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Thinking 〜プロローグ 

住まいづくりに考えること…。楽しい生活の家をつくろう。このコーナは、そのとき
の設計事務所が考えていることです。
あなたは何を考えますか?



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[家を建てようと思ったとき] [坪△△万のトリック] [建物はあなたのもの?]

家を建てようと思ったとき

 家を建てようと思ったとき、あなたはまず何を考えますか、何をようとしますか?

子供部屋も欲しいし、じいちゃん、ばあちゃんの部屋も欲しい。鉛筆を手にとって方眼紙に平面図を書き始めるかも知れませません。それに息詰まると建築雑誌などを買ってきて、自分の夢膨らむ家を想像することでしょう。また、ハウスメーカーの家を見学して、台所はシステムキッチンに、吹き抜けのリビングでフローリング仕上げにしよう…等々と、は膨らむばかりです。

家族会議を開き方眼紙にだいたいの平面図が出来上がると、あなたは大工さんにそれを持っていくことでしょう。平面図までいきつかないあなたはモデルハウスを見て、ハウスメーカーに相談に行くことでしょう。なぜか悲しいことに、設計士に頼むことは少ないようです。それだけ設計士は信頼されていないのでしょうか。

あるいは設計士に頼みたいが、どこにどうして頼んだらよいのかわからないということなのでしょうか。何はともあれわたしたち設計士の努力が足りないのかも知れません。



 さて、話を戻しましょう。大工さんに頼んだあなたは設計を大工さんに頼んだことになります。ハウスメーカーに頼んだあなたは設計を営業マンに頼んだことになります。設計士に頼んだあなたは設計を設計士に頼んだことになります(あたりまえのことですが…)。
どの場合でも生活するのに十分な家は建てることができます。ちょっと不満があっても、衣・食・住どれをとっても問題なく生活することができるでしょう。

しかし、よくえてみて下さい。

今まで住んでいた3DKのアパートとどこが違うのでしょうか。

家が広くなり物が新しくなり、庭がつきました。借家でなく持家になったという、安心と満足感。
ふと考えてみると自分の居場所はアパートのときとさほど変わりなかったりします。隣を見てみると、同じような家が建っています。明日から借金を返すために又働かなくてはいけません。

私の事務所では建主に、

「どういう生活をしたいのか、どのようなLife Stileを望んでいるのか」

という事を探ろうとします。しかしそれを直接聞いても答えられる人はあまりいません。私もその一人かも知れません。だからあなたも安心して下さい。



しかし家を建てようと思ったとき、漠然とでもよいですからそのことを考え整理してみて下さい。
 子供のこと、自分たち夫婦の将来のこと、自分の趣味のこと、のこと、太陽(光)のこと(建物は「街」という自然の中に建つのですから)…等々。

そうすればきっと楽しい生活の家が出来上がることでしょう。

生活するのに十分な家だけでは、規制のに自分の生活を押し込んでいるような気がしてなりません。

毎日会社に勤めて帰って寝るだけの家ほどつまらないものはありません。
規制の枠に合わせて生活するのではなく、自分たち家族の生活形態に合わせた家づくりをしてみませんか。

坪△△万のトリック                   ▲前へ   ▼次へ  

 家を建てるとき、予算を考えない人はいません。屋根は瓦にしたいし、風呂は石の風呂にしたい。台所にはシステムキッチンと食器棚をつけて、トップライトを付けて、窓ガラスはペアガラスと…。家を建てるときの欲望は限りがありません。

しかしお金の問題を考えたときにその欲望は打ち砕かれるときがあります。その一つ一つの問題を曖昧にして、ひっくるめて言いくるめる便利な言葉があります。

坪△△万円、この言葉がそうです。

確かにこの言葉はいい加減な言葉ではありません。今までの過去の建築費のデーターをもとに割り出した数字ですから…。しかしそれは平均的な数字であって、あくまでも目安にしかなりません。


     
図面をつくり 食い違いを最小限に

 「坪50万で家を建てますから、すべてまかせて下さい」と、ある人は言いました。建主はすべてそれでやってくれれば予算が浮くし、間取りも希望どうりのものができそうだし、その人に頼みました。


しかし、ある人が言った「坪50万」と建主のあなたが考えている「坪50万」とは全く違うものであることがほとんどです。


出来上がった建物を見て、こんなはずではなかったのに…、と思っても後の祭り。そう、重要なのは坪50万の家とはどういうものなのか、しっかりとした図面を作ってもらうことです。

図面を作りお互いのくいちがいを最小限にしておかなければなりません。


 建築とは、建主(施主)、設計者、施工者との三つの関係で成り立っています。
建主、設計者は一人ですが、施工者は一人ではできません。基礎屋さんがいて、大工さんがいて、板金屋さんがいて、建具屋さんがいて、内装屋さんがいて…、十種類以上の職人が入ります。

簡単な図面しかなかったらどうでしょう。

「坪50万」という大義名分の言葉のもとに「こういうもんだろう」と言うことで仕事が進んでしまいます。


図面がないわけですから誰を責めるわけにもいきません。


お金を払う一番強い立場のあなたは、施工者に「こんな形とは思わなかったから、やり直してくれ!」と言うでしょう。言われた施工者は渋々直すことでしょう。貴方は直して貰って良かった、と思うでしょう。
でも施工者はやり直した材料費と労務費をどうしようかと考えています。それを建主の貴方に話すことはありません。「坪50万」と言う言葉のなかに吸収されて消滅してしまうのです。
(実際には、すでに予備費として工事費の中に含まれています)



建主も施工者も困ることがたくさんでてきます。たかが「家」されど「マイホーム」。

図面の重要性が分かってもらえたでしょうか。


 私は施工者の是非を問うものではありません。また、建て主の行為を問うものでもありません。
むしろそれを無くすため私たち設計者がいるものと考えています。
建築(家)は先程の三者の関係を無くしては片輪の建物になってしまうのではないでしょうか。

ちょっと一服!!

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建物はあなたのもの?                  ▲前へ   ▼次へ  

 建物をつくるという行為は大変なエネルギーを必要とします。建主の貴方はお金を払う立場だからと言って、まかせっきりでいると後悔します。

大金を払うのですから。

くり返しになりますが建主の貴方も家について考え、それを信頼のおける設計士に図面を作成して貰い、責任ある施工者に建てて貰うことをお薦めします。

 さて、その様にして出来上がった建物は「あなたのもの」なのでしょうか。

もちろん、自分の土地に自分の建物を建てたのだからオレのものだ!。他人のあんたには関係のない話だ、と思うのはごもっとも。
しかし、あなたの前の人がピンクの家を建てたとしましょう。本人は家を建てるときはピンクの家を作ることが前々からのだったわけです。しかし毎日目に入ってくる前の建物の色は、どうにもあなたには我慢ができず毎日がイライラしどうしです。楽しいはずのマイホームが嫌悪感でいっぱいになってしまいます。


北側は後ろの正面

 色の問題を話しましたがこういう話はどうでしょう。
家を建てるとき、あなたは庭が欲しいと考えます。ですから南側を広くとり建物を北側いっぱいに建てたい、と希望します。

よく見てみると隣の人も前の人も、その様に建物を配置しています。北側には、台所、トイレ、風呂場などがあり小さい窓があるくらいです。あなたが生活しているリビングからは毎日無味乾燥なその壁が見えてきます(あるいは、仕方がないとあきらめて毎日生活しているかも知れませんが…)。心地よいと思う人は誰一人いないはずです。

北側の壁はうしろの人の正面になるのです。
これも当たり前の話しです。

 人間は後ろ姿にその人が現れる、と言います。美しい後ろ姿は人を魅了し人を引きつけます。建物(家)も同じではないでしょうか。
人間の社会の秩序のなかで美しい後ろ姿を見せる考え(設計)が必要だと思います。


前の姿を美しく見せることは誰でも無意識のうちに気がつきます。

後ろ姿に気を配る人はとても魅力的です。
あなたの家は醜い後ろ姿を見せていませんか。


 千葉で、ある設計者が住宅を設計しました。左図がその建物の配置図です。隣地との間隔を十分にとり、通風をとるために建物を敷地の中央に配置し内部の各部屋と両サイドのテラスとが干渉しあって、屋外までも含みこんだ開放的な生活が楽しめるように、と考えたそうです。

この辺で見たことのない建物の配置であることが一目瞭然です。写真を見ると確かに、開放的で楽しそうな家です。


北側をそんなに空けてはもったいない
と一般の人は思うことでしょう。


でも何がもったいないのでしょうか。南側に庭を広くとりたいからでしょうか。庭とかテラスとかは南側にとらなければならないという既成概念があなたを邪魔していませんか。



 この建主は建物を中央に配置することで通風と、解放性を手に入れることができました。(それは又、隣近所の人にも通風、採光という点で寄与していると思います。)

建物を設計するということは、その敷地をも設計して考える、と言うことなのです。

 あなたの北側の土地は、薄暗く、じめじめして汚く、ごみが起きっぱなしになっていませんか。

そんなことは自分の方から見えないから、オレには関係ないよ、と考える人は社会人としてモラルが低い人だと思います。奇麗にしておきたいのは山々だけど狭い北側に行きたくなくなっているんではないですか。

自分で建てた家なのに自分で自分の首を絞める結果になっています。

この建主と設計者に拍手喝采です。


建物は社会の中の一員


 
さて、いくつかの例を見てきましたが、必ずこうした方がよい、という話しではありません。
建物は場所設計条件により変わってくるものですから。あなたの建物(家)は、あなたの土地に建っています。しかし、あなたが社会の中の一員であるのと同じように、建物も社会の中の一員なのです。

一人一人がそのことに気付き、建物をつくることを心がければ、きっと良い町並みが形成されることでしょう。


 建物をつくるというのは大変なエネルギーが必要なのです。

あなたたはそれを疎かにしていませんか。それを放棄していませんか。

放棄するというのは、何も考えない、自分のことしか考えないという事です。
建物は社会の一員なのですから、自分のことしか考えなくては社会秩序が乱れてしまいます。

そういう意味で建物(家)は、「あなたのもの」だけではないのです。



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