1924年

- アンドレ・ブルトンとアドルフ・ヒトラー
Andre Breton & Adolf Hitler -

<二つの宣言>
 1924年という年は、未だに世界各地のアンダーグラウンドにおいて大きな影響力を保ち続けている二つの思想が明確な宣言文とともに世に登場した年です。
ひとつはシュルレアリストの先駆者アンドレ・ブルトンによって書かれた「シュルレアリスト宣言」。そして、もうひとつはその後ナチス・ドイツの指導者となるアドルフ・ヒトラーが獄中で書いた「わが闘争」です。
 シュルレアリズムとファシズム、この二つのまったく異なる思想は、表にこそ現れてはいなくとも、21世紀も生き続けている重要な思想です。(もちろん、良い悪いは別にして)シュルレアリズムは、50年代のビート・ムーブメント、60年代のサイケデリック・ムーブメントの時代にはその底流思想となり、その後も前衛的な芸術活動の底流としてその存在価値は衰えていません。それに対して、ファシズムはいつの時代も世界中のどこかの国で常に人種差別や右翼思想、そしてテロリズムと結びつきながら、その力を誇示し続けています。もしかすると、シュルレアリスト、ファシストの中には、その思想の原点をしらない人もいるかもしれません。しかし、原点を知らずとも受け継がれていることこそが、二つの思想がいかに歴史的に重要なものであるかの証明でもあるのでしょう。

<「わが闘争」の主張>
 「わが闘争」は、1924年国事犯として逮捕されランツベルク要塞で禁固刑となっていたアドルフ・ヒトラーがエミール・モーリスとルドルフ・ヘス(後にヒトラーの右腕となる人物)の協力のもと口述筆記によって書かれたものです。後の彼の演説が多くの人をひきつける魅力にあふれていたことを考えると、この本が口述筆記であったことは有効だったのかもしれません。その中で彼が展開している重要な主張をあげると以下のようになります。
 生物学的にみて、世界でもっとも優秀な民族はアーリア人種である。人類を文化創造者、文化支持者、文化破壊者に分けるとアーリア人は文化創造者で、非アーリア人は文化支持者、そしてユダヤ人は文化破壊者にあたる。したがって、アーリア人の純血を守り、子孫を増やすことと同時にユダヤ人をこの世から消し去る必要があるというわけです。さらに彼はユダヤ人の存在を否定するのと同じように共産主義を徹底的に否定。ユダヤ人と強く結びついていることもあり、共産主義者の抹殺もその目標のひとつとなっていました。(共産主義の元祖であるマルクスもまたユダヤ人でした)そして、こうした人種差別主義は彼の場合、同じ民族内における能力差別にも結びつき、優れた指導者の支配があれば民主主義も議会政治も選挙も必要ないというところまで行き着いていました。
 なぜ、こんなとんでもない思想が人々の心をひきつけたのでしょうか?その理由として最も大きいのは、第二次世界大戦でナチス・ドイツが行ったホロコーストと大差ないほど非道なフランスを中心とする第一次世界大戦戦勝国の「ドイツいじめ」でした。

<ヴェルサイユ条約>
 悪名高い平和条約、ヴェルサイユ条約によって莫大な借金(賠償金)を負わされたドイツは、その借金のかたにルール地方を占領されるなど厳しい取りたてにあい、せっかく誕生した民主主義的な国家ワイマール帝国をあっという間に崩壊させられてしまいます。(「戦争をしたら負けたほうが悪者だ、だからすべてを賠償せよ」という実に単純な論理よって、ドイツ国民は未来をすべて奪われたわけです)ドイツ国民は民主主義に救いを見出すことができずに追い込まれてしまい、結局共産主義かファシズムかの選択を迫られることになってしまったのです。ヴェルサイユ条約については。こういう言葉もあります。

「これは、われわれの文明史上、最も悪質な裏切りのひとつだといっていいでしょう。平和のための会議が、そのまま次の大戦の直接的、必然的な引き金となったという恐ろしい例です。いや、第二次世界大戦の火種を作ったことよりも、ドイツの政治からモラルというものをほぼ完全に拭い去ったことの方が、意味は大きいだろうと思います。・・・」
グレゴリー・ベイトソン著「精神の生態学」より

<「わが闘争」の正確さ>
 ところが皮肉なことに、「わが闘争」にはけっこう鋭い指摘もあり、未来を正確に予見していた部分も多々あります。例えば
「大衆の心理は、すべて中途半端な軟弱なものに対しては、感受性がにぶいのだ」
「この世のすべての独創的事業は、大衆の怠惰に対する天才の目に見える抗議ではないのか」
「民衆の圧倒的多数は、冷静な熟慮よりもむしろ感情的な感じで考え方や行動を決めるという女性的要素を持ち、女性的な態度を取る」(「女性的」という部分はちょっと間違っていると思います。どちらかといえば男性的なのではないでしょうか?)
「理念なくして闘争力なし。新しい大理念を明らかにしたことが、フランス革命の成功の秘密なのだ」
 なんだか我が日本でついこの間まで総理大臣を務めていた小泉さんの手法を思い出しませんか?ある意味、「わが闘争」はあらゆる政治指導者にとって教科書のような存在となりうるのかもしれません。

<シュルレアリスムの難解さ>
 「わが闘争」の明解さに比べると、「シュルレアリスム宣言」の方はかなり難解な内容だと言わざるをえません。先ず、シュルレアリスムについての定義はこうなっています。

「シュルレアリスムとは男性名詞。心の純粋な自動現象(オートマティスム)であり、それにもとずいて口述、記述、その他あらゆる方法を用いつつ、思考によって行使されるどんな統制もなく、美学上ないし道徳上のどんな気づかいからもはなれた思考の書きとり」

 ユダヤ人の心理学者フロイトによる夢と無意識の研究は、当時、世界中に大きな衝撃を与えていました。今では無意識の存在はごく当たり前のことですが、かつては人間の意識にもうひとつ別の世界が存在しているなど到底考えられないことでした。それだけに、そうした未知の部分に人間の新たな可能性を見出そうと考えたのも当然のことでした。とはいえ、人間の意識や夢の解明は現在でもまだほとんど進んでいないのですから、シュルレアリスムの展開もまた今後どうなって行くのかまったくわからないといえるでしょう。そういう意味では、1929年に出された第二宣言の言葉の方が、シュルレアリスムのその後の方向性をより明確に表わしていたといえそうです。

「シュルレアリスムがなによりも志向しているのは、知的かつ道徳的な観点から見て、もっとも全般的でもっとも深刻な一種の意識の危機をまきおこすことであり、しかもその成果が得られるか否かによってはじめて、歴史的にシュルレアリスムが成功したか失敗したかを決定できるのである」
(注)シュルレアリスムについては、さらに詳細を記したページがありますのでご覧ください。

<シュルレアリスムの影響>
 20世紀後半の芸術の世界において、シュルレアリスムの影響を受けていないものはほとんどないといえるでしょう。特にドラッグを用いることで精神を拡張しようと試みていた50〜70年代のジャズやロックの音楽家たちやポップ・アートのアーティストたち、ウイリアム・バロウズやアレン・ギンズバーグらから始まったビートニクたち、日本なら小野洋子や寺山修司や唐十郎らアングラ芝居や前衛アート、前衛舞踏の人々などはその最前衛にいたといえるでしょう。1960年代のヒッピー・ムーブメントを支えた中心思想のひとつがこの思想であり、左翼思想とシュルレアリスムは時には共闘し、時にはライバル関係にありながら今に至っています。
 社会が自由を求めて活発に動いているとき、シュルレアリスムは人間の意識を拡張させる行為の基本思想としてそこにありました。しかし、そうした自由を求める活動を行う余裕がない時代、もしくはその活動が行き詰まったとき、そのエネルギーが向かう先は人間の精神を狭め、一握りの指導者と同じ思考パターンへと同化させてしまう思想である「ファシズム」であり、テロリズムなのかもしれません。
 1924年という年は、人類の未来を象徴するこの二つの思想が高らかに宣言文を発表した年として、永遠に記憶されるべきだと僕は思います。

<1924年の出来事>
ジュネーブ平和議定書調印
ドーズ案成立(第一次世界大戦に対するドイツの借金軽減)
<提案者のチャールズ・ドーズはアメリカのモルガン財閥系信託会社社長で、ヨーロッパ各国の借金はここからのもの。モルガンは借金が回収できなくなることを恐れて自分から軽減策を提案したことになる。あまりに厳しい賠償に、崩壊しそうなドイツに対しお情けを示したわけです>
ウラジミール・レーニンが「新国家論」(「国家と革命」)発表
イタリアの総選挙でファシスト党が勝利
ギリシャが共和制となる(クンドルリオテス大統領)
中国国民党第一回全国大会開催
日本でメートル法採用される

<音楽>
ミュージカル「インディアン・ラブ・コール」より「ローズ・マリー」がヒット(ルドルフ・フリムル作)
ミュージカル「学生王子」ヒット(シグムンド・ロンバーグ作)
「ラプソディー・イン・ブルー」ジョージ・ガーシュイン
「囚人の歌」ヴァノン・ダルハート(カントリー)
フレッチャー・ヘンダーソン楽団にルイ・アームストロングが加入し人気者になる
ベッシー・スミスが黒人として初めてラジオに出演
カントリーのラジオ番組「WLSバーン・ダンス・ショー」の放送スタート(シカゴ)

<美術>
「アングルのバイオリン」マン・レイ
「フラワー・アブストラクション」ジョージア・オキーフ
「世界の始まり」コンスタンティン・ブランクーシ

<文学、思想など>
「魔の山」トーマス・マン
「わが闘争」アドルフ・ヒトラー
「シュルレアリスム宣言」アンドレ・ブルトン
「痴人の愛」谷崎潤一郎


<映画>
コロンビア社設立。メトロ・ゴールドウィン、メイヤーが合併してM−G−M社となる
「バグダッドの盗賊」によりダグラス・フェア・バンクスの人気が急上昇
「巴里の女性」(監)(脚)チャールズ・チャップリン(出)エドナ・パーヴィアンス、アドルフ・マンジュー
「結婚哲学」(監)エルンスト・ルヴィッチ(出)アドルフ・マンジュー、メリー・プレヴォー
「椿姫」(監)レイ・C・スモールウッド(出)アラ・ナジノヴァ、ルドルフ・バレンチノ
「幌馬車」(監)ジェイムズ・クルーズ(出)ウォーレン・ケリガン、オイス・ウィルスン
「ホリウッド」(監)ジェイムズ・クルーズ(出)ホープ・ドラウン、リューク・コスグローブ
「要人無用」(監)サム・テイラー、フレッド・ニューメイア(出)ハロルド・ロイド

<1924年の物故者>
アルフレッド・マーシャル(英・経済学者)
アナトール・フランス(仏・作家)
ウラジミール・レーニン(ロシア)
ジョゼフ・コンラッド(英・作家「ロード・ジム」「闇の奥」など)
ジャコモ・プッチーニ(伊・作曲家「トスカ」「蝶々夫人」など)
ジョージ・マロリー(英・登山家)
フランツ・カフカ(チェコ・作家「変身」「審判」「城」など)
黒田清輝(日・画家)

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