§4.骨格筋の生理学

3.ATPと収縮

前章で紹介したように筋肉が収縮するためにはATPが必須です。筋肉が 収縮すれば収縮するほどATPは消費されます。ATPが消費されると筋肉は収縮できなくなるので、筋肉の収縮反応を持続するために ATPを補う必要があります。そのATPを補う反応を紹介します。

エネルギーを補う反応として次の3つがあります。

  1. クレアチンリン酸によるATPの補充
  2. 無酸素状態におけるATPの補充
  3. 有酸素状態におけるATPの補充

上から順に、早いATPの獲得ができます。つまり、短距離走や重量挙げのように短時間で 急激にエネルギーを必要とするときは、クレアチンリン酸によるATPの補充がメインのATPの獲得の方法となり、 マラソンのような長時間の運動やウォーキングなどはTCA回路によるATPの補充がメインのATPの獲得方法になります。

@)クレアチンリン酸によるATPの補充

ATPとクレアチン
図1.クレアチンによるATPの補充

*クレアチンは代謝されてクレアチニンになります。クレアチニンは腎臓の機能の評価に使用されたり、 骨格筋の特異性が高いために筋炎など内科的検査の重要な指標になります。


A)無酸素状態におけるATPの補充

解糖系
図2.解糖系

 無酸素状態におけるATPの補充は主に解糖系によって起こります。では、この解糖系のATPの収支を見てみましょう。ぱっと見ATPの収支は0のように見えますが、フルクトース-1,6-ビスリン酸から グリセルアルデヒド-3-リン酸が2つできるので、ATPの収支は+2になりますこの経路は酸素がなくても働くので 激しい運動などで酸素が不足した状況での重要なATPの供給源となります。


 また、ここでできたピルビン酸は無酸素時には乳酸に変換されます。乳酸への変換は NADH+H+が使われます。このNADH+H+はグリセロアルデヒド-3-リン酸から1,3-ビスホスホグリセリン酸に変換される ときに作られるので、NADH+H+の収支は0となります。さらに、乳酸は肝臓に送られてピルビン酸に変換され 再び糖新生の材料として使用されます。この経路をコリ回路といいます。

 

ピルビン酸から乳酸への変換は骨格筋の主な作用であるために、LDHも骨格筋の特異性がまずまず高いということになります。 しかし、乳酸からピルビン酸の変換は肝臓で起こるためにLDHは肝臓にある程度特異の酵素でもあります。LDHは臨床的にも意義のある酵素ですので 覚えておくといいかもしれません。


B)有酸素状態におけるATPの補充

有酸素状態では、ピルビン酸をアセチルCoAに変換しTCAサイクルで利用できることから、TCAサイクルと電子伝達系による ATPの補充が有効になります。アセチルCoAのアセチル基はTCAサイクルによって酸素を用いた酸化的分解により、アセチル基は CO22分子に変換されます。この反応は主に ミトコンドリアマトリックス内で行われます。

TCA回路
図3.TCA回路

TCA回路で生成されるNADH+H+およびFDAH2は電子伝達系でATPを産生する原料になります。電子伝達系ではNADH+H+から3ATP、FDAH2から2ATP産生されます。TCA回路では3NADH+H+、1FDAH2および1GTPが産生されるため、 大量のエネルギーを得る事ができます。また、有酸素状態では無酸素時のピルビン酸から乳酸になる反応がないため、解糖系で作られたNADH+H+もATP産生に使用することができます。これらのことから有酸素状態でグルコース1分子を分解したときのATPの産生量は次のようになります。

解糖系:8ATP
・2ATP
・2NADH+H+:2 × 3ATP = 6ATP

TCA回路:30ATP
・1GTP
・1NADH      : 1 × 3ATP = 3ATP
・3NADH+H+:3 × 3ATP =9ATP
・1FADH2       :1 × 2ATP =2ATP
以上より1+3+9+2=15ATP(GTP含む)となります。グルコース1分子からピルビン酸2分子ができることからTCA回路を2回まわることになるので、15×2で30ATPが産生されます。

このことから、グルコース1分子から合計で38ATPできることになりますが、解糖系で作られたNADH+H+はミトコンドリアマトリックス(電子伝達系)に運ばれる際にエネルギーを使用することや、FADHが大抵エネルギー産生ではなく別の代謝過程で処理されてしまうことなどを考えると 実際のATP産生量は30〜32程度と考えられています。ばらつきはグリセロリン酸シャトルかリンゴ酸シャトルを使用した場合で異なることによります。どちらのシャトルがどの程度使用されるかは不明であり議論の余地があるところです。

C)電子伝達系

解糖系
図4.電子伝達系

解糖系で得られたピルビン酸はミトコンドリアマトリックス内へ運ばれ、TCAサイクルによってNADH+H+が産生されます。作られたNADH+H+は電子伝達系で利用されます。 NADH+H+がNAD+となる際に放出される電子をComplexT、V、Wと伝達され、その電気的なエネルギーによってH+をミトコンドリアマトリックス内から膜間腔へと汲み出します。 そのため、膜間腔には陽イオンである大量のH+による電気化学的なエネルギーが蓄えられます。 蓄えられたH+はこの電気化学的エネルギーによって、ComplexXを通過しミトコンドリアマトリックス内へと戻ります。この時に、H+ の持つエネルギーを利用し、ADP+PiからATPが合成されます。

余談(生物の化学反応と水)

動物がグルコースからエネルギーを得るというのは皆さんご存知の通りです。グルコースを酸素を使って燃やしてCO2ができると思われがち(結果的にはそうですが)なのですが、実際 生物が直接炭素を燃やして(石炭を燃やすように)CO2を産生することはできません。間には常に水が関与しているのです。

上記TCA回路を見てもらえばわかることですが、TCA回路では、酸素ではなく H2O、2分子が入って結果的に、CO22分子が排出されていることが分かります。なぜ水を利用しているのかというと、水はH+とOH-に電離する性質があります。電離したH+とOH-は当然電気的にプラスまたはマイナスに傾いた性質を持つわけですから、 H+にはOH-でない別のマイナスをもつお相手を見つけてあげればそっちと簡単にくっつくことになります。またOH-も同様です。こうやって、生物は電離した水をうまく利用して、化学合成しているのです。そのため、生物の炭素を燃やす反応としては次のようになるのです。

解糖系
図5.化学反応式まとめ

というわけで生物は水をうまく利用してグルコースからエネルギーを取り出しているのです。植物が二酸化炭素からグルコースを作るときは、一番下の式の逆反応になります。植物もうまく水を利用しているということですね。 このように、グルコースからエネルギーを取り出すにも、二酸化炭素からグルコースを作り出すのにも水が非常に重要なわけなのです。

ところで・・・水分子が電離するのってどれくらいか知ってますよね。水分子が電離するのって水分子1000万個に対してたった1個だったりします。でも、生物が行ってる様々な合成経路にはこの電離した水をうまく利用している経路が非常にたくさんあります。この合成経路のうち、2つの反応が同時に起これば水分子は2×102個必要になります。 10個同時におこれば?100個同時におこれば??てなくらい倍々的に水分子が必要なのです。そのため、我々の体の大半(60〜85%)が水でできていたりするのです。たくさんの反応に対応するために、たくさんの水を蓄えているのです。

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