第50回記念勝田マラソン 2002年2月11日開催
2月12日・13日と休みを取って、2月10日(日)〜13日(水)まで、帯広から東京に行って来ました。

2月10日、東京国際マラソン観戦とお台場観光
 午前の便で、帯広空港から羽田空港へ、ここから京浜急行に乗って品川へ行くと、駅前の道路が東京国際マラソンのコースになっていました。まもなく道路の交通規制が始まって、トップ集団が通過しました。応援の旗をもらって、観戦しました。

 品川の駅前で、東京国際マラソンを観戦したあと、新高輪プリンスホテルでチェックインをすませ、その日は、午後からお台場へ行きました。まず、フジテレビ本社ビルへ行って、スタジオを見学、その後、ヴィーナスフォートによって食事、次にパレットタウンで大観覧車に乗ろうと思ったのですが、待ち時間が長そうだったのでやめました。その後、ディクス東京ビーチ、小香港、その他、見て帰りました。

2月11日、第50回記念勝田全国マラソン参加
 JR常磐線で勝田に行く、電車の中で、妻が偶然隣に座った河野さんとお話しする。(河野さんとは、すぐに分かれてしまったが、札幌の人で、後から気がついたが、10月の月間走り込み大会で、1000km以上走っていた人だった。河野さんは3時間7分程度で勝田を完走されていた。40代後半の女性であるが、国際女子マラソンの参加資格をクリアされている。)
 勝田マラソンの会場に到着、すごい人だ。とりあえず参加受付をすませる、ブースでおみやげを買おうと思ったが、人が多くて、すぐにはどこにあるのかわからなかった。やっとブースを見つけ、完走いもや、記念Tシャツを買う。

 発走時間も近づいてきたので、アップもそこそこに、そそくさとスタート地点に向かう。一応陸連登録者ということで、前の方に並ぶ。一斉にスタートした、気負わないように、楽に楽にと思いリラックスして走り始める。スタート直後、勝田市街の商店街を通過すると、勝田マラソンの歌が流れていた。なんとなく古めかしそうな素朴な歌である。この曲に50年の歴史を感じた。そして、何か笑えてきた。やっぱり、去年の末に痛めた、右足ハムストリンクに違和感を感じながらも、快調に5km地点を通過19分かかっている。まずますだけれども、そんなに余裕も無いような気がする。
 5kmから10kmでは、女子のトップを含めた集団を追い越す。そんなにスピードを上げた感覚はないのに5kmから10kmの間のラップは18分30秒だった。かなり汗をかいてきて、おなかも濡れて冷えてきた。これがまずかった。走る前から、なんとなくお腹が重い感じがしていたのだが、10kmをこえるころからおかしくなってきた。10kmすぎに、女子のトップ、第2位とそれを取り囲む沢山の男子選手の集団に追い越される。15kmを通過して、ますますお腹の調子が悪くなってきた。思い切ってトイレに行くことを決意する、ファーストフード店を見つけてはいる、ところがトイレがわからない、トイレは店の奥まったところにあり、案内される。この段階で50位程度にはいたような気がするが、トイレで2分はロスしたようだ。再び気を取り直してベースを上げ何人か追い越す。人数が多いため、2分の差で全く人が変わっている。20km地点当たりで、右足に大きなまめが出来てしまった。
 中間点・25km地点を通過して再びお腹がおかしくなってきた。今度は、トイレの表示がある公民館らしきところに入る。案内されて入ったが、なんとトイレの中には太ったおばさんが、大きなお尻を出して入っていたのだ。びっくしりて慌ててトイレのドアを閉める。トイレは1個しかなく、しばらく待っている羽目になった。もう半ばあきらめ状態である。ここでも2分以上タイムロスしてしまったと思う。
 30kmを過ぎてラップを見る。この5kmは、やぱり22分15秒もかかっている。しかし気を取り直して頑張るが、またお腹の調子がおかしくなってきた。もう給水は取らないことにした、そんなにあせもかかなくなったし、なにか水分をとるとお腹がおかしくなるためだ。足もだいぶん弱ってきた。右足のハムストリンク痛とまめのためフォームがおかしくなっている。左足はふくらはぎが張ってきた。
 35kmここから、向かい風も強くなって走りにくいが、なんとか速く走っている人についていく。40kmまでがんばってついていった。40kmを過ぎて妥協してすこしマイペースに戻した。ゴール前、もう少しで2時間50分を切れそうだったのでダッシュしたが時すでに遅かった。結果2時間50分03秒、男子96位、総合で100位だった。

2月12日、東京ディズニーシへ行く
朝10:00〜夜20:00まで、ディズニーシーで楽しんできました、それにしてもスゴイ人です。