである。
ちょっと都心から熱海へ行くにも
本人と家族一人、ヘルパー、運転手
各代金と宿泊・食事代がかかる。
1泊2食付きで15万円程度とか。
お金の問題ではない。
もともと老人ホームへの
ヘルパー、介護福祉士派遣業者であった。
老人ホームを廻っているうちに
介護が必要でも、旅行やグルメの要望が
強いことが分かってきたのである。
高齢化社会のなかでの
「癒し」へのニーズである。
癒しを求める高齢者への
ペット犬の派遣、
タレントの派遣なども手掛ける。
御用「聞き(きき)」で、 癒し「効き(きき)」
* * * * * * * * * *
当事例は日経流通新聞(04.7.8)「全開ニュービジネス」
よりコラム風にて紹介。文責はTAMAにある。
当社のホームページ→御用聞きステーション
参考→元気印中小企業リンク集
■街おこし
伊勢志摩には約700軒の旅館がある。
観光客が大幅に減少し、どこも苦戦。
そんななか、ホテル浦島の吉川社長
旅館再建に奮闘している。
旅館は地域間競争が持論。
お客を取り込むには
一軒一軒の努力もあるが
地域に集客力の魅力がなければならない。
「明かりを灯す運動」を展開。
鳥羽で初めて温泉も掘った。
ホテル名も「悠季の里」と改称した。
団体客から個人客へ
旅行客の動きをいち早くキャッチ。
休館の2軒の旅館を買収
20代の若者やカップル用に改装した。
経営不振の第3セクターである
リゾート施設の再建にも乗り出す。
お客に魅力ある旅館、お客志向の徹底
お客の顔が見えるきめ細かな経営。
「またここに来たい」という
リピーターを如何に増やすか。
そのためには「ただ待っていてはダメ」
「待ちの経営」から脱却である。
そして地域に視点を置いた
街おこしが再建のポイントという。
「待ち(まち)」改め、「街(まち)」おこし
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当事例は「中小企業ネットマガジン」
(e−中小企業庁&ネットワーク推進協議会03.3.5発行)
よりコラム風にて紹介。文責はTAMAにある。
■金融機関からの斡旋
当社は大手重工メーカーの
協力工場である。信頼も厚く
受注も増加傾向にあった。
だんだん、今までの設備では
対応できず拡張を検討していた。
そんな折り、
サブメインの取引金融機関から
M&Aの話が舞い込んできた。
参照コラム→「M&A」って何だ(04.10.2)
受注急減の大手の下請で
営業権、敷地、工場・設備の買収
従業員も丸ごと引き取ってくれとのこと。
メインの金融機関に相談したところ
メインもその企業に融資があり
買取りには全面的に協力するという。
当企業は工場も比較的新しく
周囲の環境、当社との距離等条件もいい。
斡旋の話があってから
2カ月で受託の決断をした。
従業員も専務以下の幹部を含め
そのまま引き取った。
従業員の不安解消、交流にも努め
買収後1年で、引き取った従業員も
仕事に馴染み稼働状況も順調である。
メイン・サブの共同歩調もあり
斡旋を丸ごと受け入れ一括買収となった。
「丸ごと」斡旋 →「丸ごと」買収
* * * * * * * *
当事例は2004年版「中小企業白書」から
コラム風に紹介。文責はTAMAにある。
■リハビリに
当社は宮崎県の造園業者である。
この度介護ビジネスに乗り出した。
その名「この気なんの気」
デイサービス施設である。
造園業と介護ビジネスの接点は
園芸療法である。
園芸療法は植物を育てることを通して
身体のリハビリや心の癒しに
効果を上げるものである。
日本ではあまり馴染みがないが
アメリカでは普及している。
庭には桜や銀杏の木が植えられ
四季の花が咲く。
また、レタス栽培やジャガイモ畑も。
室内には鉢植えや水栽培の容器など。
ユニークなのは
利用者の回復状況の評価システム。
ラベルに自分の名前を書けるか
園芸の出来具合など
26項目を5段階で評価。
車椅子のお年寄りが
花が咲いた、芽が出たと喜ぶ。
その姿を通して
「その気」させる療法である。
園芸療法、その「気」にさせる
「この気なんの気」
* * * * * * *
当社とは馬原造園建設である。
日本経済新聞(04.3.22)よりコラム風にて紹介。
文責はTAMAにある。
当社のホームページ→馬原造園建設
参考→元気印中小企業リンク集
■基本を変える
当社はマグネット、希土類磁石
の生産やファインセラミックス
の精密加工業者である。
ネオジムは強力な磁力を持つ
永久磁石でMRIなどで使われる。
中国で多く産出される。
そこで、中国現地企業と合弁で
ネオジム磁石の生産に進出した。
しかし、品質が不安定
販売できるような状態ではない。
現地責任者へのクレームも理解されない。
日本から技術者を派遣して
生産管理の基本から改革に着手。
しかし、現地に責任者がいないと
改革もうまくいかず限界があった。
そこで社長の長男を含め
現地常駐員4名を派遣し
改革の本気度を示した。
常駐することにより
規律、責任感などの
従業員の意識改革は変わり始めた。
さらに作業マニュアルの徹底
TQC運動などの品質管理等
本格的に生産管理の改革を実施した。
生産管理のベースとなる基本を
本気で入れ替えたのである。
「き」「ほん」を、「ほん」「き」で入れ替える
* * * * * * * *
当事例は2004年版「中小企業白書」から
コラム風に紹介。文責はTAMAにある。
■事業連携
当社は切断や溶接などの
精密加工業者である。
ある受注先から当社の精度は高いが、
その後の工程で様々な不具合が生じる。
当社で材料の調達から加工まで
一括請負の打診があった。
当然、自社ですべては出来ない。
他の企業といっしょに連携して
請け負わなければならない。
リスクは限りなく大きい。
クレームやトラブルについて
すべて当社が責任を負うことになる。
悩んだが、見方を変えれば
大手と互角に渡り合える
折角の大きなチャンスでもある。
信頼できる連携先を探し
一括請負に踏み切った。
得意分野、工程を持ち寄り
高品質、付加価値の高い製品が
提供できるようになった。
今では、連携先も増え
ネットワークによる
独自ブランド構築を目指している。
「リスクにチャンスあり」というが
挑戦により、ネットワーク、自立
という違った世界が見えてきた。
「大きい」リスク→「大きい」チャンス
* * * * * * * *
当事例は2004年版「中小企業白書」から
コラム風に紹介。文責はTAMAにある。
■未知の業界へ
当社は兵庫県の建材類卸売業者
1年前に新規事業として
広告業界に参入した。
広告と言っても
フィルム状の広告媒体である。
バスなどの両側・後部などに
見られるあのシール状の広告である。
この業界は
エンドユーザーからの注文は少なく
大半が広告代理店経由である。
しかも、東京の代理店が多く
地域のハンディキャップは大きい。
東京に出張しては
販路拡大の努力をしたが上手くいかない。
そんな折り、新聞でOB人材を
紹介するNPO法人の存在を知る。
早速、NPO法人に相談
大手企業の広報出身者を紹介される。
そのOBの人脈で東京の代理店を訪問。
お陰で、関西の私鉄の電車ボディの
広告シートの受注に成功。
続いてバスボディの広告も受注。
中小企業にとって
知らない業界ほど心細いものはない。
そんなとき、OBの人脈は狙い目である。
OBの人「脈」に「脈」あり
* * * * * * * *
当事例は2004年版「中小企業白書」から
コラム風に紹介。文責はTAMAにある。
■地域の活性化
当社は長崎県の「にがり」専門の
飲食料品製造・小売り業者である。
地域活性化のために
長崎県ブランドの売出しを模索していた。
2000年当時まだ知名度が
なかった「にがり」に目を付ける。
「にがり」は塩の生産段階で
副産物として抽出される。
豆腐に使われることはよく知られている。
さて、その「にがり」には
マグネシウム、カリウム、カルシウムなどが
豊富に含まれている。
アトピー、花粉症、シミしわ
さらにはダイエットにも良いという。
それをどう訴えていくか。
先ず、イメージアップに取り組む。
ITによる全国ブランド化構想。
「にがり研究所」をつくり
調査・分析、商品の効用などをPR。
インターネットにより
顧客参加型の市場・商品づくり。
県のブランドとして全国展開へ。
イメージアップにより地域経済にも貢献。
ブランド化
「にがり」のイメージ「あがり」
* * * * * * * *
当事例は2004年版「中小企業白書」から
コラム風に紹介。文責はTAMAにある。
■経験と知識を生かす
当NPO法人は
教育、環境保全、災害救援など
安価で派遣支援を行っている。
その対象は各種団体もあるが
中小企業をかなり意識している。
そのユニークなところは
経験と知識のあるサラリーマンOBを
フルに活用していることである。
その法人の母体は
大手建設機械会社の退職者と
大手造船会社OBにより立ち上げられた。
2人とも中高年退職者の
折角の経験と知識を生かした
生き甲斐づくりに強い関心を持っていた。
中小企業が必要とする仕事を
OBの個々の得意分野に分類。
そのグループ分けした分野毎に
一般の人材派遣会社よりも安く派遣。
多くのOBは
「収入を得るより社会に貢献したい」
「小遣い程度の収入があればいい」
「収入より生き甲斐」
という気持ちにしっかり掴んでいた。
利益を求めるより
生き甲斐づくりの場を提供する。
そこにまた社会貢献の充実感もある。
「生き甲斐」づくりに、「生き甲斐」
* * * * * * * *
当事例は2004年版「中小企業白書」からの紹介である。
文責はTAMAにある。
■本業と副業
彼は28才である。出版社に勤務。
ビジネス書の編集が主な業務である。
その傍ら、週末にWeb製作の
SOHO事業をやっている。
サイトの運営や管理などである。
コラム(視点・直言)参照→SOHO(04.8.14)
もともと学生時代から趣味が高じて
ビジネスになったものである。
入社してからも
学生向けの情報提供サイトを管理・運営。
アクセス数も多かった。
出版社での編集は仕事柄
企業の経営者と接する機会も多い。
「実は個人的にWeb製作もやっています」
などと切り出すと結構注文が取れた。
受注も増えSOHO同士の
ネットワークを積極的に活用。
SOHO事業はいわば副業である。
本業と副業は「紙」と「Web」という
媒体が違うだけで仕事の内容は似ている。
現在、副業について勤務先に伝えていない。
出版の仕事は副業では一切扱っておらず
勤務先との競合はない。
しかし、いずれは開業したいと思っている。
本業の勤務先との良好な関係を維持しながら
いい方法を模索している。
本「業」も、副「業」も、開「業」のもと
* * * * * * * *
当事例は「中小企業白書」(2004年版)より
コラム風にて紹介。文責はTAMAにある。
白書としては珍しく、勤務先とのデリケートな事例を取り上げている。
時代の流れとSOHOの特色を現している事例でもある。
■新しいビジネスモデル
彼は県立高校の
図書館業務にかかわっていた。
日頃、子供があまり本を読まないことや
図書館の使い勝手の悪さが
気になっていた。
そこで子供がもっと本に
親しめるように。利用しやすいように。
また、民間の立場から
図書館のあり方を改革しようと退職し
図書館向け総合サービス会社を設立した。
当社の強みは図書館業務の受託と
図書館ソフトウェアの提供を
合わせ持った総合サービスにある。
検索ソフトによるゲーム感覚の楽しさ
キャラクターによる本の配置の目印
など工夫の数々。経験をフルに生かす。
学校図書館法の改正で
12学級以上の学校は
司書教諭を置かなければならなくなった。
また、公共図書館の運営を民間に
委託する流れもある。
その新しい流れを先取りする
ニュービジネスモデルの構築である。
図書館改革、「本」番に向けて新サービス
* * * * * * * *
当事例は「中小企業白書」(2004年版)より
コラム風にて紹介。文責はTAMAにある。
これから随時白書からも紹介する。
■手作り
当社はデジタルとアナログ
の融合を目指して02年に設立された。
オブジェ、映画セットなどのアナログ。
システム開発、CG制作などのデジタル。
その融合をコンセプトにする。
どちらかというと企業相手である。
そんな当社が個人向けの市場に進出。
それが「そっくり人形」である。
郵便やインターネットでの写真から
手作りで人形を作る。
結婚記念や誕生日記念の
プレゼント用を狙う。
最初はひび割れ、強度不足など
問題が続出、全くの手探り。
お客の要望も聞きながら、試行錯誤。
1年半の努力が実って
ようやく販売にこぎ着ける。
しかし、作り方もデリケートだ。
あまり漫画的になってもいけない。
元の写真を生かしながら
可愛らしさと本物とのバランスもある。
お客の好みもある。
お客との対話を通して
ようやく順調に注文がくるようになった。
オリジナルオーダーメイドフィギア
ミーニ(meーni・私似)である。
「手作り」人形で、個人市場「手作り」
* * * * * * * *
当社とはブーン・インコーポレテッドである。
日経流通新聞(04.5.20)よりコラム風に紹介。
文責はTAMAにある。
当社のホームページ→ブーン・インコーポレテッド
参考→元気印中小企業リンク集
■研究一筋
当社の創業は1888年というから
明治21年である。
80年頃から昆虫の研究を始め
91年にはバイオサイエンス研究所を設立。
数千匹のハエや蚊を飼育
昆虫研究一筋である。
動物用医薬部外品のノミ取り首輪
日本で最初に商品化に成功。
無臭タイプの防虫剤
殺虫剤などの技術力はきわめて高い。
薬剤分野でも
プラスチックや樹脂に薬剤を練り混ませる
樹脂練込技術、塗工技術などに定評がある。
20世紀は微生物の時代
21世紀は虫の不思議を利用する
「昆虫」の時代という。
「昆虫を殺す」ということから
「昆虫の特性を活かした商品づくり」に
ビジネスチャンスがあるというのだ。
防虫剤、殺虫剤、消臭剤は
大手も苦戦する厳しい業界である。
そのなかにあって
虫の研究一筋、虫関連に特化して
業績を伸ばしている。
研究の「虫」、「虫」に特化で飛躍
* * * * * * * *
当社とは(株)大阪製薬である。
中小企業ネットマガジン(03.4.2)よりコラム風に紹介。
文責はTAMAにある。
当社のホームページ→大阪製薬
参考→元気印中小企業リンク集
■浴室遮影カーテン
彼女は小学校の教員であった。
自宅の新築をきっかけに
インテリアに興味を持つ。
インテリアコーディネーターの資格取得。
建設会社に就職後、独立。
お客から入浴中の人影の映らない
浴室用カーテンの依頼を受ける。
カーテンといっても浴室用となると、
撥水性、防カビ、洗濯可などの条件がつく。
探し回ったがない。
結局自分で作るしかない。
布工場を探すことから始めた。
お客から話しがあってから
8カ月後にようやく
オリジナル遮影カーテンが完成。
インテリア関連の展示会に出展。
多くの人が彼女のブースを訪れた。
その中に東急ハンズがいた。
関心を示し、商談が成立。
これをきっかけに他でも採用。
最近では、
横浜高島屋の通販でも販売され、
1000枚と売上を伸ばしている。
主婦の視点から
人影を遮るカーテンを求めて
新事業への手がかりとしたのである。
「影」の「お影」で新事業
* * * * * * * *
彼女とは中山瑞穂さん。メリーポピンズ設立。
「ビジネスチャンス」(04.6月号)よりコラム風に紹介。
当社のホームページ→メリーポピンズ
参考→元気印中小企業リンク集
■伝統と今風と
当社は明治時代創業の
「博多織」の織元である。
一世を風靡した伝統織りも
着物市場の衰退とともに
業績低迷の危機的状況が続いていた。
いわば瀕死の状態である。
そんな折り、現社長は東京から
家業を継ぐために福岡に戻る。
帳簿を見て、このままでは
潰れると思った。それから、
再建に向けての挑戦が始まる。
手近な社内の整理整頓から
流通の短縮化、ブランドの再構築
古い業界の常識を次々と破っていく。
なかでも、問屋経由のものを
小売店へ直接卸すという新機軸を打ち出す。
いくつかの問屋の存在は
流通の利幅が薄くなるだけでなく
商品開発力の低下を余儀なくされていた。
また、従来の5,60代向けから
3,40代向けと新しい顧客層にも挑戦。
新ブランドの「千年工房」は
千年以上の歴史を持つ伝統ある着物の
新時代へのマッチングをテーマとしている。
新機軸で「織り」直す、伝統「織り」
* * * * * * * *
当社とは株式会社岡野である。
当社のホームページ→岡野
参考→元気印中小企業リンク集
■経営の弱点をカバー
当社はエレベーターの据え付け
メンテナンス業者であった。
いわば、下請け体質そのもの。
このままではいけないと思い
設立23年目を期に
第二創業を宣言する。
普通の速度の倍の早さ
1分120メートルの超高速垂直運送機
「ハイリフター」を開発。
これをきっかけとして
「他をもって替えがたい企業」を目指し
第2弾、第3弾とオリジナル製品を出す。
ユニークなのは、この経営革新過程で
外部からの資源の投入である。
先ず、大手企業の技術者や
大学のOBなどの外部の頭脳を入れ
研究開発を進めた。
また、専門展示会に積極的に参加して
製品PRを行い、顧客ニーズを吸収。
財務体質強化のために
アドバイザーグループを設置。
資金調達は育成資金などの
公的資金を積極的に活用した。
自社で足りないものは外部から調達
中小企業の経営の弱点をカバーしながら
内部体制を固め、改革は進められた。
「外」の資源で、「内」なる改革
* * * * * * * * *
当社とは第一施設工業である。
中小企業ネットマガジン(eー中小企業庁&ネットワーク推進協議会)
(03.6.11)よりコラム風に紹介。文責はTAMAにある。
当社のホームページ→元気印中小企業リンク集
■企業組合「動物の森」
ペットブームに乗って
動物愛玩家が増えている。
愛玩というより家族同様に
生活の一部となっている場合もある。
そんなペットの死を迎えたとき
悲しみはひとしおだ。
ショックのあまり、いわゆる
「ペットロス症候群」になるものいる。
理事長は前、ゴミ処理業を営んでいた。
小動物の死体は一般廃棄物扱い。
動物愛玩家からなんとかして欲しいと
切々と訴える声を聞いていた。
そんなことから
ペット霊園を事業化することになった。
先ず、焼却設備業者、動物病院勤務者、
寺院関係者などの経験者が集まった。
それぞれのノウハウを出し合って
総合的な霊園事業を目指して組合を設立。
動物病院を回り、専門誌に広告。
次第に口コミで知られるようになり
取り扱い件数も順調に推移している。
愛するペットの死体がゴミ扱い
何とかして欲しいという切なる願い...
そんな声をきっかけに出発した霊園である。
動物「愛玩(あいがん)家の「哀願(あいがん)」でペット霊園
■ナビット
彼女は専業主婦であった。
その彼女がナビットを設立。
主婦社長として頑張っている。
「乗り換え便利マップ」など
交通と地域に特化した
ユニークなベンチャー企業でもある。
創業はある駅での主婦体験から...
子供を乗せたベビーカーで
エレベーターを探してウロウロ。
困った経験、こんなのがあったらいい
という実体験から生まれた。
各駅を徹底的に歩き回り
「電車&地下鉄乗り換えマップ」を
作って出版し大ヒット。
「あったら便利」というニーズに
手応えを感じ創業に踏み切る。
乗り換えマップから
地下街マップ、バリアフリーマップ
観光案内などへ幅を広げる。
車の案内がカーナビなら
こちらはヒトのナビ「マンナビ」
と新造語で事業をPR。
地図に載っていない情報
ヒトの「足」に便利な情報に特化。
自分の体験から
「足」ナビという新しい領域を築きあげた。
体験を「足」掛かりに、「足」ナビ
当社のホームページ→元気印中小企業リンク集
■町工場の変身
当社は自動車部品加工の下請け
職人技を得意とする鉄工所であった。
しかし、親企業からの下請けを脱し
自立しなければとの想いは強まる。
当社の資産と言えば
各職人が持っている技術である。
その技術を自立にどう結びつけるか。
個人技を会社の資産に...そんな模索から
職人技のデータベース化が始まった。
加工管理システム「ヒルトップ」の構築。
「丘の上を目指す夢と目標を持った頭脳集団」
(当社ホームページより)
どんな単品加工にも、誰にでも、
短納期で対応できるシステムである。
苦労の末、システムは出来上がった。
お陰で、若い社員もパソコンとNC旋盤
制御プログラムで見違える成果が...
町工場は一変した。
ルーティンワークは大幅に減り
夜も休日も関係ない24時間操業である。
何よりも、3K職場から
知的労働へとやる気に活気づく
優良企業の職場へと変身した。
職人とデジタルという取り合わせ
中小企業がITという新風で変身。
そこに痛快な技を感じる。
技(わざ)あり! 職人技(わざ)のデジタル化
* * * * * * * * *
当社とは山本精工(株)である。
中小企業ネットマガジン(中小企業庁/中小企業総合事業団)(04.1.28)
よりコラム風に紹介。文責はTAMAにある。
当社のホームページ→元気印中小企業リンク集
■出来ることで「やり甲斐」
彼は技術屋さんである。
歳は70才を超える。
しかし、録音用の磁気テープでは
絶対的自信を持っている。
「自分にしか出来ないこと」で
人の役に立ちたいと日頃思っていた。
そこで、傷ついたビデオテープを治す
「テープのお医者さん」を始める。
人には様々な思い出がある。
幼い頃の思い出、両親の思い出。
その思い出のテープが
破損、劣化していたら
それを治してあげるというサービスである。
その人にとっては
お金には変えられない
貴重なものを再生してあげる仕事だ。
ほとんどは、その日に修理。
かなり重傷な場合もあるが
「出来ない」と言った事はないと言う。
諦めていたテープが
再生されて感謝の手紙を貰ったとき
生き甲斐を感じるという。
口コミで利用者は増え
全国から注文が来るようになった。
テープの「再生」で、やり甲斐「再生」
* * * * * * * *
彼とは「アイディネット」の代表社員柿崎氏である。
日経流通新聞(03.9.25)によりコラム風に紹介。
文責はTAMAにある。
■コミー(株)
同社は看板業であった。
回転看板にミラーを付けた商品を
展示したことが転機となった。
知人が持ってきた凸面鏡と
モーターを利用して
ディスプレー用の看板を出品。
あるスーパーから
30個のまとめ買いの注文があった。
その理由を聞いたところ
なんと「万引き防止」という。
看板ではなく、ミラーによる
意外な用途。これが、
防犯ミラーに専念するきっかけとなった。
看板の集客効果より万引き防止効果
その市場のニーズを素直に受け取った。
社長は「死角を生かす気配りミラー」
として、ミラーの開発に拍車をかける。
スーパーだけではなく
工場、倉庫、駐車場へと利用は進む。
万引防止きだけではなく
死角を生かす安全確認などに
用途が広がっていったのである。
当社を有名にしたのは
ボーイング社の乗務員の「客室視認」に
正式採用されたことである。
「看板」業、ミラーを「看板」に
* * * * * * :
同社は新聞、雑誌、テレビにと頻繁に紹介されている。
同コラムは主に「中小企業ネットマガジン」(04.1.14)
によっている。文責はTAMAにある。
当社のホームページ→元気印中小企業リンク集
■優とぴあ
当社は施設や自宅に出張して
理美容のサービスを行う。
「優とぴあ」という。
高齢者施設では
職員が洗髪を行う所が多い。
手入れが大変だから
皆、頭を短く刈り上げられている。
「髪が命」という女性もである。
入所者も施設に入った時から
そういうものだと諦めていた。
しかし、ホンネは何時までも
美しくいたいのである。
なかには、お金を払ってでも
「きれい」でいたい人も多い。
そこに目を付けた。
理美容の出張サービスである。
始めてみると、
病院、障害者施設、自宅での希望も多い。
男性の依頼もある。
移動理美容車、車椅子補助器具
独自のシャンプーシステムなども整備。
自宅出張サービスも
車の中での理美容ではなく
自宅の室内で理美容タイムを過ごせる。
こらから本格化する高齢社会
そのハシリとしての「理美容」の出前
注目される新事業である。
高齢化の「手前(てまえ)」で、理美容の「出前(でまえ)」
「優とぴあ」のホームページ→元気印中小企業リンク集
■介護事業へ
国の台所事情を反映して
地方の公共事業は減少傾向を辿る。
ここ福島県においても同様
特に建設業界においては深刻である。
減少するパイの奪い合いでは共倒れ。
先行き不安がいっぱいである。
そんななか、福島県建設業協会では
介護事業に目を付けた。
先細りする建設業界にしがみつくより
これから世の中に期待される業界
介護の世界への方向転換である。
協会メンバーが出資した
(株)ケア・ビルダーでは
ヘルパーによる訪問介護事業へ進出。
同建設業協同組合でも
ホームヘルパーの養成講座を
積極的に開催、資格取得を促す。
若松支部の共立土建では
特別養護老人ホームとケアハウス事業へ。
日常のケア、個人の生活スタイルに
重点を置きながら
建設業の強みを生かしている。
先細る建設業界支援に介護事業
思い切った変身...
地方の雇用創出の好事例でもある。
建設業界の「介護」に、「介護」事業
■キャピタル
岡山県倉敷にある「キャピタル」
ジーンズメーカーである。
人気芸能人のSMAP(スマップ)
あのデビッド・ベッカムも購入。
ジーンズ通にはちょっと有名である。
社長はアメリカで出会ったジーンズに
魅せられてジーンズづくりの
習得のため中小企業の就職。
大手の下請けでないジーンズを
目指して、独立。
しかし、いいものを作っても
それをどうやって売り込むか。
社長は、直接本人に送る作戦に出た。
「この芸能人」には「このジーンズ」をと。
これが口コミで広がった。
あえて、新式の織機ではなく、
旧式の織機工場で織り上げる。
そのジーンズに棒で漂白剤をつけ
部分的に色落ちさせたり、
継ぎ接ぎのデザインに工夫を加えたり。
量産品にはない、手作り感のある風合い。
世界中のジーンズマニアが憧れる
究極のジーンズという評価を得るまでに。
出来上がったジーンズは
製品ではなく、一つひとつが作品という。
それもその人だけのオリジナル作品である。
「1」品「1」品を、「1」人「1」人に
* * * * * * * *
当事例は日経ビジネス(03.4.14)
「負けるな中小企業」よりコラム風にて紹介。
文責はTAMAにある。
■差別化への道
当社の創業は1891年(明治24年)
といっても、老舗と言うわけではない。
農業の片手間での零細豆腐屋であった。
4代目である現社長は
商社系食品メーカーで修行を積み
商売を大きくしようと後を継ぐ。
5千万円借金し生産設備に投資。
しかし、さっぱり売れない。
やる気が空回りする。
競争が激しく、値段もシビア。
このままではダメだあ...
同じことをしていても勝ち目はない。
そこで高くてもいいものを作ろうと決心。
2丁で100円まで下がった豆腐を
逆に1丁150円のものを作って売り出す。
晩酌での「これはうまい」という夫の人気が
妻達の口コミで伝わり、固定客が増えた。
1丁200円の豆腐、「究極のきぬ」
「至高のもめん」「1丁入魂」
なんていう面白いネーミングのものもある。
小家族世帯も増加して、量は少なくとも
美味しいものという「こだわり」。
1丁1000円という高額品もある。
新作の発表の豆腐総菜「旬豆腐」は
朝から行列が出来るまでになった。
「やったる精神」と「差別化」が決め手。
1丁!「こだわり豆腐」への挑戦
* * * * * * * *
当社とは「おとうふ工房いしかわ」である。
日経流通新聞(03.12.6)よりコラム風にて紹介。
文責はTAMAにある。
当社のホームページ→元気印中小企業リンク集
■鎌倉シャツ
彼女は専業主婦であった。
その彼女が「サラリーマンの妻」から
一転して全く異質の世界へ飛び込む。
アパレルの会社に勤める
夫の思いからシャツの店
メーカーズシャツ鎌倉(株)を創業。
取り扱いはシャツだけ。場所は鎌倉
製造小売業で中間を排除。
高品質なものを安く作るシステムを構築。
初めは苦戦した。転機となったのは
情報誌「ハナコ」への投稿である。
接点が全くないまま
載せてもらえればPRになると
宛名を編集部御中で投稿した。
99%不可能でも1%の可能性が
あればという思いだったという。
(当社のホームページより)
その1%にヒットした。
「鎌倉特集」のタイミングに
「鎌倉マダム御用達の店」として紹介される。
ここで状況は一変。
横浜ランドマークなど人気ショップ
として続々誘いの手が伸びる。
主婦からの思いきった創業
鎌倉という地名をうまく生かして
主婦の店は急成長している。
いざ!「鎌倉」、主婦の「鎌倉」シャツ
当社のホームページ→元気印中小企業リンク集
■全国出前の夢
当社は冷凍食品メーカーである。
握り寿司を全国に「出前」出来ないか
そんな夢に挑戦した企業である。
握り寿司は寿司屋に行くか
出前を取るか、鮮度が勝負だから
全国への出前は不可能であった。
時間の経過とともに
「ネタの鮮度落ち」「シャリの硬化」
へたをすると食中毒の危険もある。
そこで冷凍食品となるが...
冷凍食品がこれだけ普及するなか
冷凍の寿司だけはうまく行かなかった。
ネタを冷凍するとシャリが硬化し
パサパサ、シャリを電子レンジなどで
加熱するとネタが煮えちゃう。
ネタに良ければシャリに悪い。
シャリに良ければネタに悪い。
(当社ホームページより)
ここで当社は夢に向かって
旺盛なチャレンジ精神を発揮する。
ネタは旨みのアミノ酸が
落ちないよう前処理する。
シャリ硬化とパサツキ防止のため
米質の調整、炊飯方法の工夫。
試行錯誤の末、独自の技術で商品化
お陰で夢の全国出前が可能となった。
「自前(じまえ)」技術で、「出前(でまえ)」寿司
* * * * * * * * * *
当社とは海鱗丸ビール(株)である。
勝海舟の「咸臨丸」にあやかったという。
その後「ふうどりーむず」に社名変更。
当社のホームページ→ふうどりーむず
参考→元気印中小企業リンク集
■お客の要望に応えて
当社は印刷業者である。
地方自治体の印刷物が主体であった。
しかし、他社との競合を避けるため
日本酒の印刷物に特化していった。
日本酒のラベルは結構特殊である。
ラベルを貼るのに「しわ」はダメ。
水に濡れてもいけない。
さらには、カビに強いラベル
透かしの入ったラベルと
お客の要望はエスカレートする。
すべてに対応するためスタッフを
充実させていった。
今ではデザイナーは15人
うち11人は女性である。
ここで面白いのは
酒を飲まない人が少なくないという。
日本酒をよく飲む人は
ラベルをあまり気にしない。
飲まないから客観的なれる。
いや、むしろ、蔵元の思いを
如何に表現するかに心血を注げるという。
お客の意を汲むという延長線上に
今では提案型の営業を
武器にするまでになった。
一つひとつのレベルの高い要求に
応えていくうちに当社も飛躍していった。
「ラベル」の「レベル」アップで飛躍
* * * * * * *
当社とは高桑美術印刷である。
日経ビジネス(03.11.17号)「小さなトップ企業」よりコラム風に紹介。
文責はTAMAにある。
当社のホームページ→元気印中小企業リンク集
■町のパン屋さん
当社は栃木県黒磯にある
町のパン屋さんである。
平成7年の阪神大震災の時
何とかしてあげたいと思ったが
自分のところはパン屋、パンしかない。
そう思って、パンを2000個送った。
被災地では皆に喜ばれた。
しかし、賞味期限が過ぎると
簡単に捨てられる。それを見て
仕方ないとは言え心に引っかかった。
鮮度が保てたら
その想いがパンの缶詰という
常識破りのアイデアに繋がる。
そのアイデアは素晴らしい。
しかし、実行となると現実は厳しい。
それを可能にしたのは
あくなき夢への挑戦である。
開発は悪戦苦闘の連続であったが
平成9年、ついに完成した。
こうして出来上がった
焼きたて風味のふっくらした
パンの缶詰「カンカンブレッド」。
当初、災害時の非常食としていたが
携帯用、お土産、記念品と用途は広がる。
当社のヒット商品となった。
アイデアと夢を「詰」めて、パンの缶「詰」
* * * * * * *
当社とは(株)パン・アキモトである。
中小企業ネットマガジン(中小企業総合事業団)(02.12.11)より紹介。
文責はTAMAにある。
当社のホームページ→元気印中小企業リンク集
■水産加工
当社は塩カズノコ生産業者である。
海外から輸入品との競争激化で
危機感を感じていた。
そんななか、廃棄物として
捨てられていたサケの皮を原料とした
コラーゲンに注目。
コラーゲンは美肌効果など
化粧品として脚光を浴びている。
また、最近では、バイオ関連として
再生医療としても関心が高まっている。
そう言えば、父である先代社長も
海鮮問屋を創業して間もなく
ニシン捕獲の激減で大苦戦。
そんな時、価値のない
輸入冷凍ニシンのカズノコに注目。
技術開発より黄色いダイヤに。
親子ともども
捨てられる廃棄物から
価値ある新天地を切り開いた。
社長は水産加工業には
「開拓者精神」が必要という。
しかし、そこには
捨てる、拾うという目の付け所
経営的センスが決め手ともなっている。
捨てる神あれば、拾う神あり
捨てる者あれば、拾う者あり
* * * * * * *
当社とは井原水産である。
日本経済新聞(04.1.24 )よりコラム風にて紹介。
文責はTAMAにある。
当社のホームページ→元気印中小企業リンク集
■釣り用に特色
当社は、社長が眼鏡店を辞めて、
自分で独立して創った会社である。
しかし、おカネが思うように
集まらなず、店を出す費用もない。
結局、開店資金もないまま
車でのめがねの宅配を思いつく。
バンを改造して、視力検査から
販売までを車の中でやる。
車だから移動できる。
「待ちではなく、攻め」という訳だ。
だが、訪問販売はお客にとって
便利だが、警戒もされる。苦労の連続だ。
修理だろうが、相談だろうが
指定された自宅や職場にとにかく行く。
そんな毎日が続いた。
そんな折り、転機となったのは
釣り用の偏光サングラスを
取り上げたことだった。
社長自身が愛用していたものである。
マニアだけに、品質はうるさい。
しかし、確かな手応えがあった。
釣りマリアに喜ばれ
しかも、宅配という武器で
お客を取り込んでいった。
「釣り」用、宅配で「釣る」
* * * * * * * *
当社とは「(有)宅配のめがねやさん」である。
日経流通新聞(03.11.20)よりコラム風にて紹介。
文責はTAMAにある。
当社のホームページ→元気印中小企業リンク集
■無料と有料
お客にとって
無料と有料なら、無料が方がいい
これが一般的である。
しかし、その先入観を排除し
有料ビジネスを勝ち取った男がいる。
パーク24の社長、西川清氏である。
時間貸し駐車場で
上場会社までに成長させた。
当時、病院の駐車場は無料であった。
しかし、無料が故に
病院以外の者でいつも満杯。
本当に病院を利用したい患者は
駐車できるかどうか、
行って見なければという「不安」があった。
お客のことを思えば
その「不安」の解消は大きな意味を持つ。
そこで有料の方が、かえって
「お客のため」と病院に有料化を勧めた。
しかし、病院は有料化はサービス低下と
ガンとして受け付けなかった。
それだけ先入観は強いのである。
何度かの交渉の末
お客のためということが「決め手」となり
病院も受け入れた。今では全国に広がっている。
時と場合のよっては「有料化」が
優れたビジネスチャンスとなることもある。
「有料(ゆうりょう)」化で、「優良(ゆうりょう)」ビジネス
■バイオ技術を生かす
当社の創業者は微生物による
有機汚泥の処理を研究していた。
そんな折り、原子力発電所から
排泄物の件で相談があった。
排泄物を外へ出すと
低レベルの放射線廃棄物となり
その取り扱いに苦慮していたのである。
そこで、微生物の研究を生かして
排泄物を分解するトイレを考案した。
微生物が住みつている木材チップと
排泄物を混ぜ合わせて発酵分解する
いわば、バイオトイレである。
トイレの用途は
建築・建設現場、公園などにもある。
トイレに注目すると
様々な使い道が見えてくる。
次は海上トイレである。
微生物を分解、消滅させる
海上トイレ「マリントイレ」。
ロンドン条約で排泄物の海上投棄は
禁止されており、需要は広がる。
最近では介護用に取り組む。
介護用の排泄物消滅型トイレ
介護レットを販売。売上も順調である。
トイレで「うん」開く
* * * * * * * *
当社とはサンバイオである。
日本経済新聞(02.12.26)によりコラム風に紹介。
文責はTAMAにある。
当社のホームページ→元気印中小企業リンク集
■業態を変える
当社は大手のプリンターなどの
精密機器の組み立てを請け負っていた。
ほぼ100%その大手依存である。
その大手に海外移転の話が持ち上がった。
さあ、困った。どうする?
海外進出の波が押し寄せてきたのである。
他の大手電機メーカーから
カーナビシステムの話もあった。
しかし、海外移転の波は一過性ではない。
振り返れば、多品種少量生産
工程の複雑化、しかも短納期化
それぞれに創意工夫により乗り切ってきた。
時には、大手の無理難題ともいえる
部品組み立てにも、なんとか、応えてきた。
これを武器にできないか?
具体的には創意と知恵の結晶としての
生産ラインである。これを売れないか?
「生産ライン」を売る...
それは生産から販売への転換を意味する。
思い切った発想である。
しかし、実行に踏み切った。
特許取得など、その大手の協力もあった。
大手電機メーカーなど50社ほどが
導入するヒット商品となった。
生産を一度リセットして販売業へ
そこに活路を見い出したのである。
活路!生産(せいさん)を精算(せいさん)
* * * * * * * *
当社とは楢川工業である。
日経ビジネス(03.7.14号)よりコラム風にて紹介。
文責はTAMAにある。
■伊賀の里から
伊賀と言えば、忍者
その忍者で有名な伊賀の里
三重県阿山町。
「伊賀の里モクモク手作りファーム」
農事組合法人がある。
ファームの立ち上げは
伊賀豚のブランドづくりから始まった。
三重県には有名な「松阪牛」がある。
養豚農家と協力して
ブランドのある豚づくりを目指す。
工夫を重ね、食酸の30倍の木酢酸を飼料に
やわらかく、くさみのない豚肉に成功。
その豚による
「ウインナーの手作り体験教室」
養豚からのハム・ウイナーづくり
大麦からの地ビールづくり
お米からの和菓子づくりと次々とてを打つ。
「おいしさと安心の両立」をテーマに
無添加、低添加の製品だけしか作らないという
こだわりもある。
直営農場だけでなく、各工房、
農業公園、農産物の通信販売なども手掛ける。
一つひとつ手作りの手堅さがある。
目指すのは
「ロマンと夢のある21世紀型農業」という。
「手作り」経営で、「手作り」ファーム
* * * * * * * * *
当ファームのホームページ→元気印中小企業リンク集
■イカ釣り機
当社はイカで有名な函館にある。
先代社長は大手ドックの下請けとして
船内の配電盤などを製作していた。
先代社長は魚釣りが趣味。
親戚の漁師からの依頼で
電機式の自動イカ釣り機を開発。
これが大ヒット。しかし、商機と見て
ホンダや松下などの大手が参入。
大手の資金力には敵わない。
さあ、どうする? 大手との差別化は?
使い勝手を一歩踏み込むしかない。
機械といっても一定のパターンでしか動かない。
イカの種類、潮の流れなどに合わせて
水深、釣り糸の上下の早さ、力加減などを
コンピューターで制御してはどうか?
現社長はコンピューターについて猛勉強。
ついに、世界で初めて
コンピューター制御のイカ釣り機を開発。
しかし、本当に海で使えるのか?
海で検証するしかない。
試験機を乗せて実際にテストの繰り返し。
それを可能にしたのは地の利だ。
海のソバ、社員の1割が元漁師か漁師の家族
ノウハウの蓄積もあり、小回りも効いた。
検証のテマヒマが大変
大手は次々と撤退していった。
今、当社はイカ釣り機でトップシェアである。
地の利を「イカ」す
* * * * * * * *
当社とは東和電機製作所である。
日経ビジネス(02.7.8)よりコラム風に紹介。
文責はTAMAにある。
■(株)ラクーン
当社は在庫ビジネス、
特に過剰在庫の処分を手掛ける。
それは苦い経験から生まれた。
脱サラでの食品や雑貨の輸入販売
大手企業から大口の商談が入り
商品を輸入して準備万端。しかし、キャンセル。
大量の在庫の山に危機的ピンチ
取引先に頼み込んで、なんとか乗り切ったが
在庫の恐ろしさをいやというほど味わった。
その在庫の失敗の教訓を活かして
在庫ビジネスを立ち上げたのである。
過剰在庫を抱えるメーカーと
小売店を繋ぐインターネット上での
「オンライン激安問屋」を開設。
過剰在庫を少しでも早く処分したい企業と
出来るだけ安く仕入れたい小売業者との
橋渡しである。
会員は無料で登録制
過剰在庫の性格上、匿名を保証する。
買い手としては品質の不安がある。
そのため、事前に検品してからの販売を徹底。
売り手と買い手との双方の橋渡し
インターネット上のバーチャルな
ビジネスモデルである。
在庫とお金はウラオモテ。
在庫管理は金庫番、即ち、財務管理に直結する。
そこに目を付けたベンチャー企業でもある。
在庫(ざいこ)は、金庫(きんこ)に通ず
* * * * * * * * *
当社は新聞、テレビなどマスコミで多く紹介されているが
主に中小企業ネットマガジン(e−中小企業庁&ネットワーク推進協議会)
(03.4.23)を参考にした。 文責はTAMAにある。
当社のホームページ→元気印中小企業リンク集
■手焼きせんべい
岩手県江刺市、愚直なまでに
伝統を守って造る手焼きせんべい。
昭和9年初代から1枚1枚焼き続ける。
今の店主も父親の仕事を見ながら育ったという。
仕事始めは炭をおこすことから。
炭の優しさと弱火でじっくり焼き上げるためだ。
すべて手焼きである。
厳選した小麦粉を使った生地を焼き上げ、
まだ熱く柔らかいうちにつまんで
亀の甲羅のようなカタチになるまで待つ。
朝すったばかりの黒ゴマを
砂糖で味付け。その黒ゴマを
たっぷりつけて炭火の上で半日乾かす。
約1日半かけて、
亀の子せんべい出来上がりだ。
一日約800枚が限度という。
上質の黒ゴマをたっぷり塗った素朴さ
数量限定の手作りの魅力。
根強いファンがあるのは
手焼きだからこそという「こだわり」である。
半世紀の伝統を守りながら
手抜きせず、1枚1枚焼き続ける。
その手間ヒマ、こだわり、まごころは
他人には真似をしようとしてもできない。
他人は「手を焼く」、「手焼き」せんべい
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当事例は八重吉煎餅店。
前回に続き2003年度(財)食品流通構造改善促進機構
優良食品コンクール受賞店から紹介(03.12.18日経流通新聞)
文責はTAMAにある。
当店のホームページ→元気印中小企業リンク集
■シャンド・フルール花樹有
山形市の花屋さんである。
シャンド・フルールはお花畑の意味。
花樹有は「かじゅある」と読む。
たくさんの緑とお花に囲まれ
まるでお花畑にいるような気分になれる
街角の花屋というイメージとか。
(当社のホームページより)
花の命は短くて...花は新鮮さが大切だ。
しかし、当社は冷蔵ケースを使わない。
下手な延命策は取らない。
花の寿命は決まっている。
延命してもお客さんのところで
早く死んでしまったら意味がない。
お客のためを思えば
自然の状態で買って貰った方がいい。
顧客志向のこだわりである。
小手先の体裁より
真心をこめたお客とのふれ合いを大切にする。
なかでも社員教育は徹底している。
従業員は社員6人、アルバイト3人。
朝7時半の朝礼では毎日、
倫理法人会の「職場の教養」を全員で輪読。
20代の若い従業員が多いが
挨拶も受け答えの評判も上々とか。
お客の満足を一番に考える
その「懸命さ」がお客に伝わり
業績向上に繋がっている。
延命(えんめい)より、懸命(けんめい)
前回に続き2003年度(財)食品流通構造改善促進機構
優良食品コンクール受賞店から紹介(03.12.18日経流通新聞)
文責はTAMAにある。
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■あんころもち
当社は和菓子の老舗
金沢市の隣の松任市にある。
創業は1737年、江戸中期である。
代々「あんころもち」を造っている。
「あんころもち」は小豆、もち米、砂糖
三つの材料しか使わない極めてシンプルな菓子。
それだけに「ごまかし」がきかない。
「水」が味を造るという水造味は
白山より湧き出る伏流水を使う。
さらに材料には徹底的にこだわる。
小豆は厳選された特産の北海道の十勝産。
もち米は、さきの白山の伏流水で無農薬で栽培。
「あんころもち」は竹の皮に包むが
創業以来、天然の竹皮を使っている。
その竹の皮が防腐効果や
もちの水分調整を自然にやっているという。
昔ながらの製法の良さは残している。
しかし、ここで当社が凄いのは
「伝統とは革新の連続」というポリシー。
甘味が少なかった江戸時代から
さっぱりとした甘みの現代まで
連綿と時代に合わせて革新を行っているという。
伝統に甘んじることなく
耐えず革新を続けて
お客の信頼、人気を長持ちさせている。
革新で、あんころ「もち」は、長「もち」
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当社とは「圓八」である。
前回に続き2003年度(財)食品流通構造改善促進機構
優良食品コンクール受賞店から紹介(03.12.18日経流通新聞)
文責はTAMAにある。
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■発想を変える洋菓子店
群馬にある洋菓子店
創業は100年ほど前にさかのぼる。
第二次大戦はパン製造で生き延びた。
伝統ある老舗ではあるが
安定した主力商品を育てたいという想いがあった。
そこで地域や季節に左右されない
ギフト商品としてラスクに注目する。
ラスクは普通フランスパンの余った部分を
利用して作る。それを逆にしたのだ。
一般的には、ラスクはフランスパンに
バターを塗ってグラニュー糖をまぶして焼くが
先ず、ラスクに適したフランスパンを作る。
パンの生地に空洞が少なくなるように
試行錯誤を繰り返し、均質なラスクに挑戦。
原料にも徹底的にこだわった。
バターも特別製で高級バターを溶かした後の
上澄み部分だけを使う。
その原料へのこだわりがヒット商品となった。
過去の購買履歴を元にファンづくりに努めるなど
販売も順調で増産体制を進めている。
余り物で、ついでに作るという発想ではなく
余り物を主役にして差別化し、収益の源泉とした。
余り物を「福の神」にしたのである。
「余り物」には福がある
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当事例はガトーフェスタハラダ(株式会社原田)
前回に続き2003年度(財)食品流通構造改善促進機構
優良食品コンクール受賞店から紹介(03.12.18日経流通新聞)
文責はTAMAにある。
■宮崎の果物店
当店は宮崎県日向市駅のソバにある。
社長と息子の専務を中心とした
典型的な家族経営の果物店である。
仕入れは市場や農協からだけでなく
生産者からの直接買い付けも多い。
果物といえば、お見舞い、お祝いなど
進物の需要が付加価値が高く収益の源泉だ。
当店はブライダル市場でそれなりにやっていた。
しかし、これからは少子化社会。
子供が少なくなり、結婚人口も減る。
このままではじり貧である。
逆に増えるのは、高齢化社会でのイベントである。
そこで法要に目を付けた。
ブライダル市場から法要市場へ。
家族経営とはいえ、世の中の読みは鋭い。
お盆だけでも、結構高級な果物が売れる。
高級フルーツ缶詰、生の果物をカゴに入れた
お供え(そなえ)物の需要である。
ホームページも作成。
顔の見える生産者の情報で、安全・安心をPR。
缶詰の大量仕入れや
カゴのリサイクルなどコスト削減など努力。
法要向け商品の利益率は大幅にアップ。
法要向けのお供え(そなえ)物が収益の柱になった。
「そなえ」あれば、憂いなし
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当店とは日向農園である。
今回から2003年度(財)食品流通構造改善促進機構
優良食品コンクール受賞店を紹介する。(03.12.18日経流通新聞)
文責はTAMAにある。
当店のホームページ→元気印中小企業リンク集
「TAMAさんの元気の出る中小企業館」
TAMAさん(3)ドットコムhttp://www.tama3.com/(TAMAは田廻良弘のニックネーム)
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