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目次
【14】国連軍縮局消滅は当然の成り行き

【13】出直し迫られる安保理改革

【12】潘基文新国連事務総長に期待する

【11】麻生外相よ、自民党総裁選で安保理常任理入りを訴えよ

【10】政治家よ、国連事務総長を目指せ


【9】国連事務総長に日本人を

【8】結局実現しない日本の安保理常任理入り

【7】夢と消えた安保理常任理入り

【6】正念場を迎えた日本の安保理常任理入り

【5】国連改革は「日本の常任理入り」に非ず

【4】安保理常任理入りをめぐる国内論議はまちがいだらけ

【3】安保理常任理入りは対米追随脱却の好機

【2】安保理常任理入りをめぐる日本人の錯覚

【1】「国連軍」を考える

【14】国連軍縮局消滅は当然の成り行き               

 潘基文新国連事務総長は就任いらい事務局改組に取り組んでいるが、独立した局としての「軍縮局」を事務総長直属の「軍縮部」に格下げする方針を決めたようである。

 これに対しては、各国の軍縮推進論者、反核活動家からいっせいに抗議の声が上がっており、日本でも外務省に格下げに反対するよう要望する動きが出ているが、これは国連の実態を知らず、核軍縮に国連が中心的な役割を演じていると素朴に信じている人びとの夢想と幻想にもとづく行動である。

 軍縮局は、1978年の第1回国連軍縮総会を機にニューヨークに軍縮センターとして発足、1982年の第2回、88年の第3回総会を通じてNGO(非政府組織)が発言権を強化、米ソ冷戦下における反核運動の世界的な高まりを反映して「局」に昇格したが、明石康氏が広報局担当事務次長から軍縮局担当事務次長に「横滑り」した89年当時、スタッフわずか15人の最小の局で、明石氏は「閑所の月」を眺める心境だった。

 広報局も事務局内では傍系だったが、全世界に800人のスタッフをかかえる大所帯だった。「軍縮局」新設はデクエヤル事務総長(当時)が反核NGOと非同盟諸国に迎合した改組で、内情を知らない日本人は国連における軍縮重視の表われとして歓迎したが、事務局肥大化と非効率化の側面もあった。

 軍縮における国連の役割は、公式会議と非公式接触の場の提供、記録係、資料・文書の準備と保存などの裏方以上のものではない。軍縮を進めるのも後退させるのも加盟国だ。

 いくら「軍縮局」が存在し、専任の事務次長がいても、たとえば米国が立ちはだかったら、いかなる提案も計画も葬られる。2005年5月のNPT(核不拡散条約)再検討会議は決裂したし、そのあと9月の国連創設60周年記念総会における成果文書から軍縮関係の記述が全文削除されたのは記憶に新しい。削除はボルトン米国連大使(当時)の「ツルの一声」によるものだった。

 「局」が「部」に格下げされても、予算規模は減らない見込みだという。事務総長直属になることの利点もある。事務総長を直接動かせばいいのだ。無能で、やる気のない事務次長が「閑所の月」を眺めているよりも、やる気満々の軍縮部長が就任することの方がよい。
 
 かつてホワイトハウスにも、キッシンジャーとかブレジンスキーという大物補佐官が国務省や国防総省を飛び越えて大統領を動かしたではないか。これといった成果はまだ挙げていないが、安倍内閣にも,各省の大臣より格下ながら、意欲的な首相補佐官が勢ぞろいしている。
【日本国際フォーラム「百花斉放」/軍縮ネットワークML/2007年1月31日】  



【13】出直し迫られる安保理改革

      ――無責任なボルトン発言

 1月17日付の読売新聞(朝刊)によると、来日中のボルトン前米国連大使が東大で講演し、「日本はむしろ単独で国連安保理常任理入りを目指した方が実現のチャンスがあった」と述べたという。

 無責任きわまる発言である。国連大使をいやしくも2年間務めた米外交官とも思われぬ無知かつ浅薄な認識だ。というより、発言の真意は日本に対するリップサービスにすぎず、退任した以上「あとは野となれ」の心境なのだろう。

 日独印ブラジル4カ国が常任理に立候補して総会に提出したG−4決議案は確かに採択の目途が立たず、お蔵になったが、その主因はAU(アフリカ連合)の分裂にあった。背後には中国の猛烈な切り崩し奏功があった。

 ボルトン氏は国務次官在任中、国連軽視を貫いた。ブッシュ政権は安保理改革に無関心だった。確かに米国はG−4案に対抗して、日本と途上国1カ国だけを常任理自国に加える独自決議案を起草はしたが、提出はしなかった。そんな案が総会を通らないことは火を見るよりも明らかだったからだ。日本への義理立てにすぎなかった。

 安保理改革は憲章改正を必要とする。そのためには総会の3分の2以上の賛成による決議案採択に加えて、加盟国の3分の2以上が国内手続きに従って憲章改正案を批准しなければならない。そこに安保理常任理事国5カ国が含まれていなければならないことはいうまでもない。国連加盟国の3分の2以上は途上国だ。(途上国1カ国を加えるにしても、)日本だけを常任理事国にする決議案が通る筈はないのだ。

 安保理改革は失速状態にある。「つかみどころのないウナギ」という渾名をもつ潘基文・新事務総長の手腕に、安保理改革の早期実現は期待できそうにない。外務省は、一から出直しで、とりあえず準常任理事国を目指して根回しを始めたようだが、それも止むを得ない。実現可能な選択肢はどれかを見極めることが肝要だ。
【日本国際フォーラム「百花斉放」欄2007年1月18日】                              


【12】潘基文新国連事務総長に期待する

 
潘基文韓国通商外交相が第8代国連事務総長に就任した。アジアからは第3代のウタント氏(ビルマ、現ミャンマー出身)に続いて2人目、東アジアからは初の国連最高幹部の輩出である。
  潘氏はキャリア外交官で、ソフトな対応、円満な人柄に定評があるが、他方、八方美人で、果断な行動力に欠けるという批判もつきまとう。
  
  就任前の記者会見で、「最大の関心事は北朝鮮の核で、必要なら自ら訪朝して金正日総書記と会談したい」と述べたが、北朝鮮の念頭にあるのは、米国との直接交渉で、国連の仲介は望んでいない。過去にもブトロス=ガリ氏が訪朝したことがあるが、何の役割も果たせなかった。金正日総書記にも面会できなかった。
 
  それよりも潘氏に期待するのは、安保理改革だ。
安保理改革は、国連創設60周年の2005年、日独インド、ブラジルを常任理に加えるG−4決議案を中心に具体案が審議されたが、関係国の利害の対立で採択には至らず、失速した。現在、とりあえず任期4年で再選可能な「準常任理事国」を新設しようという妥協案が根回しされている。これはアナン前事務総長が在任中、ハイレベル諮問委員会の構想として提案したものだが、それでもよい。とにかく実現して改革の突破口にすることだ。
【2007年1月3日掲示】 


【11】麻生外相よ、自民党総裁選で安保理常任理入りを訴えよ



  来月20日の自民党総裁選は安倍晋三官房長官当確で「消化試合」の様相を呈しているが、せめて活発な政策論議を展開して欲しい。外交案件では、小泉首相の靖国参拝で冷却化した日中・日韓関係改善が話題になっている程度だが、せめて麻生外相には、日本の国連安保理常任理事国入りを強く訴えて、国民の関心を呼び起こしてもらいたいものだ。

  先月の北朝鮮のミサイル発射に際して、電光石火の早さで安保理に提訴、制裁決議案を起草、関係国の支持をとりつけて、当初は「議長声明」で事足りるとしていた中国を追い込み、最終的に比較的強い調子の非難決議案採択にまで漕ぎつけられたのは、一にも二にも日本が「非常任理事国ながら」、たまたま安保理の議席を占めていたからだ。

  その2年の任期も今年いっぱいで終了し、次に順番が回ってくるのは少なくとも数年先になる。もし常任理事国なら、たとえ拒否権が与えられていなくても、公式・非公式のあらゆる協議の場に参加できるわけで、国際関係に影響力を行使し、日本のプレゼンスを高める上で大いにプラスとなる。日本は、米国に次ぐ第2位の分担金負担国であり、ODA(政府開発援助)も総額では世界第2位だ。 PKO(平和維持活動)にも積極的に貢献しており、十分に常任理事国としての資格を有している。昨年の常任理入りの試みの挫折にひるまず、たえず訴え続ける必要がある。

  麻生外相はミサイル発射をめぐる国連外交の展開で自信を深めたようで、『中央公論』9月号で自信を深めるに至った心境を吐露しているが、総裁選に臨む政策の柱としてぜひ常任理入り実現を掲げ、大いに手腕を発揮して欲しい。安倍晋三氏の話題の書『美しい国へ』(文春新書)にはひと言もこの問題が登場しないのは遺憾に堪えない。

 老婆心ながら、常任理入りには米国のみならず、常任理事国である中国の同意が不可欠であり、昨年の立候補の試みでは中国の猛反対で腰砕けになったことを付言しておく。その意味でも日中関係改善が急務だ。 【「日本国際フォーラム」インターネット「百花斉放」欄】


【10】政治家よ、国連事務総長を目指せ
       

 国連事務総長に日本人を擁立するよう提案した小論を朝日新聞「私の視点」欄に投稿したところ、しばらく塩漬けになっていたが、毎日新聞が2月16日付の社説で、「日本人も手を挙げてみたら」と主張したら、私の投稿もたちまち活字になり、24日付の朝日に掲載された。そのフォローアップだが、国連事務総長に日本人が就任してもおかしくないのだ。

 日本人は国連の権威に弱く、無条件にありがたがる。内に天皇、外に国連というわけだ。戦後いち早く日本政府が取り組んだのが国連加盟だったし、加盟が実現した1956年12月には全国民が狂喜した。メディアは臨時ニュースを流し、号外を出し、政府は記念切手を発行し、国連加盟記念恩赦と称して7万人の囚人を釈放した。

 加盟後は、反共陣営の一員、アジアの一員と並んで国連中心主義を唱え、日本外交の3本柱として国連を重視した。最近も、ブッシュ米政権は安保理決議を経ず、国連の頭越しに「有志連合」を結成してイラクに侵攻し、フセイン政権を打倒したが、ブッシュ大統領との盟友関係で参加を求められていた小泉首相は外務省を叱咤して何としても国連のお墨つきを得られるよう指示、その結果、10年以上も前の湾岸戦争当時の古い安保理決議を引っ張り出してきてフセイン政権の違反と非協力を見つけ出し、自衛隊のイラク派遣の正当性の根拠にした。

 国連事務総長というと、国連の最高権力者で、国連の決定に影響力を行使しているように思い込みがちだが、実力は安保理常任理事国の国連大使には及ばない。「総長」という訳語が不適当、中国語では「秘書長」という。それが直訳として正しい。

 ブトロス=ガリ前事務総長が米国の横暴を押さえ込もうとして果たさず、オルブライト国連大使(当時)の不興を買って失脚したことは記憶に新しい。最近もボルトン米大使の横槍で、コフィー・アナン事務総長の訪日予定がキャンセルされた。ただし、全世界に展開する国連本体と付属機関の職員2万人を率いる事務方のトップであることに変わりなく、膨大な情報が集まってくる。途上国を中心に国際世論に対する精神的影響力は侮りがたい。

 国民が国連を重視し、盛り立てていこうということであれば事務総長に人材を送り込むのが一番だ。やはり国連重視の北欧のノルウェー、スウェーデンからは初代、2代目の事務総長を出している。米ソ冷戦中は中立国からという暗黙の了解があったが、冷戦終結後はその縛りはなくなった。しかも地域の輪番制でいうと次はアジアの番なのだ。アジアからは、韓国の潘基文外交通商相はじめ、タイ、スリランカ、東ティモールなどから候補者が取りざたされているが、本命不在で乱戦模様、調整は秋以降にずれ込み、ダークホースが選出される可能性が高い。

 その事務総長のポストに日本人が就いたらどうなるか。日本は対米追随なので、日本人事務総長は米国の言うなりになるから駄目だという議論があるが、そうでもなかろう。良好な日米関係を利用して米国をうまく取り込み、国連の権威を高めれば最大の実績になる。

 問題は日本人に候補がいるかどうかだ。国連事務総長は閣僚級の政治家が望ましいとされている。国連で顔の売れた古手外交官あるいは事務局幹部に適任者がいればいいが、明石康氏引退後はその種の候補はいない。閣僚級では、小泉内閣には麻生外相、竹中総務相、小池環境相、猪口少子化担当相ら、英語に堪能な有資格者がいる。アラビア語を自由に操る小池氏など女性候補として有望だ。さらに過去の閣僚経験者、副大臣クラスを含めれば海外留学組がかなりいる。政治家のみなさんよ、小さな日本で天下取りにうつつを抜かすより、憧れの国連ビルの38階で仕事してみませんか。半年あれば根回しの時間は十分だ。 【『電気新聞』2006年2月27日付「時評ウェーブ」欄】

                                               
 


【9】国連事務総長に日本人を 
                              

 日本の安保理常任理事国入りの可能性が遠のいた現在、次期国連事務総長候補に日本人を推挙したい

 コフィー・アナン事務総長の任期は今年一杯で切れ、ことしは国連事務総長改選の年。事務総長は初代のトリグブ・リー氏(ノルウェー)から数えて、アフリカ出身のアナン氏(ガーナ)が7代目。地域ごとに輪番制で選出されるのが不文律になってきた。その上、冷戦期には中立国からという原則があったが、今は問題にならない。

 アジア地域からは3代目のウタント(ビルマ)以外に出ていないので、順当にいけば次はアジアからの番で、スラキアット副首相(タイ)、ダナパラ前国連事務次長(スリランカ)、潘基文外交通商相(韓国)が名乗りをあげているが、本命不在で乱戦模様だ。

 そこに波紋を投げたのがボルトン米国連大使で、「事務総長は地域に関係なく、国連改革に意欲的な人物本位で選ぶべきだ。あえて輪番制にこだわるなら東欧からは誰も出ていない」と横槍を入れた。ポーランドが米国主導の「有志連合」に参加してイラクに派兵したことへの「論功行賞」として、ボルトン大使の意中の人物はポーランドのクワシニエフスキー前大統領とされている。

 アナン事務総長は、国連事務局内の腐敗と非能率を米国に批判され、さらに子息がフセイン政権下のイラク支援プログラムに関与して不当な利益を得ていたという疑惑も絡んで権威失墜し、昨今はレームダック化しているが、憲章99条で「国際平和と安全の維持に脅威となる事柄について安保理の注意を喚起することが出来る」ととくに規定されており、本来その言動の影響力ははかり知れないものがある。6番目の常任理事国代表という評されることもある。

 ことし国連加盟50周年を迎える日本は、ほぼ一貫して「国連中心主義」を唱え、多国間外交の基軸として重視してきた。安保理常任理入りは外務省の35年来の悲願だが、昨年の国連創設60周年を期して、ドイツ、インド、ブラジルとともに提出したG4枠組み決議案は米中などの反対で不発に終わり、その後、米国との協調を重視した修正案も支持が盛り上がっておらず、安保理改革は当面、実現しそうにない。

 この際、発想を転換して事務総長のポスト獲得は狙ってはどうか。事務局幹部としては明石康氏以来6名の事務次長を送り込み、現在、ユネスコ(国連教育科学文化機関)とITU(国際電気通信連合)のトップの座を日本人が占めているが、分担金比率が米国に次ぐ第2位、PKO(平和維持活動)への貢献、ODA(政府開発援助)も総額で世界第2位という実績からすれば、事務総長を狙ってもおかしくない。米国は、世界銀行とユニセフ(国連児童基金)のトップの座は創立以来手放さず、最近までUNDP(国連開発計画)総裁ポストも独占してきた。現在はWFP(世界食糧計画)とUPU(万国郵便連合)のトップも米国人だ。

 ボルトン大使の横槍には中ロが反発しており、次期事務総長選は混戦になり、秋以降にずれ込み、ダークホースが漁夫の利を占める可能性がある。過去にも、第5代のデクエヤル氏(ペルー)も現職のアナン氏も最後に担ぎ出されたダークホースだった。日本も候補を準備して今から根回しをしても遅くはない。

 国際機関のトップは閣僚級の人物が望ましいとされている。日本の閣僚は従来、英語が喋れず、国際社会に顔の売れていない"内向き"の政治家が大半だった。麻生外相、竹中総務相、小池環境相、猪口少子化問題担当相ら、小泉内閣には有資格者が多いが、過去の閣僚経験者、準閣僚級の副大臣を含めれば海外留学組が目白押しだ。ポスト小泉の座を狙うより、国連事務総長を夢見る政治家が日本からも、そろそろ出て欲しいものだ。

【『朝日新聞』2006年2月24日付「私の視点」】

                                               



【8】結局実現しない日本の安保理常任理入り   


  日本の国連安保理常任理事国入りが夢と消えた。創設60周年の国連改革も失速した。想定外の誤算続きとはいえ、日本外交の甘さを露呈した。

  ニューヨークの国連本部では、G4(日本、ドイツ、ブラジル、インド)が安保理常任理入りを目指して総会に提出した「枠組み決議案」を「ニッポンの“玉砕”決議案」と呼んでいる。

  否決を承知で決議案を玉砕覚悟であえて提出し、日本の安保理常任理事国入りの奇跡的実現に一縷の望みを託す構えだからだ。しかし、今やその構えも尻すぼみ、決議案そのものも棚ざらしになっている。

  最初の目論見では、AU(アフリカ連合)加盟53カ国のまとまった支持を取りつけて、G4とアフリカ2カ国を加えて6カ国を新規常任理事国として認めさせ、これに非常任理事国を4カ国増やし、現在の15カ国を25カ国に拡大するという「枠組み決議案」が7月中に総会で表決され、必要な3分の2の多数を得て採択される段取りになっていた。

  そうすれば、そのあと余勢を駆って憲章改正決議案も通り、各国の国内手続きの批准もスムーズに進むというのが日本主導のG4の春先の目論見だった。ところが、そのあとが誤算続きとなった。

  第一の誤算は、中国で燎原の火のごとく広がった日本の常任理入り阻止の「反日」デモ、それに続く中国政府による「反日」外交キャンペーンだった。中国の猛烈な「日本追い落とし」攻勢にさらされたAU諸国は苦しまぎれに独自の決議案を提出して双方の顔を立てようとしたのだが、G4諸国は両決議案の一本化に活路を見出そうとした。しかし、これもうまく行かず、大票田であるアフリカ諸国の一致した支持は「取らぬタヌキの皮算用」となった。

  第二の誤算は、ブッシュ政権の安保理改革反対だ。日米同盟関係から米国は日本の常任理入りを過去30年間、言葉の上では一貫して支持してはいるが、効率性低下を理由にホンネでは安保理拡大に反対で、新規の常任理は日本と途上国1カ国に限り、非常任理事国を加えても20カ国止まりという単独決議案を、途上国が圧倒的多数を占める総会で通らないのを承知の上でまとめ上げた。

  新常任理事国として日本を名指しで推挙していることから、町村外相は「米国がクセ球を投げてきた」などと半ば歓迎の意向を表明していたが、とんでもない、これはG4決議案つぶし以外の何ものでもなかったのだ。そこへ、途上国支配の国連を非能率、非効率の典型として批判して続けてきたボルトン前国務次官が新国連大使として乗り込んできた。彼は既存の常任理事国の特権保持の妙味が薄れる安保理改革反対の急先鋒だ。

  このほか総会には、G4に対抗して、常任理事国拡大に反対するコンセンサス・グループの決議案も提出されている。韓国、イタリア、パキスタン、メキシコ、アルゼンチンなどのライバル諸国がG4の常任理入り阻止のためにまとめた決議案だ。途上国の票は完全に二分されるだろう。

 以上三つの誤算で、日本外交の35年来の悲願である安保理常任理入りは夢まぼろしと消えてしまった。

 いま国連総会は夏休み。ピン総会議長(ガボン外相)もバカンスの最中で開店休業だが、8月22日以降に再開される総会でG4の「枠組み決議案」が3分の2の多数を獲得する可能性は限りなくゼロに近い。

  たとえ獲得しても、常任理事国5カ国を含む3分の2が国内で批准しないと憲章改正は発効しない。外務省は、安保理の非常任理事国のみを4カ国増やした1965年の改正では、総会の表決で反対した米中両国も批准段階で賛成した前例を挙げて強気の構えを崩していないが、今回は米国が安保理改革に大反対。米議会もG4案を批准する見込みはない。他方、中国は日本の常任理入りそのものに絶対反対で、両国とも猛烈なキャンペーンをしており、外務省もホンネではすでに諦めている。あと10年チャンスはめぐってこないだろう。

  しからば、これからどうすべきか。

  一番すっきりするのは、そんな「旧国連」から脱退して、もともと反国連色の強い米国のネオコンをけしかけて「新国連」を結成することだ。米国はユネスコ(国連教育科学文化機関)から20年間脱退し、外部から圧力をかけて路線の変更を促したが、残念ながら日本にはそんな勇気も実行力もない。

  日本の国連分担金は19.5%で年額3億5000万ドル。これだけで米国を除く既存の常任理事国4カ国(英、仏、中、ロ)を合わせた分より多い。日本国内には常任理事国入り慎重論が今も根強く存在するが、カネだけ支払って決定はお任せというのは何よりも無責任だ。

  現在、日本は非常任理事国だが、任期2年で再選不可。最低2年は休まないといけない。とりあえず拒否権はなくても、せめて再任可能の非常任理事国入りという中間的妥協案を模索すべきだ。

  アナン事務総長は、強力な権限をもつ「人権理事会」の新設、武力紛争解決後の「平和構築委員会」の創設などを提案している。国連改革とは安保理改革ばかりではなく、日本の常任理事国入りだけではない。トータルな国連改革に関心をもち、国内論議を深める必要がある。
【『世界日報』2005年8月14日付「サンデービューポイント」】             



【7】夢と消えた安保理常任理入り
              

 外務省の30年来の悲願だった日本の国連安保理常任理事国入りは、米中の反対で、あっけなく夢まぼろしと消えた。

 日本、ドイツ、インド、ブラジルの4カ国、それにアフリカの2カ国を新規の常任理事国とし、非常任理事国も4カ国増やして、現在の15カ国と25カ国に拡大するという「枠組み決議案」は総会に提出されたが、頼みとするアフリカ諸国の支持が一本化できないまま、採択に必要な総会の3分の2、128カ国の賛成確保はきびしい情勢となっている。

 たとえ採択されても、憲章の規定により、安保理常任理事国5カ国を含む全加盟国3分の2以上が国内手続きに従って批准しないと改革は実現しない。日本の常任理入りに絶対反対の中国が批准しない意向を表明しているので、それだけでも日本の夢は雲散霧消した。

 米国も日本を支持してはいるものの、日本以外の新常任理事国は途上国1カ国どまりという立場で、大幅拡大に反対しており、米議会が批准する見通しはない。安保理が20カ国以上になって途上国が議論をかき回すようでは実効性を失うというのが米国の年来の主張でもある。外務省は、「枠組み決議案」が3分の2以上の多数で採択されれば、米中とも反対は貫けまいと、淡い期待をつないでいるが、現在の米中両国は原理原則を貫くだろう。

 あちら立てればこちら立たず、改めて平時に、つまり話し合いを通しての国連改革の難しさを浮き彫りにした。

 第1次大戦後、人類史上初めて普遍的平和維持機構として創設されたのが「国際連盟」だった。しかし決定は全会一致、強制力は経済制裁までという「連盟」の欠陥を是正して安保理に強大な権限を認める代わりに常任理事国に拒否権をもたせ、国連軍による武力制裁という強制力を盛り込んで発足したのが第2次大戦後の「国際連合」(国連)である。

 常任理事国5カ国は大戦の戦勝国、「国連」は意訳で、正式名称は「連合国」、日独伊3国中心の「枢軸国」を敗退せしめた軍事同盟そのものである。この「連合国」代表が憲章を起草したのは1944年8月から10月にかけてで、欧州戦線では連合国軍がノルマンディー上陸を敢行、太平洋戦争ではサイパン、次いでグアムで日本軍が玉砕、フィリピンもマッカーサー司令官に奪還された時期だ。だから憲章には、枢軸国に対する武力行使はそれ自体正当で、安保理の承認を不要とするという「敵国条項」が残っている。

 創設以来60年、そんな国連も加盟国191カ国の普遍的世界機構となり、日本は米国に次ぐ第2の分担金負担国となった。英仏中ロの常任理事国4カ国の分担金総額をも上回る額を単独で負担しながら常任理事国になれないのは矛盾だが、国連は国益角逐の場、八方円くおさまる改革案など存在しない。

 日本の誤算は何といっても日中関係の悪化にある。中国は日本が率先してまとめた「枠組み」決議案つぶしのために世界各地の出先大使を督励して、これを支持しないよう圧力をかけた。その点、日本は紳士的でおとなしい。「もう一度戦争して勝って、新しい国連を創る以外にない」とはベテラン外交官のぼやきだが、これで諦めず、粘り強く実績作りに励むことだ。

 ひとつだけはっきりしたことは、「自ら地位を求めず、(常任理事国には)求められてなるものだ」などと能天気な言辞を吐いていた政治家が日本に少なからずいたことだ。そんなことには永遠にならないのが国際社会だ。とりあえず日中関係の改善が急務だ。

 ちなみに、安保理だけが国連なのではない。アナン事務総長は、使命を達成した信託統治理事会に代わって「人権理事会」の創設を提唱、不仲の間柄のブッシュ政権も支持している。日本人は安保理常任理入りと「敵国条項」にばかりこだわっているが、アナン事務総長は、他にも「国連軍」の廃止、その代わり「武力介入の原則」の確立、「平和構築委員会」の設置などを唱えている。さらにアナン提案には核拡散防止のためにウラン濃縮・再処理工場の新設禁止も含まれている。トータルな国連改革に関心を寄せる必要がある。【『電気新聞』2005年7月19日付「時評ウェーブ」欄】        




【6】正念場を迎えた日本の安保理常任理入り
    ―成否は予断を許さず  
      

 日本の国連安保理常任理事国入りが重大な岐路に立っている。成否は五分五分だ。

 衆知のとおり、安保理拡大には国連憲章改正が必要で、改正には総会構成国の3分の2以上の多数が賛成したあと、さらに加盟国の3分の2以上が国内手続きに従って批准しなければならない。しかもその中には安保理常任理事国5カ国(米ロ英仏中)がすべて含まれていなければならず、予断を許さない状況である。

 コフィ・アナン事務総長は、昨年暮に提出されたハイレベル諮問委員会の答申を受けて、先月、報告書を発表、今年9月の国連創設60周年記念総会までに安保理を含む一連の国連改革について合意形成を要望した。「コンセンサスが望ましいが、多数決でも止むを得ない。総会で合意に達して欲しい」と、特に安保理拡大について注文をつけた。

 ハイレベル諮問委員会の安保理改革案はA案とB案の両論併記となってなり、A案は、拒否権なしの常任理事国を6カ国(アジア・アフリカから各2カ国、欧州・中南米から各1カ国)、非常任理事国を3カ国増やすというもの。他方、B案は、任期4年で再選可能の準常任理事国を8カ国、非常任理事国を1カ国増やして、いずれも現行の15カ国から総枠24カ国に拡大しようというものだ。

 安保理常任理事国入りは過去36年間の日本外交の悲願であり、もちろんA案支持。昨年秋の国連総会で、小泉首相自ら従来の消極的立場を変えて“立候補声明”、ドイツ、インド、ブラジルとともに「4カ国連合」を形成して常任理入りの集票工作に取りかかった。

 先月25日、町村外相は中山恭子元内閣参与ら6名を特設の「国連改革担当大使」に任命、A案を実施に移すための決議案成立に全力を挙げることになったが、何しろ総会構成国の3分の2というのは加盟191カ国のうち128カ国で、ハードルは高い。

 というのは、常任理事国の目のないライバル国、つまりドイツに対してはイタリア、インドに対してはパキスタン、ブラジルに対してはメキシコ、アルゼンチンが必死にA案つぶしに動いているからだ。彼らにとっては、自らが準常任理事国になれるチャンスの多いB案の方が受け入れやすいのだ。

 10年前の国連創設50周年の時も改革の気運が高まり、いわゆるラザリ案採択一歩手前までいったが、ドイツの常任理入りに猛反対するイタリアの工作で流産した経緯がある。ドイツが常任理事国になると英仏独のEU(欧州連合)主要国がすべて安保理の常連になるのに対し、イタリアだけが格差をつけられてしまうという焦りから、内閣総辞職になりかねない状況だった。イタリアは国連の前身の「国際連盟」で日本と並んで不動の「理事国」だったという歴史もある。

 53カ国をかかえ、最大の票田であるAU(アフリカ連合)もA案支持で一本化されるかどうか見通しは定かでない。アフリカからは常任理事国枠が2カ国認められているが、すでにエジプト、リビア、ナイジェリア、ケニア、南アフリカ共和国の5カ国が名乗りを挙げており、話し合いがつかなければ、これもB案支持になりかねない。

 日本にとっての障壁は何か。

 まず経済大国として国連分担金第2位を誇り、最近はPKO(平和維持活動)参加の実績も積んでいるが、ハイレベル委員会もアナン事務総長も強調しているのは、GNP(国民総生産)に占めるODA(政府開発援助)の比率で、日本は国連の目標である0.7%に遠く及ばず、このところ0.2%と先進国中で最低レベルに低迷していることだ。2015年までの目標達成を求められているが、財政事情から実現の可能性は乏しい。

 竹島領有問題などをめぐる日韓関係の険悪化も不安材料だ。韓国はB案支持を鮮明にしているが、単にそれだけでなく、日本落としのために積極的に動き出すと危険信号だ。

 日本にとって頼みの米国がさほど安保理改革に不熱心なのも不安材料で、新任のボルトン大使の国連軽視は今に始まったことではなく、ブッシュ政権として改革の先頭に立って動く気配はない。他の常任理事国では英仏ロは支持を表明しているが、中国は一貫してあいまいで、小泉首相が靖国神社参拝でもしたら、たちまち反対に態度を変えるだろう。それにしても、A案採択が総会で決まっても、全人代(中国の議会)における改革案批准がすんなりいくかどうか不透明だ。すでにインターネット投票で、日本反対の署名が1200万票を超えている

 いずれにせよ、戦争を経験せずに、拘束力のある決定を下せる国際機関の構成を話し合いで改変しようという試みは人類史上初めての経験であり、国連改革の成否は21世紀の人類の未来に絶大な影響をもつことになろう。

 日本国民の関心は安保理改革に集中し、新聞報道も偏っているが、開店休業の「信託統治理事会」に代わって「人権理事会」を設置すること、武力行使の原則を定め、これを安保理決議で確認すること、包括的なテロ防止条約を早期に締結すること、核拡散阻止のためにウラン濃縮・プルトニウム再処理施設建設の自粛を促進することなど、当面の課題と取り組む多くの提言がアナン報告には含まれている。次の寄稿で詳しく紹介したい。 【『世界日報』2005年4月3日付サンデービューポイント欄】

                                                 


【5】国連改革は「日本の常任理入り」に非ず  

 日本人は国際問題を自国あるいは自分との関連でのみ考える傾向がある。その典型が国連改革だ。国連改革といえば安保理改革、それも日本の常任理入りしか念頭になく、軍事的義務を負うのかどうかばかりを気にかけている。国連の全体像をとらえて、どこをどう変えるかにもっと関心を払うべきだ.。

 アナン事務総長のハイレベル諮問委員会が国連改革案をまとめて、このほど公表した。100項目以上の包括的提言だが、ほとんどのメディアが安保理拡大案しか伝えなかった。安保理拡大では「拒否権なしの常任理事国6カ国と非常任理事国3カ国」あるいは「任期4年で再選可能の準常任理事国8カ国と非常任理事国1カ国」という両案を併記し、2005年の国連創設60周年記念総会に決定を委ねた。

 新常任理事国としてアジア・太平洋地域から2カ国、米州(北・中南米)と欧州から各1カ国のほか、加盟国数に比例してアフリカに2カ国を割り当てている点で7年前の「ラザリ案」よりも一歩踏み出している。「拒否権なし」でも常任理事国を目指す日本はインド、ブラジル、ドイツとともに名乗りをあげ、拡大実現のための憲章改正に必要な総会議席の3分の2確保に向けて、積極的に集票工作に乗り出している。

 前回の総会討議では、インドに対してパキスタン、ブラジルに対してメキシコとアルゼンチン、ドイツに対してイタリアがそれぞれライバル国として立ちはだかり、「ラザリ案」をお蔵入りにしてしまった。今回もその可能性がある。総会の3分の2以上の賛成票確保は難関だ。

 さらに憲章改正の発効には既存の安保理常任理5カ国が憲章改正案を国内で批准する必要がある。現状では中国が日本の常任理入りをすんなり認めるか、NPT(核不拡散条約)体制重視のブッシュ政権が非加盟を貫いている核保有国インドを受け入れるかなど不確定要素が残る。 国連加盟国191カ国の3分の2以上、つまり128カ国が憲章改正案を批准するには数年かかる。ロシアの批准で発効間近の地球温暖化防止の京都議定書も署名以来7年以上の歳月を要している。

 他にも重要な提言が数多く盛り込まれているが、日本の新聞はほとんど伝えていないので、この機会にご紹介する。

 核保有国に対しては、NPT第6条の核軍縮推進の義務履行を迫り、同時にNPT非加盟国にはCTBT(包括的核実験禁止条約)批准、カットオフ(兵器用核分裂物質生産禁止条約)締結交渉支持を通して核不拡散への誓約をあらたにするよう求めている。

 他方、包括的テロ禁止条約締結を総会に求めるとともに武力行使のルール確立を訴え、ジェノサイド(大量虐殺)、民族浄化、人道危機を国家が放置したり、適切に対処できない場合は、国境を超えた「人道的介入」を是認している。しかし武力行使に際しては、脅威が明白で深刻かつ差し迫ったものであること、成功の見込みがあることなどを事前に検討し、必要最小限にとどめること、などを提起している。「脅威が差し迫っていない」場合の先制予防攻撃には反対している。イラク戦争の教訓だ。

 憲章上の「国連軍」には見切りをつけ、その活動に指示を与える「軍事参謀委員会」の削除を提案するかたわら、PKO(平和維持活動)の展開を迅速にするため事務局と事前に取り決めを結ぶこと、50−100人規模の「国連警察部隊」の常設を提案している点が目新しい。

 このほか、平和・安全保障担当の副事務総長をあらたに任命すること、安保理に平和構築委員会を設けること、経済社会理事会の活性化のためにテロや国境を超えた組織犯罪と取り組む委員会を設けること、世界銀行、IMF(国際通貨基金)などとの協議を密にし、「開発協力フォーラム」を定期的に開催して活動を調整することなどを幅広く提案している。いずれも国連の強化、効率化に有益である。
                          
 【『電気新聞』2004年12月14日付「時評ウェーブ」欄】

                                                                                   
                                               

【4】安保理常任理入りをめぐる国内論議は間違いだらけ      

 小泉首相が今年9月の国連総会で、日本の安保理常任理事国入りへの意欲を表明し、安保理改革に向けての国内の関心が高まってきた。12月にはアナン事務総長の提案で発足したハイレベル諮問委員会が改革案を答申、それを土台に来年の国連創設60周年を機に改革の動きが本格化する見込みだ。

 こうした動きを反映して、国内でも常任理入りをめぐる賛否両論が活発になっているが、どれもこれも間違いだらけだ。

 まず小泉首相自身が、最近まで「常任理事国になると武力不行使を貫くのは難しい」という理由から常任理入りに慎重論を唱えていた。「武力不行使を貫くのは」難しくない。現時点で、イラク派遣の米英主導「有志連合」軍は、安保理決議1546で、国連公認の多国籍軍となっているが、仏、ロ、中の常任理事国は一兵も派遣していない。常任理事国5カ国が揃って派遣した多国籍軍などはない。憲章が規定している国連軍は幻の存在で、憲章の規定は空文化している。

 パウエル、アーミテージら米国務省首脳は、常任理事国入りと軍事的貢献を絡めて外圧をかけてきているが、憲章上の根拠はなく、振り回される必要はない。クリントン政権時にも2度にわたる上院決議で日本に軍事的義務を迫ったことがある。その米国がイラク戦争では徹底的に国連を無視したではないか。

 社民党と共産党も、この「常任理入り」イコール「軍事的義務」の縄縛にとらわれている。

 次に、「常任理事国になって何をするのか」について理念を明示すべきであるという議論がある。日本人はよほど国連を崇拝し、平和の殿堂と思い込んでいるのだろう。

 ドイツ、インド、ブラジルなどの候補国がいちいち理念を打ち出して、名乗りをあげているわけではない。そもそも米、ロ、英、仏、中の5カ国が常任理事国になったのは、第2次大戦の戦勝国だったからにすぎず、崇高な理念を掲げていたわけではない。

 常任理入りした方がよいのは、発言の場を常時確保し、「国際の平和と安全の維持」(憲章上の安保理の役割)に影響力を行使するため以外の何ものでもない。国連は国益追求のための言論戦と合意形成の場なのだ。

 外務省は「常任理になると情報が入るから」と説明している。これも本末転倒、何とも情けない消極論だ。 (大阪経済法科大学教授・本フォーラム共同代表)

  


【3】安保理常任理入りは対米追随脱却の好機    

 平和憲法を変えないまま国連安保理常任理事国入りを目指す小泉首相の決断は、日本外交に従来の対米追随から脱却する可能性を拓くものと考える。

 小泉首相は、国連総会演説で、PKO(平和維持活動)など「平和の定着」のための実績を背景に常任理入りの意欲を表明し、ドイツ、インド、ブラジルという他の有力候補国首脳と共同声明を出して足並みを揃えるなど積極的姿勢に転じた。

 常任理事国には軍事的貢献を義務づけられるという理由で、海外での武力行使を禁じた憲法9条堅持の立場から慎重姿勢を貫いてきた小泉氏としては君子豹変だが、国連憲章には常任理事国の資格に関する明文規定はない。

 小泉氏は「考えは変わらない。時代が変わったのだ」と釈明したが、憲章は常任理事国の軍隊に武力行使の義務を負わせてはいない。唯一該当する規定は、国連軍展開の際、常任理事国の参謀総長(または代理)からなる「軍事参謀委員会」が安保理に助言し、戦略的指導をするという第47条のみで、派兵の義務ではない。しかも委員会は国連発足いらい一度も機能せず、国連軍は幻の存在と化している。このため安保理決議による武力行使は、過去の朝鮮国連軍を含めてすべて任意派兵の多国籍軍に委ねられている。

 小泉演説に先立って、パウエル米国務長官らが日本の常任理入り支持の見返りに憲法9条改正を促す発言をしたが、常任理入りが外務省の悲願で、日本国民の国連信奉が強いことを計算した上での政治的外圧である。これは目新しいものではなく、10年前に米上院が2度にわたって採択した決議案の二番煎じだ。

 イラク戦争ではブッシュ政権は「有志連合」を結成して安保理の頭越しに侵攻、フセイン政権を打倒したものの、戦後の混乱に手を焼いて改めて安保理の“お墨つき”を求め、全会一致で決議1546採択に持ち込み、多国籍軍として追認させたが、米英以外の常任理事国3カ国(仏、ロ、中)は今日に至るも派兵していない。全常任理事国が揃って派兵した多国籍軍など過去に例がない。国連の集団安全保障としての軍事力展開は「国権の発動」ではなく、憲法9条に抵触しないという見解もあるが、当面、実現の見込みはない。多国籍軍は集団安全保障ではない。

 最近の事態の推移は、常任理事国になるか否かにあるのではなく、日米同盟下で集団自衛権を行使できることになれば、米国の要請で自衛隊の海外派兵が本格化することを示唆している。

 小泉首相の言に反し、時代は変わってはいない。むしろ国連は背後に退き、米国の単独行動が目立つ。むしろ平和憲法を堅持する日本が他の地域大国とともに常任理事国入りすることで新時代が始まる可能性が拓けるのだ。

 冷戦終結後の米ソ対立解消で、安保理が平和維持機能を回復、決議を濫発してPKOを各地に展開、「国連新時代」の到来ともてはやされたが、国連改革は全く進まぬままに推移した。拒否権という特権を保持したい現存の常任理事国の改革賛成は単に社交辞令で無関心、その間、常任理事国候補のライバル国のイタリア、パキスタン、メキシコなどが結束して安保理改革案つぶしにかかったからだ。

 旧連合国体制のままの国連は来年創設60年、改革の正念場を迎える。日本は今年の総会で、とりあえず非常任理事国に選出される見込みだが、向こう2年間の任期は、平和憲法の理念を生かして、「人間の安全保障」という日本政府が力点をおいている視点から独自の役割を果たせることを国際社会に実証する好機だ。米国に同調してばかりいては常任理事国として鼎の軽重を問われよう。日本外交が対米追随を脱却できるかどうかの試金石となることを銘記すべきだ。
【毎日新聞2004年10月3日付「発言席」】

                                           


【2】安保理常任理入りをめぐる日本人の錯覚

 日本は来年から2年間、アジア地域代表として国連安保理の非常任理事国を務める。国連加盟以来9回目、ブラジルと並んで最多回数を誇る。「誇る」というより、その分だけアジアの中小国が非常任理事国になるチャンスを奪っていることになる。その意味でも日本は常任理事国になった方がよい。

小泉首相は今年の国連総会で日本の常任理入りに向けて正式に名乗りを挙げた。小泉氏は、憲法9条堅持を主張、常任理事国になると軍事的な貢献を義務づけられるという理由で、かねてからこの問題に消極的姿勢だったことからすれば大きく軌道修正した。常任理入りしても憲章上、軍事的義務を負うことにはならないという外務省当局の説明に納得したようだ。それはそれで正しい。

 国連憲章には常任理事国(P5)の資格に関する明文規定はないし、既存のP5(米、ロ、英、仏、中)が常に軍事的義務を果たしているわけではない。常任理入りを悲願とする日本政府に対しては、パウエル国務長官、アーミテージ副長官らブッシュ政権首脳から、憲法改正に絡めてしきりに外圧がかかってきているが、両者は切り離して考えるべきだ。憲法9条堅持の常任理事国で一向に差し支えない。

 それよりも国連職員として、10年間を事務局で過ごした筆者にとって不可解なのは、日本国民のなかに「常任理事国になるべきではない」という消極論が根強く存在していることだ。自国の常任理入りに反対する国民が存在している国は世界に日本しかない。

 消極論の根拠としての「常任理入りは軍事大国化につながる」という旧左翼勢力の主張は国連に対する無知と誤解にもとづくものだが、「常任理入りして何をするのか」を問いかける論調が目立つのも日本特有の特異な現象である。「理念を明示すべし」と説く野党幹部もいる。

 これも国連に対する無知と誤解のなせる業だ。日本人は国連に対する期待と評価が大きすぎるのだと思う。国連は世界平和の殿堂という先入観が抜けず、安保理という殿堂入りする以上、いつも模範解答を用意していなければならないとの錯覚にとらわれているのではないか。

 既存の5カ国が国連創設時にいちいち理念を打ち出して常任理事国になったわけではない。単に第二次世界大戦の戦勝国だったというにすぎない。現在、日本とともに常任理入りに意欲を燃やしているドイツ、インド、ブラジルなども常任理事国になったら何をするかについて理念を掲げているわけではない。ドイツにすれば英仏両国がP5の一員である以上当然と思っているだけだし、インドも中国に対抗して「わが国も」と考えているにすぎない。

 日本人は国連を美化しすぎている。国連は国益追求のために存在するもので、総会も安保理も、各国の利害調整と意思集約の場にすぎない。国連は会議の場を提供しているにすぎない。国益追求のためにはまず発言の場を確保しなければならない。常任理事国になるということは発言の場を常時確保することなのだ。国連分担金比率が米国に次いで第二位だということは発言の場の確保のための基本的条件を備えていることを意味する。

 その点では日本政府の説明も情けない。外務省は「常任理事国になると情報が入るから」と吹聴して回っているが、笑止千万だ。湾岸戦争時に、米国が安保理を最大限に活用して決議案を次々に提出、連日協議を重ねていたにもかかわらず、日本はカヤの外におかれ、波多野敬雄国連大使みずから廊下トンビをして情報を集めたという苦い経験から来るものだが、「それゆえに常任理事国になりたい」というのでは他国から軽蔑されるばかりではないか。

 もう一度くりかえす。常任理事国になるのは発言の場の確保のためで、それは国益追求のために他ならない。何か国益か。経済的権益、国防と安全保障、国民の精神的充足感・・・さまざまであろう。何を優先させるかはその場の政府の政策判断によろう。それでいいのだ。

 いずれにせよ、今年12月にはアナン事務総長の委嘱で発足したハイレベル諮問委員会が安保理改革案を提出、来年の国連創設60周年を機に、改革の動きが本格化する。この動きをしっかりと見守ろう。

 次に、国連改革といえば安保理改革、安保理改革といえば日本の常任理入りという日本国民の受け止め方は自己中心的すぎて間違っている。

 国連には、安保理のほかに、総会、経済社会理事会(経社理)、信託統治理事会など6つの主要機関があり、中でも、人口、開発、人権、環境などを扱っている経済社会理事会の重要性は安保理に劣らない。国連の総予算と要員の4分の3以上がこの分野の活動に振り向けられていることからもその重要性はうかがえる。ところが討議が総会とほとんど重複し、先進国と途上国の利害の対立で形骸化し、無力化している。経社理をどう改革すべきか、これも緊急課題だ。

 信託統治理事会は、パラオを最後にすべての信託統治領の独立達成で、過去10年以上全く活動していない。これに代わる「地球環境理事会」の新設案が出ている。いずれにせよ還暦を迎える国連は思い切った若返りを迫られている。
                                    【『世界日報』2004年10月31日付】

                                               


【1】「国連軍」を考える
 

 民主党の菅直人代表が「国連待機軍」構想を発表した。これは小沢一郎前自由党党首(現・民主党代表代行)の以前からの持論で、自衛隊とは別に、国連に提供する軍隊を常時待機させておこうという構想だが、どの段階まで戦闘行為に参加するのかで中身が変わってくる。

 一口に「国連軍」といっても多様な形態が存在し、憲法上の制約がある限り、自衛隊と別組織を待機させておいたところで、そのどれにでも参加できるわけではない。

 厳密に「国連軍」という名称の軍隊は存在しない。憲章第43条には、「国際の平和と安全の維持に貢献するため、すべての加盟国は、安全保障理事会の要請にもとづき、かつ特別協定に従って兵力を安保理に利用させることを約束する」という規定があり、経済制裁では不十分な場合、強制措置の一環として、国連としての軍事行動が容認されている。

 これが俗にいう「国連軍」だが、過去半世紀以上の歴史で展開されたことは一度もない。憲章では安保理常任理事国の参謀総長からなる「軍事参謀委員会」が安保理に対し戦略的指導をすることになっているものの、米ソ冷戦の結果この規定が形骸化してしまったためだ。冷戦終結後の今日も常任理事国は自国の軍隊の指揮権を他国の司令官に渡す意思はなく、憲章上のこの「国連軍」が実現する可能性はない。

 1950年の朝鮮戦争の際に派遣された「朝鮮国連軍」はソ連(当時)の安保理ボイコットに乗じて米国ペースで編成された「多国籍軍」で、米軍司令官が指揮、軍事参謀委員会も開催されず、憲章上の手続きを踏んでいない。

 1956年のスエズ動乱の折に、ピアソン・カナダ外相(国連総会議長)とハマーショルド国連事務総長の発案で発足したのがPKO(国連平和維持活動)の一環としての「国連平和維持軍」である。これは停戦監視、兵力引き離し、武装解除だけを担当する“戦わざる軍隊”で、憲章上の規定はなく、紛争の平和解決を規定した憲章第六章と強制行動を容認した第七章の中間に位置するところから、「六章半の活動」といわれている。

 1993年、自衛隊がカンボジアに初参加したのは、このPKOで、それ以来6回参加、現在も中東のゴラン高原と東ティモールに駐留している。ただし自衛隊は、憲法上の制約から武器使用がきびしく規制され、正当防衛と緊急避難の場合にしか許されていない。国連事務局が策定した交戦規定では「任務遂行上の武器使用」が容認されており、日本が「国連待機軍」を派遣するにしても、この障壁をクリアするのが先決だ。

 「国連待機軍」はすでにカナダ、北欧諸国などに存在しており、目新しいものではない。特にデンマークの提案で「待機軍即応旅団」が1995年に創設され、13カ国が直ちに現地に展開できる即応体制が出来上がっている。さらに国連に登録制度があり、現在80カ国以上が登録している。待機軍を発足させる以上、統一基準を満たした準備と訓練が不可欠で、自衛隊と別組織を創るかどうかという形式論よりも、この制度に自衛隊を登録すれば済む話である。

 これをさらに発展させたものが「国連常備軍・常設軍」構想で、世界の各地域に常時、国連が自由に展開できる一定の兵力を待機させ、強制行動ないしは平和維持活動のために出動させようというもので、原型はブトロス=ガリ前事務総長が1992年に発表した『平和のための課題』の中で提唱した「平和執行部隊」にある。この提案は構想倒れに終わったが、即応体制は必要という共通認識でスタートしたのが中間段階としての「待機軍」だ。

 「常設軍」にせよ「待機軍」にせよ、原則からして兵力提供国の国権の発動ではなく、国際公務員としての個人参加となり、日本国憲法にも抵触しない。この構想をさらに徹底したものが「国連ボランティア軍」で、フランスの外人部隊の「国連版」と考えればよい。構想はすでに10年前から出ているが、実現の目途はまだ立っていない。しかし国連強化と法の支配の確立のためには、これこそが理想の国連軍である。
                           【『電気新聞』2004年1月30日時評「ウェーブ」欄】