
20世紀を描いたポップな預言者
- アルベール・ロビダ Albert Robida -
このサイトは、2000年に「ロック世代のポピュラー音楽史」というタイトルで始まりました。しかし、「ポピュラー音楽の歴史」についてのサイトではあっても、どうしても音楽以外のジャンルについても調べたいことが出てくるものです
例えば、元祖サイケデリック・ロック・バンド、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドについて知りたいなら、彼らをプロデュースし世に出したポップアートの巨匠、アンディ・ウォーホルについても調べる必要が出てくるはずです。
そして、アンディ・ウォーホルについて詳しく知りたければ、アメリカのビートニク文化や前衛芸術についても調べなければなりません。そうなるとアメリカにおける前衛絵画の先駆者ジャクソン・ポロックについても知りたくなってくるでしょう。そうなると、彼に画家としてのチャンスを与えてくれた大不況下のアメリカが行った画期的な芸術保護運動についても知りたくなってきます。
こんな調子でそれぞれのジャンルの歴史をさかのぼって行くうちに、音楽だけでなく映画、美術、思想、政治、テレビ、科学・・・。どんどんジャンルの幅も奥行きも広がってしまいました。
今や、書いている僕自身、以前書いたページの存在を忘れてしまうことがあるほど、膨大な情報量のサイトになってしまいます。(単に僕の記憶力が衰えてきただけかもしれませんが・・・)
以前から、読者の方には、各ジャンルごとの入り口を用意してあるので「音楽」「映画」などの入り口から入って、それぞれのジャンルの歴史を読んでもらえればよいようになっています。しかし、ここまでジャンルの幅が広がってくると、より総合的に「20世紀」を見渡すことができる新しい入り口も必要ではないだろうか?そう考えて作ったのが、この「20世紀年代記(総合編)」です。
この下にある各年への入り口をクリックすると、それぞれの年の表紙ページに行くことができます。そこからさらにその年の重要人物、事件などについても、より詳細なページを用意してありますので、そこからどんどんクリックして果てしなき「20世紀」の歴史の旅にお出かけ下さい。ただし、自分が何を知りたかったのか、その目的を見失わないよう、迷子にならないよう気をつけて下さい。
さて、20世紀への旅を始める前に、19世紀の人々が20世紀をどんな時代になると予想、期待していたのか?それを知るために、絵画と文章によって二十世紀を予測し続けた諷刺作家アルベール・ロビダという作家を取り上げてみたいと思います。そして、彼の作品や19世紀末の思想などから、改めて、「20世紀」という時代について改めて考えてみたいと思います。
それではさっそく「20世紀の旅」へとご出発下さい。
Have A Nice Trip !
20世紀各年への入り口
「わたしたち二十世紀に生きる者に、欠けていきつつある能力が一つある。未来を空想する力である。・・・・・いや、考えようとしなくなった、と書くべきだろうか。・・・・・
その理由は、いくつも考えられるが、最大の理由として強調したいのは、「未来」なる発想自体、まことに特殊なものであったという事情である。実のところ、「未来」や「未来を空想すること」がほんとうに意義深い関心事となったのは、十九世紀末から二十世紀初頭にかけてであった。そして、このときが初めてであり、また、予想された「未来」が次々に現実に変わっていった事態というのも、人類史上かつてなかった出来事だった。換言すれば、「未来」は二十世紀の発明品であり、二十世紀の特許商品であった、といえるのである。・・・・・」
荒俣宏「奇想の二十世紀」より
二十世紀とはいかなる世紀だったのか?
それはこのサイト全体のテーマともいえるわけですが、十九世紀を生き二十世紀に望んだ人々にとって「二十世紀」はどう期待されていたのか?そのことを知るため、十九世紀末に「二十世紀」という未来予測本を出版し大ヒットさせた諷刺作家アルベール・ロビタという人物を取り上げます。当時、多くの人々に影響を与えた彼の未来予測が描き出した「二十世紀」はいかなる世界だったのでしょうか?
<諷刺作家アルベール・ロビダ>
アルベール・ロビダ Albert Robidaは、1848年5月14日生まれのフランス人です。父親は木工職人で裕福な家庭ではなかったようです。元々絵が好きだった彼は、当時創刊されたばかりだった風俗諷刺グラフ雑誌「ラ・ヴィ・パリジェンヌ」に挿絵を描くようになり、その絵が認められて他の雑誌からも絵の依頼がくるようになりました。絵画教育を受けていなかった彼は、こうして独学で諷刺専門の画家として成功することになりました。
しかし、1869年、アメリカで始まった南北戦争のことを知った彼は、同じ国の国民が殺し合う悲惨な戦争に衝撃を受け、より社会派の視点で諷刺画を描くようになってゆきます。21歳の時、出世作となった「二十世紀の戦争
- ジュジュビー戦役」(1869年)を刊行。彼はこの中で架空の未来戦争を描き、その中には毒ガスや戦争、マシンガンなど20世紀に実用化されることになる兵器を登場させています。
彼はこの後、絵だけでなく文章も加えた小説も書くようになりますが、同じフランスから彼を圧倒する人気作家が登場します。「海底二万マイル」や「80日間世界一周」で有名なジュール・ベルヌです。彼は、社会派の諷刺を得意とするロビダとは異なり、より娯楽的な空想科学小説を売りにあっという間に大衆の人気を獲得しました。アイデアだけでなくストーリー・テリングを重視したヴェルヌの小説は時代を越える大ヒット作となりますが、ロビダの作品は今や忘れられた存在となってしまいました。それはたぶん、彼が書いた作品は小説というよりも未来世界のカタログ集であり、その主人公も人間ではない未来世界そのものだったからでしょう。中途半端に古くなったカタログほど、価値のないものはないのかもしれないからです。
彼は1880年から「ラ・カリカチュール」という諷刺雑誌の編集、執筆に関わり、そのほとんどを自らの手で作り上げ、9年間発行し続けました。そして、この間1883年には、彼の代表作となる単行本「第二十世紀」を発表。絵と文章とからなる近未来世界の予測は、大きな話題となり、その後続刊として「二十世紀の戦争」(1887年)、「二十世紀
- 電気生活」(1890年)が発表されます。
当時、その人気は非常に高く、一作目の「第二十世紀」は、発表からわずか3年後になんと日本でも翻訳、出版されているのです。まだまだヨーロッパ文化などはるか彼方だった時代ですから、それはたいへんなことでした。
<ロビダの「二十世紀」>
ジュール・ベルヌがネモ船長のような強力なキャラクターを中心に物語を展開したのに対し、ロビダの作品においては、ごく普通の市民が主役として描かれています。そんな主人公が1952年から1953年ごろのパリでどんな暮らしをしていたのか?それを当時入手できた最先端の情報を用いて予測したのが「二十世紀」三部作でした。それでは、ロビダはどんな未来世界を予測し描き出していたのでしょうか?
1952年のパリの交通機関は、地上には存在しません。空中を飛ぶ飛行機械と地下にはりめぐらされたチューブを走る地下鉄道。それらをつなぐ長いエレベーターによって、人々は移動しています。人々の通信手段は、テレフォノスコープというテレビ電話の一種で、それを用いることで買い物やオペラを見ることも可能になっています。
現在に通じるこうした発明の数々は、けっこういい線いっています。しかし、彼の予測はそうした未来の発明だけではなく、社会の変化に及んだおり、特に女性の社会進出については、当時では考えられないほど踏み込んで書いていました。(女性の政界進出や自由な結婚など)
ただし、諷刺画家の彼としては、未来をただバラ色に描いてはいません。特に、二作目の「二十世紀の戦争」においては、新しい兵器の発明が生み出す悲惨な戦争の様子を描き出し、科学の進歩が必ずしも「善」ではないことを明らかにしていました。特に彼が描いた細菌兵器や毒ガスなどの化学兵器は、一般市民に後遺症をもらたし、新たな伝染病を生み出すなど、現在につながるリアルなものでした。
ロビダが予測した未来には他にも現実化したものがあります。例えば、電気に全面的に頼る社会が生み出す「電気トルネード」と呼ばれる巨大災害の描写。これはまさに、1986年に起きることになる「チェルノブイリ原発事故」を想起させます。その他にも彼は狂気にとりつかれた科学者が巨大な試験官の中から赤ん坊を作り出す様子も描いています。(試験官ベビー)それに彼は、1953年政府の横暴に対し市民が立ち上がり革命を起こすだろうという予測も述べています。(ただし、彼はその革命委員会のメンバーは、国境を越えた国際的な顔ぶれになると予測しています。
<ロビダの「二十世紀」、その根拠>
ロビダは、こうして来るべき20世紀に数々の予測を残しましたが、それが珍奇なアイデアではなくかなり正確な予測になっていたのにはわけがありました。それは彼が単なる諷刺作家ではなく歴史研究家として多くの仕事を残していたことからもわかります。(「パリの歴史」(1895年)、「フランソワ一世」(1909年)、「中世都市カルカッソンヌ」(1917年)など)
彼の未来予測には、過去の歴史を正確に把握した上でその延長として未来を類推するというしっかりとした根拠があったわけです。こうして、彼が予測した20世紀は確かに良いことばかりではありませんでしたが、たとえ少しずつでも現在よりは、改善されているだろうという信念に裏打ちされていたといえます。そして、彼のそのポジティブな考えは、当時のほとんどの人々の未来イメージと共通していたともいえます。それにもまた理由があったといえます。それには19世紀に人々の間に広まった世界は科学の発展などによって、少しずつ確実に良くなってゆくはずだという考え方のおかげでした。
社会主義者による計画的な社会の改良(農産物の生産量、エネルギー効率向上、人口の増加速度など)ニュートンによる物理学、ダーウィンの進化論は、人々の世界観、歴史観を変え、未来は少しづつでも改良してゆくことで、より良いものになりうるという確信を得た。近い将来物理学の発達によって星々の運行同様に世界の物理現象は、すべて予測できるようになるだろうと19世紀末の科学者の誰もが考えていました。20世紀に入っても、あのアインシュタインはまだそのことを信じていましたが、それも1920年代に確立された量子力学によって、それは不可能であることが証明されることになります。他にも、19世紀末になると人類の明るい未来予測を否定する発見が相次ぎます。この点について、20世紀初めを代表する心理学者であり、思想家でもあるジークムント・フロイトは、19世紀末まで人類が信じていた3つの常識がこの頃、どれも覆されたと指摘しています。
一つ目は、ガリレオの地動説の登場です。人類は自分たちの住む地球もしくは大地こそが宇宙もしくは世界の中心であると信じていた(天動説)のが、間違いであることを知りました。
二つ目は、ダーウィンの進化論の登場です。ダーウィンの進化論は聖書に書かれている天地創造の物語を否定したいだけでなく、人間はサルがちょっとだけ進歩(進化)したものにすぎないという驚くべき事実を明らかにしました。
そして、三つ目は、フロイトによる精神分析学が人間の心がほとんど無意識の世界から成り立っているとしたことです。人間は自らの心の内すらも知ることができないことも明らかになったのです。自分のことすらわからない人類に未来予測などできるわけがない。こうして、人類は自らの未来に対し、しだいに懐疑的になり始めたのです。こうした、考え方はすぐに世紀末の滅亡論へと発展することにもなります。
<世紀末の危機>
科学の進歩は宇宙の星々の秘密を解き明かしましたが、そこには知りたくない情報も含まれることになります。1982年、ハレーとニュートンによって発見されたハレー彗星は、物理学の進歩によって、その動きを予想することができるようになりました。しかし、その予想することができるようになりました。しかし、その予想によると1910年5月19日に地球に接近する際、彗星の尾が地球を包み込むことが明らかになりました。当時、「彗星の尾」はシアンガスを含んでいるため人体に有害ではないかと考えられていました。そのため、1910年を前にヨーロッパでは人類の滅亡が一大ブームとなりました。そのために、ガスマスクがヒット商品になったり、月世界脱出旅行の予約を受け付ける業者が現れたり、嘘のような本当の話が本当にあったというのです。
こうして、20世紀への期待と不安が入り混じる中、20世紀は幕を開けたわけですが、その幕開けを飾った1900年のパリ万博は、そうした20世紀の複雑な様相を象徴するものとなるのです。
「・・・・・万博はまさに「未来の予測」を具体的にヴィジュアル化した催しとして出現した。これこそは、百年前の人類が絶対的な確信をもって、「未来=来るべきパラダイス」を提示できた、偉大なる予告編であった。・・・・・」
「二十世紀はある意味で、苦楽とともに具わった本編とひたすら楽しい予告編とが交互に到来する「世界映画館」として推移することとなった。・・・・・」
<追記>
<もうひとつの世紀末 : 本当の21世紀の始まり>
2008年、もしかするとやっと20世紀は終わりを迎えたのかもしれません。2000年を迎えてからの8年間で人類は多くのことを学び、やっと20世紀が終ったことを実感したように思います。
武力による平和の構築は必ず破綻するということ。人間の欲望にまかせた経済活動は世界経済だけでなく、地球環境そのものを破綻させる。道徳も宗教も、その役目を果たさなくなったのは、自由主義経済体制がもたらす競争社会に世界中の人々が組み込まれてしまった結果でもありました。その誤りが明らかとなった今、21世紀の社会をどうするべきなのか?
いよいよ、その道案内ができる人材、理論が求められています。しかし、それをある一人の人物もしくは英雄に期待することは、もはや不可能でしょう。なぜなら、現代社会はあまりに複雑化してしまたため、社会学、倫理学、政治学、経済学だけでなく物理学や宗教学、倫理学、医学、生物学など、あらゆる分野の知識を結集しなければならないからです。それは地球温暖化の問題を解決するためにいかに多くの学問が関係しているかを考えただけでも明らかでしょう。
今こそ、21世紀の社会をデザインする優秀な人材を集めたチームを召集するべきです。(考えてみると、ノーベル賞とはそのための人材を選び出す試みのように思のですが・・・)僕が思うに、その異なるジャンルの人材をまとめるのは宗教ではなく、給料でもなく、ある種の芸術的な統一意識のようなもの?であるべきです。
例えば、ドストエフスキーの「罪と罰」のもつ人生観とか、チャップリンの「独裁者」が主張する人類の平等とか、シドニー・ルメットの「十二人の怒れる男」が見せてくれた正義とか、ジョン・レノンが歌った「イマジン」の想像力とか、ジョン・アービングの「ガープの世界」が描いた人生の過激な美しさとか、ピカソが描写した「ゲルニカ」にこめられた戦争への怒りとか、こうした多くの芸術作品にこめられた「願い」や「思い」を共有できる人々の集合体に、統一した改革を協力して進めてもらいたいと思うのです。
[参考資料]
「奇想の20世紀」荒俣宏著(NHKライブラリー)2004年
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